論考

Thesis

人口減少とインフラ老朽化の複合危機からの処方箋
~第 1 弾 インフラマネジメントに必要な新・コモンズ~

1.はじめに

1.1 背景
 これからの日本を考える上で現状の日本をどう捉えるかが重要である。松下幸之助は著書の中で「日本よい国」と述べている1)。約60年経った今の日本の状況は彼にはどう映るのだろうか。
 私の認識は、「瀕死状態の日本」である。
 2023年の日本の名目GDPは世界4位2)。奮闘しているように思うかもしれないが、1人当たりのGDPは世界 38位2)、経済成長率に至っては世界125位2)という状況である。今後、人口減少が加速度的に進行する日本では事態の悪化が避けられないことが予想できる。
 今日の人口動態が30年後の人口を決めることから直ちに人口減少を食い止める策を講じることは難しい。人口減少の解決の即効策として移民の受入れも挙げられるが、足りないリソースを外から調達することのデメリットも大きく、その場しのぎの安易な判断で進めるべきではないと考えている。
 高齢化するのは人だけではない。日本では高度経済成長期に多数の建設プロジェクトが実施された。現在、この時代に建設された構造物の老朽化が社会問題となっている。
 田中角栄が『日本列島改造論』3)を出した頃は、人口増加や土地不足が大きな課題であり、インフラを「つくる時代」であった。しかし、人口減少に直面する日本では、財政面から既存のストックの維持が難しいことが容易に想像できる。仮に、人口減少下において既存のストックの維持を優 先した場合、インフラサービスの低下や使用料金の高騰4)等が発生し、それは私たち国民自身の生活の負担にも繋がる。人口減少が悪いのではなく、高度経済成長期の増加モデルのままで物 事を考えようという姿勢が状況を悪化させている。これからの日本では、「まもる・しまう」という考え方がインフラとの付き合い方の鍵となり、このような価値観を広く共有していくことの必要性も高 まっている。
 インフラ老朽化が社会問題となったのは日本だけではない。1980 年代のアメリカではインフラ老朽化問題が深刻化し、「荒廃するアメリカ」と呼ばれた5)。「荒廃するアメリカ」の原因は、50年前の1930年代に行われたニューディール政策である。日本は30年遅れでアメリカの後を追っている状況と言える。しかし、当時のアメリカの人口は増加している状況であった。不幸なことに、人口減少とインフラ老朽化のタイミングが重なったのは日本が世界初である。すなわち、この難局を乗り切ることができれば、日本の取組みが、人口減少下におけるインフラ老朽化問題からの脱却策のモデルとなり、今後、同様の状況に陥る他国への展開も可能となる。
 以上を踏まえ、私は土木を専門とする研究者として、世界初の困難を乗り越えられる国土ビジョンを描く責任があると考えている。そのため、ビジョンレポートでは、人口減少下のインフラマネジメントを切り口として、人口減少が国力の衰退に影響しない国土ビジョンについて考えていく。

1.2 国土ビジョンとは
 先に「国土ビジョン」という言葉を用いた。国土交通省の国土形成計画や国土利用計画の概要 説明6)を踏まえると、「国土ビジョンとは、自然的、社会的、経済的、文化的といったさまざまな条件を十分に考慮しながら、総合的かつ長期的な国土づくりの方向性を定めるもの」と定義することができる。しかし、著者と読者の「国土ビジョン」の認識を合わせるために、ここではあえて本レポートで用いる国土ビジョンを定義する。
 下河辺は、国土ビジョンには、国土構造論、国土構成論、生態系と人工系の共存論の3つの観点7)があると述べている。1つ目の国土構造論は、国土軸や地方分権に関する議論のことである。2つ目の国土構成論は、日本を構成する各地域の多様性や特殊性に関する議論である。1つ目の国土構造という骨組みが強固であっても、各自治体という細胞が機能しなければ日本として成立しないという意味である。3つ目の生態系と人工系の共存論は、人間と自然との共存に関する議論である。
 以上を踏まえ、自分なりに国土ビジョンの役割を整理した。
 図 1 に国土ビジョンの役割を示す。
 まず、生態系と人工系の共存論は、突き詰めると農業と工業、地方と都市の共存と考えることができるので、国土構造論や国土構成論を考える上での前提条件として整理した。
 次に、国土軸の議論は、交通・通信網や開発拠点の議論になることから国土構造論は、産業政策、経済政策、資源・エネルギー政策、交通政策等、他の政策と相互に影響すると考えた。さらに、国土構成論の主体は地方であり、地域政策と捉えることができる。
 このように考えると、日本社会が抱える多種多様な課題は、国土構造や国土構成に分類することができる。本レポート内では、国土ビジョンとは、広義では国づくりそのものであり、人間が営む全ての活動と国土資源のバランスを長期的かつ総合的に計画することと定義する。

