論考

Thesis

教育格差を是正する方策~就学前教育改革~

私の志は、すべての子供達が自身の持ち味を育み、将来その持ち味を活かして生きていくことができる社会である。このレポートでは、現在の教育格差是正に向けた取り組みを整理した上で、今後注力すべき点を明確にし、これから求められる教育格差是正の方策について考察する。

1.日本の教育格差の現状

 まず日本が教育にどれくらいのお金をかけているかを見てみましょう。図1は教育費における公費と私費の割合を就学前教育、初等中等教育、高等教育でそれぞれ表し、OECD加盟国の中で公費負担が多い国を上から順に示したグラフです。このグラフを見ると、初等中等教育の公費負担割合はOECD各国平均を上回っていますが、就学前教育段階と高等教育段階では、OECD各国平均を大きく下回っています。日本は、就学前教育段階と高等教育段階において私費負担割合が高い国と言えます。

図1.OECD加盟国の教育支出の公私負担割合(2011年)

(出所)文部科学省「我が国の教育行財政について」

 また、図2のグラフは、OECD加盟国における在学者1人当たり公財政教育支出の対一人当たりGDP比を就学前教育、初等中等教育、高等教育でそれぞれ表したものです。

 初等中等教育における在学者1人当たり公財政教育支出の対一人当たりGDP比は、OECD各国平均をやや上回っていますが、就学前教育段階と高等教育段階では、OECD各国平均を大きく下回っています。就学前教育段階と高等教育段階においてOECD加盟国の中で国の支出が少ないことが分かります。

図2.OECD加盟国における在学者1人当たり

公財政教育支出の対一人当たりGDP比(2011年)

(出所)文部科学省「我が国の教育行財政について」

 次に、実際に教育費としてどれくらいの私費が使われているのかを見てみます。公立と私立の学校教育費、学校給食費、学校外活動費の推移を示したのが図3と図4です。まず、すべての項目で、公立よりも私立の方が、費用がかかっているのが一目瞭然です。総額では2倍~4倍の差が生じています。特に小学校段階と中学校段階での公立と私立の費用の差が大きいと言えます。また総学習費の推移に着目した場合、公立、私立共に推移に大きな変動はなく、公立と私立の総学習費の差は大きいままです。

図3.総学習費の推移~幼稚園と小学校

(出所)文部科学省(平成24年)「子どもの学習費調査」

図4.総学習費の推移~中学校と高等学校

(出所)文部科学省(平成24年)「子どもの学習費調査」

 以上のように、OECD加盟国の中で比較してみると、日本は教育にかけるお金は大きくなく、特に就学前段階と高等教育段階では下位に甘んじています。そのために、私費の割合が高く、どのような教育を受けるかは各家庭の所得に大いに影響を受けています。このことから所得格差が教育格差を生んでいる一面がみてとれます。

2.教育格差を埋める取り組みと課題

 教育格差を是正する様々な取り組みがあります。

 奨学金制度はその中でも最も有名な制度です。奨学金制度とは、学習意欲がある学生に対して、学費や生活費を給付または貸与して、経済的負担を軽減するための制度です。教育そのもののサポートではなく、金銭面のサポートにより教育を受けられるようにするものです。

 奨学金に似た制度として、現在大阪市で行われている教育バウチャー制度があります。教育バウチャーとは、学校外教育を受けることができる商品券です。特徴は、お金を給付するのではないので教育以外に利用されることがなく、また有効期限があるので貯蓄にまわらず教育費として利用されやすい点です。

 また、無料の学習塾や無料の家庭教師事業や、子どもの居場所づくり活動、ご飯を食べていない子どもにご飯を提供する子ども食堂があります。勉強やその他の活動に意欲を持つためには、子ども達が安心できる居場所や食事は重要です。また子ども食堂は、親も食事を取ることができ、親にとっても悩みを相談したり、くつろぐ空間となっています。

 上で示したように教育格差を是正する取り組みは様々あります。ただし、その活動のほとんどが小学校以降の支援であり、就学前の支援は少ないのが現状です。また少ないだけでなく、就学前の取り組みは大変重要であることが研究結果から裏付けられています。

