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100KM行軍を終えて

 「人生は心ひとつの置きどころ」 この言葉は私が100KM行軍の出陣式で宣誓の言葉として掲げたものである。なぜか100KM行軍の数日前に、かつて社会人1年目に上司から贈られたこの言葉を思い出した。どんな状況も、それを受け止める人の心持ち次第であるという中村天風の哲学を表しているこの言葉のとおり、苦しさを苦しみと思わず、楽しみに変えていこう、そんな思いで100KM行軍という難行を超えようと思っていた。だからこそ、前日に台風が直撃するという状況さえも、楽しんで迎えることができた。嵐の中に歩き続けるのもちょっと格好いいな、などと思いを巡らせたものの、結局台風は直撃を逸れ、晴天の中での出陣となった。

 合わせて、100KM行軍を迎えるにあたって、私の辞世の句も紹介しておこう。
毎年政経塾では行軍の参加者は出発前に辞世の句を詠むことが恒例となっているのである。私の詠んだ句は以下のとおりである。

「人生の、目的とはと問われれば、ただ一瞬を、生きることのみ」

ここに込めた思いを解説すると、いかに目の前の一瞬に全力を尽くせるか、ということを表したかったものなのだということだ。決して単純な刹那主義ではなく、大きな目標を掲げながら、その目標に向かうために、目の前の一瞬を全力で生きることこそが人生の目的であるという私の哲学を表現したともいえる。

 さて出陣式の話にも戻ろう。宣誓の言葉の後、清めの酒を空けて、いざスタートとなった。
清めの酒を空けたとき、ふと既視感を覚えた。なんだろうか、この感覚は。いつか遠い昔に、覚悟を決めて清めの酒を空けた記憶がある。実際に私の人生ではこれまでそういったことはなかったわけだが、日本人としてDNAのどこかが反応したのであろうか。オカルト的なものはあまり興味の無い私であるが、世界にはいまだわかることのない、なにか大きな力があることは認めざるを得ない。だからこそ宗教、哲学、そういった学問が存在するのである。人間とは何か、天地自然の理とはなにか、塾主が私たち塾生に与えた課題を思索し続けることで、いつか私は答えを見つけるのかもしれない。

 そんな不思議な感覚で午前10時にスタートして、2時間ほど歩くと、10KM地点を迎えた。台風一過のあともあり、思いのほか暑さがキツい。それはそうである。10月も迎えようというのに、この日の最高気温は30度を超えていた。汗だくで歩き続けると、イギリス大使館日本語研修所のご一行が我々を迎えてくれた。説明が遅くなったが、この100KM行軍は班を組んでの歩行となる。今年は4人一班での歩行となり、私の班は班長として25期日下部氏、紅一点の25期松下女史、そしてイギリス大使館からリチャード氏をゲストと迎え、私を含めの4人である。100KM行軍のルールとして、24時間以内に完歩できなかった場合、また班から脱落者を出した場合は連帯責任として全員失格、次年度に再挑戦ということになっている。だからこそ各人が一生懸命になるとともに、仲間をサポートしながら完歩を目指すのである。イギリス大使館日本語研修所の方々から栄養ドリンクの差し入れを頂いた。一気に飲み干し、御礼を申し上げ、行軍を再開した。

 スタートから20KM、早くも右足ひざに違和感。この日のために30KM、50KMと歩行練習を積んできた。その際にはこのような痛みはなかったのだが。。。万全を期すために準備したサポーター、テーピング類が逆効果となったのであろうか。100KMという長丁場を見込んで、膝、足首の負担を軽減しようと工夫したのだが、慣れないものを使用したせいかあまり具合が良くない。

 続けて30KM地点では左足付け根に違和感。もうこの時点で一切のサポーター、テーピング類を外す。

 そして午後7時前に40KM地点に辿り着いた。我が班はこの地点で夕食を予定していた。スーパーで弁当を買い込み、駐車場に座りながら、弁当をかき込む。そんな合間に横で同様に弁当をかきこんでいる英国紳士、リチャードにこんな冗談を飛ばす。「こんな100KM行軍なんてことをするクレージーな日本人を見て、英国に戻ってから、日本人はクレージーな民族だなんていうことをふれまわらないでくれよ」と。冗談のわかる英国紳士であるリチャードは、「もちろん言いふれまわるよ、英国中に」と真剣な顔で応える。外交問題にならないことを祈るばかりである。

 さて食事でややリフレッシュした後、午後9時前に50KM地点を通過した。海沿いの薄暗い道を歩いていると、突然私を呼ぶ声がする。道沿いの駐車場の暗闇に目を向けると懐かしい顔がそこにあった。2ヶ月前に泊り込みで行われた陸上自衛隊安全保障セミナー。その場で朝から晩までお世話になった指揮幕僚課程の浅田3佐、加藤3佐が応援にいらっしゃってくれたのである。熱い握手を交わすとともに、栄養ドリンクの差し入れを頂く。忙しい合間を縫って駆けつけてくれたことに対して、感謝の意を伝え、合わせてスタート前に激励の寄せ書きを郵送頂いたことにも御礼を申し上げた。これがその寄せ書きである。

