論考

Thesis

せんしん土木立国宣言~新国土創成事業の展開~

 本レポートでは、松下幸之助塾主(以下、塾主)が描いた国家ビジョンの中から「新国土創成事業の展開」を選定し、新国土創成事業の展開の概要を説明した後に塾主の理念を受け継いだ私の思い描く国家像「せんしん土木立国」について説明する。

1.当面の実現十目標~新国土創成事業の展開~

 1982年に塾主が考案した国民大衆党の当面の実現十目標の一つに、新国土創成事業の展開の項目があり、内容として、「現在の日本の“諸悪の根源”は、人口の割に国土が狭すぎるということであろう。これを解決する道は、山岳森林地帯の一部をならし、海を活用して、人の住める新しい国土を創成する以外にはない。この新国土創成を今後二百年にわたる我が国の国家的大事業として、二十一世紀から展開する。」と書かれている。この目標の基となった『新国土創成論』[1]について、次項で概要を述べる。

2.『新国土創成論』とは

 『新国土創成論』が発表された1976年当時、日本における総人口増加と都市部への人口・産業の集中が課題であった。日本の国土計画と照らし合わせると、“豊かな環境の創造”が基本目標の新全国総合開発計画[2](以下、新全総)と“人間居住の総合的環境の整備”が基本目標の第三次全国総合開発計画[3](以下、三全総)の時代背景が『新国土創成論』と近い。新全総は、日本経済が右肩上がりの中、全国に新幹線・高速道路網を整備するという開発要素が強い計画であった。一方、三全総は、人口過密や公害などの高度経済成長期のひずみが顕わとなった時期で、人間と自然の調和に重きが置かれ、地方へ焦点があてられるようになった。
 国土の約7割が山岳森林地帯、3割が人々の生活できる有効可住国土であるという当時の状況に対して、塾主は既存の山岳森林地帯は日本の国土の半分程度で十分とし、残った山間森林地帯は開発整備して有効可住国土とすることを提案している。さらに、開発整備した際に発生した土砂を海の埋立てに使うことで、当初は日本の国土の約3割であった有効可住国土を最終的に7割(当初比)まで増やし、将来にわたる日本国民の福祉向上を目指すという構想を持っていた。開発整備のモデル都市として、国土が狭く干拓地を拡大したオランダ、平地が少ない中で宅地造成に成功した神戸市を挙げながら、有効可住国土が増えることで、過密問題による住居不足を解消し、田畑面積を増やすことにより食料問題を解決できるとした。
 新国土創成事業の効果は、①バランスのある日本の発展、②住宅問題の解消、③食糧問題の解決、④自然の猛威の克服、⑤若者へ心身鍛錬の場の提供、⑥国是達成に向けた国民の士気向上などである。十分な住宅や食糧により物の面での豊かさを実現し、事業に従事した若者の国に対する誇りと愛情の醸成や目標に向かって一致協力することで、精神の面での豊かさも実現する。このように考えると、国土創成事業は、物心一如の調和のある社会の実現と繁栄に繋がるものである。
 新国土創成は、二百年間にわたる壮大な計画のため国家百年の大計である。当時、塾主は「国土を創成する、国土の徹底改善を図るということは、誰しも必要と感じているが、国民の無理解が事業実施を阻んでいる。」[4]と述べ、共同の責任と考え国家のために貢献しようという国民精神が薄れていることに危機感を抱いていた。さらに、日本の利害だけを考えるのではなく、世界はいかにあるべきかという視点を持って、他の国の見本となる国づくりをすることが求められていた。これらを実現すべく、素直な心を持って、衆知を集めて、全員が協力する必要があることから『人間を考える』[5]の人間観との繋がり、日本だけではなく、世界全体の繁栄と安定を考え、周囲に良い影響を与えられる国家を目指すべきという点で国徳国家[6]に繋がるところがあるといえる。

3.テーマ選定の背景

 私の志は、「社会資本整備の推進による日本再生」である。社会保障費の増加に伴う財政逼迫により、公共事業費は減少しており、国土の脆弱性や主要インフラ整備の遅れが日本経済や国際競争力の低下を招いている。バブル後から現在まで、日本は社会資本整備のフロー効果に依存しすぎであったが、本来、「国土をまもる」や「将来の財産」といったストック効果に焦点を当て、事業の重要性を議論するべきである。また、これからの日本の行方を鑑みると、「つくらない」や「ぶっ壊す」という思考も大切であることを踏まえ、今回“せんしん土木立国”を目指す。

4.塾主のビジョンを継承した“せんしん土木立国”

