Thesis
我が国は人口減少が叫ばれているが国全体のバランスが歪な状態になっている。現在日本の人口1億2493万人(2022年6月1日時点)であるが、30%に当たる約3700万人の人口が東京圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)に集中しているかなり偏った状況だ。近年の傾向でも都市部と地方の人口格差は年々広がりを見せている。地方圏から東京圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)への人口は2010年~2018年で92万1383人増加[1]しており、とりわけ20代の割合は73%に上るのである[2]。若者が高校卒業し進学のタイミングで上京し、専門学校や大学を卒業するにしてもふるさとや地方に職業の選択肢が少ない為、地元に戻らず東京圏に残るということが大半だろう。松下幸之助塾主は「大都市から地方への人口分散を積極的にはかり、日本の国全体をバランスよく発展させていかなければならない(中略)地方にいても都会にいるのと同じように仕事がはかどり、日々の生活を楽しめるような姿を実現すること実現することが大事だと思う。」[3] と述べている。塾主が発言をした1967年頃は地方圏からの人口流出は約40万人に上り、内東京圏への人口流入が約30万人であった。当時より人口移動の総数は減っているものの、現在東京圏への人口集中シェアは一人勝ちの状況であり、実にアンバランスな状況に拍車がかかっている。そもそも大学が多すぎることも問題として挙げられるであろうが、地方にもより良質な高等教育機関や仕事が無ければこういった状況は解決していかないのではないだろうか。塾主は「人口の地方分散こそ必要」[4]と考え、松下電器の工場を過疎地域にも建設し地方の雇用に貢献することで実践した。しかし塾主が訴えてから約50年経っていても人口のバランスの問題は一向に解決していない。都市部では経済規模の大きさのみならず娯楽も多様であり、一層輝いて見える。東京にいることがステータスといった風潮すらあるだろう。地方は人口偏重が元で負のスパイラルに陥ってしまっている。将来人口推計によると日本の人口は2060年に8674万人、2110年に4286万人まで減少すると予測をされている[5]。日本全国の市区町村は1799あり、その内2040年に消滅可能性都市に該当する自治体は896[6]とされ、全国の基礎自治体にとって生き残りをかけた時代はもう来ているといっても過言ではない。
地方にとって交通網や通信網といったインフラがどれだけ整備されているかが重要である。田中角栄元首相が日本列島改造論を世に出してから今年で50年にあたるが、その間にも「コンクリートから人へ」[7]といった批判を受けていた時代もあり、地方の整備はなかなか思うように進んでいなかった。例えば中国は2008年の北京五輪開幕に合わせ北京と天津を結ぶ高速鉄道115キロを開業した。開業から14年経った今日、中国の高速鉄道の路線網は3万7900キロにも及び、人口100万人以上の大都市94都市のうち、95%をカバーしているのである。一方日本では新幹線が開業し60年近く経っても7路線2765キロである[8]。中国はこの14年で日本の14倍の路線網を整備したことを考えると、いかに日本の整備新幹線計画が進んでいないかが分かる。 全くもって日本という狭い国土を有効活用する実行力の乏しさが見て取れるだろう。インフラについて塾主は「道路と空港の建設、拡充。狭い日本において全国どこへでも1,2時間程度で行けるようにする。また全国各地に道路網を張り巡らせることで物資の運搬においても能率を高める。そのほか鉄道やフェリーといった海上輸送、通信網も効率の良いものに工夫する地方の地理的条件における便利さの差を縮めることで企業や工場の地方分散をはかることができる[9]。」 と述べている。まさにその通りでどこへでも通勤・通学をすることが叶えば地方から都市部へ移り住む必要はなくなる。更に余暇・レジャーにおいても移動時間のストレスを短縮することができれば尚更である。日本の技術力をもってすればスピード感をもって整備は進むはずであるし、目先の議論をするのではなく、その先にある国家の明るい未来像、国土の活用を想像しながらインフラの整備についての議論を進めていくべきではないか。近年、政府与党が掲げる「国土強靭化」は河川の整備や道路の補強といった防災減災に重きを置く。そこにプラスして人流物流網がよりきめ細かく整備されることにも力を入れなければならない。そうすることで企業の立地や本社移転を考える際に地方は有力な選択肢となりうる。それは地方における雇用の創出や職業選択の幅広さを強く後押しすることになるだろう。サテライトオフィスやテレワークの考えが浸透してきたことはまさに好機であるからこそ、都市部でなくともどこでも仕事ができる環境を国土の狭い日本なら作れるはずではないだろうか。それは地方にとって職の幅が広がり、人材の彩りが各地域に散らばらせることができることを意味する。それは地方にとって希望の光であることは間違いない。将来起こりうる交通イノベーションに対し日本がすぐに対応することができるよう、全国への交通網整備する施策をすぐに打てるような仕組みづくりを進めていくべきだろうと考える。
