松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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人間観
2008年11月

塾生レポート

人の幸せとその幸せにいたる基本条件
熊谷大/卒塾生

塾主松下幸之助は、人の幸福を何よりも一生懸命に考えた。今、この国は毎年3万人以上の自殺者を出し、何ら効果的な対策を打ち出せていない。人間の幸せとは何か。また、その幸せの条件とは何かを自分なりに掘り下げてみた。

 
「政治の要諦」

 すべての人がいきいきと仕事に励み、生活を楽しむようにするのが、政治の目的であります。単に学問や才能だけに頼っていては、よい政治はできません。為政者も民衆も素直な心で天地自然の理を仰ぎ、これに従って人々の幸福を図っていくところに政治の要諦があります。

PHP基本理念 松下幸之助

1 はじめに 「幸せ」の定義?

 PHPという標語は、昔から目にしていた記憶がある。しかしそれは、コンビニに行けば店頭に並んでいる、といった日常のごくありふれた景色の一つでしかなく、その意味するところは何かなど考えたこともなかったし、ましてや松下幸之助塾主(以下松下)が戦後の荒廃を憂いて導き出した運動であるとは想像だにしなかった。繁栄によって平和と幸福を、というのがPHPの意味である。それをなぜあえて英語で表記したことは定かではないが、おそらく英語の” Prosperity”繁栄とは、物質的繁栄が続くことを強調している語であることがひとつの要因ではないか。なぜなら、物質敵豊かさは、松下の水道哲学に如実に表れているからである。著書『私の生き方 考え方』では、物質的な豊かさと、精神的な安心立命は車の両輪であって、その両方を満たすのは水道の水のように物資を豊富に世の中に存在せしめることであることを宣言している。それこそが生産者の聖なる使命であって、貧困を撲滅することにつながる方策であることも示唆されている。

 それでは、物質的な繁栄をほぼ満たした現代の日本においては、車輪の一方の条件は充足させたと言ってよいであろう。それでは、もう一方の「精神的な安心立命」はどうであろうか。10年連続で毎年3万人以上を自死で失っている日本の現状は、松下が考えていた理想の姿とは、ほど遠い状態と言える。物心一如の繁栄こそが松下が思い描いた日本の姿である。交通事故で命を落とす人間の数よりも数倍もの人数が自ら命を絶つこの国は、危険信号が点滅し放しの状態であることは間違いないのだ。

 人が幸福な状態とはなにか。物質的な価値が満たされた日本において、幸せを感じるとはどういうことなのかを、このレポートを書くことで一考したい。

2 日本で最も自死率が高い町

 去る9月、世界自然遺産で有名な白神山地に抱かれた、空気が澄んでいて温泉が豊かな、こぢんまりとした町、秋田県F町に入った。F町訪問の理由は3点あった。1点目は、自殺率の高い秋田県でも、この町が最も高い自死率を示していたこと。2点目は、必死でこの町の状況を打破しようとしているリーダー袴田俊英和尚がいること。そして3点目は、この町の実態、つまり絶望的な状況を目の当たりにすれば、その対極にある幸せや希望が見えてくるのではないかと考えたからである。F町にとっては失礼な話かもしれないが、この町に行けば、なぜこんなにも不幸な状況に追い込まれるのかを理解できるのではないかと思ったからだ。今、日本の置かれている状況、その解決の糸口を見つけたいと思ったのだ。

 F町の主要産業は林業。高齢化率も高く、若者もほとんど町には見受けられない。ちょうど稲刈りの季節に入っていたので、ご老人が田畑の手入れをしている姿がちらほらと見える。以前は養蚕や鉱石、力士や歌舞伎役者まで幅広い「生産」をこの町は担っていたのだが、今は細々と農業をしている人たちが町の経済を支えている。総人口4,105人のこの町は、老人人口は1,544人で、高齢化率は秋田県内でも上から2番目、収入は県内で最も低い土地というデータとなる。データ上は、無医村、老老介護、高齢化、限界集落、若者の不在、失職率や自殺率の高さ、どれをとっても現在の日本の課題を1か所に集めたような数値である。歴史的には、江戸時代後期の博物学者、菅江真澄が村の自然などを調査し、民俗的な資料の残る古く長い歴史の町でもある。しかしながら、近世を経た長い歴史を以てしても、現代に必要な基本的なインフラ、たとえば国道、鉄道の整備は遅れ、隣町のN町から定期バスがある程度で、陸の孤島となりつつある。陸の孤島であることは、すなわち、近隣との交流が乏しいことを表している。

