松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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国家観
2005年12月

塾生レポート

地域の特性を生かして磨く日本の魅力
田草川薫/卒塾生

塾主の人間観に基づき「国家とは何か」について考察する「国家観レポート」の第三弾。今回は「国家と地域」という切り口で「国家観」を考えてみたい。日本を構成している地域社会の一事例を通じ、日本の魅力とは何かについて考える。

 

1.はじめに

 2004年4月、日本には都道府県、市区町村が3100あった。その二年後、2006年4月1日には、その三分の二の1820になるとされている。かなり精査されたものの、人口350万人の政令指定都市から、約数千人規模の小さな町まで十人十色の「地域」が存在するわけであるが、規模や成り立ちによってできること、目指している「利益」がそれぞれ異なる。それらの異なった価値観とさらにそこに住み、活動する個人が集まって国家を形成するわけであるがため、「国家とはどうあるべきか」を述べようとしてもそもそも国家とは何をさすのか、誰のための国家か、を定めないと議論を始めることができない。

 人口が一万人以下の市町村が一番多いのが北海道で148市町村(2005年4月時点の全市町村数は180)。ついで長野が77市町村、新潟が61市町村と続く。割合で言うと一位は鳥取県の79.5%で、全体の市町村数は39なのに対して、なんと31対象市町村が人口一万人以下だという。僅差で2位なのが山梨の78.6%、そして島根の76.3%。いすれも市町村数がそもそも60未満と数が少ない故、割合が高くなってしまうのだろう。

 細分化された地域をある程度統合するため合併が進められたが、それぞれの町や村には固有の価値観、文化がある。だからこそ統合しようとすると、それまでは特に意識していなかった自分の住んでいる場所に愛着があることを思いだし、譲れない点が出てきてしまう。

 一方で、東京や横浜のような都会では、自分が「住んでいる場所」と「活動拠点としている場所」が同じではない場合が多く、「地域」に対するアイデンティティを持っている人が少ない。こういった場合、地域社会に対する貢献意識を持つのは容易ではなく、地域に対するビジョンを抱けないという意見をよく耳にする。いわゆる都会の「無関心層」と呼ばれる人、つまり自分が住んでいる場所、働いている場所に対するビジョンを持つのが難しい人たちにとって、日本という国とは何か、どうあるべきか、という「国家観」を持つことは可能なのだろうか。

 国家とは、無関心層を含めた国民全てが、繁栄と幸福を感じて生活を営めるための枠組みであり、そこに集うものは権利を享受する一方で、繁栄と幸福のために自ら義務も果たさなければならない。本稿では、個別実践活動中に訪れた岡山県にある一つの自治体を事例に取り上げ、そこで取られた決断を元に、地域の価値観をどう育て、守るのかについて分析し、そこから日本という国はどのような価値基準に基づいて発展すべきかについて考えてみたいと思う。

2.地域から芽生える国家観

 地域とは、区切られたある範囲の「空間」を意味する。この空間の中で政治・経済・文化活動を行なうわけであるが、地域はより大きな全体、すなわち国家の一部を構成するものである。コミュニティ論では地域やコミュニティを「共通の価値観を分かち合える連帯感をもつ集団」や「地域的接近性を持つ集団」として定義づけているが、現実社会においては、必ずしもそのような概念によってのみ地域が構成されるわけではない。物理的な理由によって区切られた地域には異なる価値観を持った集合体が複層的に存在する。また、上述した都会人のように、行政単位区分の地域と自分の利害に関係する地域は決して一致していない場合、地域に対して共通理念を持たずに過ごしている人も多い。

 学校や会社という集団生活を要する場には規則があり、世の中と言われる一般社会には道徳や社会規範、そして法律があるように、それぞれのコミュニティ(場)円滑に動かし、発展させていくためにはお互いに守るべきルールが存在する。そのルールの中では、誰がどのような役割を担い、どのような方法で物事を決めていくかを定めていかなければならない。なのに、役割を認知できない、物事の決め方が定められないまま活動を進めている地域がたくさんある。近年、まちづくりへの区民参加やボランティア・NPO等による地域活動が活発化し、身近な地域の問題は自分たちで解決していこうという市民自治の意識が高まっているが、参加や協働を柱とする新しい自治への取組みはまだ始まったばかりである。

