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1998年8月

塾報

英国に学ぶ「福祉の民営化」
森本真治/卒塾生

 来る超高齢社会の到来を睨み、昨年末、介護保険法が成立した。この介護保険制度(注)の成否の鍵を握るのは、介護サービスへの民間の参入だと言われている。すでに福祉サービスのほとんどを民間が行っている英国にその秘訣を探る。

 
●介護保険で高齢社会を乗り切れるか

 「21世紀、日本は超高齢社会になる」。よく耳にする言葉だ。国連の定義では、人口に占める65歳以上の割合が7~14%までを「高齢化社会」、14%以上を「高齢社会」としている。これで言えば、日本はすでに1994年に「高齢社会」に突入しており、20年もすれば4人に1人が65歳以上という「超高齢社会」を迎えることになる。
 ではこの「超高齢社会」とは具体的にはどのような社会だろうか。単に「高齢者が多い社会」というだけではない。高齢者の割合が高くなるということは、相対的に経済を支える労働者の割合が減少することを意味する。そのため経済活力の維持には新たな労働力が必要になる。そこで女性の力が期待される。
 また高齢化に伴って発生する寝たきりや痴呆も、一部の人のことではなく誰にでも起こりうる事態となる。これまで介護のほとんどは家庭でお嫁さんや娘さんが担ってきた。しかし、これまで以上に労働力として女性が社会に進出することになると、介護の負担者がいなくなる。
 その答えとして出されたのが介護保険制度である。国民みんな(正確には40歳以上)でお金を出し合い、集めたお金で介護サービスを充実させていこうというもので、2000年4月より実施される。だが導入を前にこの制度が成功するかどうか疑問視する人がいる。その理由は、「保険あって介護なし」という言葉に表わされるように、果たしてニーズに見合うだけのサービスが十分に提供されるのかという問題である。その解決策の一つとして、民間の営利企業や非営利組織(NPO)に参入してもらい、サービスを充実させていこうという考え(民間活力の導入)が出ている。しかし、これにも懸念の声を上げる人がいる。その理由の一つは、民間によるサービスで福祉の質を確保できるのかという点である。さらに実際問題として民間事業者が本当に参入してくるのか。つまり、運営収益が見込めるのかという点がある。
 では現実に福祉サービスを民間が担っている国はないのだろうか。
 かつて「ゆりかごから墓場まで」と言われ、「福祉国家」と謳われた英国。この国では1980年代以降、国の財政悪化が深刻化し、社会保障費の削減を迫られた。そこで自治体直営サービスから民間サービス、特にNPOの活用が積極的に図られている。日本で懸念されている問題点を英国ではどう解決しているのか。今年5月、英国に行って確かめてきた。

●エイジ・コンサーン

 英国の高齢者福祉分野で活動する80余りのNPOの中で、最も有力な団体といわれるエイジ・コンサーン。イングランドに本部を持ち、英国各地に1400の支部を構えている。その支部のエイジ・コンサーン・グロスタシャーを訪れた。ロンドンから北西へ車で約2時間、人口約56万人のグロスタシャー州の州都グロスター市にある。同支部の事務局長兼広報担当者、リンダ・シェパードさんに話を聞いた。
 エイジ・コンサーンの始まりは1940年代の戦時下までさかのぼる。戦争で低所得老人の生活が圧迫され、生活上、財政上、種々の問題が生まれた。そのような老人の救貧・援助の目的から、エイジ・コンサーンの母体となる全国高齢者福祉協議会が結成された。会は戦争後も解散せず、時代に応じて老人が必要とするサービスを提供し続けた。そして1971年にエイジ・コンサーンと改名した。
 この組織の特徴は、地方組織が中央の支部として設けられたのではなく、各地方に設けられた老人福祉活動グループが情報交換などのために、次第に範囲を拡大して、ついには全国組織を持つに至った。つまり活動の中心は「地方」にあり、各地域の抱える固有の問題から発生するニーズに対して、各支部ごとに独自の方法で対応する。財政に関しても、各支部ごとの独立採算である。したがって、ここでは本部の役割は個別の対応にはなく、政治的な圧力団体として政府機関、行政に対し強い影響力を発揮することにある。特に英国の福祉政策が民間活用に転換してからは、効果的な高齢者福祉政策実現のため、エイジ・コンサーンは議会の超党派顧問となり、政治家もその意見を無視できないほど強力になってきているという。