1.3 私の理想の国家とは
 次に、ビジョンを示すにあたり、私が理想とする日本について述べたい。
 私は、人口減少下の日本において、「どんな時も“当たり前”を提供し続けられ、経済成長を遂げられる強い日本」を実現したいと考えている。仮に、日々の何気ない生活、「当たり前」が崩れた時、停電や渋滞による経済損失、災害による人命や財産の損失、大気汚染や水質汚濁による健康被害など不安かつ不自由な生活が想像できる。このように考えると、安全・安心・快適な国土や地域に住むことができる日本の現状は他国と比較すると非常に恵まれており、日本人は十分に幸せである。このような生活を支えているのはインフラであり、インフラという基盤が整っているからこそ、その上に社会保障、教育、外交・安全保障、農林水産等の社会システムを積み上げることができる。安全・安心・快適な国土と社会システムが整った国は、そこに住む人々に余裕を与え、 挑戦できる風土を醸成し、活気ある日本を創造するための土壌が整っている状態と言えるだろう。 そして、安全・安心・快適な社会の実現と国土基盤の確立を通して後世へプラスの財産を残すことで100年後も世界に誇れる日本を創造し、ロールモデルとなる国家を目指したい。

1.4 ビジョンレポートの位置付けと目指すもの
 前述の通り、日本の現実と私が理想とする国家には大きなギャップが生じている。理想の国家を実現するためには、このギャップを埋めるべく各分野における軸となる政策、そして個別具体的な施策を念頭に、戦略的なアプローチが必要となる。
 本レポートではあえて個別具体的な国土ビジョンには触れないこととした。というのも、日本中の多くの研究者・技術者が人口減少下のインフラマネジメントをどうするかを日々考えている。私もその1人としてこれまでさまざまなところで国土ビジョンを述べてきた。しかし最近、処方箋があっても実装できない大きな壁、すなわち技術や制度設計以前の問題を抱えているのではないかと感じるようになり、本レポートではその部分の深掘りに専念した。1.2 で人体を模して国土ビジョンを説明したが、骨格や細胞等の肉体的な部分にどれだけ手を入れても、精神的な部分がしっかりしていなければ身体として機能しない。そのため、本レポートは、人口減少とインフラ老朽化の複合危機からの処方箋の第1弾という位置づけで精神的な部分に着手する。機会があれば第2弾として、私の考える個別具体的な国土ビジョン(こちらは肉体的な部分)を示すこととする。

2.人口減少社会におけるインフラマネジメントの現状と課題 

2.1 なぜインフラメンテナンスに苦戦するのか?
 日本では 2012 年の笹子トンネル天井版崩落事故8)を契機に、インフラの老朽化がインフラの機能不全やサービスの提供を不可能にするだけでなく、人命を脅かす事態を招くことが社会に広く認知されるようになった。そのため、国土交通省は2013年を「社会資本メンテナンス元年」として位置づけ、2014年から様々な取組みを行っている9)
 しかし、大転換から10年以上経過した現在もインフラメンテナンスを取り巻く環境には未だ多くの難題が山積みである。
 インフラメンテナンスが難航する理由として、ヒト・技術・カネの3要素の不足が挙げられる。国土交通省は、インフラの長寿命化や予防保全対策を推進 10)しているがこれは果たしてインフラ老朽化問題の根本的な解決に繋がっているのか。既存の枠組みの中での効率化であることは間違いないが、人口減少社会におけるインフラ老朽化を克服するためには対症療法から脱却すべきでないか。そのためには、まず、既存の体制と発想からの脱却とインフラマネジメントに関わる人達の隔たり解消が必要と考えた。

2.2 既存の体制と発想からの脱却
 ここでは、既存の体制と発想からの脱却に関して考える。私の理想とする国家像が、「どんな時も当たり前を提供できる国家」であることから、平時と有事のインフラマネジメントについて能登半島地震を例として述べる。

