論考

Thesis

自治体経営と企業経営を比較して ~①経営理念の側面から~

松下政経塾の門を叩いてから1年が経過した今年4月より、筆者は栃木県小山市に本部を構える老舗の和菓子屋「株式会社蛸屋」(以下、蛸屋)の経営に経営企画室長として参画している。ここでのミッションは蛸屋の経営改善であり、自治体職員としてのキャリアしかない筆者は試行錯誤の日々を送っている。本シリーズでは、その経験に基づきながら自治体経営と企業経営のあり方を比較し、本稿においては特に経営理念の側面から考察していく。

1 自治体“経営”の要請

 世界に類を見ない高齢化や人口減少への対応に加え、公共インフラ施設の老朽化や新型コロナウィルス対策など、行政サービスへの期待がいつにも増して高まるなかで、自治体は限られたリソース(予算・職員)でその期待に応えることを求められている。従来の自治体「運営」ではなく「経営」にシフトする必要性が高いわけであるが、この議論が始まってから随分な時間が流れた。世界的な公共セクター改革の流れに目を投じると、1970年代末から90年代末にかけて民間企業の手法やノウハウを取り入れ、行政の効率性向上を図る新公共管理論(New Public Management、以下NPM)が盛り上がりを見せ、特にイギリスでは伝統的官僚モデルに対し、政治的判断や政策決定を行うトップから企画部門までの層と執行部門以下の各層を分離し、執行部門については経営管理手法を積極的に取り入れるエージェンシー制が注目を浴びた。この流れは日本の行政改革論にも影響を与え、2004年の地方分権改革推進会議最終意見において、「住民を行政サービスの顧客と捉え、行政部門への民間的経営手法の導入を図る『新しい行政手法(いわゆるニュー・パブリック・マネジメント)』の考え方は、近年、諸外国において採り入れられて一定の成果を上げている[1]」と言及されている。

 もちろん、超高齢化・人口減少社会の最中にある日本において、持続可能な地域づくりのためには、行革論に基づく自治体の経営改革だけでは不十分である。協働論の見地からローカルガバナンスを再考し、自助・共助・公助の関係性を構築し直す必要もあるだろう。しかし、そうして描き直した持続可能な地域の青写真に尚も自治体が存在するのであれば、やはり自治体の経営改革は避けては通れない。筆者は自治体職員として勤務した5年間、その必要性を現場にて肌身で感じてきた。そこで本シリーズでは、自治体経営と企業経営を比較し、自治体経営に欠けている視点や考え方を抽出・整理することで、自治体の経営改革に寄与することを目指すとしたい。

2 経営理念の確立と浸透

 はじめに「経営理念[2]」の側面から考察を進める。近年では多くの企業が、企業の基本的な考え方や姿勢、存在意義などを示す経営理念を掲げ、その共有に注力している。パナソニック株式会社の創業者である松下幸之助は、その重要性について、「事業経営においては、たとえば技術力も大事、販売力も大事、資金力も大事、また人も大事といったように大切なものは個々にはいろいろあるが、いちばん根本になるのは、正しい経営理念である。それが根底にあってこそ、人も技術も資金もはじめて真に生かされてくる[3]」と述べている。SDGs(持続可能な開発目標)が普及し始め、以前にも増して企業の公器性が問われる昨今、企業の信用やブランドにも結び付く経営理念の重要性は一層高まっているといえるだろう。

 筆者自身もまた研修の中でその重要性を痛感している。蛸屋(http://tacoya.co.jp/)に着任し最初に感じたのは社員のモチベーションが低く、かつ社員同士が同じベクトルで働くことができていないことであった。この原因の一つとして、蛸屋は会社更生法が申請され、2018年より株式会社坂東太郎グループの傘下となったことが挙げられる。異なる組織文化を受け入れることは非常に難しいことだが、蛸屋も例に漏れず、坂東太郎の掲げる「親孝行[4]」の経営理念が浸透しているとは言い難い状況であった。特に、本部から物理的に離れている各店舗では一層その色が濃かった。