 エイジ・コンサーン・グロスタシャーの具体的な活動を見てみよう。主な活動は、高齢者への情報提供とアドバイスで、問い合わせは年間1万2千件もあるという。最も多いのは金銭面に関するもので、手当てや資金援助の相談に乗っている。またホームヘルプサービス(日常生活に支障がある在宅高齢者を訪問し、家事、介護を行うホームヘルパーを派遣する事業)も行っている。どの程度のサービスを受けるかはその支障の度合いに応じて異なり、1週間に1時間利用する人から日に13時間利用する人まで様々である。
 またデイサービス(虚弱老人などを昼間ある場所に預り、食事、入浴、リハビリなどを行う事業)も行っている。現在5カ所を運営し、1カ所につき7~13人ほどの高齢者が集まり、朝から夕方までおしゃべりやゲームなどでくつろぐ。やって来る高齢者は生活する上で身体的、精神的に依存度の高い人で、普段は介護をする家族などがいるが、介護できないときとか、家族が休みをとりたいときに利用されている。施設は新たにつくるのではなく、老人ホームや教会、地区の集会所、ラグビー場のロッカールームやケア付き住宅などを借りて利用している。
 また支部独自の「ホーム・フロム・ホーム」というミニデイサービスも行っている。大勢の高齢者が集まるデイサービスセンターには行きたくないという人のために、一般家庭に2、3人集まって会話を楽しむというもので、より家庭的な雰囲気の中でサービスを受ける。この方法は、農村部などの人が少ないところや、他に行くところがない場合などに有効な方法として活用されている。
 その他、さまざまなキャンペーン活動も行っている。リンダさんによると英国では高齢者に対する偏見、差別が強いという。例えば、高齢者が心臓発作を起こした場合、どうせ先が長くないんだからというので治療しないといった具合だ。そこでエイジ・コンサーンではフォーラムなどを開いて、高齢者に対する差別をなくすための活動も展開している。

●民間業者の福祉サービスについて

 私は、日本で持ち上がっている「民間業者が福祉サービスを提供することに対する不安」についてリンダさんに話した。すると彼女は、次の利点を挙げてサービス提供団体としての民間の必要性を強調した。
 まず第一に、70代から90代の高齢者は公的サービスに対する抵抗感が強く、権威的な圧迫感に、お世話をしてもらっているという引け目を感じているという。それが民間サービスだと、人々はそんな屈辱的な気分を味わわなくてすむ。確かに日本でも公的サービスを受けることは、貧しい人が救ってもらうというイメージが強く抵抗感のある人が多い。
 次に、民間サービスはその時々の状況に対して柔軟に対応でき、常に利用者のニーズにそってサービスを提供出来るという。
 実際に、この目でその現場を見ることにした。まずデイサービスセンターを訪問し、次に家事サービスを申請したお年寄りのお宅におじゃました。
 訪問したデイサービスセンターは老人ホームに併設されている。センターといってもちょとした広間といった感じの部屋で生活感が漂っている。朝10時、7人の利用者がやってきた。みなおしゃれできちんとした服装をしており、見た感じは元気なお年寄りと見分けがつかない。海外からきた若者に、みなさん笑顔で声をかけてくれた。まずはいすに座ってお茶を飲んで一休み。午前中はおしゃべりなどで時間が過ぎていった。昼食の後はリハビリなどで体を動かす。しかし、その内容は決してスタッフが押しつけるのではなく、お年寄りの自主性に任されている。「写真を撮らせてもらえませんか」とお願いすると、「カメラが壊れてもしらないわよ」と笑って冗談を飛ばすおばあちゃん。本当に心がなごむ一時であった。