2.2.1 縦割り行政の弊害
 まず、「道」について考えてみよう。
 2024年の能登半島地震では、多くの道路が塞がれ、道路啓開に時間を要した11)。まちとまちを結ぶ「道」を陸上のみの「道路」と考えた場合、能登半島地震の教訓から全道路の高規格化必須との結論に至るだろう。しかし、平時における能登半島の過疎化の現状や日本政府の財源を考慮すると、日本全国の道路を有事に備えて高規格化することは現実的ではない。もちろん、緊急輸送路のような“動脈”に関しては地域に関わらず、高規格化すべきである。しかし、災害発生後に道路を使用するためには、道路の安全性を確認する必要があり12)、その手間等を考えると有事において即座に使用できる代替「道」を考える必要がある。
 近年、ドローンやUAV等、空のモビリティの実装が進んでいる。空のモビリティは、数メートル角の離発着スペースを備えておくだけで、物質輸送が可能である13)。災害時においても、離発着箇所の安全確認のみというメリットは大きいと言える。また、離発着スペースの整備費用は、全ての道路を高規格化するより安価である点も大きい。空のモビリティのコモディティ化が進むことで、「空路」活用への期待が高まる。
 以上より、「道」を使い分けることの重要性を理解して頂けたと思うが、現段階で「道」を一体的に管理する体制は構築されていない。なぜなら、道路は道路局(旧建設省)、空路は航空局(旧運輸省)と管轄が違うことが「道」の一体管理の大きな障壁となっている。したがって、今後はインフラを構造や存在場所で区分している現在の仕組みではなく、用途を考慮したインフラマネジメントを考えていく必要がある。

2.2.2 インフラの基準や概念
 次に、インフラの基準や概念について述べる。これまた、能登半島地震で被災した七尾市では、 約 70km 離れた白山市から水道を引いていたため、長距離の「線」が被災することで長期間水道 が使えない状況となった14),15)。そんな七尾市を救ったのは昔使われていた井戸だった16)。井戸水の品質は水道水には劣るが、生活用水としては十分な品質であり、水道不通状態の七尾市を救った。
 日本における上下水道施設の整備では、水道水の高品質化と水道施設のネットワーク化に力を入れてきた。これまでは、広域ネットワークを組むことで渇水や災害時のリダンダンシーに繋がると考えられていたが、水道管の耐震化が十分に進んでいなかった能登半島地震ではネットワーク化があだとなってしまった。
 平時は集積型やネットワーク型のインフラが効率化の観点から望ましいが、有事においては分散型や独立型の方が優れていることもある。また、平時においては、「より安全」、「より安心」、「より快適」、「より速く」が求められるが、有事においては「使えること」が第一となり、質のグラデーションも考慮すべき事項となる。

2.3 インフラマネジメントに関わる人達の隔たり解消
 ここでは、インフラマネジメントに関わる人達の隔たり解消に関して詳細を述べる。
普段何気なく通っている橋には所有者が存在する。多くのインフラの管理を担っているのは、官公庁・公共団体や民間インフラ会社であり、彼らを「発注者」と呼ぶ。発注者は、インフラの管理や運営(運行等)を担っているが、現場でインフラの建設や点検を行う人がいなければインフラとして成立しない。主な役割分担として、ゼネコンが建設工事を、建設コンサルタントが計画、設計、点検を担当する場合が多く、彼らは「受注者」と呼ばれている。受注者の多くは、業種別では建設業に分類される。2023年における建設業就業者数は約 483万人であり17)、全人口のうち約4%が建設業に関わっている状況である。
 図 2 に公共事業の担い手構造を示す。
 この担い手構造は、発注者と受注者の関係を示す請負契約に関係する部分(図 2内の[1])と受注者を頭とした重層下請構造に関係する部分(図 2内の[2])に分けることができる。
 発注者と受注者は対等な関係とされているが実務上、さまざまな問題が生じている。受注者は請負契約に基づいて発注者の指示で仕事を進めることになる。何をするにも発注者からの仕様書が基本となるのだ。管理する側の発注者は、許認可申請や手続きという書類仕事が中心となり、現場がおざなりになっている。契約によって責任の所在を明らかにすることも重要だが、図面や数字だけでは実態に即したインフラマネジメントは成立しない。
 さらに、重層請負構造という点も足かせになっている。建設業界における働き方改革や女性活躍推進への取組み等、業界を変えようというムーブメントは高まっているが、改革は難航している18),19)。なぜなら、発注者や受注者(大手)は改革を進めることができても、「一人親方」問題を抱える建設業界では、担い手構造全てを変革することは容易ではないからである。また、受注者間でも隔たりが発生している。例えば、現場監督と職人は、同じ現場で、同じプロジェクトに携わるチームのメンバーでありながら、休憩所やトイレ問題等が発生している20)。同じチームで、同じ目的に向かって仕事をするのであれば、同志意識を高めることやコミュニケーションを通じた相互理解を深めることも必要となってくる。

