松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2021年11月

塾生レポート

ソーシャルビジネスによる個人の幸福と持続可能な地域の実現
坂田健太/松下政経塾第41期生

 

はじめに
1 ソーシャルビジネスへの期待
(1)個人の幸福度と社会貢献
(2)ソーシャルビジネスとは何か
2 地域の維持・再生とソーシャルビジネス
(1)地域の維持・再生におけるソーシャルビジネスの必要性
(2)持続可能なソーシャルビジネスに向けて
おわりに



はじめに

 最近、働くなかでぼんやりと2つのことを考える。1つは、人は働くことで本当に幸せになっているのか、あるいは社会の役に立っているのかということである。多くの人が一度はこのような悶々とした気持ちを抱いたことがあるだろう。もう一つは、筆者は北関東を中心に働いているが、地域はこのままで本当に存続できるのかということである。目立った産業もなく、若年層の社会減が進む地域は今後どのように維持されるのであろうか。この2つを考えるなかで、「ソーシャルビジネス」という概念を知り、そして可能性を感じるようになった。そこで、本稿ではソーシャルビジネスを中心に、働くことで得られる個人の幸福と地域の維持・再生について論じたい。



1 ソーシャルビジネスへの期待

(1)個人の幸福度と社会貢献
 みなさんの勤める企業のミッションは何だろうか。そのミッションは今も“生きている”ミッションだろうか。パナソニック株式会社の創業者であり松下政経塾の創設者である松下幸之助(以下、塾主)は「水道哲学」を唱え、生産者の使命は水道水のように貴重な生活物資を無尽蔵たらしめること、そしてそれによって無代に等しい価格をもって提供し、貧困をなくすことであるとした。この哲学は当時の松下電器からパナソニックのミッションとして現在に受け継がれている。もちろん、塾主はモノと精神の双方が繫栄することを大切にしており「物心一如の繁栄」という視点では、このパナソニックのミッションは今も未完のものである。一方で「生活物資を無尽蔵たらしめること」については、今日の日本においては完結したものと思われる。
 筆者は和菓子の製造・小売を事業とする中小企業に勤めているが、そのミッションもまた既に達成されたものと感じている。「お世話になっているすべての人間に和菓子をとおして感謝を伝えること」がミッションであるが、和菓子が十分にマーケットに流通している昨今、我々は社会にどれくらいの価値を生み出すことできているだろうか。どのような社会課題を解決できているだろうか。独立研究者で著作家の山口周氏は『ビジネスの未来エコノミーにヒューマニティを取り戻す』の中で、この現象を「ビジネス使命の終了」と呼び、多くの企業がこの使命に対しマーケティングという名の延命措置を図っているに過ぎないと示している[1]
 「生活物資を無尽蔵たらしめること」は、かつては社会課題の解決そのものであり、人々は働くことでお金を稼ぐことと社会貢献を両立できていた。しかし、一定の豊かさを実現し、ビジネス使命が終了した時点でその関係性は崩壊してしまっている。人間は本来貢献(利他的)行動の欲求や動機を備えている。これは行動生物学的の血縁淘汰説や互恵性の理論を始めとして、進化ゲーム理論による経済ゲームを用いた研究や、発達心理学における他者の心の状態を理解するという意味での「心の理論」の研究等から説明される[2]。また、「欲求5段階説」を提唱したマズローも、晩年に6段階目として、個人の利益を超えて同胞や社会のために貢献したいという思い、すなわち「自己超越欲求」を唱えている。しかし、今日の日本おいて、多くの人々がそのような欲求を満たすことができていない。人々の労働成果の大半は社会のためではなく、経営者や資本家といった一部の個人の富を膨大させることにつながってしまっている。この“ねじれ”こそが冒頭に述べた「悶々とした気持ち」の正体ではないだろうか。
 資本主義のルールの下、日本は飛躍的な経済成長を遂げ、GDPは世界2位にまで上り詰めた。しかし、その実績と日本人の生真面目さが話をややこしくしている。がむしゃらに働けば、無条件に労働者や国が幸せ・豊かになる時代は過去のものだ。そもそも、国の豊かさについてGDP成長率で論じられることが多々あるが、それ自体が適切ではない。世界が不可避なゼロ成長への収斂の最中にあるという指摘はすでに多くの経済学者によってなされていることに加え、そもそもGDPは「どれだけのモノを作り出したのか」を測る指標である[3]

