論考

Thesis

松下幸之助と日本伝統精神

はじめに

 「文化大国日本」の実現。筆者の志である。我々日本人が、持てる文化の力を発揮することで、日本をより良くし、世界をより良くしようという思いだ。日本と日本人の文化の根底にある「日本伝統精神」には、日本と世界の平和を導く力が眠っていると筆者は確信している。この確信は、ある人物との出会いにより導かれたものだった。その人物こそ、まさしく、松下幸之助塾主(以下、塾主)であった。塾主は心から日本を愛していた。

松下幸之助と日本

  塾主は、松下電器産業(現パナソニック)の創業者としてその名が知れるが、実のところ事業にとどまらず、その生涯をかけて「日本伝統精神」の作興に情熱を燃やしていた。代表例として、浅草寺雷門の再建、霊山顕彰会の設立、飛鳥保存財団の設立、東京ディズニーランド「ミート・ザ・ワールド」の提供などが挙げられる。また、伊勢神宮崇敬会の会長、神道大系編纂会の会長、日本工芸会の名誉会長なども歴任した。

 亡くなる7年前の1982年には『日本と日本人について』を著し、独自の日本論として「日本伝統精神」を説いた。同書は思想家としての塾主の集大成をなす一書とも言われる[i]。塾主は同書を通して、「戦後の占領軍の政策により、日本の伝統精神が失われつつある。取り戻さなければいけない」と主張した上で、日本の伝統精神に即して国家を経営すれば、日本は繁栄し、ひいては世界の平和に資すると訴えた[ii]。筆者は強く共感した。

 塾主は、心から日本を愛し、日本を憂い、日本に尽くした人物であった。晩年にはその日本愛から、企業経営の域を越え、国家経営に心血を注いだ。その日本愛の集大成こそ、「松下政経塾」といえよう。塾主は国の行く末を案じ、次なる国のリーダーを育成しようと、私財70億円を投じて1989年に松下政経塾を設立した。塾主は、建塾理念を「塾是・塾訓・五誓」として言葉に残した。とりわけ「塾是」は、次の通りである。

 「真に国家と国民を愛し、新しい人間観に基づく政治・経営の理念を探究し、人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献しよう」[iii]。この塾是の一文こそ、塾主の日本愛の集大成をなす言葉ではないであろうか。しかし、大きい言葉であるがゆえに、その真意を得ることは容易でない。そこで筆者は、塾主が日本論として説いた「日本伝統精神」を紐解くことで、その視点から塾是を解釈し、塾主の松下政経塾建塾理念の真意に迫りたい。

松下幸之助が説く「日本伝統精神」


 はじめに、塾主が国家経営において「伝統精神」に着目した背景を考えたい。塾主は、国家を経営する上で、人間としての「普遍性」とともに、その国独自の「国民性(あるいは民族性)」とを、ともども十分生かすことの重要性を訴えた[iv]。人間はみな同じ人間であるが、一人として同じ人間はいないように、国にも個性がある。この国の個性が、国民性であり、この国民性こそが、「伝統精神」であると塾主は考えた。

 それでは、塾主が説く「日本伝統精神」とは何であろうか。塾主は、日本の伝統精神とは「歴史」と「風土」から形作られたと言う[v]。第一に、歴史。ここでの歴史とは、天皇家の祖先が、徳による政治で日本を建国して以来、天皇制を中心として、ほぼ一国一民族で発展し続けてきた二千年を指す。第二に、風土。塾主は、日本の風土の特徴を、南北につらなる「島国」と強調した上で、変化に富んだ国土とゆたかな四季として考えた。

 その上で、塾主は、「日本伝統精神」の特徴を「衆知を集める」、「主座を保つ」、「和を貴ぶ」の三つにまとめ上げた[vi]。塾主によると、日本は建国以来二千年の歴史の中で、国の内外を問わず広く衆知を集め続けながら、天皇制という国の主座を保ち続け、平和を愛好して和を貴んできたという。その象徴が、他の優れた知を吸収しながらも、一つの国として主権を保ち続け、終始一貫して発展の歩みを続けてきたことに現れているという。

