Thesis
膨らみ続ける日本の財政赤字。一体、日本の国家財政はどこまで悪いのか。悪いとすれば、現実的にどのような解決策があるのか。ドレスナー・クラインオートベンソン証券会社エコノミストの奥江勲ニ氏に話を聞いた。今月と来月の二回にわたって掲載する。
理解阻む背景
ここにきて、海外の投資家や大学教授が、こぞって日本の国家財政が破綻するとの論陣を張っている。急激に増え続ける政府債務、いぜん低空飛行が続く経済、ほとんど進展しない財政改革などが、彼らが主張する財政破綻の根拠である。しかしながら、財政悪化と言われても、一般的には判然としない。それには、大きく二つのポイントがある。
第一のポイントは、財政の悪化度合いを説明するのに、あまりに専門的であるからだ。例えば、「国の財政赤字と債務残高は対GDP比で何%である」という表現が使われる。しかし、GDP自体が一般的ではない。だから、国民の多くが財政問題に関心を持たない。
第二のポイントは、多くの問題が複雑に絡み合い、総合して財政を悪化させている。にもかかわらず、ほとんどの場合において部分的に問題が取り上げられるだけである。そのため、全体像が見えてこない。全体像が見えなければ、問題の理解はできない。そこで、こうしたポイントを考慮し、以下に日本財政の現状を見てみる。
借金vs所得
まず一番目の視点から、財政の現状を一般的に解りやすく説明してみよう。通常、家計や企業でも、財務状況を把握するためには、収入と借金が比較される。例えば、銀行から借入れをするにも、年収の何倍くらい借金があるとか、あるいは借金の元利返済が所得に対してどのくらいあるか、などがチェックされる。もし、限度を超えていれば、銀行から借金することはできない。
国家も同じである。よって、国家財政も所得額・借金残高・元利返済額をまず知る必要がある。これらが一体どれだけあるのかを知るためには、予算を見なければならない。よく、年末に政府が発表する「一般会計予算」がこれにあたる。
「一般会計予算」は、歳入と歳出からなっている。歳入には、国家の所得にあたる国税収入が記載されている。さらに、公債金収入と呼ばれる借金(国債発行額)も歳入に記載されている。他方、歳出には社会保障費・公共事業費・地方交付税交付金などに加え、国債費(元利返済額)が計上されている。
まず、国家の所得である国税収入は、2000年度予算では48.7兆円となっている。しかし、国はこの収入全額を使うことはできない。なぜなら、国税収入の一定比率を地方へ分配しなければならないことが法律で規定されているからだ。その地方への分配額が、地方交付税交付金である。2000年度の場合、その額は14.9兆円。言い方を変えるならば、国が使える所得は33.8兆円(=48.7-14.9)ということになる。
重要な金利動向
ここで重要なのが、元利返済(国債費)の中身である。元利返済のうち、利息部分は1986年度から現在に至るまで10兆~11兆円でほぼ一定している。借金残高が170兆円(1986年度末)から456兆円(1999年度末)まで膨らんでいるにもかかわらず、である。これは、過去10年あまり低下を続けた金利の影響が大きい。換言すれば、金利が低下したからこそ、日本の国家財政はまだどうにかなっている。もし、金利が過去10年間まったく低下しなかったとしたら、支払利息の増加によって元利返済額が増え、先程の対所得比ですでに100%を超えていたと試算できる(筆者試算)。借金返済額が所得よりも大きいということは、もうこれは破産以外の何物でもない。
今、金利は歴史的に見ても極端に低い状態にある。しかし、いつまでもこの低金利が続くという保証はどこにもない。今後、金利が大幅に上昇するような事態にでもなれば、元利支払の増加から、国家財政は一気に破綻へと向かうことになる。
国家財政としての年金
財政問題が解りにくい二番目の視点として、年金を取り上げよう。年金というと、「少子高齢化によって年金財政が危ない」という論点から語られる場合がほどんどである。しかし、年金も国家財政の重要な位置を占め、年金財政の悪化は国家財政の悪化へ直結している。
図2は、代表的な公的年金である厚生年金の年間黒字額の推移を示している。厚生年金の黒字額とは、保険料等収入から年金給付等支払を引いたものだ。この黒字額は、財政資金として国家財政の中に組み込まれている。つまり、財政投融資計画資金として、住宅金融公庫や地方自治体の財政資金に使われている。
図が示すように、98年以降、黒字額が急速に減少している。これは、少子高齢化の影響もさることながら、不況によって賃金が低迷していることや、保険料率の引き上げ延期などが大きく影響していると考えられる。もし、保険料率を引き上げるとか、あるいは年金給付額を削減するなどの措置を採らなければ、2002年度には赤字に転落する可能性がある(筆者試算)。
国は、わずか3年前までは、年間6兆円を超える財政資金(年金黒字)が使えた。それが今後は使えなくなる。それどころか、厚生年金の赤字を穴埋めするため、国は支出を迫られることになるのだ。このことに関し、年金の積立金を取り崩すとの議論が出ているが、積立金は何も金庫に眠っているわけではない。すでに述べたように、財政資金として住宅金融公庫や地方自治体で使われてしまっている。積立金を取り崩すということは、そうした所から資金を引き上げるということである。結局のところ、国はその穴埋めを迫られ、資金調達のために国債を発行することになる。国債を発行すれば、先程の元利返済額(国債費)が増える。年金問題は、年金自体の問題ではなく、国家財政の問題である。
今回は、借金の返済に焦点をあてるかたちで、日本の国家財政の窮状を見た。当面、元利返済額(国債費)は増加することはあっても、減少することはない。所得である税収が増えるにしても、国内経済が本格的な回復をしなければ不可能である。反面、景気回復すれば、それだけ金利も上昇してくる。金利が上昇すれば、財政はますます逼迫する。
筆者の試算によれば、金利1%の上昇による歳出増(利払い増)を、税収の増加によって賄おうとすると、税収は2.6%も増えなければならない。「景気さえ回復すれば財政問題は解決する」という発想は、非常に短絡的であると言えよう。
<奥江勲二氏 略歴> ※いずれも執筆当時
ドレスナー・クラインオートベンソン証券会社東京支店調査部エコノミスト
1956年生まれ。セントラル・ミズーリ州立大学大学院卒業(経営学修士)。
UBS信託銀行、カウンティ・ナットウエスト証券、W・I・カー証券を経て現職。経済調査に14年従事。日経エコノミスト・ランキング8位。
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