【図-1】先進7ヵ国のGDP成長率

(出典元:世界銀行最終更新日:2020年4月9日)


 また、経済成長と個人の幸せの関係性について、京都大学こころの未来研究センター教授である広井良典氏は、著書『人口減少社会のデザイン』の中で、ブルーノ・フライらの「購買力評価(1995年の米ドル基準)で見た国民一人当たり実質平均所得」の調査結果(図-2)を基にしつつ、図-3のように示している。

【図-2】「購買力評価(1995年の米ドル基準)で見た国民一人当たり実質平均所得」


【図-3】「経済成長とWell‐Being(仮説的なパターン)」

(出典元:広井良典『人口減少社会のデザイン』)


 「Well‐Being」とは身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念で、専ら「幸福」と翻訳されることが多い言葉である。要するに、図-3は「経済成長あるいは一人当たり所得の水準が一定レベルを超えると幸福度の相関関係が弱いものになっていく[4]」ことを示している。一定の豊かさを実現し、成熟社会を迎えている日本においては、個人の幸せを考える上で経済成長より重視すべきファクターを一層意識しなければならないだろう。
 ではそのファクター、すなわちWell‐Beingの構成要素はいかなるものだろうか。米国のコンサルティング会社であるギャロップ社はWell-Beingの構成要素を次のように定義している。①CareerWell-Being(仕事を始めとして家事、子育て、勉強など1日の多くの時間を費やしている行為に感じる幸福)、②SocialWell-Being(人間関係における幸福)、③Financial Well-Being(経済的幸福)、④Physical Well-Being(日々の生活や仕事にポジティブに取り組むことができているか。身体的幸福および精神的幸福)、⑤Community Well-Being(居住地域や所属組織との関係性。地域社会での幸福)である。この定義に従えば、日本はCareer Well-BeingやPhysical Well-Beingに含まれる、特に仕事に関するモチベーションに問題を抱えているように感じる。実際に世界15ヵ国の14,400人の従業員を対象に行われた「2016年度Edenred-Ipsos Barometer調査」(株式会社バークレーヴァウチャーズ)によれば、「会社や組織に対する将来の不安を持つ」と答えた日本人の割合が72% (世界平均35%)、「朝仕事に行くのが楽しく感じられない」が70%(世界平均33%)、「職場が刺激的な環境ではないと考えている」が67%(世界平均39%)という結果が出ている[5]。端的に言えば、多くの日本人が現在の仕事にやりがいを感じられていないということだろう。それは前述したビジネス使命の終了により、仕事をとおした社会貢献や社会課題の解決ができないといった自己超越欲求の不満が大きな要因でないではないだろうか。奇しくも図-4のとおり将来の日本を支えていくZ世代には、その特徴の一つに高い社会貢献欲が認められる。社会貢献に直結する働き方が、今まさに強く求められているのではないだろうか。そして、それは結果として個人の幸福度を高める結果となるだろう。

【図-4】若者の意識調査(報告)-ESG およびSDGs、キャリア等に対する意識-
調査対象:中学生300人(男子150人、女子150人)、高校生300人(男子150人、女子150人)、大学生400人(男子200人、女子200人)

(出典元:株式会社日本総合研究所2020年8月13日)



(2)ソーシャルビジネスとは何か
 前節の議論を踏まえ、今一度「ビジネス使命の終了」の意味を図解すると次のとおりとなる。

【図-5】経済合理性限界曲線

(山口周『ビジネスの未来エコノミーにヒューマニティを取り戻す』より筆者作成)