 続いて訪ねたのは84歳のフランシスさん。一人暮らしの彼女は、最近体が弱り家事などをするのが辛くなってきたという。ヘルパーを派遣するかどうかを判定するスーザン・ティトリーさんに同行した。スーザンさんはフランシスさんの話に真剣に耳を傾けると、部屋の中を見て回り、どれだけのサービスが必要かを判定した。そして、ヘルパーの派遣についての注意事項をフランシスさんに説明する。何か問題があったらすぐに連絡すること。仕事中にお茶などは決して出さないことなど。

 エイジ・コンサーンでは、これまで利用者との間でトラブルはほとんど起きていない。加えて、他団体との競争により、サービスの質の向上、料金の値下げなどが行われている。料金はサービスの内容によって異なるが、家事サービスだと1時間4ポンド(他のところは平均7ポンド、1ポンド約200円)。身体介助は時間により異なり1時間5.8から8ポンドである。
 では最大の懸案の運営資金はどうなっているのか。サービスによってはその事業を軌道に乗せるまで、エイジ・コンサーンの本部や自治体から補助金がでる場合もあるが、ほとんどを利用者の支払う代金と寄付金で賄っている。しかし最近は寄付金が少なくなってきているという。そのためエイジ・コンサーン・グロスタシャーは、資金確保のために6ヶ所のチャリティショップを持っている。そこで商品を販売し、得た収益金を福祉事業の運営費に回している。

●急がれる周辺環境整備

 今回英国を訪れて、民間が福祉サービスを担うことについて考えてみた。エイジ・コンサーンを見る限りでは、懸案事項だったサービスの質、運営資金という問題は、うまくクリアされているようだった。利用者のニーズに対する迅速かつ柔軟な対応、運営資金確保のための事業展開など、学ぶところは数多くあった。ただ、それが英国以外の他の国、日本で上手くいくのかどうか、ということについてはさらに検討が必要だ。
 英国で民間NPOがサービス提供の中心として活躍できる背景には一つ、この国にはエイジ・コンサーンのようなNPOが数多く存在し、その範囲は福祉に限らず教育、環境保護、芸術、学術、国際親善と多岐にわたって、それぞれ大きな役割を果たしているという事実がある。
 さらに、こうした活動を可能にする条件として、各種団体を社会的に認定し、その運営・維持を支援する「チャリティ制度」の存在がある。英国には古くから、チャリティ法があり、同法のもとにチャリティ委員会という国の機関がチャリティ団体の登録・審査を行っている。登録できるかどうかの基準は、個々のケースによって異なるが、活動内容に公益性があるとチャリティ委員会が認めることが必要である。チャリティとして登録されると、社会的な信頼が得られ、寄付行為に対する税制優遇措置が受けられる。現在英国全体で17万以上のチャリティが登録されている。赤十字もチャリティの1つである。

 一方、日本は、NPOの活動を支える法的整備がまだまだ不十分である。NPO法が先の国会で成立し、法人格が認められるようになったものの、税の優遇措置などの面で圧倒的に英国に劣る。NPOを活力として利用できるかどうか、まずはNPOを取り巻く環境整備が急がれる。それには早急な法の充実が不可欠である。来るべき「超高齢社会」を前にして、一日も早い対応が望まれる。
 こうした基礎条件を整えれば、日本でも民間が介護サービスを行うことに対してあまり懸念する必要はないように感じる。

(注)介護保険制度… 1997年12月の国会で可決、成立した介護保険法に基づく新たな社会保障制度。2000年4月から寝たきりや痴呆の人に介護サービスが提供される。財源は、保険料と公費で半分ずつ負担し、利用者が介護費用の一割を自己負担する。毎月保険料を支払うのは40歳以上の国民。サービスの対象は、65歳以上の寝たきりや痴呆の高齢者となり、40~64歳は老化に伴う病気で介護が必要な人に限られる。介護サービスを受けるためには「要介護認定」を受けなければならない。認定ランクに応じて保険から支払われるサービス費用の上限が決まる。制度の運営主体は市町村区。

1998年8月 執筆
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