3.就学前教育に潜む教育格差

 学習意欲・集中力・忍耐力といった能力を非認知能力と呼びます。

 この非認知能力は、高校進学率・大学卒業率・平均所得などに大きな影響を与えるという研究結果もあり、大変に重要なものです。そしてこの能力は、就学前に身につけるのが最も効果的です。

 しかし、これほど重要な能力は、家庭教育に強く依存してしまいます。そして当然ですが、この家庭教育に外部の人間が口を出すのは、非常に難しいです。

 そんな、重要であるのに家庭に任せるしかない非認知能力の形成時期にこそ、教育格差が隠れていると私は考えます。就学前に非認知能力を高めることで、恵まれない家庭環境にいる子供たちにチャンスを少しでも作ることができるのではないかと考えています。

4.乳幼児を抱える家庭の現状

 では、非認知能力を高める情報を各家庭に届けることができれば、すべての子ども達の非認知能力は高まるのでしょうか。問題はそんなに簡単ではありません。なぜならば、情報を届けたとしても、各家庭で実践される保障はないからです。乳幼児を育てている親の状況は子育てに忙殺されています。また、三世代同居のように経験豊富な祖父母が子育てをサポートする状況と異なり、現代の核家族世帯では、子育ての悩みを親が背負い込んでいます。育児ストレスから虐待へ発展するケースもあります。さらに、ひとり親家庭、特にシングルマザーのように経済的に苦しい家庭では、生活をすることで精一杯であり、幼稚園に通わせず小学校に入学させるケースさえもあります。そのために、非認知能力を高める情報を各家庭に届ける前に、子どもと親の愛着形成を十分に促し、親の育児ストレスを緩和して、就学前教育における経済的負担を減らす必要があります。その上で、非認知能力を高める取り組みを家庭、就学前教育の現場でおこなうべきであると考えます。

5.就学前教育改革

 4での現状分析を踏まえて、1.就学前ネットワークの実現、2.乳幼児教育の無償化、3.客観的根拠に基づく非認知能力研究の結果の公表、の3つを提案します。

 1.就学前ネットワークとは、保育者に加え、科学的見地に基づいて乳幼児保育・教育の指導をおこなう保育アドバイザー、家庭内の問題の相談をおこなう保育ソーシャルワーカー、そして研究者がチームを組み、保育に取り組むことを指します。医療現場におけるチーム医療のように、医師、看護師、放射線技師などが専門性を活かして適切に役割を果たし、患者に最善の医療を届けているように、子どもに最善の保育環境を届けることが就学前ネットワークの目的です。

 保育アドバイザーの役割は、親の育児の仕方に対する基礎的知識を伝えるとともに、最新の客観的根拠に基づく非認知能力研究の情報を提供します。人間は自分が親にされた育児を自分の子どもにもする習性があります。乳幼児期で記憶にないように思いますが、人間の脳はしっかりと記憶していて、ミラーニューロンという細胞によって親と同じ育児を子どもにしてしまいます。そのため、親に抱かれて育っていない子どもは、親になっても子供を抱くことはせず、抱き方さえ分からないのです。自己流の子育てではなく、基礎的な知識と最新の情報に基づいた子育てにすることが保育アドバイザーの役割です。

 保育ソーシャルワーカーの役割は、親の様々な相談にのり、育児のストレスの緩和を目指します。また、家庭と関わることで、虐待の防止や早期の虐待の発見、発達障がいの早期認定につながると考えられ、児童相談所や保健所との連携もおこないます。家庭での親の精神状態の安定を図り、家庭内における保育環境の改善を目指します。

 研究者は、普段の研究成果を積極的に行政主体に伝え、市民の保育教育環境の改善を担っている認識を強くもち、保育アドバイザーと連携を図ります。このような就学前ネットワークは、親の育児ストレスの緩和や、家庭内保育・保育現場での保育の向上、また虐待や発達障がいの早期発見につながります。