 端的に述べると、ビジネス使命の終了とは経済合理性限界曲線の内側の社会課題について、そのほとんどが解決済みであることを示す。反対にこの曲線の外側にある社会課題について市場メカニズムは解決しない。曲線の上側は問題解決の難易度が高すぎて、左側は問題解決によるリターンが小さすぎて投資を回収できず、結果「解決不能な問題」として放置されてしまうのである[6]。しかし、社会貢献に直結する働き方を目指すのであれば、この領域の社会課題(=取り残された社会課題)にチャレンジすることが求められる。
そこで注目したいのがソーシャルビジネスである。ソーシャルビジネスは、グラミン銀行創設者で2006年ノーベル平和賞受賞者であるムハマド・ユヌス氏が提唱したもので、国内では経済産業省により次の①~③の要件を満たすものと整理されている。

【表-1】ソーシャルビジネスの3要件①社会性 現在解決が求められる社会的課題に取り組むことを事業活動のミッションとすること。

(出典元:経済産業省ソーシャルビジネス研究会報告書(平成23年3月))

 図-5と表-1を掛け合わせて説明すると、限界曲線の外側に取り残された社会課題に対して事業性をもって取組み、その解決によって社会全体に新しい価値を創造することがソーシャルビジネスであると言える。2008年より経済産業省でもソーシャルビジネスに関する研究会・ワーキングループが立ち上がり、ソーシャルビジネスの推進に関する議論がなされてきた。しかし、日本政策金融公庫総合研究所の調査によると、ソーシャルビジネス等の認知度は 28.3%に留まる。また、その経済規模について2015年の三菱UFJリサーチ&コンサルティグ株式会社の調査によると、社会的企業の付加価値額は16兆円ほどとなっている。


【図-6】ソーシャルビジネス等の認知

(出典元:株式会社 日本政策金融公庫総合研究所「ソーシャルビジネス・コミュニティビジネスに関するアンケート」の結果について平成26年9月)


【表-2】 社会的企業[7]の経済規模

社会的企業の付加価値額(兆円)[8] 対経済全体[9]
(出典元:三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社「我が国における社会的企業の活動規模に関する調査 」の結果について平成27年3月


 ソーシャルビジネスはまさに、社会貢献に直結する働き方を体現する手法の一つである。その認知度を高め参画者を増やすとともに、後述するが、限界曲線の外側にチャレンジするという非効率を含みながらも市場で持続可能になるような仕組みを整えることができれば、個人の幸福度を高める「新しい働き方」として、Z世代等の若年層を中心に歓迎される可能性は大いにあるだろう。
以上、本章では、個人の幸福度の観点からソーシャルビジネスの必要性について論じた。次章では、地域の維持の観点からソーシャルビジネスの必要性とその持続可能な形について模索したい。



