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法律から香港後を読む

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松下政経塾

1997/5/29

去る3月26日、中国最高人民法院審判委員会委員、楊潤時氏が松下政経塾を訪れ、中国の現代化法律制度を中心に、聴衆の質問に答えてトウ小平氏死後の中国の情勢や返還後の香港の行方などについて話をした。その講演内容を以下に紹介する。

◆トウ小平氏の死後、中国は?

 今回で3回目の訪日ですが、訪れる度に、中日両国関係の変化を微妙に感じます。前回はちょうど国交正常化20年の節目の年でしたが、今回も25周年という良いタイミングで訪問できたと思っています。
 中日両国関係にはこれまでいろいろな問題がありました。もっともそれは日本に限ったことではありませんが……。しかし、21世紀を目前に、いま両国はもっと交流を重ね、より深い相互理解を得る必要があります。
 中国に関する問題で、皆さんが一番興味を持っているのは、トウ小平氏の死によって中国はどうなるのか、加えて返還後の香港はどうなるのか、という二点だそうですね。そこで今日は、これらの事柄について私の個人的な見解を述べたいと思います。
 トウ小平が改革・開放政策をスタートさせたのは1978年です。その時彼は、中華人民共和国が成立してからの歴史を総括し、中国の法整備、それが中国社会全体に与える影響について、次のように言いました。
 「人民民主を有効的に保障するために法律制度の強化は絶対必要である。民主を制度化し法律化させることである。この制度は指導者の交代によって変わることはなく、指導者の考え方によって変わることはない」と。
 そして、改革開放、市場経済システムの導入を推進しました。その結果、彼が亡くなった現在、その方向はすっかり定着したというのが一般的な認識です。それは彼の死後も、三つのものがそのまま存在して、中国社会全体に影響を与えているからです。一つは彼の人間的魅力、もう一つは彼の特色ある中国の社会主義現代化に関する理論、三つ目は彼の思想で整備された法制度です。
 トウ氏が亡くなった今の中国の社会状況は、76年に毛沢東が亡くなった時とはまったく違います。政治理念における改革開放政策、経済面における対外交流は、もはや誰にも止められない大潮流です。これは中国人民の歴史的な選択の結果です。

◆香港返還と法律

 次に香港返還の問題と、返還後の法制度についてお話しましょう。
 香港の返還を前に、中国の立法機関は香港基本法(香港特別行政区基本法)のほかに、駐軍法を立法しました。基本法によれば、7月1日(香港が返還される日)以降も、香港の最高裁は終審権、つまり最終の裁判権を持つことになります。これは一国両制度(一国家二制度)を支える最も重要な法的原則です。
 さらに中国の憲法と香港の基本法によって、香港は立法権も持ちます。いままでの法律もそのまま適用します。ただし基本法と矛盾を生じないという条件付きですが。このように中国は、立法面でも司法面でも一国両制度を完全に実施できるよう様々な工夫しました。それは一言で言えば「港人治港」。香港人が香港を治めるということです。香港の最高裁が終審権を持つのは、いままでの香港にもない権力です。この点で中国政府は、香港返還にあたり十分な準備をしたと思います。

 中国のこの姿勢は駐軍法にも貫かれています。もし駐在する軍人が香港人の人権を侵害した場合、賠償要求に対する審理は地方裁判所ではなく、最高裁が直接裁判します。たとえば兵士が公務中にバイクで市民にぶつかったような場合、いくら小さな事故でも訴訟になります。そして必ず最高裁で審理します。最高裁は中国の裁判制度のピラミッドの頂点ですが、最高裁で一審(初審判決)するこのような特例はこれまで2度あっただけです。1度目は日本の戦犯裁判。2度目は81年の4人組に対する裁判です。

 一方、香港返還は中国の法制度にも影響します。これまで中国は他国のものとして資本主義国家の法制度を見てきましたが、返還後は自国のなかに資本主義の法整備を抱えることになり、今後はそれを通じて資本主義社会の立法、司法制度を理解することになります。これは中国の立法・司法を運行する時、資本主義社会の法制度の利点を採り入れる新しいチャンスです。

◆法整備について

 日本を含むアジアの先進国は、途上国から先進国に発展する過程で必ず社会的な激動や内面的な衝突を経験しています。ある西欧の学者の研究では、一国のGNPが一人あたり500~3,000ドルの間が一番激しく振動するということです。生活レベルの向上に伴って大衆の不満も増大します。もちろん中国も同じような問題に直面しています。そのため中国は市場経済システムを導入する間に、これに関連する法整備に力を入れ、精神文明の建設を強め、問題の解決に努めています。ですからこれらの諸問題がいずれ解決されることは間違いありません。

 私は、民主と法律の建設は中国の現実を知る一番有益な手段だと考えます。しかしそれより有効なのは中国の現状そのものです。皆さんがその目で実際に中国の現実に触れてくれることを願っています。


(ヤン・ルンシー 1944年遼寧生まれ。中国社会科学院研究生院卒業後、同科学院副秘書長を経て、現在、中国最高人民法院審判委員会委員、同法院研究室主任、中国新聞文化促進会副会長。)


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