 この状況を改善するため、各店舗の販売員からのヒアリングを進めると一つの共通する答えがあった。それは「商品が売れると楽しい」ということである。当たり前に感じるかもしれないが、複雑な会社情勢の影響もあり、いつしか会社も社員もこの当たり前を忘れてしまっていた。そこで、改めて42ある全店舗を回り1人ひとりの販売員に「苦しい時こそ楽しく働こう。楽しく働くために商品を売ろう。商品を売ることでお客様に感謝も伝えられる」と訴えて回った。実はこのメッセージは、坂東太郎の「目上の人、上司、先輩、親、すべてのお世話になった人に感謝を伝えよう」という経営理念を販売員の気持ちに寄り添いながら簡単に説明したものに過ぎない。しかし、販売員の多くはこのメッセージを快く受け入れてくれた。その結果、店舗から売り方の提案や多く売れた日に嬉々とした声で電話報告をもらうケースまで出てきた。まだ着任3か月ではあるが、徐々に手ごたえを感じているところである。改めて、経営理念は人を動かす原動力となり、社員に働く意味を与え働くモチベーションを与えること、さらにはあらゆる意思決定の指針となり社員の行動指針にもなるとその重要性を認識した。それゆえ民間企業では経営理念の浸透に力を入れるのだろう。

 さて、自治体に経営理念はあるだろうか。蛸屋が本社を構える小山市では、まちづくりの基本理念として「市民との対話と連携・協働による『田園環境都市 小山』を未来につなぐ持続可能なまちづくり[5]」を掲げている。非常に明快であるが、これはどちらかと言えば「経営ビジョン」に当たるものだろう。すなわち、そもそも自治体はなぜ必要なのかという視点を発端に、その地域にとっての存在意義や在り方を定義した自治体の経営理念(以下、自治体理念)を改めて各自治体で確立する必要がある。自治体では頻繁にセクショナリズムやパフォーマンス的な政策が課題として指摘されるが、筆者も同様に自治体職員時代にこれらの問題に直面した。なぜ部門ごとに対立が起きるのか、なぜ住民ではなく議員のための政策となるのか。もちろん、官僚制組織や民主主義といった仕組みの問題もあるだろう。しかし、自治体理念の存在はこれらの問題を解決する一助となり得る。自治体はあくまで住民のために存在し、自治体職員は住民の幸福(公共の利益)に寄与するために存在する。そんな当たり前なことを、特に現場や窓口から離れるほどにどうしても見失うことがある。今日のコロナ禍のような想定外の状況に直面した際は尚更である。その際、自治体の正しい意思決定をもたらし、自治体職員の行動指針となるのは自治体理念ではないだろうか。「正直毎日大変です。でも、和菓子でお客様に幸せや感謝を届けたい。何よりそれが楽しいから頑張れています」。経営理念に共感してくれた蛸屋の販売員の言葉である。企業が大切にする経営理念との向き合い方から自治体も学ぶべきことがあるだろう。

[1] 内閣府「地方公共団体の行財政改革の推進等 行政体制の整備についての意見-地方分権改革の一層の推進による自主・自立の地域社会をめざして-」意見1(表紙).doc (cao.go.jp) 26頁(2021年6月20日閲覧)

[2] 本稿では「企業理念」と同義として解釈している。

[3] 松下幸之助『実践政治経営学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』(PHP研究所・2014)22頁

[4] 株式会社坂東太郎HP http://bandotaro.co.jp/about/vision/ (2021年6月20日閲覧)

[5] 小山市「第8次小山市総合計画」https://www.city.oyama.tochigi.jp/site/sougoukeikaku/236908.html(2021年6月20日閲覧)

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坂田 健太

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持続可能な地域づくりに資する自治体経営の確立

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