2 地域の維持・再生とソーシャルビジネス

(1)地域の維持・再生におけるソーシャルビジネスの必要性
 第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略[10]」の基本目標にも掲げられるように、雇用の創出や地域経済の活性化は、地域の維持・再生に欠かせない要素である。この点、企業誘致等を始めとした「外発的発展」に対して、持続可能な地域づくりの観点から「内発的発展」の必要性が提起されている。
 内発的発展とは、スウェーデンのダグ・ハマーショルド財団による報告(1975)において初めて提唱された概念とされ、国内では 1970 年代後半から鶴見和子氏らによって論じられてきた。鶴見氏によれば、内発的発展とは「それぞれの地域の生態系に適合し、地域の住民の生活の基本的必要と地域の文化の伝統に根ざして、地域住民の協力によって、発展の方向と道筋をつくりだしていくという創造的事業[11]」を指す。当初、内発的発展論は、重化学工業とその関連産業の発展による拠点開発やホテルやゴルフ場、スキー場などの誘致によるリゾート開発といった外部からの経済的活性化に依存し発展を期待する「外発的発展」が公害問題や不均衡な地域発展をもたらしたことを受け、その代替手法として登場した。しかし、今日では地域の資源を生かした調和のとれた発展という点に加え、住民が公助に頼らず自らの手で地域づくりを進めるという点に大きな意義があると考えられる。実際に第二次国土形成計画では「地域づくりに当たっては、外部から画一的な取組を押しつけることなく、たとえ時間がかかっても、地域住民等が合意形成に向けて話し合いを繰り返し、自らの意思で立ち上がるというプロセスが重要である。一人一人が当事者意識を持ち、地域の産業、技術、人材等の資源を活用しながら、地域の実情に応じた内発的な発展を実現させることが期待される[12]」と内発的発展への言及がなされている。
 この内発的発展において、地域を対象としたソーシャルビジネスは大きな役割を果たすことができる。つまり、地域において取り残された課題を解決する事業を創出し、その結果雇用を生み出すことはもちろん、これまで経済活動の外部にいるとされた主婦や高齢者などの住民参画も期待できる。さらに、サービスの出し手と受け手が同じ地域に存在することから、生産と消費が地域内で循環し、地域経済の活性化に寄与することも望める。
 また、地域の維持・再生の旗振り役を担う自治体の負担軽減という観点からもソーシャルビジネスは有意義である。本格的な人口減少時代と超高齢化社会の到来に加え、公共施設マネジメントの問題、さらには大規模災害や今日の新型コロナウィルスをはじめとした感染症対策等により、行政サービスへの期待と自治体のリソース(予算・職員)の乖離は大きくなるばかりである。このリソースの乖離については神奈川県庁職員時代に筆者も身をもって感じている。噴出するニーズに対して新規予算を獲得する困難さや職員不足からの長時間労働など、自治体の現場は既に疲弊している。2014 年には、主に人口減少の見地から 2040 年に地方自治体のおよそ半数が消滅する可能性がある[13]という衝撃的な調査結果も出ているとおり、現在の自治体経営は既に限界に近いと言わざるを得ない。
 この点、ソーシャルビジネスは国や自治体が担ってきた経済合性限界曲線の外側を事業対象とすることから、その負担軽減に大きく貢献できる。また、それは前述したとおり、地域づく住民参加を促すこととなり、公助や共助、自助の線引きを描き直す契機となるだろう。加えて、従来の行政サービス以上に、住民のニーズに基づいたサービスの提供も期待できる。
 では、そのようなソーシャルビジネスをいかに持続的に展開するか。最後にその点について考察したい。


(2)持続可能なソーシャルビジネスに向けて
 2008 年の「ソーシャルビジネス研究会報告書」(経済産業省)によると、ソーシャルビジネス事業展開上の主要課題として「運転資金が十分に確保できていない」が 41.0%を占めている。


【図-7】ソーシャルビジネス事業展開上の主要課題

(出典元:「ソーシャルビジネス研究会報告書」平成20年4月)

 その後、株式会社商工組合中央金庫法及び中小企業信用保険法の一部を改正する法律の施行により、2015年10月からNPO 法人も信用保証制度が利用可能となったことや、たとえば日本政策金融公庫のソーシャルビジネス関連融資実績が右肩上がりなことからも少なからず状況は改善されていると言える。しかし、ソーシャルビジネスの性格上、資金調達が大きなハードルであることに変わりはない。そこで、本稿ではその点を中心に考察したい。

【図-8】資金調達・資金獲得に当たっての問題点

(出典元:「ソーシャルビジネス研究会報告書」平成20年4月)

 仮に金融機関からの融資や借入が難しい場合、他にどのような資金調達が可能だろうか。自治体補助金や助成金は持続可能という視点から根本的な解決手段と言えず、返って補助金に対する依存を高め自助努力の阻害要因となる可能性もある。また、取組みに賛同する企業や個人やから寄付収入も考えられるが、個人寄付額の名目 GDP 比に着目すると、日本(名目 GDP 比 0.14%)は米国(同 1.44%)の約10 分の1、英国(同0.54%)や韓国(同 0.50%)の約4分の1に留まり、国際的にもかなりの低水準であることは否めない[14]。既に説明したとおり、ソーシャルビジネスは市場から取り残された社会課題に取り組むことに難しさがあるわけだが、やはり市場経済である以上、市場価値がないとされる地域の様々な課題(コンテンツ)をいかに価値あるものにしていくかが鍵となってくる。

①ボーダレスグループの取組み
 そのヒントと成り得るのがボーダレスグループ[15]の取組みである。ボーダレスグループは 2007 年創業で世界15ヵ国で40の事業を展開、2020年度は55億の売上を記録している。特筆すべきは、ソーシャルビジネスのみで上記の業績を達成している点である。ソーシャルビジネスの種類も多岐にわたり、社会問題に無関心な人たちを啓発する事業から、障がい者が活躍できる環境をつくり健常者と同等の条件で雇用する事業、耕作放棄地を活用した農業、ホームレス状態の方の再就職支援事業など様々である。