 名残惜しくも先を急ぐ旨を伝え、その場を後にした。そして夜も深まった60KM地点手前、行きかう車も少ない中で我が班の列を見つけ、スクーターが停車した。深夜に海岸線を歩く我々を不審に思って声を掛ける地元の人か、さてまたは絡もうでもする不良な輩か。やや身構えて我が班隊長日下部氏が応対すると、相手は「高松さん?」と声を上げた。はて、誰だ、一体。その顔をまじまじと見ると、これまた陸上自衛隊の稲吉1尉である。先ほどの浅田3佐、加藤3佐とは別に私の激励にいらっしゃって頂いたのである。もう午前0時近い。翌日も勤務があるというのに、こうしていらして頂けるとは本当に頭が下がる。素晴らしき人々との巡り合わせを頂ける自分の幸運に感謝するとともに、浅田3佐、加藤3佐、稲吉1尉の「仁」に心を熱くする。若輩者である自分をここまで応援してくれるとは。本当に本当に有難い限りである。この思いに応えるためにもなんとしても完歩しなくてはならない。

 深夜2時を過ぎ、重苦しい闇を歩き続け70KM地点を通過する。疲れも眠気もピークとなってくる時間帯である。班の全員、無言で歩き続ける。それぞれの脳裏には何が去来するのであろうか。私にはなぜか、出身校の応援歌が聞こえていた。

「若き血に燃ゆる者 光輝みてる我等 希望の明星仰ぎて此処に 勝利に進む我が力 常に新し 見よ精鋭の集う処 烈日の意気高らかに 遮る雲なきを 慶應 慶應 陸の王者慶應」

もうすっかりと忘れかけていた歌が頭をめぐった。改めてその歌詞を吟味してみると、その力強さに感動を覚える。100KM行軍くらい、陸の王者としては完歩しなくては。などとこじつけたりして悦に入っていた。後で聞いたところ、隣で歩いていた松下女史は心の中で小学校のときの校歌を歌っていたそうだ。人間、極限状態になると昔の記憶が蘇ってくるのであろうか。

 そんな風に気力だけで歩き続ける午前4時、80KM地点を過ぎた。この時に浮かんだのはこの2つの言葉である。夜明け前が一番暗い、朝の来ない夜はない。陰陽とでもいうのか、極とでもいうのか、天地自然の理は必ず対になるものをバランスして成り立たせている。だからこそ永遠に続くかと思われる闇も、いつかは光が射すのである。光が射すまで耐えることができるのか、そんな能力もこの100KM行軍では試されているのかもしれない。

 そしてようやく日の出を迎え、朝の冷え込みの中、90KM地点を迎えた。この時点でもう右足のひざは限界にきていた。一歩足を進めるだけで、極限の痛みである。人間はどこまでの痛みで失神してしまうのか、そんなことまで思うほどの痛みだ。しかし歩かねばならない。理由など探すまでもない、ただ歩かなくてはならない。なぜかこの100KM行軍は人を詩人にする。私はずっと考え続けていた。「どこまで行けば辿り着けるのだろうか」、「オレはいったい何と戦っているのか」「そして誰がために戦うのか」その戦いは決して目の前の100KMとではない。自分とは何なのか、国家とは何なのか、そして何故政治なのか、この日本をどうしたいのか、あるべき社会とは何なのか。世界は何処に進むのか。答えを出すのは難しい。しかし自分にはそれを考え続ける使命がある。

 午前8時半過ぎ、ゴール寸前、もうすぐで100KMである。晴天の空、目の前に浮かぶ富士山。このまま歩き続ければ富士山までも行ける様な気がした。なぜか完歩してしまうのが惜しいような、不思議な感覚であった。気が付けば多くの先輩、職員の方々による祝福のもと、ゴールしていた。完歩した仲間達の晴れ晴れしい笑顔と、先輩、職員方の温かい笑顔に囲まれて、高揚しながらもゆったりとした幸福感に包まれた時間を過ごした。

 その晩、愛車を駆って第三京浜を東京に向かった。自動車が生み出す速度と、高速から見えるネオンの明るさに、目が眩むような感じがした。普段は何も感じることもなく、ただ車を走らせていたが、100KM行軍を経て、こうも異なって感じられるのか。アクセルと踏むだけで高速道路のオレンジ色のナトリウム灯のもとに時速80KMをゆうに超える自動車、そして暗闇を時速5KMで歩く自分。自動車と人間を対比して、工業化社会を生み出した人間の英知を感じる。茅ヶ崎の政経塾から、練馬の実家まで、その日の走行距離、68KM。アクセルを踏む右足は100KM行軍の後遺症で、ひどい筋肉痛だ。だが何故か、その右足は誇らしげだった。今晩アクセルを踏んだ68KM。それ以上の距離、100KMを歩いたんだと、まるで自動車に自慢をしているかのように。

 最後になりましたが、今回の100KM行軍で高松智之を支えて頂いた全ての皆様に御礼を申し上げて、本レポートの締めとさせて頂きます。本当に有難う御座いました。

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