松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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1999年1月

塾生レポート

広島市長選挙を振り返って
森本真治/卒塾生

 
 1月31日広島市長選挙が行われた。
 今回の市長選挙は再選確実と言われた平岡市長の突然の引退表明を受け、5人の新人が名乗りを上げた。有力候補は3人(秋葉忠利前衆議院議員、大田晋前広島市助役、中本弘前広島市議会議長)。どの候補も無党派層を念頭に、市民党を掲げた。特定の政党、団体とも一線を引き、中本氏が自民党の推薦を受けたが、社民党衆議院議員の秋葉氏さえ社民党の推薦を受けず、民主党も大田氏から推薦の申請がなかったために支持に留まった。
 現在の広島市は深刻な財政状況に加え、一向に進まぬ都市基盤整備(先日広島調査に来られた塾生の方々があまりのひどさに目を丸くしたくらいです。)さらに不況の風が各企業に吹き荒れ多くの課題を抱えている。

 結果はどうであったか。高い知名度から秋葉氏が15万4千票を獲得し当選した。選挙前は現職の不出馬、課題山積みの広島市政、公開討論会の実現(マスコミがかなり大きく取り上げた)と有権者の関心は高いと言われていた。投票率も前回の29.30%を大きく上回り、前々回の59.80%にどれだけ迫るかが注目された。しかしながら結果は46.80%。前回は上回ったものの前々回は大きく下回った。不在者投票が簡単になったこと。投票時間が延長されたことを考えれば、決して高い投票率とは言えない。

 現在の広島市の財政赤字は危機的状況といってよい、公債費比率は18%を越え、まさに倒産寸前である。なんとかしてくれと不平不満はいうものの市民の動きは鈍い。
 広島市には2つの顔がある。1つは生活都市として、自治体としての広島。もう1つは人類初の被爆都市として、世界に平和を訴え続ける使命を担った平和の象徴としてのヒロシマ。これまでの広島市は後者の方に力を注いできたといってよい。よくオリンピックやワールドカップを開催しようと自治体がする時、その目的として経済効果を期待する面が相当あると思う。しかしながら広島市では94年のアジア大会にしてもその経済効果というより、広島で開催することによりアジア各国へ平和を訴えていこうとか、2002年のワールドカップでも世界へ平和をアピールする良い機会だ、と当初は開催地として名乗りを上げていた。
 アジア大会については、1国1公民館運動として、1つの公民館が1つの国を応援し、地域の国際化を通じて、平和を求めていった。しかし経済的には効果があったというより、借金だけが大きく残り、アジア大会に合わせてつくられた郊外の非常に不便なところにある競技場も、現在その維持だけでも莫大な予算がかかり、その不便性から利用もままならない。市内中心部と競技場を結ぶ新交通システム、アストラムラインには渋滞解消の期待もあったが、それほどの効果もなく利用者もすくない。
 つまりこれまでの広島は世界の中で平和の実現のために、いかにその役割を担っていくかということに力が注がれてきた。多くの市民もそれが当たり前だ、広島市民としての使命だと考えてきた。しかしながら気が付くと自分達の生活を忘れていた。火の手がすぐ目の前にまで迫っていた。

 私は広島市には他の自治体とは違い、普通の自治体としての役割だけでなく、これまで行ってきたようにヒロシマとしての役割も多いと思う。それだけ人類初の被爆地というのは意味がある。世界で有名な日本の都市は東京につぐのは大阪でも京都でもなく広島である。
 私もこれまで各国で広島出身といって分からなかった人はいない。デンマークの片田舎でホームヘルパーをさせてもらったおじいさんが広島のことをしっており、原爆が落ちたときそのニュースをイギリスでラジオで聞いたんだと言った時はなんとも言えない思いであった。

 最近広島でも「平和でめしが食えるか」とよく言われる。経済と平和の両方を追うことが可能かといわれる。ここまで深刻な財政状況の今、まずは緊急処置が必要だ。しかしながら今回の選挙結果で市民がその選択をしたとは思えない。
 塾主は「繁栄を通じての平和と幸福の実現」といわれた。これからの広島の進むべき道として1つの指針とならないか。

1999年1月 執筆
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