3.人口減少とインフラ老朽化の複合危機からの処方箋

3.1 私はこう考える
 人口減少とインフラ老朽化による複合危機が迫る中で日本はどうしていくべきなのか。
 このように考えると、理想と現実のギャップを埋めるためには、今まで当たり前とされていた概 念や価値観を状況や時代に合った形に変えていくことが必要であろう。その際、宇沢21)が提唱した社会的共通資本の「自然環境」、「社会的インフラストラクチャー」、「制度資本」、すなわち、橋やトンネルといった各構造物、道路や港湾といったインフラストラクチャー、水道システム等のインフラシステムだけを対象とするのではなく、3つの根底に共通する「どういうインフラであるべきか」、「どういうインフラマネジメントであるべきか」等のインフラに対する価値観やインフラの概念を再考する必要がある。恐らく、私を含む多くの技術者はこの部分を考えるのが苦手であり、宇沢の提唱する3つの社会的共通資本の技術開発や制度設計に頼り、困難を乗り越えようとする。
 本レポートでは、インフラに対する既有の価値観や概念の変容に着目することを第一歩とし、以降の記述を進めることとする。なお、新型コロナウイルスを契機にパラダイムシフトやビジネスモデルの転換を経験し、なおかつ南海トラフ大地震やインフラ老朽化など国土に関する次なる危機が身近に迫っている今だからこそ、人々が既有の価値観や概念の変容を比較的容易に受け入れられる状態であると期待している。

3.2 必要なのは価値観や概念という無形の“コモンズ”
 多様性を尊重する現代社会では、「個人」を重視する傾向が強く、関係者間で明確な共通目標を共有する機会の重要性が高まっている。例えば、戦後復興から高度経済成長期の池田勇人内閣の「所得倍増」というスローガンは誰にとっても分かりやすい共通目標として日本中を一致団結させ、日本経済の大成長という結果を残した22)。今の日本には共通目標が存在せずに、各々がバラバラな方向に進んでおり、ベクトルが合っていないようである。
 この背景には、時代も大きく影響しているだろう。現代の日本では、かつて日本が経験した飢餓や戦争のような命を脅かす危機を身近に感じることはなく、国民の自発的な結束の機会はほぼないと言える。さらに、国民の多くが無宗教状態の日本では、キリスト教徒やイスラム教徒が大半を占める他国と異なり、共通の価値観の共有が容易ではないことも背後にあると考えられる23),24)
 ところで、表 1に共同体による資源管理方法を整理した。共同体による資源管理方法については、様々な形態が存在している25),26)。コモンズとは構成員によって共同で利用・管理される共有材を示し、実質的な利用と管理が共同で行われている点がポイントである27),28)。また、コモンズの資源の特徴として、「競合性が高く」、「排除性が低い」の2つが挙げられる27),28)。インフラや国土は有形かつ有限であり、インフラマネジメントを考えることは、適切な資源の管理を考えることと言えるだろう。ただ、3.1 で述べた通り、社会的共通資本の「自然環境」、「社会的インフラストラク チャー」、「制度資本」だけがコモンズではなく、この3つの根底に共通するインフラへの価値観や概念の部分が今後のインフラマネジメントを考える上で重要なエッセンス、すなわち無形のコモンズに相当する(図 3 に)。
 人口減少下とインフラ老朽化の複合危機からの脱却を目指す場合、「インフラがあって当たり前」や「インフラが無くなることはない」という価値観から新たな価値観に転換する必要がある。
 以降の章ではこれからのインフラマネジメントに必要なコモンズについて述べる。1 つ目は、人口減少社会のインフラマネジメントで不可欠な新しい価値観「Less is More」を述べる。2つ目は、新しい制度・技術を導入するために不可欠な「インフラマネジメント共同体」という概念について述べる。最後に、持続可能なインフラマネジメントを可能にするための「インフラ・アクティビティ」という概念について述べる。