 塾主は、日本が「日本伝統精神」を発揮した先に目指すべき国家像として、「国徳国家」を提唱した[vii]。近い意味合いとして、精神大国や道徳大国、徳行国家なども掲げている。要するに、日本が「日本伝統精神」を通じて物心一如の繁栄を築き、国の徳を高めることで、世界中から信頼と尊敬を得られ、世界の大番頭として世界に貢献できるというものだ。塾主の念願の国是である。そのために、日本人としての自覚の重要性を説いた[viii]

「日本伝統精神」から考える「松下政経塾建塾理念」

 以上、塾主が説く日本論としての「日本伝統精神」を紐解いた。その内容を踏まえ、筆者による塾是の一文の解釈を述べたい。最初に、「真に国家と国民を愛し」とある。本文は、塾是の前提にあたると言えよう。筆者は「日本と日本人とは何かを学び続け、その本質『日本伝統精神』を取り戻して、その良い所を発揮し、悪い所を省み、日本と日本人のために生きよ」と解釈した。「日本人として主座を保て」とも言えるのではないか。

 次に、「新しい人間観に基づく政治・経営の理念を探究し」とある。本文は、塾是の手段にあたると言えよう。筆者は「人間の普遍性と日本の国民性の理解に努め、日本のリーダーとして『日本伝統精神』を発揮して衆知を集めて、人の本質と国の伝統に基づく国家百年の大計を考え国是として世に問い、国家を経営せよ」と解釈した。「日本人として衆知を集めよ」とも言えるのではないか。

 最後に、「人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献しよう」とある。本文は、塾是の目的にあたると言えよう。筆者は「日本の繁栄を築いた先に、日本に留まることなく、世界のリーダーとして『日本伝統精神』を発揮して和を貴んで、人類愛を持って世界の国ぐにと良き交わりを深め、世界の物心一如の繁栄を導くことで、世界の平和と幸福に貢献せよ」と解釈した。「日本人として和を貴べ」とも言えるのではないか。

 以上、塾主が説く「日本伝統精神」の観点から、筆者による塾是の一文の解釈を述べた。筆者は、「日本の伝統精神を取り戻すこと」が最大の課題だと理解した上で、次のように結論付けた。「日本と世界の真のリーダーとして、衆知を集め、主座を保ち、和を貴んで国家を経営し、日本と世界の繁栄、平和、幸福のために生きよ」。これこそが、塾主の松下政経塾建塾理念の真意であり、日本愛の集大成ではなかろうか。

おわりに

 筆者は今春、45期生として松下政経塾に入塾した。自らの志を磨くためだ。筆者は松下政経塾で、真に国家と国民を愛し、新しい人間観に基づく政治・経営の理念を探究し、人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献できるよう、塾主の想いを学び、国是を受け継ぎ、自らの志を磨き続ける覚悟だ。目指すは一つ。「文化大国日本」の実現である。最後に、塾主の代表作『道をひらく』から、末尾の一文を引用しておわりとする。

「(前略)日本はよい国である。自然だけではない。風土だけではない。長い歴史に育まれた数多くの精神的遺産がある。その上に、天与のすぐれた国民的素質。勤勉にして誠実な国民性。日本はよい国である。こんなによい国は、世界にもあまりない。(中略)よいものがあっても、そのよさを知らなければ、それは無きに等しい。もう一度この国のよさを見直してみたい。そして、日本人としての誇りを、おたがいに持ち直してみたい」[ix]

参考文献

・松下政経塾 設立趣意書

・松下政経塾 塾是・塾訓・五誓

・松下政経塾『松下幸之助のめざしたもの』

・松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたち』

・松下政経塾 『松下幸之助が考えた国のかたちⅡ』

・松下政経塾 『松下幸之助が考えた国のかたちⅢ』

・松下幸之助『政治を見直そう』

・松下幸之助『人間を考える』

・松下幸之助『日本と日本人について』

・松下幸之助『リーダーを志す君へ』

・松下幸之助『君に志はあるか』

・松下幸之助『道をひらく』

・松下幸之助『夢を育てる』

・松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』

・アーノルド・J・トインビー『日本の活路』


[i] 松下幸之助『日本と日本人について』P11

[ii]松下幸之助『日本と日本人について』

[ⅲ]松下政経塾 塾是

[]松下幸之助『日本と日本人について』P29-36

[]松下幸之助『日本と日本人について』P38-58

[vi]松下幸之助『日本と日本人について』P78-115

[vii]松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたちⅢ』P203-279

[viii]松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』P488

[ix]松下幸之助『道をひらく』P270-271

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