論考

Thesis

天分共同立国
~生きがいを高める社会の実現~

1.はじめに

 松下幸之助塾主(以下塾主とする)は1982年当時の政治、経済をはじめ、社会の各面にさまざまな難問題があり、国際的にもきびしい状況に直面していることを指して、危機的状況としている。そして、危機的状況が生じた要因は国家目標が欠如していることだとし、解決のため、国家百年の大計にもとづく長期の目標と、当面する諸問題解決のための短期目標が必要だと塾主は考えている。その考えに則り、塾主は無税国家や新国土創成論を挙げるとともに、当面の実現十目標を示した。そのうちの一つに“生きがいを高める社会の実現”というものがある。本レポートでは、“生きがいを高める社会の実現”について、塾主の諸発言と比較しながら、含意されるものを推察するとともに、その考察を通して自身が継承し実現すべき目標について述べる。

2.塾主の“生きがいを高める社会の実現”

 趣意書中の“生きがいを高める社会の実現”の内容は以下の通りである。「国民がそれぞれの仕事に天分を見出し、その特質を存分に生かしつつ喜びと感激をもって動き、しかもその成果が共同生活の向上に有効に生かされることに真の繁栄社会がある。政治、経済をはじめ治安、国防、社会福祉その他社会各面のあり方に再検討を加え、お互いの働きがい、生きがい高める社会を構築する。」
 一文目の前段、「国民がそれぞれの仕事に天分を見出し」は人にはそれぞれ個性があるという前提を示す。[1]「一人ひとりみなちがった個性をもっているというのが、現実の人間の姿」であり、経営や商売においては[2]「磨けばそれぞれ光る、さまざまな素晴らしい素質」と表現される。つまり、天分とは個性や素質といったものであり、一文目中段では特質と表現され、そのかたちは人それぞれとなるようなものである。そして、一文目の中段、「その特質を存分に生かしつつ喜びと感激をもって動き」は天分を生かすことの喜びを示す。[3]「人間の幸福は、人おのおのに与えられている天分がそのまま素直に生かされときに初めて味あうことができるもの」とされる。また、そのように天分を生かすには人それぞれが自分の天分応じた職業を求めることができる程度の自由、言い換えると、[4]「自由な状態、自然な状態」、それを可能にする社会の存在が望ましく、政治はそれを実現する役割を担うのである。一文目の後段、「しかもその成果が共同生活の向上に有効に生かされることに真の繁栄社会がある」はそのような天分を持った人間が共生していることを示す。[5]「小は家庭から大は国家にいたるまで、人間はさまざまなかたちにおいて相寄って」共同生活をしており、その共同生活には共同生活を高めて、人間の幸せにプラスになるという意義がある。この意義に基づき、天分を生かしあうことで、更なる共同生活の発展と人間の物心ともの調和ある繁栄、平和、幸福がもたらされるのである。
 二文目の前段、「政治、経済をはじめ治安、国防、社会福祉その他社会各面のあり方に再検討を加え」の政治、経済、以下列挙事項はよりよき共同生活を生み出す諸分野を示すと考えられる。[6]「よりよき共同生活を生み出すために政治があり、宗教がある。経済、教育、学問、(中略)みなしかり」とあるように、諸分野の再検討によって共同生活の向上に寄与するという意味である。また、それぞれの分野の進歩も重要だが、それぞれを巧みに調和させることがより重要となる。二文目の後段「お互いの働きがい、生きがいを高める社会を構築する」は日本人の特質を元に、天分を生かしあうことが働きがい、生きがいを高める結果になることを示唆する。
 塾主の諸発言と照らし合わせながら検討すると、実現十目標の“生きがいを高める社会の実現”は以上のように解釈することができる。

3.天分と宇宙の真理 

 “生きがいを高める社会の実現”の文初に登場する天分について、塾主は繰り返し発言をし、その重要性について強調している。前述の通り、天分とは個性や素質といったものである。個性や素質というと、一般に[7]「個人に具わり、他の人とはちがう、その個人にしかない性格・性質」といったもので、およそ個人の性質を示したり、他とは異なる点を示すために用いられる言葉である。
 けれども、おそらく、塾主は天分を単なる個人の範疇に収まるものという意味で用いてはいないと思われる。個人の仕事の向き不向きを超え、物事の真理という面から、塾主は天分について以下のように述べている。[8]「われわれ人間の力や、願いのとおりに、人間をつくるということは絶対に不可能なことであります。このように、みんな違った人間でありますから、それぞれのもつ使命も天分もまた、全部違っているのではなはないかと考えられるのであります。そして、そういうふうに違った人間を作っているとことに、宇宙の真理があるのだと認識して、そこから物事を見、人間を見なければならないと思います。それを素直に認識して、みずからの活動なり歩み方を究めていかなければならないと思うのであります。」
 このような発言を踏まえると、塾主が“生きがいを高める社会の実現”において、必要になると考えた天分とは、宇宙の真理に従って規則として個人に与えられたものであり、かつ、その様は不規則で千差万別なものだと解釈することができるのではないだろうか。

4.個人の生きがいとつながり

 生きがいを高める社会の実現のためには、宇宙の真理に従って規則として個人に与えられた天分を、共同生活の中に生かすことが必要になる。それでは、21世紀の日本社会の中で個人と共同生活はどういった形になるのであろうか。典型的な共同生活である家族を例に挙げて考えてみたい。20世紀末以降、核家族を中心として雇用システムや税制、日常生活が組み立てられていた社会は変化している。そういった生活のあらゆるものは個人単位から家族単位に変わり、個人の時代が到来する。個人の時代には家族とのつながりを含めた、他者とのつながりが希薄化すると考えられている。こうした社会では、個人の天分を“共同生活の中で”生かすことが難しくなるのではないだろうか。
 そうであるとするならば、つながりを重視し、家族であれそれ以外であれ、共同生活を持続させることができる仕組みづくりを積極的に行っていく必要があるのではないだろうか。他方、個人の幸福はコミュニティやつながりの影響を大きく受けると、現在は考えられている。そのため、個人が“喜びと感激をもって動”くためにも、つながりは重要な役割を担うことになる。 
 私は地域に近い立場から、つながりを生む諸制度を構築することによって、個人の天分を生かし、共同生活が向上していくような社会に寄与することで、塾主が目指した生きがいを高める社会の実現の考えを継承していきたい。

脚注

[1] 松下幸之助『日本と日本人について』 PHP研究所 2015 p30

[2] 松下幸之助『人を活かす経営』 PHP研究所 2014 p25

[3] 松下政経塾『松下幸之助の考えた国のかたちⅡ』 p34 (原出典:『PHPのことば 1952)

[4] 松下幸之助『人間を考える』 PHP研究所 1995 p216

[5] 松下幸之助『人間を考える』 PHP研究所 1995 p82

[6] 松下幸之助『人間を考える』 PHP研究所 1995 p101

[7] 『広辞苑第五版』 1998 岩波書店

[8] 松下幸之助『PHPのことば その19』 1949

参考文献

・松下政経塾『松下幸之助の考えた国のかたち』 PHP研究所 2010

・松下政経塾『松下幸之助の考えた国のかたちⅡ』  

・松下政経塾『松下幸之助の考えた国のかたちⅢ』

・松下幸之助『人間を考える』 PHP研究所 1995

・松下幸之助『日本と日本人について』 PHP研究所 2015  

・松下幸之助『人を活かす経営』 PHP研究所 2014 

・松下幸之助『政治を見直そう』 PHP研究所 1992  

・落合恵美子『21世紀家族へ(第4版)』 ゆうひかく選書 2019 

・ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史下』 河出書房新社 2016

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