*:25) **:26)

4.これからのインフラマネジメントのコモンズ

4.1 Less is More という概念
 日本では日米構造協議による内需政策29)。の一環として、1990 年代に地方にたくさんのハコモ ノが建てられた。何もない場所にきれいな体育館や図書館ができることで住民の満足度は高かったのだろう。しかし、財政力の弱い自治体にとって、それらのハコモノを管理運営し続けることは大きな負担となってしまった。今では、自治体毎にフルセットの公共施設を有するのではなく、市町村合併や更新時期を契機に再編や集約を進め、近隣地域で同機能の施設を共同利用するパタ ーンが増えている30)。「再編」や「集約」という言葉は「縮小」や「減少」というとネガティブなイメージと結びつくようだが、1990年代から現在にかけてのハコモノやインフラの状況を見る限り、自治体毎に相応量が異なっているのは明らかである。削ぎ落すより、盛り込む方が楽で簡単なのは事実だが、それは本当に将来の日本のためになるのだろうか。
 産業革命以降、コンクリートや鉄を用いた建築技術の向上により、装飾を削ぎ落した機能的で合理的なデザインを重視するモダニズム建築31)が急速に普及した。モダニズム建築の巨匠であるルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ32)の信念は Less is More である。「少ない方がより豊かである」という思想は、当時の社会情勢に対して物質的な豊かさが全てではないという一石を投じた。西欧的な価値観と捉えられがちだが、いけばなや日本庭園をはじめとする「余白」や「間」を 大切にする日本の伝統精神・文化の根底に通ずるところがあり33),34)、本来日本人の中には Less is More という思想が潜在しているのだろう。
 また、削ぎ落す過程では「何が本当に必要か」を考えることになる。モダニズム思想は、機能主義や合理主義と言われているが、取捨選択の過程において、こだわりの濃縮が生じる。さらには、過剰な装飾を取り払い、シンプルとなることで周囲との調和性が高まるという利点もある。最低限の機能や装飾であれば、人間の手が加わる余地も出てくる。人の手が加わることでさらにこだわりが詰まり、人の関与する割合が増えることは精神的な豊かさに繋がるともいえる。シンプルなインフラにすることで、技術者以外の人がインフラと関わる機会を増やすことができ、国民とインフラの距離が近づくようになるだろう。
 ここで注意して欲しいのは、私は全てのインフラに対して「Less is More」という概念を取り入れるよう提案している訳ではない。
 図 4 にインフラの量と質の関係を示す。圧倒的に量が不足していた戦後復興期や高度経済成長期、その後の性能向上を目指すフェーズでは、より多く、より高品質なインフラが求められていた。したがって、増加・拡大モデルにおける「More is more」という概念は既に日本人が持ち合わせている共通の概念、コモンズといえる。しかし、2008年を境に人口減少期を迎え、これまでのような増加・拡大モデルが適用しない段階に突入した。成熟都市で必要性が増すインフラも存在し、これまで通り「More is more」の概念も必要だが、インフラに対する価値観を状況に合わせて使い分ける必要あり、人口減少時代においては「Less is More」の認識を共有することが重要となる。
 人間は、無いものを新たに得る時に幸福や喜びを、有るものを失うときに喪失感や悲しみを感 じる。しかし、増加・拡大モデルが適用できなくなった現代において、物質的な豊かさを追求するままで持続可能な国土の実現が難しく、人口減少縮小社会における新しいインフラの概念として 「Less is More」を取り入れてみるのはいかがかと提案している次第である。