【図-9】ボーダレスグループの業績推移

(出典元:田口一成『9割の社会問題はビジネスで解決できる』)

 ボーダレスグループは「社会起業家のプラットフォーム」と言える組織である。40の事業はそれぞれ独立した40の株式会社が展開しているものの、資金やノウハウをお互いに提供し合う、相互扶助の仕組みを採用している。通称「恩送り経営」とされるこの仕組みこそがボーダレスグループの最大の特徴である[16]。そして、この仕組みの中で提供する商品やサービスにどのように付加価値をつけるべきか、そのスキルや方向性を学べることが、ボーダレスグループの業績が好調な要因の一つだろう。たとえば、ビジネスプランニングの段階から伴走が始まるほか、「スタートアップスタジオ」と呼ばれる事業の立上げに特化したマーケティングやデザインの精鋭部隊から、事業が単月黒字化するまで無料サポートが受けられる[17]ことは、事業の持続可能性を大きく向上させる。このようなプラットフォームの設立は、まさに市場から取り残された社会課題に市場メカニズムを働かせるための基盤づくりであり、そこにボーダレスジャパンの最大の功績があるといえる。

【図-10】「恩送り経営」のエコシステム

(出典元:田口一成『9割の社会問題はビジネスで解決できる』)

 また、資金調達の面においては、このエコシステムにより自己資金ゼロ(1,500 万円の事業資金を無償提供)で起業できるのは大きい。イニシャルコストの制約があるなかで事業を軌道に乗せることは起業ハードルの1つであることから、起業家の心理的安全にも大きく寄与していると言えるだろう。この仕組みをを可能としているのが「共通のポケット=お財布」が存在する点である。グループ各社が自分たちの余剰利益を共通のポケットに入れ、グループ全体で共有している。ここでいう余剰利益とは、利益から自己投資分を除いても余ったお金を指し、各自の事業規模を拡大するために利益は投資に回すが、それでも余った利益は共通ポケットに回される。そして、新たなビジネスを立ち上げる起業家への支援に使われるのである[18]。このように起業家同士が共同経営体のような形で資金面についても相互協力できることは、ソーシャルビジネスの持続可能性を高めるとともに、ソーシャルビジネスの輪を広げていくという観点からも非常に考えられた仕組みである。

②ソーシャル・インパクト・ボンド
 資金調達についてはソーシャル・インパクト・ボンドを活用することも考えられる。ソーシャル・インパクト・ボンド(以下、SIB)とは、資金提供者から調達した資金をもとに、サービス提供者が効果的なサービスを提供し、その成果に応じて行政が資金提供者に資金を償還する、成果連動型の官民連携による社会的インパクト投資の手法の一つである[19]。予防的なサービスによる将来的な歳出削減効果が償還資金の原資となる。

【図-11】SIB の仕組み

(出典元:G8 社会的インパクト投資タスクフォース国内諮問委員会 「日本における社会的インパクト投資の現状 2016」)

 図-11 に沿って説明すると、はじめに行政が解決を求める社会課題を抽出し、成果目標や成果報酬の支払い条件を決定の上、中間支援機構と契約を締結する。次に、中間支援機構は資金提供者を募るとともに、サービス提供者を選定し、調達した資金をもとにサービスを委託する。そして、提供されたサービスの結果、事前に取り決めた成果目標を達成した場合に資金提供者へ成果報酬が支払われるという仕組みとなっている。なお、事前に決められた成果目標を達成しなかった場合には行政から資金提供者への償還は行われない。
SIBはその発祥地とされる英国や米国を中心に浸透し始めているが、日本では未だ草創期の段階である[20]。図-12 のとおり、2018年時点で実際にSIBを導入している自治体は1.7%に過ぎない。ただし、関心がある自治体は右肩上がりで増えており、自治体がどのように成果報酬予算を確保するかや資金提供者・中間支援機構をいかに増やすか、適切な成果目標の策定など整理すべき課題は多いものの、今後ソーシャルビジネスの有力な資金調達手段となる可能性を秘めていると言えるだろう。