 2. 保育園の無償化とは、0歳児保育からの保育園を無償するということです。

 無償化をおこなうことにより、経済的な側面で保育園をためらうことを防ぐとともに、家庭の所得に関係なく質の高い保育を誰しもが受けられる環境をつくります。ただし、無償化は、保育園に子育てを任せっきりにする親が増えてしまう可能性もあります。そのために、保育相談員の定期的な訪問や指導の受け入れを無償化の条件にするなど、親の保育への意欲が求められる制度設計にする必要があります。

 3.客観的根拠に基づく非認知能力研究の結果の公表は、乳幼児期の保育や教育研究結果を市民が広く使えるかたちで発信するということです。前述したように核家族が一般的な現代では、多くの人が自己流で子育てをおこなっています。そして、子育てに関する書籍は数多く、ネットでの情報は溢れています。そのために、どの情報を参考にしていいか判断が難しいのです。そのために、客観的な根拠がある研究成果に関しては、積極的に行政主体が発信をすることが重要です。その情報を考慮した上で、各家庭は子どもに合う子育てを探求することになります。

 以上のように、1.就学前ネットワークの実現、2.乳幼児教育の無償化、3.客観的根拠に基づく非認知能力研究の結果の公表に取り組むことで、親の育児ストレスと経済的負担を無くし、家庭と保育園における最良の就学前教育の環境を整えます。

6.問題点と今後の考察

 まず、一番の問題点としては財源です。この点で参考になるのが、大阪市の事例です。大阪市では2016年度から5歳児の幼児教育の無償化をおこなっています。対象児童は2万人、総事業費は25億2000万円です。大阪市の市政改革として、歳出削減と歳入確保に取り組んできました。歳出削減は、印刷費やIT費などの経常経費の削減や、団体や施設に対する補助金の見直し、人事・給与制度の改革等をおこなってきました。また、歳入確保では、広告事業の推進や未利用地の有効活用、未収金対策の強化等をおこなってきました。

 大阪市の吉村市長は、平成28年3月3日本会議にて「税収や今後の収支の状況も確認するなど、歳出・歳入において精査を行った結果、五歳児の幼児教育の無償化を実施できると判断した」と答弁されています。吉村市長は3歳児からの幼児教育の無償化を目指すという発言もされています。今後の大阪市での動向を追いつつ、大阪市で実現できた無償化を全国規模でできるのか、対象年齢をどこまで下げることが可能であるのかといった点の考察をしていく必要があります。また、就学前ネットワークでの保育アドバイザー、家庭相談員の人件費も財源の問題として考慮する必要があります。

 次に、家庭相談員の問題点です。家庭相談員の役割は、小学校でのスクールソーシャルワーカーの役割を保育園でおこなうことです。しかし、現在スクールソーシャルワーカーは小学校で十分に機能していません。そのため保育園に家庭相談員を導入しても、十分に機能しない可能性があります。スクールソーシャルワーカーが十分に機能しない理由として、勤務が月に1回で家庭内の問題を把握することが難しいこと、教師から情報提供が十分になされないことなどが挙げられます。家庭相談員の導入のためには、現在のスクールソーシャルワーカーの問題点への対策を考えることが不可欠です。

 最後に、就学前ネットワークが機能するかという問題もあります。小学校では、教師、スクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラーと様々な役割がありますが、コーディネーター不在のために、チームとして十分に機能していません。就学前ネットワークも同じように、チームとして機能するための仕掛けを考える必要があります。

 以上のように、問題点は数多くあります。しかし、日本にとって就学前教育改革は必要不可欠です。引き続き問題点の対策を考えて、就学前改革の実現可能性を探究していきます。

【参考文献】

[1]文部科学省‘我が国の教育行財政について’

[2]文部科学省‘平成24年 子どもの学習費調査’

[3]中室牧子(2015)『学力の経済学』ディスカバー・トゥエンティワン

[4]ジェームズ・J・ヘックマン(2015)『幼児教育の経済学』東洋経済

[5]阿部彩(2008)『子どもの貧困-日本の不公平を考える』岩波新書

[6]阿部彩(2014)『子どもの貧困Ⅱ-解決策を考える』岩波新書

[7]古市憲寿(2015)『保育園義務教育化』小学館

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山本将の論考

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Susumu Yamamoto

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第35期

山本 将

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