4.2 インフラマネジメント共同体という概念
 新たな価値観を浸透させ社会を動かしていくためには大多数から共感を得ることが必要となる。しかし、2章からインフラマネジメントに関わる内輪での相互理解すら十分でない状態と言える。4.1 の Less is More が普及した先には、既存のインフラマネジメントに関わる人以外、すなわち国民の参入が見込まれるため内輪の問題は早々に解決しなければならない。
 そこで、まずは、インフラマネジメントに関わる人の間でインフラマネジメント共同体という価値観 を共有する必要がある。
 社会学者のテンニエスは、集団をゲマインシャフトとゲゼルシャフトの2つに分けて定義した35),36),37)。ゲマインシャフトは人と人との繋がりを重視した価値共同体37)である。資本主義社会で勝ち抜くためにはゲゼルシャフト的な組織が望ましいこと、科学技術の進歩によりさまざまなネットワークが希薄化していることからゲマインシャフトは消え去っているのが現代の組織の特徴である。インフラマネジメントにおいても、コス ト至上主義や最適化を追求し過ぎるあまり、分業化が進み、ゲゼルシャフト的になっている。連携による隔たり解消を目指すためにはインフラマネジメントに関わる人達がゲマインシャフト的になることが望ましい。しかし、合理的かつ個人的傾向の強い契約社会の現代においてゲゼルシャフトからゲマインシャフトへの転換は相応しいとは言えない。また、「インフラはあって当たり前」と考えている人が多い現代社会においてゲマインシャフトへの転換を進めることは、善良な人がフリーラ イダーの犠牲になるという新たな問題38)を生み出すことにも繋がる。したがって、ゲゼルシャフト、 ゲマインシャフトの良し悪しを鑑みた上でインフラマネジメント共同体は win-win な関係であることが望ましく、ゲゼルシャフトの中に+αとしてゲマインシャフトが共存する共同体の形が理想と考えている。図 5 にインフラマネジメント共同体の現状と理想を示す。公共事業であるインフラマネ ジメントは、競争原理を機能させることが不可欠であり、竣工という共通の目標に向かってコストや工期を守りながら安全に工事を遂行する必要があるためゲゼルシャフト的が適している。しかし、これからのインフラマネジメントでは、「行政(発注者)」、「民間(受注者)」、「国民」の3者連携 が求められており、直接的に利害関係が発生しない「国民」の参加を促すためには本質意思に基づく共同体の形成39)が必要となり、インフラや国土といった「場所」をきっかけとしたゲマインシャフトが必要になってくる。したがって、理想では現状よりもゲマインシャフトの割合を多くした。

4.3 インフラ・アクティビティという概念
 4.2 で示した新しい共同体の構築により、インフラマネジメントに国民が参画しやすい構図となる。新たに加わる国民が「一見さん」ではなく、主体的かつ持続的にインフラマネジメントに関わってもらうことがカギとなる。
 現状、インフラマネジメントの課題を解決したいと思っている人の大多数は私のような技術者である。技術者達は、インフラの使い手である国民にインフラマネジメントを主導する立場としてインフラマネジメントに加わってもらうことで、人手不足や財源不足という制約下のインフラマネジメントの状況を少しでも良くできると思っているのが本音だろう。しかし、新たな担い手として期待されている国民にとって、先行きが暗く、苦しい作業が多いインフラマネジメントというイメージでは参画 するモチベーションが維持できない。そして、一度参加し、「楽しくない」と感じたらその後はインフラから離れて行ってしまうだろう。
 「なんか楽しそう」「輪に加わりたい」と思ってもらうにはどうしたら良いか。
 武田信玄の霞堤で有名な釜無川では、堤防を新設した際に堤防上で御神幸祭を行うことで人を雇用することなく、強固な堤防の早期実現を狙っていたとの説がある40)。結果として、お祭り参加者は堤防の締固めに貢献することになるが、祭りによって堤防上に人が集まり、踊りによるステップが締固めに寄与するという構図は立派な住民参加型のインフラマネジメントと言える。同様に江戸時代には各地の堤防上に桜の木を植え、花見客による堤防締固めを狙っていたとの説もある41)
 このような取組みはハードインフラだけではなく、どこの地域にも共通して存在するオープンスペースでも行われている。例えば、街路樹やコミュニティ花壇の植樹・植栽や維持管理においても住民参加が行われている42)。宮城県仙台市では市民協働による樹木管理DXが行われており、 最新技術を活用しながら市民と一緒に緑化都市や脱炭素まちづくりを推進している43)。普段誰もが目にする身近なオープンスペースを住民参加の場として活用することで、まちづくりへの理解促進や参加者同士の連携、そしてシビックプライド44),45)の醸成に繋がっていく。富山市では、シビックプライドの醸成により、まちなか居住の推進や民間投資の活発化に成功し、地域活性にも広がりを見せている46)
 インフラという空間に人が集まり、楽しそうに何かをやっている光景は新たな共感を生み、インフラマネジメント共同体の拡大や結束力強化にも繋がる。インフラをアクティビティの 1 つとして活用していくためには、仕掛ける側の工夫が必要である。国民がやらされているのではなく、参画することが楽しい。そして、活気付く様子が視覚や体感で得られ、効果が分かりやすい仕組みを確 立することでインフラに関する住民参加がインフラ・アクティビティに変わっていく。インフラ・アクティビティに関わる人々やその周辺が活気付いていくことで外の目も変わる。住民主体でインフラを守ろうとする光景を生み出すことでさらなる輪が広がっていくことになる。

