Thesis
2022年5月11日~6月10日の一か月間、茨城県猿島郡境町の株式会社坂東太郎にて経営実習を実施し、店舗での接客や創業者の青谷会長のお付きとして経営者の取り組みを学んだ。青谷会長だけでなく坂東太郎の社員やスタッフの皆さん、筆者が接客したお客様から感じたと塾主の考えから共通点を見いだしながら経営理念について考えていきたいと思う。
1947年4月、茨城県猿島郡境町に創業者の青谷洋治(現代表取締役会長)氏が創業した一軒の蕎麦屋から始まる[1]。現在は茨城・栃木・埼玉・群馬・千葉に飲食店合計84店舗を展開。メインは味噌煮込みうどんを中心とした和食ファミリーレストラン「ばんどう太郎」。正社員は200名程度であるが、パート・アルバイトを含めた従業員数は約2000人になる。「坂東太郎」とは「利根川」の別称であり太郎とは「一番」の意味合いも持つ。坂東の地で一番になるという会長の思いが社名に表れている。
青谷会長は高校進学前に母を亡くし、進学を諦め家業の農業を継ぐ。高校進学を諦めた時点で当時の青谷会長は世間の本流から外れてしまったと暗澹たる日々を送っていた。そんな中1971年20歳の時に農業の傍ら蕎麦屋(現すぎのや)にてアルバイトを始め、朝から昼は農業、夜からは蕎麦屋で遅くまで働く。青谷家の農業は会長の妹が学校をやめ、農業に専念することになった。青谷会長は1975年、24歳の時にのれん分けという形で独立創業。きみえ夫人(現副社長)と二人三脚で歩み始めた。経営理念は「親孝行 人間大好き」である。一言で親孝行と言っても言葉では簡単ではあるが、実に難しく奥深いものであると思う。
坂東太郎における「親孝行」とは
「親」…目上の人、上司、先輩、親、お世話になった人
「孝」…相手に理解してもらうまで誠心誠意尽くすこと
「行」…自らの行動で実行し続けること
である。若いころに母親を亡くした青谷会長の思いが鮮明に経営理念に表れている。母親にできなかった分の恩返しを周りの人たちにしていきたいという思いだ。今度のスローガンは「日本一の幸福(しあわせ)創造企業への挑戦」「一人一人が主役」だ。今回の経営実習で青谷会長の幸福哲学に沢山触れ、現場の店舗にて「一人一人が主役」を強く実感した。
研修開始時に会長より①1年で出来ることを1か月で行うこと②小さな仕事こそ真剣に、命懸けで取り組むこと。③ばんどう太郎の名刺をお客様に1000枚配ること。を仰せつかった。総本店では「ホールスタッフ」として活動した。ホールの業務としてはお出迎え、ご案内、お茶出し、中間サービス、会計、バッシング、テーブルセッティング等々、実に多岐にわたる。通常の業務にプラスして③のお客様への名刺配布できるよう、隙を見てお客様に話しかけることを心がけた。ただ単にご挨拶のみして名刺を置いていっても持ち帰ってもらえない。会話が弾み、しっかりコミュニケーションを取らなければお客様に印象が残らない。短時間で自分をアピールしファンにしていく難しさを感じたが、次第にお客様から覚えられ、お客様カードにお褒めの言葉を頂くことが何度もあった。結果として名刺のお渡しは目標には及ばず250枚程度になったものの、着実にお客様の手に渡ったものである。お客様は食事をしにご来店されるが、同時にスタッフとの会話も楽しむ方も非常に多い。またお客様はスタッフの表情や所作をよく見ていることが分かった。食事を作るスタッフも提供するスタッフもまさに「一人一人が主役」なのである。
坂東太郎、青谷会長の取り組みは塾主の精神が根付いているところが数多くみられた。店内に入るとスタッフ全員分の名前が記載された木札が○○責任者という表示と共に掲げられている。それぞれのスタッフの特性(天分)を生かし、能力を最大限引き出すのは事業部制と似たところがある。また店舗には必ず女将さん(夕方からは花子さん)と呼ばれる女性スタッフがいる。社員ではなく準社員やパートとして勤務する主婦が大半だ。しかし細やかな心配りや気遣いが徹底されることで全体の接遇レベルは底上げされる。年に一度開催される女将大会(花子大会)では各店舗の心に残ったエピソードが共有される。