論考

Thesis

香港は香港でありつづける

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松下政経塾

1997/5/29

1、2面に続き目前に迫った香港返還を取り上げる。返還後の香港・中国経済について、アジア経済の第一人者である渡辺利夫・東京工業大学教授(松下政経塾理事)に話をうかがった。

7月1日、香港は英領直轄植民地としての役割を終え、中国に返還される。香港における中国の主権回復の時期が近づくにつれ、香港の繁栄が侵害されるのではないかという危惧を耳にする。しかし少なくとも経済的にみる限り、香港の現状を侵した中国の経済発展はあり得ない。香港、さらに香港の後方に広がる在外華人の「資本主義の精神」に依拠することなしに中国の近代化はないからである。この事実をトウ小平は正しく見抜いていた。彼にとっての「開放」は、在外華人のエネルギーの大陸への導入であった。中国「資本主義の精神」は香港を核とする大陸の外縁部に蓄積され、大陸中国にはまことに薄くしかない。
 中華人民共和国の成立にいたるまで中国の資本主義的発展を担ってきたのは、浙江財閥に淵源をもつ上海企業である。彼らは共産党一党支配の上海を逃れ香港に蝟集し、企業家的能力を大きく開花させた。加えて、明国期の終わりから清国期の初めにかけて多くの華南人が周辺の東南アジアに流出し、商才を磨いた。要するに、市場経済を担う中国人は大陸中国には居ず、大陸の周辺部に豊富に居たのである。こうして、香港や台湾、さらに東南アジアで磨かれ発揚された中国「資本主義の精神」は、中国の市場経済化に不可欠の存在となった。
 在外華人企業導入の場として、広東省や福建省など華南に五つの経済特別区が設定されたが、この地が経済特別区に選択されたのは、華南が在外華人の代表的出身地だからである。経済特別区が、改革・開放の初年である1979年に設定されたということは、中国の対外開放がなにを意味するのかを端的に示している。華南は改革・開放期の中国で最高の成長率を見せ、中国の高成長を牽引した。言い換えれば華南の高成長はみずからを「香港化」することによって実現したのだといえる。
 また、上海は香港に取って替わるだろうと言われているが、長い歴史的時間を要して練り上げられた香港の機能を、市場経済化の過程に入って間もない上海がそう簡単に代替できるはずがない。上海は、株式時価総額や外国為替取扱額において香港の数十分の一である。香港の中継貿易機能なしに中国の貿易は成立しない。さらに香港は対中投資の最大の出資者であり、香港の金融機能なくして中国の国外資本取入れは不可能である。
 香港を中心とする在外華人の「資本主義の精神」の導入こそが、改革・開放期中国の高成長の真因である。この事情は、香港返還後も変ることはない。

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