 自治の概念が強化され、行動を伴うようになれば地域固有の価値基準が生まれてくる。つまり、共通の理念があるからコミュニティができるのではなく、コミュニティの中に概念、ビジョンが形成されるようになるのである。このようなプロセスこそ、ビジョンがない、国民に国家観がないと心配される今、必要なことではないだろうか。他人(他地域、他国)に惑わされること無く、独自の価値基準と行動規範を持つこと。それらが蓄積されることで、日本の国家としての在り方が浮き彫りになってくるのではないだろうか。

 国家観を醸成するにあたり、ついついトップダウン的に国家論を広めようとする方法があるが、情報の収集と発信に多様な方法がある現代社会では、ボトムアップ式のヒジョンづくりも無視できない。そして日本という国には多様なヒジョンを受け入れるだけの度量があると思うのである。長年島国として調和に基づく政をしていた背景と、日本人の穏やかな性格に依拠するものであるが、何よりも他を慮る性質が強い国民性を信じたい。独創的な価値観を多数織り交ぜることで、豊かな国家観が生まれてくるはずである。

3.岡山県の事例

 日本全体がバブルで盛り上がっていた1980年代、失われそうになっていた価値観の見直しを呼びかけた町があった。岡山県の山間にある美星町。人口わずか一万人にも満たない小さな集落で、そこでしか得られないもの、「星空」を守るために光害防止条例が制定されようとしていた。

 全国でも先進的な取組みを実施して20年以上の歳月が流れる。6000人まで過疎化が進んだ村は、市町村合併の流れにのり、一地方都市の一部となってしまった。それでも変わらず悠久の輝きを見せる星空。歳月を感じさせない自然の美しさを守るために町が進めた取組みを紹介したい。

 美星町の中でも高台に設置された市の天文台には、年間約8000人のファンが訪れる。夜間開館は週4日のみにも関わらず、岡山、倉敷、福山といった近隣都市から星愛好家が後を絶たない。美星スターウォッチングクラブという愛好会を設け、写真展や観察会も行なわれている。全国有数の「星空の街」の一つとして環境省に選定され、2000年には「星空の街・あおぞらの街」全国大会も開催された。近隣市町村が工場誘致、開発を通じて発展をしようとしていた中、金銭で代替のきかない星空を町の活性化の手段として選んだ町長の功績と、創星課の職員の努力は大きい。

 そもそも美星町で光害防止条例が制定されるにいたったきっかけは、今から20年以上前の話に遡る。1982年に美星町の愛称を「星の郷」とすることを決め、星の郷道しるべ事業で星のマークの入った道しるべを町内90箇所に設置するという、非常に簡単な運動から始まる。

 大きな転換期は1987年に美星天文台が建設されたことにある。当時の自治省からリーディングプロジェクト指定を受け、環境庁のスターウォッチングコンテストが行なわれ、夜空の明るさを測定するようになった。翌年、測定結果に基づき、環境省から「星空の街」に選定され、自他ともに認める星の郷になったのである。

 その頃から、星空を守ろうという運動が始まり、一人の天文愛好家がアメリカに先例のあった条例の導入を提案したことで動きが活発化する。その声を町の職員が受け止め、行政が積極的に取組みを進めた。住民の間では当たり前のものとされていた星空の美しさを保全して欲しいと、隣の町に住む市民の声が寄せられたというのも珍しい始まり方ではないか。

 条例制定後は光の使用を制限するものではなく、照明の方向などを配慮することで、天体の美しさを損なわない町をつくっていった。果樹園の防蛾対策が必要になった農家に対しては、防蛾灯か防蛾ネットかの選択肢の中で条例のために防蛾ネットを選択してもらい、町が経済的負担を一部補填することで、問題を解決していった。

 井原市と合併したことで、美星天文台及び光害防止条例は井原市のものとなった。人々の星を愛する心は時間や空間を越えても変わらない。一方、旧美星町にだけ適用される条例を今後どのように維持していくのか。今までは「星イベント実行委員会」が特別な予算を持って、星空観望会や、星空コンサート、星の写真コンテストなどを行なっていたが、地域の活性化が実現したところでその役割を終え。2002年を最後に星に関係する特別なイベントは開催されていない。