 孤独や孤立が際立っている町の状況で、自殺した人たちの噂はささやかれていた。F町で「心といのちを考える会」を立ち上げた曹洞宗の住職、袴田俊英氏は、こうした話を耳にした時のことを回顧し「多いというのはわかっていたが、しかし、口にする事は憚られた」と言う。うつ病が自殺に至る主要な道筋だと知ると、ワーキンググループや勉強会を発足させ、公開シンポジウム、公開講座などを精力的に行ってきた。袴田氏から学ぶことは非常に多かった。特に彼の主張する、昔の「世間」ではない、人同士の「新しいつながり方」が重要なのだ、という自論には何度頷いたことか。氏は日本に当たり前にあった「縁側」の大切さを強調する。「昔は敷居のない縁側を通して、人が向こう三軒両隣の人たちとコミュニケーションをとっていた。そんな気軽に人が不平不満でもなんでも気軽に話ができる場所が必要ということで、『コーヒーサロンよってたもれ』を開設したのです。」

3 最も大切なことは「つながる」こと

 「よってたもれ」の活動とともに、袴田氏はとても興味深い話をしてくれた。F町は数年前に、幼児虐待事件で全国的に有名になった町でもある。事件は、氏が自死率の低下に力を入れ、その効果も表れ始めていた時に起こった。事件の真相を求め、ジャーナリズムの波が町を呑み込んだ。記者たちはスクープを上げるために、町との取材協定を無視し、夜討ち朝駆けで町民に取材を敢行する。道端で遊んでいる子供に根掘り葉掘り事件のことを尋ね、時に逃げる子どもを追いかける、等の行為が横行、頻発した。取材攻勢を避けるために、子どもたちの声は町から消えた。そして、ある噂が流れる。容疑者に売春行為があったのではないか。相手は町の人間である、という根も葉もない話であった。噂はネットによって流され、取材陣はネットに記載されている町の人物をしらみつぶしに取材した。町は疑心暗鬼に覆われ、短期間でお互いを猜むようになった。それまで培われていた町の人間関係が切断されていった。あくる年、自死者が一気に増加した。「町の人間関係は、昔ながらの濃い部分と、現代的にプライバシーを気にするような希薄な部分と『まだら』な関係でした。それがジャーナリズムのスクープ合戦によって微妙な町の人間関係が崩されてしまったのです。」

 人間関係。とても単純な言葉である。人間は人間との関係によって社会を築きあげ、地域を保ち、生産し、喜び、生活を紡ぐ。人間は人間によって生かされ、そのまた逆もしかりであるのだ。白神山地の麓にあるこの小さな町は、木々が鬱蒼と生い茂り、温泉も豊かな湯量がある。白神の自然を散策に来る観光客も後を絶たない。人間が暮らしていくのに十分な食材や物資はそろっているはずだ。収入がいくら低いからと言って、環境の素晴らしいF町に、自らの命を犠牲にするほどの一大事であろうかと疑問に思っていた。しかし、袴田氏のとのディスカッションによって見えてきたことがあったのは確かだ。人間の最大のライフラインは、人間関係であることが明らかになってきた。

4 物があふれた孤独な姿 ―自死、変死、そして孤独死―

 人間関係が人の生活にとって、とても重要である、という単純な真理を十二分に理解した。まさしく人間関係の良し悪しが「幸せ」や希望を抱くのに、必要条件であるのだ。このように考えると、幸せの定義とは真逆の方向へ進む日本の現状が見えてきた。ある調査によると、単身高齢マンション居住者の孤独死率が約13%にも達する。独居老人率は厚生労働省の国民生活基本調査によると、世帯数の約8%が65歳以上の独居者。人とのつながりの希薄化が広がり、「幸せ」の定義と逆走する日本。逆レーンを疾走する日本に待ったをかけたくて、2008年の9月中旬から遺品整理業を日本で初めて専業としたキーパーズ有限会社にて研修を行った。同社は引き取り手のない遺品や、さまざまな事情により遺品の整理ができない方々に代わって、引越しや遺品の供養、整理を行う会社である。多くの現場は変死や孤独死、自殺された方の部屋をお片づけする仕事である。遺品を整理することは、故人の生き方を学ぶことではないかと考え、研修させていただくことになった。

