論考

Thesis

コーディネーターとしての行政

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松下政経塾

2001/4/28

近年、住民自身による「住民のため」の活動が盛んである。行政は、住民のこうした活動を積極的に自治体運営に取り込み、施策に活かすべきである。住民の意識を適切に束ね、住民の行動を効率的に吸収する、コーディネーターとしての役割を、行政に提案する。

サービスの提供元は行政だけではない

 これまでわれわれは、「公共=行政の仕事」という認識のもと、行政による様々なサービスを享受してきた。しかし、「公共に寄与する」、あるいは「寄与できる」のは何も行政に限ったことではない。一般の人々の中にも社会に貢献している人々がいる。例えば、駐輪場の自転車を整然と並べるのを手助けする人とか、公園の花壇をいつもきれいな状態にしようと努める人とか、駅の周辺を掃除する人などである。これはつまり、普通の個人の中にも「公」の部分が在ることを示している。そういった個人の「公に貢献したい」という力を社会と結び付けることができれば、公共の質はより高まり、豊かな社会が実現されるだろう。それには、この一般の人々の中に在る「公」を適切に社会に活かすことが必要である。その役割を行政に期待したい。
 

模索する自治体

 実際すでに、市民の活動を行政施策に活かそうとする自治体が現われ始めている。具体的にどのようなことを行っているのか。佐賀県、神奈川県茅ヶ崎市、川崎市を例に説明しよう。
 佐賀県は、少子化の原因の一つになっている未婚率上昇に歯止めをかけようと、結婚を希望する男女の出会いを演出する「出会いのプロデューサー事業」を平成12年度にスタートさせた。キューピッド役を公募し、「出会いのプロデューサー」として委託する。内容は、若い男女へ情報提供や助言・指導を行い、お見合いやコンパなどを開き、男女が出会う機会を作り出すというものだ。県は、任命書や名刺を交付し、プロデューサー間の情報交換会を開催している。
 プロデューサーに任命された佐賀県三養基郡中原町に住む江頭陸夫さんは、この制度を次のように見ている。「政治・経済・社会のあらゆることが複合的に絡まり、少子化が進んでいる。そんな中、縁結びは人のためになることだと思い活動している。プロデューサーの委託を受けたことで、交流会や情報交歓会が開きやすくなり、より効率的・効果的な活動ができるようになった」。
 一方、サービスを受ける側の反応も良好だ。担当部署である少子政策室には、事業開始後、100件を超える問い合わせがあった。「37歳の息子がまだ独身である。今回の事業でどうにかならないか」、「息子が何回見合いをしてもまとまらない。プロデューサーを紹介して欲しい」など。この事業に対する県民の期待が感じられる。
 この事業は始めて間がないため結婚に至ったカップルはまだ現われていない。しかし、この事業が出会いの供給に一役買っていることは間違いない。住民の持つ「世話好き」力を、行政がうまく引き出し、住民のサービス享受に活かした一例である。