5.まとめ 

 本レポートでは、国土ビジョンを提唱し、実現させるための大きな壁を乗り越えるために必要な観点をまとめた。価値観や概念という無形のコモンズに着目し、さらにインフラマネジメントの課題解決のために必要なコモンズとして①Less is More、②インフラマネジメント共同体、③インフラ・アクティビティを挙げた。
  Less is More は縮小均衡のための手段ではない。それは、私が「どんな時も“当たり前”を提供し続けられる国土」をつくりながら、「経済成長を遂げられる強い日本」を目指したいという思いがあり、More is more の概念によって必要な所には必要な投資を、また、将来の日本を考えた新規投資を積極的に行っていくべきだと考えている。時間や資源は有限であり、瀕死状態の日本は悠長なことを言っている余裕はない。インフラメンテナンスへの持続的な国民参加は、多くの国民にインフラを自分事として捉えてもらうきっかけにもなるし、国土は自分達で守るという自己責任的な思考も必要となるだろう。そのためにも、インフラメンテナンス共同体という概念を共有し、人口減少とインフラ老朽化の複合危機を脱出する手がかりとなることを期待する。
 最後になるが、図 6 に並松の国家ビジョンの全体像を示す。本レポートの内容をプラットフォームとして、第 2 弾に予定している個別具体的な国土ビジョンが稼働していく予定である。次なる日本の姿、乞うご期待!


謝辞 
 本レポートの作成にあたり政策研究大学院大学の家田仁教授から多くのご指導をいただきました。いつもフランクに接して下さり、楽しい議論の時間を過ごせました。初めてお会いした際に岡村甫先生の自己充填コンクリートのお話をして下さり、その内容がこのレポートの重要部になりまし た。レポートの議論はもちろん、インフラ業界のさまざまな情報やご自身のご経験等もお話下さり、とても勉強になりました。心から感謝申し上げます。

参考文献

1) 松下幸之助:道をひらく,1968

2) IMF:World Economic Outlook,2024.4

3) 田中角栄:日本列島改造論復刻版,日刊工業新聞社,2023.

4) 山下耕治, 赤井伸郎, 福田健一郎, 関隆宏:老朽化と料金体系が水道料金に与える影響,フィナンシャル・レビュー,令和4年第3号(通巻第149号),pp.202-223,2022.11

5) パット・チョート、スーザン・ウォルター(社会資本研究会訳):荒廃するアメリカ,開発問題研究所,1982.9

6) 国土交通省HP:国土計画,
https://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/kokudoseisaku.html
(参照日 2024-08-14)

7) 下河辺淳:戦後国土計画への証言,日本経済評論社,2016.

8) トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会:トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会報告書,2013.6.

9) 国土交通省:令和6年度版国土交通白書,pp.140-141,2024

10) 国土交通省:予防保全型のインフラ老朽化対策の推進(令和2年11月10日),
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg6/20201110/pdf/shiryou1-1.pdf
(参照日 2024-11-15)

11) 国土交通省:令和6年能登半島地震 道路復旧見える化マップ,
https://www.mlit.go.jp/roa d/r6noto/index2.html
(参照日 2024-09-28)

12) 内閣府(防災担当):大規模地震発生直後における施設管理者等による建物の緊急点検に係る指針,2015.2.

13) 国土交通省:ドローン物流の社会実装に向けて(令和5年2月21日),
https://www.mlit.go.jp/report/press/tokatsu01_hh_000659.html
(参照日 2024-09-28)

14) NHK NEWS WEB:「県運営の水道 七尾市まで送水開始」(掲載日 2024-01-26),
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kanazawa/20240129/3020018616.html
(参照日 2024-09-28)

15) 国土交通省:令和6年能登半島地震を踏まえた上下水道の強靱化について,
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/suisinkaigi/joukyou_dai8/siryou3.pdf
(参照日 2024-09-05)

16) 国土交通省:緊急水源としての地下水活用事例調査 (七尾市),
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/content/001731438.pdf
(参照日 2024-09-28)

17) 総務省:労働力調査,2024.

