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日本を海洋大国にするための第八歩:
日本は漁業従事者の高齢化と漁村消滅リスクにどのように対応していくべきか
~韓国の高齢化対策と査証・移民政策紹介~

はじめに

 2024年6月14日、育成就労制度の設立などが盛り込まれた改正出入国管理法などが参議院本会議で可決・成立した。基本的に、日本政府は日本に永住する外国人が増えることを想定しておらず、設けた期限内での労働力確保として外国人材を捉えている。[1] 一方、出生率が0.72[2]と世界一低く[3]、国が消滅するかもしれないという危機感が強いお隣の韓国は、積極的に移民を受け入れるために「移民庁」設立を議論中など、移民政策をトップダウンで打ち出している。日韓両国とも特定の産業において、高学歴・高齢少子化に起因する人材不足の深刻さからは逃げられない。このレポートでは、韓国海洋水産部との意見交換を軸にして、韓国漁業における高齢化対策や査証・移民政策を紹介する。

韓国の漁村事情と「帰漁帰村」

 

(韓国・ソウルにある「大統領直属 農漁業・農漁村特別委員会」の入り口にて。2024年5月20日、筆者撮影)

 韓国の海洋水産部水産政策室漁村漁港課の事務官で、現在大統領直属の「農漁業・農漁村特別委員会」に出向中のキム・ファン氏によると[4]、韓国の漁村の高齢化率[5]は、2010年では23.1%だったが、2023年は48%。また、漁村地域491のうち58%が消滅リスク地域だが、2045年には消滅高リスク地域[6]が約87%になる見込みである。
 必至の漁村高齢化対策として一番に挙げられたのは、「帰漁帰村」に対する支援である。「帰漁帰村」とは、Uターン、Iターン、Jターンすべてを包括し、漁村に行き漁業に従事することを指している。統計庁と農林畜産食品部が発表した「2021年帰農・帰魚・帰村統計調査」によれば、2020年にソウルを抜け出し、農村や漁村に移住した人口は51万5434人で、前年比4.2%の増加。特に30代以下の帰村人口は23万5904人で、都市を離れて地方に移住した人の45.8%に達している[7]。ソウルにおける不動産価格の高騰や就職難などの要因で、疲弊した一定程度の若者が帰村を希望している現状がある。政府や自治体は、帰漁帰村を希望する人に「激励→準備→定住」と段階を経る的確な専門サービス支援を提供している。若者に帰漁帰村人対象経営コンサルティング運営を提供し、漁業収入を増加させ、安定した定住条件を創造するなど、帰漁帰村基礎の拡大に努めている。[8]また、韓国の漁村インフラ公団による学校運営は韓国特有だ。都会の人に漁村生活や漁業体験をしてもらうことで、漁村の所得源にすると同時に、観光で終わらず漁村に定住したいと思う都会人を増やしたい意図がある。

効率性や経済合理性を優先させる韓国漁業 

 このように都市から漁村への移住者を増やし、漁師になってもらう方法以外は、如何に効率よく漁獲するかである。まず水産資源管理に関してだが、韓国では漁業者の負担軽減が図られている。各漁業者に対してアウトプットコントロール[9]の徹底は求めるが、インプットコントロール[10]に関しては単純化させるために、漁船漁業規制を2027年までに50%減少を推進するなど柔軟な施策をとっているそうだ。つまり、漁船や漁具、漁獲日数などの細かい制約は徐々に撤廃されていくので、漁業従事者は総産出量の制限に気を配ればよくなる。
 他には、漁業基盤が優秀な特定の漁村に財政投入を集中、もしくは民間投資を促進させるといった政策を進めている。韓国の国会議員はこの政策に同意しているそうだが、日本でこのような経済的な価値基準に則った露骨な取捨選択は憚られるであろう。韓国の漁村の特徴としては、投資額が大きい大型定置網などの場合は、資産家が占有し不在地主方式で、漁村に住む数名の有志による組合式の漁業経営が普遍的である。[11]日本では、地先の漁場はその地元の村に占有利用させようという考え方が根底にあり、漁村と共同経営体である漁協が密な関係を築いているので、そこに住んでいない人が経営できる韓国の漁業事情は理解しづらいかもしれない。韓国にも、「漁村契」という漁業秩序を守り、漁業活動が永久に続くよう活動する自然発生的組織があるが、漁村契が持てる共同漁業権を養殖漁業と定置漁業にまで広げる動きに対し、1982年に個人養殖業者や定置網業者が反発した経緯[12]がある。彼らは、「漁村契には養殖業と定置網の経営能力はないと言い、住民が地元に住むという理由だけで漁場を利用できるとは限らず、むしろ国民経済的な観点から効率的な漁場利用を行うべきだ」[13]と主張した。もちろん、漁業共同体の存立から分解への移行は、漁業への資本の投下度と正比例するとは限らず、それぞれの漁村の事情が色濃く反映されているが、韓国では経済合理性の追求が優先されていると言っていいだろう。

