Thesis
国徳国家。松下幸之助塾主(以下、塾主)が目指した日本の姿だ。塾主は、松下電器産業(現パナソニック)の創業者としてその名が知れるが、晩年には、国の行く末を憂い、企業経営の域を越え、国家経営に情熱を注いだ。塾主は、その生涯を通じて国家理念の必要性を訴え続け、数多くの提言を世に残した。代表例として「無税国家」や「新国土創成などが挙げられる。しかし筆者は、塾主の次の国家理念に注目した。「国徳国家」である。
筆者は自らの志を探究・実現すべく、2024年の春に松下政経塾に入塾した。その志とは、「文化大国日本」である。日本と日本人が持てる文化の力を発揮することで、より豊かな日本、より豊かな世界を目指したいという思いだ。筆者のこの志を、塾主の思いで言い換えた言葉こそ、まさに「国徳国家」なのである。そこで、本レポートでは、塾主が提唱する国徳国家論を紐解いた上で、21世紀の今日における実現方法について提言したい。
国徳国家とは、つまり「徳の高い国」である。塾主は「徳」の意味を、「総合力」と言い、「思いやりにあふれ、謙虚で礼儀正しく、公平で正義感があり、知識も広く、とりわけ何にもとらわれぬ素直な心をもって何が正しいかを的確に判断できる、というような大変幅の広い心の素質」と解釈している[i]。塾主は、人と同じように国も徳があってこそ、世界の国々から親しまれ、信頼され、頼りにされ、世界に貢献できると考えた[ii]。
塾主は、この「国徳国家」を日本が一大目標として目指すべき姿だと説き、そのための条件を次の通り四点提示した。第一に「個々の道義道徳心が高く、マナーが良いということ」、第二に「文化の薫りが高く国土整備が行き届いて美しいこと」、第三に「建国から二千年の間に培われた独自の歴史や伝統が国民の間で大切にされていること」、第四に「経済活動が活発にそして円滑に行われ、経済力がやはり充実していること」である[iii]。
塾主は、上記の条件四点の上で、結局のところ日本が国徳国家を目指す上で大切なこととして、「物心両面の調和ある豊かさを生み出すこと」、そして、「この豊かさをもって、各国の繁栄、発展、さらに世界の平和に貢献していくこと」を強調した[iv]。後者に関しては、相手国を第一に考え、共存共栄の観点で、世界の国々の役に立つものを提供すること、あるいは、国家間の利害調整を買ってでていくことの必要性を塾主は訴えた。
以上を踏まえ、筆者は国徳国家の定義を次のように解釈した。「経済大国と精神大国」である。経済大国は物の豊かさ、精神大国は心の豊かさの象徴だ。塾主は生前、経済発展の裏で衰える日本の精神を憂い、日本の目指すべき姿として「精神大国」あるいは「道徳大国」を常々訴えていた[v]。塾主が説く精神大国とは、国民が明るく生き生きと仕事に励み、互いに助け合い、潤いのある共同生活の上で、世界の幸せにも貢献する国のあり方である。
それでは、21世紀の今日における国徳国家の実現方法について提言したい。提言にあたり、物の豊かさは政治、経済、心の豊かさは教育、宗教から実現方法を考える。最初に、政治である。日本の指導者が「国徳国家宣言」なるものを発出し、国民に対して国家の方針を力強く訴えるのである。さすれば、国中の産学官民の力が結集し、方針に向かって大きく動いていくのではないか。塾主も生涯にわたって国是の必要性を強く訴えていた。
次に、経済である。「優しいイノベーション」を促進したい。つまりは、単なる利益追求でなく、「徳と得」の両立だ。昨今、20世紀の反省として、国際社会ではSDGsが掲げられ、企業でもCSRやESGなど社会性と経済性の両立が求められている。文化産業や製造産業をはじめとする日本の強みを発揮することで、世界中の人々の幸福や課題解決に貢献し、その対価として日本の経済力を充実させたい。中でもディープテックの支援が肝要だ。
次に、教育である。「人間観の確立」と「日本人としての自覚」を目指して、宗教・道徳・歴史を、学校教育で強化したい。日本では戦後、占領軍の政策により、宗教・道徳・歴史の教育が疎かにされてきた。世界の宗教と歴史を通して人間とは何かを学び、同時に日本の宗教と歴史も正しく学ぶことで、良い所も悪い所も認め、誇りと反省を持つ必要があろう。その上で、それぞれの人間性を養い高めるべく、道徳をしっかりと取れ入れていきたい。
最後に、宗教である。前述の通り、日本では戦後、占領軍の政策もあり、宗教がある種のタブーとして存在している。しかし紛れもなく、日本の精神には、古来より続く神道が根底にあり、その上で、仏教や儒教、あるいは西洋思想などの精神が息づいている。塾主も著書『日本と日本人について』を通して、「日本の伝統精神」の作興を訴えている。日本の精神を作興することで、自然や万物を尊ぶ精神、徳や礼節を重んじる精神を思い返したい。
以上、塾主が提唱する国徳国家論を紐解いた上で、21世紀の今日における実現方法について筆者から提言した。結局のところ、日本が国徳国家を目指す上で、日本の精神に即した国家経営こそが肝要であろう。筆者の提言も、政治では聖徳太子の「十七条憲法」、経済では渋沢栄一の「論語と算盤」、教育・宗教では明治天皇の「教育勅語」など、日本の歴史にその事例がある。日本の精神で日本を経営し、経済大国・精神大国を実現しようではないか。
おわりに、塾主が構想した新党「国民大衆党」の設立趣意書から一文を引用したい。「古代、エジプト等に発した繁栄の中心は二十一世紀にはアジアに移ってきて、日本は中国その他の国々とともに、その繁栄の中心的役割を担う立場に置かれることが予想される。その受け皿づくりのためにお互い国民は何を考え、何をなすべきか。世界の中の日本という広い観点に立って、国際社会に真の寄与貢献ができる精神大国、経済大国を実現する」[vi]。
・松下政経塾『松下幸之助のめざしたもの』
・松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたち』
・松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたちⅡ』
・松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたちⅢ』
・松下幸之助『政治を見直そう』
・松下幸之助『人間を考える』
・松下幸之助『日本と日本人について』
・松下幸之助『リーダーを志す君へ』
・松下幸之助『君に志はあるか』
・松下幸之助『道をひらく』
・松下幸之助『夢を育てる』
・松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』
・アーノルド・J・トインビー『日本の活路』
・国民大衆党 設立趣意書(案)
[i] 松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたちⅢ』P2486)
[ii] 松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたちⅢ』P247-264)
[iii] 松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたちⅢ』P249-252
[iv] 松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたちⅢ』P252
[v] 「松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたちⅢ』P226-229
[vi] 国民大衆党 設立趣意書(案)
Thesis
Sadamasa Yamanaka
第45期生
やまなか・さだまさ
Mission
文化大国日本の実現