新たな交通イノベーションによる移動手段の獲得や交通網の整備を進めていく上で、果たして今の中央集権の政治体制でスピード感をもって進められるだろうか。中央省庁には各都道府県からの要望を受け、配分をするこれまでのやり方では実に効率が悪いままであろう。予算を国一か所に集め、国の都合で優先順位をつけ様々なインフラを整備するやり方のままでは地方の切実な事情が通るためにはいささか時間がかかってしまう。国は当然人口から費用対効果を考える方が効率的だからだ。明治時代から変わらない都道府県の区割りを変更し、権限を移譲する政治体制への転換が求められてくるのではないだろうか。塾主は「都道府県をいくつかずつまとめる方法か新たな構想のもとに地理的、経済的その他色々の条件を総合的に勘案して(中略)新たに州というものを作って行政の単位にするのである」といった「廃県置州」[10]の必要性を訴えるなど、何度も発言・提案を残している。廃県置州では行政規模の適正化をはかり、行政の効率化を唱えている。例えば道州制が叶ったとして、その地域のインフラをその州の判断で優先的に整備していけばより地域の臨むインフラ整備が進むのではないか。塾主の思いを我々が引き継ぎ、これからの日本の形を考えていく上で政治機構の変革など、問題解決に取り掛かるべきだろう。「今後いっそうの人口の都市集中が予測されるのであれば、それをそのまま是認するのではなく、反対に大都市の人口はもうこれ以上増やさずに、人口の地方分散をはかるということを考えることが大切なのではないかと思います[11]。」と述べている。こういった考えを広く浸透させ、いつまでも現状を放置していてはいけないマインドを日本人に持たせる運動を起こしていくべきだ。今こそ都市集中の状態を是正し地方分散を推し進めよう。前述したような仕事が地方にあり職業選択を自由にできること、全国どこへでもアクセスがしやすく旅行やレジャーで余暇を楽しめるような状態が自然と人口の地方分散は進んでいくと考える。塾主はかつて可住面積を倍にする「新国土創成論」を掲げた。しかし将来的に人口減少をなだらかにしていくことはできても完全に人口増加に向けることは非常に厳しい。可住面積を倍にするのではなく、今ある可住面積はそのままでもこれからの人口規模で国土を広く十二分に活用していくことができる新国土活用国家を作り上げていく時ではなかろうか。そうすれば日本の農林水産業や地域の伝統行事も同時に守っていけることができるかもしれない。地方からイノベーションが起きることも可能性も高まるかもしれない。教育や子育てを家族に押し付けることなく、地域で見守ることができるかもしれない。都市部の悩みを地方と分け合い、解消することができるかもしれない。日本人がそれぞれの地域で天分を活かし、一人一人が力を発揮することができる可能性も広がる。町と緑が共生する地域が増えれば、日本人が物心両面でゆとりある暮らしができる国家が作り上げられるのではないだろうか。
塾主は「何ごともゆきづまれば、まず自分のものの見方を変えることである[12]。」と述べている。日本にとってゆきづまっているのであれば、当たり前を当たり前と捉えない取り組みが必要になってくる。日本人は首都の在り方から考え直すなど、適正地の検討も含め思い切った考え方が今一つ足りないように思えてならない。地方分散を推し進め「新国土活用立国宣言」をし、塾主の「もう一度この国のよさを見直してみたい。そして、日本人としての誇りを、お互いに持ち直してみたい。考え直してみたい[13]。」といった言葉にあるように各地域・日本の見つめ直しを今こそ、国を挙げて取り組んでいこうではないか。
松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』
松下幸之助『道をひらく』
松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたち』
松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたちⅡ』
松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたちⅢ』
松下幸之助『政治を見直そう』
江口克彦『地域主権型道州制』
吉川洋『人口と日本経済』
鈴木貴博『日本経済復活の書』
Thesis
Shintaro Watanabe
第43期
わたなべ・しんたろう
Mission
首都機能等移転を含めた地方分散社会の実現