韓国漁業における査証・移民政策 

 最後の手立ては、外国人を雇用することである。韓国の沿岸・沖合漁業に従事する外国人は、雇用許可制(EPS)の非専門就業というE-9ビザ、あるいは船員就業というE-10ビザ発給を通じて雇われている。20トン未満の漁船船員の場合はEPSで、20トン以上の場合は、船員制で管理されている。韓国の雇い主は、外国人労働者は安く雇用できるという点[14]に期待を見出していたため、人材の入れ替わりが頻繁で離職率も高い。[15]しかしながら、あまりの人材不足のため、EPSで最長4年10か月働いてもらった後に、在留期間の制限がないE7-4ビザの 熟練技能人材に切り替えてもらいたいと考える雇い主も増えてきているそうだ。長期的に外国人の安定雇用を求めるが故に、現行の政策変更を要求する在野の動きは日韓に共通している。
 さらに、注目すべき韓国での傾向としては、政府と移民に賛成する市民団体との政治的連携により、外国人労働者に対する政策がリベラルになっている[16]という特徴がある。日本に比べると政策決定プロセスにおける市民社会の影響力が比較的強い。昨今の例で言えば、海洋で長期間操業する遠洋漁業での勤労環境現場の点検が難しく、人権侵害事例が発生しても即時の申告・措置が難しい状況を改善していくため、市民団体が労働条件の更なる改善の必要性を持続提起している。そして、2024年3月24日、海洋水産部は、国内公益弁護士団体である「公益法センターアピール(APIL)」と国際非政府機関(NGO)である環境正義財団(EJF)、遠洋産業界とともに「遠洋漁船外国人漁船員労働条件追加改善方案」を発表した。[17]以上のように、韓国は人権や福祉といった観点から外国人の働く環境や法律を整備しており、雇用のために移民を受け入れるという目的がはっきりしている。日本の政策からは、日本で特定の技能を身につけて帰国し自国の発展に寄与してほしいというあくまでも国際貢献につながる願いが見受けられる。

移民とは何か

 少子高齢化に歯止めがかからないので、政治家や有識者を筆頭に、移民を増やすしか国の消滅を止める方法がないと考えている韓国人が多い。そのため、韓国で多文化政策の元年と言われている2006年から、「国籍法改正」、「在韓外国人処遇基本法」「多文化家族支援法」など多様な法律が作られ、外国人や異なる文化を保護するという土壌づくりが積極的になされている。「在韓外国人を韓国社会に統合していく政策がすでにとられているが、多人種の移民や多文化市民と一緒に調和と繁栄を実現するために、互いに積極的に交流する機会が常態化する“相互文化主義”に基づく政策にシフトするべきだ。長く滞在し、文化や教育が定着しているのを移民と定義し、労働のみの既存のEPSは移民政策ではない」という声が、韓国の学術界[18]から上がっている。何を以て移民と称するか、韓国でも定まっていない。
 日本においては「移民」という言葉を忌みきらう傾向が強いが、外国人の労働力に頼らざるを得ない現実と向き合わなければならない。グローバル市場において、日本のプレゼンスを高め、経済競争力強化を図るには、外国人労働者の存在は不可欠だ。日本人は、インバウンドに優しいコミュニティづくりに注力するなど、外国人の一定期間の滞在のみを期待している。しかも、「郷に入っては郷に従え」という日本人の精神が根強くあるので、外国人材の日本化が進むか、日本の中で日本人とは交わらないコミュニティが増えていくだろう。少子高齢化社会を打破してよりダイナミックな日本を刷新していくためには、多文化を背景とした人材を活かさないわけにはいかない。そして、動機が何であるにせよ、滞在期間がどれだけであれ、国境を跨いで異環境での生活を決意した外国人が日本を選び、日本で働いてくれることに敬意を払いたい。