これは衆知を集めることであり制度自体は天分の自覚や女性活躍の推進といったところであろうか。責任者制度・女将花子制度は「頼もしく思って人を使う」[2]という塾主の言葉がまさに合致する。また坂東太郎の特徴の一つが「本気の朝礼」である。店舗駐車場で車道の方を向き、通行車両からの目線を集めながら社訓や経営方針、接客用語の唱和、笑顔の練習が行われる。前日の反省・改善点やその日の目標も各スタッフから元気よく発表される。塾主がこだわった「朝会」と同じように坂東太郎においても本気の朝礼が大切にされている。松下電器の「朝会」と坂東太郎の「朝礼」は、それぞれ一人一人を内面から育てることに大きな力となる。そして青谷会長は「社員は家族」との思いが強い。塾主は歩一会を通して社員全員でのレクや社員旅行を行い、社内の一致団結を図った。坂東太郎では全従業員対象の社員旅行が開催される。全従業員が一度に行くと営業ができない為、3回に分けて実施する。青谷会長は全て参加し従業員の労をねぎらうことで社員への感謝を忘れない。他にも塾主との共通性が感じられる。
上に記した表は一例であるが、こういった精神が根付いているばんどう太郎がその地域にあることに意味があるのだ。ばんどう太郎はそもそも人流がある場所に出店するのではなく、ばんどう太郎の店舗があることで人流を生み出すことを目指す。「街の品位を高める」[3]ことになっていると言えるだろう。青谷会長と初めてお会いした際、この経営実習の期間でも命を懸けて真剣に取り組んでほしいとの言葉を頂いた。塾主も同じく「命を懸ける真剣さ」[4]説いており、塾主と青谷会長からの言葉を一か月間心に刻みながら取り組むことができた。
経営実習を通して、私が大切にしたい経営理念は「全員が主人公」である。今回の店舗では団らんのひと時を過ごす三世代の家族、定期的に集まる高齢者の友人グループ、昼休みにランチに来るサラリーマン等々、実に様々な世代の人を接客した。「人間とはどういうものか?」約数千人のお客様と接する中でよく考え、見ることができた。お客様一人一人は誰かの子であり親であり友であり、誰かにとってかけがえのない「人」であり、それぞれのストーリー「主人公」であることに気づかされる。そうするとその人が何だか愛おしく見えてくる感覚になってくるのである。塾主も人間の大切さは各所で説いており、「一人ひとりが主役として演技している」[5]と述べている。そこには一つ一つのドラマが存在する。今回でスタッフもお客様も全員が主人公であるという意識が強く自分の中に刻まれた。この意識は一人一人に責任ある役割を与えることで当事者意識を持つことができる理念であると考える。何事も自分事にできる意識は相手に温かみを持った取り組みをすることができる。今後もこの理念を大切にし、実践し広めていきたいと考える。企業経営や地域経営、国家経営においても成功の要諦であるのではないだろうか。そうした「人」を真剣に見ることができた今回の経験は、間違いなく今後の糧となるものであろう。
[1]福嶋美香『親孝行、人間大好き』p112~113
[2]松下幸之助『商売心得帖・経営心得帖』p112~113
[3]松下幸之助『商売心得帖・経営心得帖』p84~85
[4]松下幸之助『商売心得帖・経営心得帖』198~200
[5]松下幸之助『実践経営哲学・経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』p226~228
福嶋美香『親孝行、人間大好き 坂東太郎、毎日が本気』
福嶋美香『坂東太郎の親孝行・人間大好きPart2』
松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』
松下幸之助『商売心得帖・経営心得帖』
松下幸之助『人生心得帖・社員心得帖』
松下幸之助『道をひらく』
渡邊真太朗『経営実習日報』
Thesis
Shintaro Watanabe
第43期
わたなべ・しんたろう
Mission
首都機能等移転を含めた地方分散社会の実現