▲「出会いのプロデューサー」江頭陸夫さんと認定証
 
 神奈川県茅ヶ崎市が力を入れているのは、市民活動推進事業である。平成10年に市民活動推進課を設置し、翌年10月に市民活動推進検討委員会を発足させた。委員会のメンバーは、公募により採用された8名と、各種市民団体の推薦から選出された7名の15名で構成されている。現在、この委員会が行っている主な活動は、市長から出された「茅ヶ崎市が市民活動を推進させるにあたり、その方向性をどこに求めればよいか」という諮問に答えることである。本年9月に、2年間の検討を経て、市長に提言することになっている。行政が市民活動に関する方向性の示唆を市民に委ねている点が注目に値する。
 上記の活動を主とする一方、同委員会は今年2月に「ちがさき元気フォーラム2001」というイベントを開き、市民の市民活動に対する意識の向上と、市民活動団体間の交流の促進を図った。内容は、3分間スピーチや展示スペースで実在の市民団体を紹介し、グループディスカッションや交流会で意見交換を行うというものだった。この催しに私も実行委員として関わったが、それで感じたのは、行政が強い指導力を示さなくても市民中心で十分に活動が成り立ち、適切な管理ができるということだった。この催しは、ほとんどすべての作業を、推進検討委員と、各市民活動団体の代表から成る実行委員会が行った。
 川崎市が行っているのは、公園設置事業における住民の「参与」(注1)である。「市民健康の森」構想がそれである。市の7つの区それぞれに構想検討委員会に置き、「市民健康の森」の基本構想や設置場所について検討している。構想検討委員の構成は区により異なるがだいたい40~50名で、任期は15カ月である。高津区の場合、昼間の勤めを持った人も出席できるよう委員会は平日の夕方開かれていた。委員の出席率は6、7割である。
 構想検討委員会は議論だけではなく、実地調査も行っている。実際に候補地を見て回り、選定した後は模型を作る。そういった「楽しみ」も経験しながら、「自分たちの公園」作りをしている。今年3月、住民に対し、公園設置に関するコンセプトや設置場所、その選定の経緯などを発表した。構想検討委員会は、この発表会を最後に区長へ提言書を渡すことで役割を終えた。4月からは、候補地周辺の住民や新たな公募委員を加えた企画設立委員会が次の役割を担う。このプロジェクトは、提言書に記された「みんなで、ゆっくり、たのしみながら」というコンセプトが示すように、参与する者がその過程を満足することに重点がおかれている。そのため、行政施策としては珍しく完成年度が設定されていない。
 川崎市が行っている活動はもう一つある。川崎市は、市民の自治力を高めることでよりよい社会・政治システムを構築しようと13年前から「市町村シンポジウム」を毎年開いている。今年は2月に行われた。そのシンポジウムの中に、巨大な市内地図(ガリバー地図)を使って市民が川崎市に親しむことを目的としたワークショップがある。来場者は、地図に自分の家や職場を探したり、知っている場所の情報を書き込んだり、その書き込みを読んだりして「川崎」のいろいろな面に触れる。また、この作業中に見知らぬ者同士が知り合いになることもある。ガリバー地図を用いたコミュニケーションを中心に据えたことで、ワークショップの他の活動もより活発化し充実したものになっていた。

行政はコーディネーター

 住民が「公共」に参与することによって生じる利点は2つある。一つは、行政サービスの質の向上である。現在、行政は、収入の減少や住民ニーズの多様化などで、住民が真に欲するサービスを提供するのは難しい状況にある。しかし、住民の知恵や力を活用すれば、より住民のニーズに応えられる施策が可能となり、満足のいくサービスを実現しやすくなる。もう一つは、市民の「人のためになりたい」という意識を充足させられることである。「公共」に参与し貢献することにより、人々の意識は高まり、そこから生じる満足感も高まる。
 このような認識に立って今後の行政のあり方を考えると、行政は、住民が公共分野の問題点を認識し、意見を出し、その解決法を出しやすくできるように、コーディネーターとしての役割を強化すべきである。前述の自治体は、その役割を十分に果たし、施策に活かした例といえよう。
 では、行政がコーディネーターとしての役割を強化するにはどうすればよいか。一つは、住民が声を出しやすい環境を整備することである。人が自分の住む地域に興味を持ち、関わっていく機会を創る。例えば、地図を用いて、知らない人とでも時間、空間を共有する。そして、自分の住んでいる地域全体に関心を持つようにする。インターネット等を駆使して情報の授受を活性化させる。各種審議会や委員会を夕方に開催し、こうした催しに参加しやすくする。もう一つは、行政職員・住民双方の意識改革である。公平性を原則とする公務員は、一部の住民の意見を聞くことを不公平と思うのか、住民との協働に消極的である。その意識を変えなければならない。さらにまた、行政職員も自分が住民の一人であるという当事者意識を持つべきである。一方、住民は一つの意見、一つの提案が公共の福祉に適っているかどうかを吟味し、自らの発言に責任を負わなければならない。両者の意識が高まったとき、最適のシステムが実現するだろう。

(注1)「参与」とは、事業や組織と積極的に関わり合い、結びついていること。ここでは、「強力に結びついた関係」を重視し、住民と行政が対等な関係にあることを示すために、単に行動を共にする「参加」ではなく「参与」という言葉を使用。
(参考文献)林泰義 編著『市民社会とまちづくり』ぎょうせい 1999年

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