 研修最初の現場は、東京都の高級住宅地にあるマンションの一室。本に囲まれたハイソな環境であった。故人は翻訳業などを生業となされていたようで、洋書が所せましと部屋いっぱいに積み重ねられ、さながら大学教授の研究室のようだった。故人が倒れた場所となった書斎は、もちろん遺体は片付けられていたが、遺体発見が遅れたため、体液が出て腐り、黒ずんでくっきりと残り、髪の毛の一部分が床にこびりついていたりと、衝撃的な現場であった。

 作業は当初、膨大な書籍を段ボールにまとめる作業に終始した。鼻をつんざく死臭が否応なく気分を滅入らせる。本は重い。腰がもたない。汗とほこりにまみれ、作業は続く。本や書棚、机、椅子を部屋から出した後、遺体から流出した体液の跡によって作られた床の黒染みを取る作業に移る。市販のクレンジング液でごしごしと削り取りながら、故人の運命とはどういったものだったのだろうかと、遺品から読み取れる状況を察しながら考えた。

 遺品整理業とは想像以上にタフな仕事だと感じながら、周囲の社員に遅れないように額の汗を拭い、段ボールの箱をガムテープで閉じる。この現場をはじめ、自殺された方の部屋、変死された方の部屋、孤独死された方の部屋から共通して見出される項目は、次のような特徴があると気がつく。まず、1人で生活していること。部屋がごみ屋敷になっていること。衛生状態が悪い(清掃されていない)。近所付合いが見られない。そして、親兄弟、子どもの姿が見えない。

 つまり、人間同士の関係性がほとんど見られないのである。たとえば、孤独死した方の遺体の発見の常套は、「何か変な臭いがする」や「最近、小さな虫がよく出る」などといった近所の声から、大家さんや管理人を経由して警察が介入する場合がほとんどである。どの様な理由か、または事情かは測り知ることはできないが、故人は一人である。きっかけは、離婚や失職によるケースがあり、そこから人間関係を断つようだ。しかし、その事情もさまざまであり、借金など、経済的な問題や病気などの問題もかかわってくる。特に印象的なのが、孤独死された方のお宅に行くと、そのほとんどが「ごみ屋敷」であることだ。部屋は数か月も、おそらく数年間も掃除をしていないすさまじい状態となっている。衛生的なことも死亡の遠因になっていると思われるほど、チリや埃が舞い上がり、足の踏み場もない。埃もさることながら、物の多さに驚かされた。通常、一人暮らしの遺品を整理すると、2.5トンのトラックに荷物が積載される。ケースによってはそれが2台、3台となることもある。

 ありふれる物に囲まれ、孤独に死を迎える。当然の疑問として、はたしてこの人は幸せだったのだろうかと思う。そして、物質が多いことは決して、等記号として幸福と結びつけることにはならないことを肌で知った。なぜなら、遺品として最後に合同供養に回されるもの、遺族に引き取ってもらえるものは精々、小さな段ボール一箱程度しかない。人は、物という意味では、後世に残せるものは極端に少ない、ということをこの研修では考えさせられた。そして、幸せや、幸せである状態、というのは、決して物質に囲まれることのみで得られることではないことも、同時に知ることとなった。

5 幸せとはなんぞや

 それでは、幸せとは一体なんだろうか。冒頭に言及した塾主松下が述べるとおり、政治に携わる人間ならば、誰しもが人の幸福とはなんであるかの定義を持っていなければならない。私は思う。目に見える姿と目では見えない、つまり、五感で感じる幸せがある。目に見える幸せとは、人が暮らしていくのに必要なものを身の回りに置けているか、否かが判断の基準となるだろう。目に見えにくい、感じる幸せとは、達成感や到達感、または誰かの役に立っているという感覚ではないだろうか。これこそが、人間としての満足感を醸成し、ひいては「幸せ」という心の状態を醸し出すのではないだろうか。そして、満足を得るための必要最低限の条件が、しっかりとした人間関係が築かれていることではないだろうかと考える。

