Thesis
近年、住民自身による「住民のため」の活動が盛んである。行政は、住民のこうした活動を積極的に自治体運営に取り込み、施策に活かすべきである。住民の意識を適切に束ね、住民の行動を効率的に吸収する、コーディネーターとしての役割を、行政に提案する。
これまでわれわれは、「公共=行政の仕事」という認識のもと、行政による様々なサービスを享受してきた。しかし、「公共に寄与する」、あるいは「寄与できる」のは何も行政に限ったことではない。一般の人々の中にも社会に貢献している人々がいる。例えば、駐輪場の自転車を整然と並べるのを手助けする人とか、公園の花壇をいつもきれいな状態にしようと努める人とか、駅の周辺を掃除する人などである。これはつまり、普通の個人の中にも「公」の部分が在ることを示している。そういった個人の「公に貢献したい」という力を社会と結び付けることができれば、公共の質はより高まり、豊かな社会が実現されるだろう。それには、この一般の人々の中に在る「公」を適切に社会に活かすことが必要である。その役割を行政に期待したい。
実際すでに、市民の活動を行政施策に活かそうとする自治体が現われ始めている。具体的にどのようなことを行っているのか。佐賀県、神奈川県茅ヶ崎市、川崎市を例に説明しよう。
佐賀県は、少子化の原因の一つになっている未婚率上昇に歯止めをかけようと、結婚を希望する男女の出会いを演出する「出会いのプロデューサー事業」を平成12年度にスタートさせた。キューピッド役を公募し、「出会いのプロデューサー」として委託する。内容は、若い男女へ情報提供や助言・指導を行い、お見合いやコンパなどを開き、男女が出会う機会を作り出すというものだ。県は、任命書や名刺を交付し、プロデューサー間の情報交換会を開催している。
プロデューサーに任命された佐賀県三養基郡中原町に住む江頭陸夫さんは、この制度を次のように見ている。「政治・経済・社会のあらゆることが複合的に絡まり、少子化が進んでいる。そんな中、縁結びは人のためになることだと思い活動している。プロデューサーの委託を受けたことで、交流会や情報交歓会が開きやすくなり、より効率的・効果的な活動ができるようになった」。
一方、サービスを受ける側の反応も良好だ。担当部署である少子政策室には、事業開始後、100件を超える問い合わせがあった。「37歳の息子がまだ独身である。今回の事業でどうにかならないか」、「息子が何回見合いをしてもまとまらない。プロデューサーを紹介して欲しい」など。この事業に対する県民の期待が感じられる。
この事業は始めて間がないため結婚に至ったカップルはまだ現われていない。しかし、この事業が出会いの供給に一役買っていることは間違いない。住民の持つ「世話好き」力を、行政がうまく引き出し、住民のサービス享受に活かした一例である。
▲「出会いのプロデューサー」江頭陸夫さんと認定証 |
住民が「公共」に参与することによって生じる利点は2つある。一つは、行政サービスの質の向上である。現在、行政は、収入の減少や住民ニーズの多様化などで、住民が真に欲するサービスを提供するのは難しい状況にある。しかし、住民の知恵や力を活用すれば、より住民のニーズに応えられる施策が可能となり、満足のいくサービスを実現しやすくなる。もう一つは、市民の「人のためになりたい」という意識を充足させられることである。「公共」に参与し貢献することにより、人々の意識は高まり、そこから生じる満足感も高まる。
このような認識に立って今後の行政のあり方を考えると、行政は、住民が公共分野の問題点を認識し、意見を出し、その解決法を出しやすくできるように、コーディネーターとしての役割を強化すべきである。前述の自治体は、その役割を十分に果たし、施策に活かした例といえよう。
では、行政がコーディネーターとしての役割を強化するにはどうすればよいか。一つは、住民が声を出しやすい環境を整備することである。人が自分の住む地域に興味を持ち、関わっていく機会を創る。例えば、地図を用いて、知らない人とでも時間、空間を共有する。そして、自分の住んでいる地域全体に関心を持つようにする。インターネット等を駆使して情報の授受を活性化させる。各種審議会や委員会を夕方に開催し、こうした催しに参加しやすくする。もう一つは、行政職員・住民双方の意識改革である。公平性を原則とする公務員は、一部の住民の意見を聞くことを不公平と思うのか、住民との協働に消極的である。その意識を変えなければならない。さらにまた、行政職員も自分が住民の一人であるという当事者意識を持つべきである。一方、住民は一つの意見、一つの提案が公共の福祉に適っているかどうかを吟味し、自らの発言に責任を負わなければならない。両者の意識が高まったとき、最適のシステムが実現するだろう。
(注1)「参与」とは、事業や組織と積極的に関わり合い、結びついていること。ここでは、「強力に結びついた関係」を重視し、住民と行政が対等な関係にあることを示すために、単に行動を共にする「参加」ではなく「参与」という言葉を使用。
(参考文献)林泰義 編著『市民社会とまちづくり』ぎょうせい 1999年
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