 天文台長の綾仁氏は美星町の取組みはこれからだ、と熱く語る。美星町の広報誌に載せていた天文台からの情報発信が、人口48000人向け井原市広報誌でもそのまま継続されることになったのだ。イベントを行なわなくても、星空を愛する気持ちに変わりはないとはいえるものの、町のアイデンティティでもある星空の価値を伝授する方法は何かしら創り出さなければなるまい。

 当たり前として眺めている星空が、いかに価値のある重要なものか。暗さの文化について論じられる中でも取り上げられた美星町。星空と、闇夜の持つ魅力をこれからも継続して欲しいものである。そしてこのような地域での取組みが増えることが、日本の魅力づくりに繋がっていくのではないだろうか。

 地域固有の「財」を発見することで、そこに住む人々が互いに話し合い、どのような「場」にしたいか積極的に議論する。これもビジョンづくりの一種である。身近なところから関心を持ち、「場」と自分の関係を見直すプロセスが今日本には必要とされている。

5.おわりに

 最後に、岡山の事例を塾主の考えに立って振り返ってみる。美星町としては、「経済的発展」という目標道に向けて選べる道はいくつもあった。地方の中でも、県庁所在地に代表される地方中堅都市は「都市化」という選択肢を選び、都市化を選ばなかった小規模市町村でも、地域としての個性を打ち出せなかったものは、なんら天分を活かせないまま、活気を失っていった。美星町は「街の天分」である「夜空」を守り、発展する方法を見つけ出したのである。結果として、物理的に何が建てられるということは無かったが、他にはない財産を守ることができたといえる。このような地方の特性が魅力として残されることで、日本が発展していくと言えるだろう。

 塾主は折に触れて、日本人らしさとは何か、日本らしさとは何か、について言及している。また国家のあり方や意義についても述べているが、その考え方の根本にあるのは、生成発展に向けてまっすぐに進む道筋であり、そしてまた、人間一人ひとりは生成発展の原理に基づき秩序立てて行動することを大前提としていることである。人間は本質的に「限りない繁栄、平和、幸福を思い出す力」が備わっており、その本質を生かして実現へと営むのが人間の使命なのである。

 つまり、一人ひとりの個性や特性を「天分」という名の下に認め、大いに磨くことを推奨するも、その上位に目標とされるべき概念を「秩序」として設けているのである。国民と国家との関係を見たときに、国民あっての国家であるとしたうえで、国家を円滑に営むためには、国民が国事に関心を持って自分ごとのように責任を果たしていくべきであるとしている。

 国民が国事に関心を持つように至る過程には、国家全体の前に都道府県、会社や地域といった集団の事柄に関心を持つ必要がある。岡山で地域の事柄に関心を持つ人たちが決断を提示した結果、星空が守られるという好結果が生まれたことからも、関心を持つことが社会を変えるという一つの例が生まれたと言えるだろう。

 塾主の考える国民と国家との関係は、地域と国家という関係に当てはめてみても同様のことが示せる。日本には様々な個性豊かな地方があり、それらが各々に天分、特性を高めることで、魅力的で活性化されたものとなってくる。といっても、国家の枠組みを無視して活動するのではなく、あくまでも「日本」という共通の枠組みの中で、互いに切磋琢磨し、国家の繁栄に貢献すべきであろう。関心を持ち、関係を持つことで生まれる国家観こそ、他人に押し付けられたものではない、自分たちが生み出した国家観であると言える。そのような国家観が生まれられるように、まずは身近なことから関心を持ち、魅力を発見する手法を今後も検討していきたい。

以上
参考文献・資料

財団法人 地方自治情報センター http://www.lasdec.nippon-net.ne.jp/
松下幸之助 『人間としての成功』(1994) PHP文庫
松下幸之助 『松下幸之助の哲学』(2002) PHP研究所
岡山県美星町資料 「星空を守るために」
美星町天文台台長綾仁氏ヒアリング
2005年12月 執筆
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