 私は“せんしん土木立国”を提唱する。
 せんしんを平仮名とした理由は、2つの意味を持たせるためである。1つ目は、「先進」である。厳しい地形や自然環境を有する日本では、不利な状況を克服するため土木技術が進歩し、現在も研究開発が行われている。新設・維持管理・防災、あらゆる面で先進技術を活かした国づくりが必要である。また、日本が培った技術やノウハウをフロントランナーとして世界に発信していく立場であって欲しいという意味も込めている。2つ目は、「洗心」である。この言葉は、禅語で、心の汚れや、悪心を洗い清めるという意味がある。社会資本整備の議論になると、談合や汚職、政治との癒着、土建屋の公共事業への依存体質等、悪いイメージが付きまとい、このような先入観が社会資本整備の真の効果やメリットの理解を阻んでいる可能性も考えられる。一部の人が利益を得るのではなく、公を意識したクリーンな社会資本整備である必要があると考え、このような意味を込めた。先進は「物の面」、洗心は「心の面」と考えると、せんしん土木立国は、物心一如の繁栄に繋がり、安全・安心・快適な社会の実現と後世へプラスの財産を残すことで100年後も世界に誇れる日本を創造できるのではないか。

5.せんしん土木立国の国家像

 公共工事に対する世間のイメージは良いものではないが、社会資本整備がしっかり行われていないと、その上に産業、教育、医療、福祉を積み上げることができず、国民が豊かな生活を送れない。現代の日本では、蛇口をひねるときれいな水が出てくるのは、当たり前のことであるが、トラブルで水が出ない状態になると大ニュースになる。何気ない当たり前は、それを支える人のおかげであり、国民が豊かな生活を送るためには、どんな状況でも当たり前を提供し続けられる国家である必要がある。
 せんしん土木立国では、日々の生活に直結する「安全・安心・快適な社会の実現」とストック効果に着目した「国土基盤の確立を通して後世へプラスの財産を残す」の2つに分け、取り組むべき課題を下記にまとめた。

①安全・安心・快適な社会の実現
 私たちが普段当たり前と思っている日々の生活を維持しつつ、より豊かな生活が送れるように改良、再開発により進歩させなければいけない。具体的には、インフラ老朽化問題、ボトルネック区間の整備による道路渋滞対策、防災・減災対策、浚渫・除雪・砂防対応、グリーンインフラの活用などが考えられる。

②国土基盤の確立を通して後世へプラスの財産を残す
 社会資本整備はストック効果が大きいと言われている。例えば、50年以上前に整備された高速道路や新幹線が現在も日本の大動脈として、日本経済を支え続けている。私たちも後世へプラスの財産を残すために、次世代を見据えた社会資本整備を推進しなければならない。具体的には、島国である日本のゲートウェイとなる港湾・空港強化、太平洋側を回避した東西を結ぶバイパス鉄道網・道路網の整備、戦後をベースとした国土づくりからの脱却プラン策定を考えている。

6. せんしん土木立国の取り組み内容詳細

 以下に、一部取り組み内容の詳細を示す。
①老朽化インフラへの対応
 日本は人だけでなく、構造物の高齢化も問題である。インフラメンテナンスは無限の仕事[7]であり、再開発事業や改良工事は我々の生活や日本経済を持続させるために半永久的に続く。今後、維持管理業務の増加が見込まれるため住民参加型のインフラ維持管理体制を整え、維持管理方法を義務教育で学び、国民全員を「守り手」とする。PFIの活用も注目されているが、日本の建設業全体が担い手不足の中、外資系企業の参入による地方自治体の間接的支配も脅威となりうるので、重要なインフラは自国で守るべきである。これは、国として必要な事業を推進するために国民の参画を期待した塾主の国土創成奉仕隊からヒントを得ている。
 日々の生活や経済活動を維持していくために、構造物を適切に維持管理し、長寿命化を目指す。しかし、構造物のライフスパンは長く、老朽化した構造物は増える一方である。人口減少下の日本において、全て現状維持することは土地利用計画、財政、人手などを考慮しても望ましいとは言えないため、「守らない選択」をする。現在は、点検結果に基づき、優先度を決めて補強・補修をしているが、これからは「メンテするもの」、「30年後にメンテ終了」、「10年後にメンテ終了」というようにトリアージをしていく。PCのサポート終了のように事前に告知することで、生活可能エリアを段階的に縮小していく。特に、インフラ構造物の中でも、生活に直結する上下水道に関しては、早急にトリアージを行い、将来の上下水道網に合わせ、他の構造物の存続プランや地域の在り方を策定する。ちなみに、上下水道は「線」単位で管理する必要があり、使用頻度の低い線は水道管の劣化や汚染が早く、維持コストが向上しやすいため、最もネックと考え、一次トリアージの指標とした。このように、現実の生活基盤の耐久性を基準とし、将来の居住エリアを再考し、「選択」と「集中」を加速させる。

