松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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1998年7月

塾生レポート

個人主義について ~エゴイズムとインディビジュアリズム~
森本真治/卒塾生

 
 7月12日から8月7日にかけて、19期生のアメリカ研修に参加させてもらい、ワシントンDCのジョージタウン大学に滞在した。今回の研修の目的は一つには英語力の向上、もう一つがアメリカの政治、経済、および安全保障を中心とした日米関係について研究するというもので、午前中にジョージタウン大学で英語の授業を受け、午後には政府機関、政党、シンクタンク等の訪問。また大学教授からレクチャーをうけた。今月の月例報告では、アメリカ研修で感じたことについて述べさせてもらう。

 現在アメリカの日本に対する関心はなんといっても経済の動向である。またアメリカに滞在中に日本では参議院選挙が行われ、橋本政権に代わり小渕政権が誕生したこともあり政治、経済について話をする機会が多かった。(大学生も次の首相が誰になるのか関心を持ってよく尋ねられたが、私の感じでは、日本に対してそんなに関心を持っているわけではなく、ただ日本人との会話の話題としてもちかけただけであろう。日本への関心度からすればヨーロッパのほうが数段上のような気がした。)
 アメリカ人の話をしていて感じることは、根本的に価値観が違う者どうしで議論をする場合、お互いが一つの答えで同意しあえるということはないということである。根拠が正しいかどうかも同じ価値観のもとで通じる話であって、例えばある人に聞かれたのは、「日本はどうして自分の国の米しか食べないのか、もっと他国に安い米があるのだからそれを食べればいいではないか」と言うのである。「日本の米が一番おいしいから、おいしいものを食べるのは当然だ」と言うと、「同じ米に違いは無い」と言い返してくる。どちらが正しいというわけではない、考え方自体が違うのだ。

 日本の銀行の話が話題になったとき、自分が銀行を選ぶときの基準を聞かれた。日本人の多くは選ぶ基準として、知り合いがそこに勤めているとか、会社の場合だと長年お世話になっているとか、数字で表せない部分も選択基準の中に入っている。いやむしろそっちの部分がほとんどである。アメリカでは常に数字だけが重視される。これまでどれだけ長いつきあいがあろうとも、業績が悪くなれば取引は即中止である。ただ最近はこの日本式の信用の仕方が問題となり、アメリカ式に情報公開などで、きちんと業績などを明確にし、優良であることが数字ではっきりしたものだけを選んでいこうという声があがってきている。もちろんこれは非常に大切なことである。特に経済などで国全体のことを考えた時には不可欠であろう。しかし個人レベルで考えた時はどうであろうか。アメリカで多く感じたのは、損得感情で物を考える傾向が強く、あまりにも合理的、打算的すぎるということである。

 よくアメリカは個人主義だという。私は個人主義には二種類あると思う。1つはエゴイズムである。とにかく「自分」という個人が重視される。そのような社会では自助努力により強いものだけが勝ち残る。すべてが自己責任に任せられ、競争に敗れたものは奈落の底に落ちていく。アメリカにはこれを強く感じた。
 もう1つがインディビジュアリズムである。これは自分だけでなく、すべての個人が重視され互いに尊重しあう。仮に競争で敗れたとしても、その敗者も尊重され再び社会の中でチャレンジすることが許される。これは北欧に行った時に感じた。

 日本は戦後特に個人の人権が叫ばれ、個人主義が重視されてきた。しかしそこで追求されたのがアメリカ型個人主義、エゴイズムである。アメリカは移民の国である。歴史も浅い。そのためここまで自分というものが重視されるのも分かる。アメリカ型の個人主義を否定するつもりはない。きっとこれがアメリカにあったやり方であろう。しかし日本はアメリカと違う歴史、文化というものがある。和を尊び、互いに助け合う精神が国民の中に根付いているはずだ。この精神を捨ててまで、アメリカ的なエゴイズムに走る必要はない。日本人が本当に追い求める必要があるのは、自分だけでなく他人の人権も尊重されるインディビジュアリズムである。

1998年7月 執筆
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