【図-12】地方自治体におけるSIB取組み状況の経年変化

(出典元:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 「自治体経営改革に関する実態調査」)

おわりに
 個人の幸福のため、また地域の維持・再生のためにも、私たちはビジネスをデザインし直さなければならない。労働価値観の変化や住民主体の地域づくり、自治体経営の限界による公共私領域の見直し要請により、ソーシャルビジネスは今後ますます注目を浴びるだろう。特に、総務省自治体戦略2040構想研究会の第二次報告において「自治体は新しい公共私相互間の協力関係を構築する『プラットフォーム・ビルダー』へ転換することが求められる[21]」とあるとおり、自治体によるソーシャルビジネス支援や周辺環境の整備によって、現在の行政サービスがソーシャルビジネスに置き換えられる可能性は大きい。そのときこそビジネスが新たな使命を帯び、生まれ変わる瞬間かもしれない。



[1]山口周『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社・2020)36頁。
[2]長谷川眞理子「進化心理学から見たヒトの社会性(共感)」(認知神経科学 Vol.18 No3、4・2016)
[3]前掲注(1)45 頁。
[4]広井良典『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社・2019)48 頁。
[5]バークレーヴァウチャーズ株式会社「2016 年度 Edenred-Ipsos Barometer 調査」 https://www.edenred.jp/news/pdf/2016-05-27_PR.pdf
[6]前掲注(1)116 頁。
[7]社会的企業の条件は以下の7つ(全て満たすもの)とされる。
①「ビジネスを通じた社会的課題の解決・改善」に取り組んでいる
②事業の主目的は、利益の追求ではなく、社会的課題の解決である
③利益は出資や株主への配当ではなく主として事業に再投資する(営利法人のみの条件)
④利潤のうち出資者・株主に配当される割合が 50%以下である(営利法人のみの条件)
⑤事業収益の合計は収益全体の 50%以上である
⑥事業収益のうち公的保険(医療・介護等)からの収益は50%以下である
⑦事業収益(補助金・会費・寄附以外の収益)のうち行政からの委託事業収益は 50%以下である
なお、本調査の母集団数は 174.6 万社となる。
[8]企業の付加価値と GDP は定義に違いがある点に留意が必要。
[9]社会的企業数は前掲注(9)の通り。それ以外は、国民経済計算(GDP・従業者数)に占める割合。
[10]内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局 内閣府地方創生推進事務局「第2期『まち・ひと・しごと創生総合戦略』(2020 改訂版)について ~感染症の影響を踏まえた今後の地方創生~」https://www.chisou.go.jp/sousei/info/pdf/r02-12-21-gaiyou.pdf
[11]鶴見和子『コレクション鶴見和子曼荼羅〈9〉環の巻―内発的発展論によるパラダイム転換』(藤原書店・1999)
[12]国土交通省「第二次形成計画(全国計画)」(平成 27 年8月)https://www.mlit.go.jp/common/001100233.pdf
[13]「成長を続ける二一世紀のために『ストップ少子化・地方元気戦略』」(日本創生会議・2014)
[14]日本ファンドレイジング協会「調査研究(寄付白書)」https://jfra.jp/research
[15]ボーダレスジャパンHPhttps://www.borderless-japan.com/
[16]田口 一成『9割の社会問題はビジネスで解決できる』 (PHP研究所・2021)
[17]前掲注(18)
[18]前掲注(18)
[19]G8社会的インパクト投資タスクフォース国内諮問委員会「日本における社会的インパクト投資の現状 2016」
[20]Impact Bond Global Database によると、2019 年 10 月時点で SIB 事業件数は英国が47(欧州 77)、米国が 26に対し、日本は3に留まる。
[21]総務省「自治体戦略 2040 構想研究会 第二次報告~人口減少下において満足度の高い人生と人間を尊重する社会をどう構築するか~」 https://www.soumu.go.jp/main_content/000562106.pdf
2021年11月 執筆
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