18) 国土交通省:重層下請構造の是正,
https://www.mlit.go.jp/common/000183645.pdf
(参 照日 2024-08-24)

19) 国土交通省:「建設業法及び公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の一部を改正する法律案」を閣議決定,2024.3.8

20) 岡啓輔:バベる,筑摩書房,2018.

21) 宇沢弘文:社会的共通資本,岩波書店,2000

22) 吉川洋:高度経済成長,中公文庫,pp.166-175,1997.

23) 小林利行:日本人の宗教的意識や行動はどう変わったか,放送研究と調査,Vol.69,No.4,pp.52-72,2019.4.

24) 橋爪大三郎:世界がわかる宗教社会学入門,ちくま文庫,2006.

25) MacIver, R.M(中久郎・松本通晴監訳):コミュニティ,2009.

26) Elinor Ostrom(原田禎夫・齋藤暖生・嶋田大作監訳):コモンズのガバナンス―人びとの協働と制度の進化,2022.

27) 茂木愛一郎:コモンズ論の系譜とその広がり,日経研月報,No.533,pp.14-21,2022.11

28) 井上真編:コモンズの社会学,新曜社,2001.

29) 山田明:1990年代の公共投資と財政,名古屋市立大学人文社会学部研究紀要,Vol.11,p p.45-60,2001.

30) 瀬田史彦:人口減少と公共施設の再編,人口問題研究,Vol.77,No.2,pp.171-184,2021.6.

31) 藤森照信:モダニズム建築とは何か,彰国社,2022.

32) 佐野潤一:ミース・ファン・デル・ローエの建築理念としての「オーダー」,日本建築学会計画 系論文集,Vol.79,No.696,pp.553-560,2014

33) 栗田勇:日本美の原像,三省堂,1977.5

34) 山根翠堂:花に生きる人たちへ,中央公論美術出版,pp.19-22,1967.

35) フェルディナント・テンニエス(杉之原寿一訳):ゲマインシャフトとゲゼルシャフト,岩波書店,pp.34-40,1957.

36) フェルディナント・テンニエス(杉之原寿一訳):ゲマインシャフトとゲゼルシャフト,岩波書店,pp.41-90,1957.

37) フェルディナント・テンニエス(杉之原寿一訳):ゲマインシャフトとゲゼルシャフト,岩波書店,pp.91-161,1957.

38) 柳川洋一:フリーライダー問題の多面的検討,ソシオロジ,Vol.30,No.2,pp.1-26,1985.

39) フェルディナント・テンニエス(杉之原寿一訳):ゲマインシャフトとゲゼルシャフト,岩波書店,pp.163-225,1957.

40) 中村正賢:武田信玄と治水,山梨県林業研究会,pp.71-74,1965.

41) 国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所 HP:
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/259973/www.ktr.mlit.go.jp/keihin/tama/know/predecessor/03.htm
(参照日 2024-11-15)

42) 川口武将:地方自治体の街路樹に関する維持管理計画および住民参加制度の状況,ランドスケープ研究,Vol.83,No.5,pp.509-514,2020.3.

43) 国土交通省:市民協働による樹木管理 DX,
https://www.mlit.go.jp/plateau/use-case/uc23-14/
(参照日 2024-11-13)

44) 伊藤香織:シビックプライドを醸成するまちと市民の接点,
https://www.toshi.or.jp/app-def/wp/wp-content/uploads/2019/03/report180_3_2.pdf
(参照日 2024-09-27)

45) 牧瀬稔:注目を集める「シビックプライド」の可能性,
https://www.toshi.or.jp/app-def/wp/wp-content/uploads/2019/03/report180_3_1.pdf
(参照日 2024-09-27)

46) 森雅志:公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり-事例にみる富山市のビジョンと効果-,不動産研究,Vol.66,No.2,pp.23-33,2024.4

Back

並松沙樹の論考

Thesis

Saki Namimatsu

並松沙樹

第44期生

並松 沙樹

なみまつ・さき

Mission

次世代へプラスの財産となる社会資本整備の探究と新土建国家構想

プロフィールを見る
松下政経塾とは
About
松下政経塾とは、松下幸之助が設立した、
未来のリーダーを育成する公益財団法人です。
View More
塾生募集
Application
松下政経塾は、志を持つ未来のリーダーに
広く門戸を開いています。
View More
門