②防災・減災対策への対応と事前復興
 日本は災害リスクの高い国である。台風による洪水被害や土砂災害、地震など自然の猛威による国土の脆弱性が顕わとなっている。自然の猛威をマイナスからゼロにするだけではなく、プラスにするために発想の転換を行うことが重要となる。
 まず、防災・減災対策について述べる。
 東日本大震災の津波被害を契機に、最大クラスの津波に対しては、海岸堤防や津波防波堤のようなハード整備と避難体制や土地利用計画といったソフト対策を組み合わせた多重防御による減災という考え方[8]が浸透した。激甚災害が増える中、最大クラスの推算が難しく、ハード構造物のみで自然災害に抵抗することはほぼ不可能である。日本は古来より、自然の力を利活用し[9],[10],[11]、災害等に打ち勝ってきた国である。ハード整備に関してもコンクリート等の人工物で整備するのではなく、自然の多機能性に着目し、生態系や景観にも優しいハード整備を推進することがこれからの社会資本整備では重要と考えている。近年、耕作放棄地が増えているが、水害リスクの高い一級河川周辺の水田は営農を再開させ、洪水時のみ田んぼダム[12]として活用することで、水害による人的・物的損害の軽減と米の生産量増加が期待できる。さらに、米の主食化を推進することで、小麦輸入量を減らすとともに国内の食糧自給率の上昇が見込まれ、一石二鳥の効果がある。
 次に、災害後の対応について述べる。
 迫りくる南海トラフ巨大地震に対して、防災・減災を意識した国土づくりは備えとしては重要であるが、地震発生時のシミュレーション[13]では、死者・行方不明者最大約32万人、経済損失最大214.2兆円という結果が出ており、東京、名古屋、大阪を中心とする太平洋側で破滅的な被害が出ることは避けられないだろう。
 これはあくまでも「最悪の事態」であり、そうならないことを願う一方で、このシミュレーション結果を現実として受け止め、地震に対する備えだけではなく、破滅的になった日本を復興させるビジョンを事前に描ける人材が必要である。危機に屈することなく、既存の延長線上で行う国土づくりと異なる視点からポジティブに破壊的な国土づくりに邁進する者が日本を早期に復活させることができるだろう。大規模災害や未曾有の危機時において、困難はチャンスと考え、全く新しい価値観で既成概念に捉われない国土づくりを推進する。

③土木技術の式年遷技
 高度経済成長期に培った土木技術やノウハウを発展途上国の大規模プロジェクトで展開し、技術継承と技術力向上を目指す。数十年後、日本で再び大規模プロジェクトラッシュが起きた際は、発展途上国の事業でブラッシュアップした技術を活用する。また、発展途上国でインフラ老朽化が問題となった際は、現在の日本の技術やノウハウを展開する。年代により、日本と海外で必要な土木技術が異なることから、世界の現場をもう一つの日本と考えると、必要な時期に必要な国である技術に関わる人材やノウハウを移転させることで、常に実践できる現場が存在することになる。伊勢神宮で行われる式年遷宮[14]では20年に一度、東と西に並ぶ宮処を改めることで、1300年前から伝わる唯一神明造という建築技術や御装束神宝などの調度品を現代に受け継いでいる。式年遷宮に倣い、土木技術を次世代へ受け継ぐ「式年遷技」を行うことで日本だけではなく世界の繁栄に貢献する。これは、塾主が説いた国徳国家に繋がる。

7.さいごに

 技術進歩や経済成長を急ぐ過程で、インフラ構造物が強固になりすぎて人間と切り離されてしまったが、本来はインフラ構造物と人間が近しい関係であることが望ましい。構造物としての主機能を保った上で、人間×自然×構造物の調和やこれらの相互作用から得られる副次効果を許容した「負けるインフラ」を社会に増やすことで、インフラは日々の生活の一部であることを改めて認識できるのではないか。これからの新しい国土づくりでは、構造物が強固かつ完璧なものであるという既成概念を打破し、構造物の不完全性から新たな価値を見出すことが次世代のインフラとそれを利用する人間に求められることであり、物心一如の調和のある社会の実現と繁栄に繋がると考えている。

参考文献

[1]新国土創成論:PHP出版社,1976.

[2]経済企画庁:新全国総合開発計画,1969.

[3]国土庁:第三次全国総合開発計画,1977.

[4]松下幸之助発言集第8巻:PHP研究所,1980.

[5]松下幸之助:人間を考える,1972.

[6]Voice:PHP出版,1984.1.

[7]日本はよみがえるか:PHP研究所,1987.

[8]国土交通省:「津波は防げるの?」,https://www.mlit.go.jp/river/kaigan/main/kaigandukuri/tsunamibousai/04/index4_1.htm(参照日2023-06-06)

[9]郷古雅春,武元将忠,渡邉真,千葉克己:GIAHS 大崎耕土の持続可能性に向けた課題と取組み,農業農村工学会誌,Vol.87,No.10,pp.19-22,2019.10.

[10]国土交通省関東地方整備局甲府河川国道事務所,伝統的治水施設の保全と整備:https://www.ktr.mlit.go.jp/koufu/koufu_index032.html(参照日2023-06-06)

[11]入江彰昭,原田佐貴,内田均,竹内将俊:グリーンインフラとしての屋敷林「居久根(いぐね)」の多面的機能性に関する研究,東京農大農学集,Vol.65,No.1,pp.9-18,2020.

[12]農林水産省農村振興局整備部:「田んぼダムの手引き」,令和4年4月

[13]内閣府:南海トラフ地震の被害想定等について,https://www.soumu.go.jp/main_content/000797692.pdf(参照日2023-05-26)

[14]伊勢神宮HP:式年遷宮,
https://www.isejingu.or.jp/sengu/index.html(参照日2023-05-29)

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並松沙樹の論考

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