 最後に幸せを醸成する方策を先人の知恵を援用しながら提示したい。

●ホーソーン実験

産業心理学者メイヨーの社会実験で、工場作業において生産性や効率化を向上させる方策は、工場内の施設的な要素、つまり、照明を明るくしたり、機材を最新の設備にかえる、といったハード面を革新するよりも、従業員間の人間関係に起因し、仲の良いグループほど生産性が高かったという実験。

●ロゼト効果

アメリカのペンシルベニアにあるイタリア系アメリカ人のコミュニティの名前。1950年代、ロゼトの住人は隣町のバンガーより、食事の習慣や喫煙率は変わらなかったが、心臓病や動脈硬化といった病気の発症率が圧倒的に低かった。様々な機関が調査に入ったが、特別なことはなかった。ただ、ロゼトの住民は、伝統的な生活を守り、宗教に強い関わりがあり、他の人種間との結婚が少なく、富をひけらかさない謙虚さが共有されていた。なによりも顕著だったのが、共同体内の連帯感と団結が強く、住人はお互いに尊敬と支援を怠らなかった。
それが1960年代後半になると、アメリカンウェイオブリビング、つまり物質主義が浸透し始め、伝統的な価値観が否定され、格差が押し寄せ、共同体の紐帯は若者を中心に崩れ、死亡率も他の町と変わらなくなった。

●隣人祭り

フランスはパリの青年が始めた運動で、アパルトマンの住人がお互いに品を持ち寄ってパーティーをする、という単純な試み。きっかけは、同じアパルトマンに住んでいた独居老人が孤独死をしたことによる。たかがアパルトマンといっても、個人主義が当たり前のフランスでは、お隣りはどこか遠い島のようで、触れ合う機会がない。
しかし、数年前にフランス全土を襲った猛暑は、たくさんの老人、大体は一人暮らし、の命を奪った。その事件に心を痛めたフランス人は、持ち前の博愛精神を発揮し、隣人祭りはフランスだけではなくヨーロッパ全土に広がりを見せている。運動を始めた青年の「ヨーロッパで個人主義はもう時代遅れ」という言葉が印象的。

●江戸の庶民の暮らし方

朝飯前
向こう三軒両隣の世話をやく(主に掃除)

午前中
口過ぎのために日銭を稼ぐ(大工仕事など)

午後
防犯、防火など地域のためにはたらく(=自分のそば、かたわらの人=「傍」を「楽」にする)

夕方
「遊び」即ち、明日の準備、囲碁や将棋を打って、明日に備えてリラックスとリフレッシュをする

この生活のリズムの中で最も重要だったのが、午後からの地域貢献。つまり地域や近隣の人達のために活動することであった。

 以上、幸せとは、人とのつながりとかかわり合いを基本条件として、自分以外の何かに貢献することで得られる、達成感や満足感ではないだろうか。また最後になるが、過酷な遺品整理作業を終えた時、近所から夕餉のにおいがしてきた。直感的に「あ、これが幸せなんだ」と思った。幸せとはなんと単純なことなのかと涙が出た。

参考文献

松下幸之助 著 『私の行き方考え方 わが半生の記録』1986 PHP研究所
吉田太一 著 『遺品整理屋は見た!! 天国へのお引越しのお手伝い』2008 扶桑社
アナーズ・ペリファン 南谷桂子 共著 『隣人祭り ―つながりを取り戻す大切な一歩―』2008 木楽舎
越川禮子 著 『江戸しぐさ完全理解 -思いやりに、こんにちはー』2008 三五館
自殺実態解析プロジェクトチーム 『自殺実態白書2008第二版』2008 NPO法人ライフリンク
Brenda Egolf, MA, Judith Lasker, PhD, Stewart Wolf, MD, and Louise Potvin, PhD 
“The Roseto Effect: A 50-Year Comparison of Mortality Rates” August
1992 American Journal of Public Health

参考Web site

総務省統計局 http://www.stat.go.jp/
厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/

2008年11月 執筆
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