論考

Thesis

松下幸之助と素直

はじめに

「経営の神様」こと松下幸之助塾主(以下、塾主)は、経営のコツについて、次のように語った。「経営者が経営を進めていく上での心がまえとして大切なことは色々あるが、いちばん根本になるものとして、私自身が考え、努めているのは素直な心ということである。経営者にこの素直な心があってはじめて、これまで述べてきたことが生きてくるのであり、素直な心を欠いた経営は決して長きにわたって発展していくことはできない」[i]

 塾主は、周知のとおり、一代で日本を代表する世界的な企業を作り上げた。1918年に松下電器産業(現パナソニック)を創業し、戦争の荒波を乗り越え、日本にとどまらず世界中に商品を届け、人類の発展、とりわけ「物の豊かさ」に貢献した。まさしく偉業だ。そこで筆者は、塾主が経営において最も大切なこととして挙げた「素直な心」を紐解くことで、塾主の経営のコツを明らかにし、企業や国家を経営する上での示唆を得たい。

松下幸之助が説く「素直な心」

 はじめに、塾主が説く「素直な心」を紐解きたい。一般的に「素直」という言葉は、「従順」と近い意味で利用されるであろう。つまり、素直な心とは、「人から言われたことに、逆らうことなく、忠実に従うこと」と考えられよう。しかし、塾主は、その一般的に意味するところの素直な心を、「消極的」として捉えて否定した。その上で、本当の意味の素直な心とは、「積極的」な内容を持つ力強いものだと主張した[ii]

 それでは、積極的な内容を持つ、本当の意味の素直な心とは何か。塾主は、「私心なくくもりのない心」あるいは「一つのことにとわれず、物事をあるがままに見ようとする心」と定義する[iii]。そういう心からは、物事の実相をつかむ力が生まれてくるため、素直な心とは、つまるところ、「ものごとの真実を受け入れようとする力の湧いてくる心」あるいは「正しいこと、真実なるものに忠実であり、従順である心」と塾主は考えた[iv]

 さらに、本当の意味の素直な心は、人を「強く正しく聡明にする」と塾主は言った[v]。素直な心があれば、賢くなり、何をなすべきか、何をなさざるべきかが分かるようになり、強く正しく行動できるようになるからだ。塾主は、強さ、正しさ、聡明さの極致は、いわば神であるため、素直な心を高めれば。神に近づくことができ、何をやっても成功すると考えた。その上で、「経営においても然りである」と言った。

 一言で言えば、素直な心とは、真実に従う心なのである。この真実とはまさに、塾主が常々強調する「天地自然の理」にあたるであろう。つまり、塾主が説く素直な心の究極的な意味合いは、「天地自然の理に従う心」なのである。塾主は、天地自然の理の意味を、「宇宙の存在するいっさいのものは、つねに生成し、たえず発展しているということ」と定義している[vi]。つまり「万物の生成発展」である。塾主は次のように語る。

「天地自然の理」と経営のコツ

 「限りなき生成発展というのが、この大自然の理法なのである。だから、それに従った行き方というのは、おのずと生々発展の道だといえよう。それを人間の小さい知覚、才覚だけでやったのでは、かえって自然の理にもとり、失敗してしまう。大いに知恵を働かせ、才覚を生かすことも一面きわめて大切であるが、やはり根本は人知を超えた大きな天地自然の理に従って経営をしていくということでなくてはならない」[vii]

塾主は生前、経営の秘訣を問われた際に、「天地自然の理に従った経営」と度々回答していた[viii]。天地自然の理に従った経営とは何か。塾主は、「雨が降れば傘をさす」を例に挙げ、「当然のことを、当然にやること」、あるいは「なすべきことをなし、なすべからざることをしないこと」と説く[ix]。つまり、良い製品を作って、適正な利益を取って販売し、集金を厳格にやることだという。当たり前のことを当たり前にやるのである。

 塾主によると、経営というものは、天地自然の理に従い、謙虚に世間、大衆、社内の声に耳を傾け、なすべきことを行なっていけば、必ず成功するものであるという[x]。しかし、そのためには、経営者に「素直な心」がなくてはならないと塾主は強調した。冒頭の塾主の言葉にあるように、「素直な心」こそが、塾主の経営のコツの核心であり、「経営の神様」と呼ばれるまでに至った所以なのであろう。

 以上、塾主が説く「素直な心」を紐解くことで、塾主の経営のコツを考えた。塾主は、素直な心を養い高めていくために、毎日朝一番に社の前で素直になりたいということを心に強く願い、晩には自分の言動を反省する日々を三十年以上過ごしていたという[xi]。碁は一万回打てば初段ほどの強さになれると聞いた塾主が、素直も同じように、一万日すなわち約三十年強く願えば、その初段ほどになれるのではないかと考えたからだ。

おわりに

 塾主は、素直な心を養い高める方法について、自身の実例をヒントとして出してはいるが、各人のやり方に任せている。筆者は、塾主の素直哲学を「優しい禅」として捉え、素直な心を「修行なしで得うる禅の心」として解釈した。仏教、とりわけ禅宗では「修行して悟りを開きなさい(仏になりなさい)」と教える。「素直な心を養い高め、神のごとくなりなさい」との塾主の教えに、通ずるものを感じた。引き続き理解を深めたい。

 筆者は、日本のリーダーとして国家を経営すべく、塾主が創設した松下政経塾にて政治の道を目指し修行に励んでいる。政経塾の塾訓にも「素直な心で衆知を集め。自修自得で事の本質を究め、日に新たな生々発展の道を求めよう」とある。筆者は政経塾で、国の経営者たる人物になれるよう、私心なくくもりのない「素直な心」を養い高めることに、何よりも心がけることをここに誓う。最後に、塾主の言葉を引用しておわりとする。

「(前略)素直な心の涵養、向上ということ自体は、あらゆる経営者、さらには、すべての人が心がけていくべき、きわめて大切なものである。それなくして、経営の真の成功も、人生の真の幸せもあり得ないといってもいい。だから、素直な心に段位をつけられるものであれば、やはりお互いに初段ぐらいになることをめざしたい。(中略)素直な心こそ、あらゆる意味における経営を成功させる基本的な心のあり方なのである」[xii]

参考文献

・松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』

・松下幸之助『素直な心になるために』

・松下幸之助『人間を考える 新しい人間観の提唱』

・松下幸之助『道はひらく』

・松下幸之助『夢を育てる』

・松下幸之助『PHPのことば』


[i] 松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』P111

[ii]松下幸之助『PHPのことば』

[ⅲ]松下幸之助『素直な心になるために』P14

[]松下幸之助『PHPのことば』

[]松下幸之助『道はひらく』P13

[vi]松下幸之助『人間を考える』P39

[vii]松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』P44-45

[viii]松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』P42

[ix]松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』P42-45

[x]松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』P112-113

[xi]松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』P114-115

[xii]松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』P115

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