おわりに

 諸外国の現行の高齢化対策や移民政策を参考にすることも大切だと考え、韓国の事例を紹介した。漁業における労働力不足問題にどのように対応していくべきか、国内の都市から漁村への移住推進、漁獲の効率性向上や経済合理性による取捨選択、そして移民で労働力補充の3点を述べた。

[1] 産経新聞、岸田文雄首相「いわゆる移民政策を取る考えはない」入管難民法改正案で重ねて強調
https://www.sankei.com/article/20240524-2OPRAPOMZ5GGLPHP7MSFSBH6XI/
「政府として国民の人口に比して、一定程度規模の外国人やその家族を、期限を設けることなく、受け入れることで国家を維持する、いわゆる移民政策を取る考えはない」と強調した。
(最終アクセス日2024年6月23日)

[2]国家統計ポータル(Korean Statistical Information Service)、2023年合計出生率
https://kosis.kr/statHtml/statHtml.do?orgId=101&tblId=INH_1B8000F_01&vw_cd=MT_ZTITLE&list_id
(最終アクセス日2024年7月9日)

[3] TIMES , “Why Women in Asia Are Having Fewer Babies”
https://time.com/6836949/birth-rates-south-korea-japan-decline/
(最終アクセス日2024年7月9日)

[4]2024年5月20日午後1時から4時まで、韓国の海洋水産部水産政策室漁村漁港課の事務官であるキム・ファン氏と筆者は、漁業従事者の高齢化対策、捕鯨事情や査証・移民政策について意見交換を行った。

[5] 高齢化率とは、総人口に占める65歳以上の人口の割合を指す。

[6] 20~39歳の女性人口を65歳以上の人口で割った絶滅リスク指数が0.5未満で消滅リスク地域となり、0.2未満は消滅高リスク地域となる。
Kim, Junlae & Kim, Seiyong. (2020). The Impact of Population Characteristics and Government Budgets on the Sustainability of Public Buildings in Korea’s Regional Cities. Sustainability. 12. 5705. 10.3390/su12145705.

[7] KBS WORLD NEWS「帰農、帰村」
https://world.kbs.co.kr/service/contents_view.htm?lang=j&board_seq=425488
(最終アクセス日2024年6月23日)

[8] 韓国漁村インフラ公団の公式ホームページ
https://www.fipa.or.kr/fipa/index.do
(最終アクセス日2024年6月23日)

[9] TAC(漁獲可能量)の設定等により漁獲量を制限し、漁獲圧力を出口で制限する産出量規制

[10] 漁船の隻数や規模、漁獲日数等を制限することによって漁獲圧力を入り口で制限する投入量規制

[11] 朴光淳「漁業共同体―慶北巨逸洞と島根・笠浦地区を中心に―」益田庄三編『日韓漁村の比較研究』行路社、1991年、425頁

[12] 小松正之「韓国漁業養殖業制度、政策の変遷と課題―日本の漁業制度との比較―」公益財団法人 アジア成長研究所「東アジアへの視点」2019年6月号
契は韓国の社会に普遍的に存在する集団の一つである。定説はないが、高麗に起源があり、李氏朝鮮時代に栄えたと言われる。特定の目的のために組織され基金を捻出する。

[13] 同上

[14] 勤労基準法の適用により、外国人も韓国人と同等の待遇に変わった。

[15] EPSによる雇用者の離職率が29.6パーセント、船員就業による雇用者の離職率は21.5パーセント。
一方で、日本の技能実習制度による外国労働者の離職率は2.2パーセントであった。そもそも日本の技能実習制度では転籍を認めないという点が人権の観点から問題視されており、この点が今回の法改正で改められた。
Kim, Young-Un. (2012). An Comparative Study on the Foreign Worker’s Employment System of Fishing Vessels in Korea and Japan. Journal of Fisheries and Marine Sciences Education. 24. 559-573. 10.13000/JFMSE.2012.24.4.559.

[16] LEE, BYOUNGHA. Comparing immigration policies in Japan and Korea. Retrieved from
https://doi.org/doi:10.7282/T3MC9037
(最終アクセス日2024年6月23日)

[17] 「遠洋漁船の外国人船員処遇改善のために政府・市民団体・産業界が共に団結した。(원양어선의 외국인선원 처우 개선을 위해   정부‧시민단체‧산업계가 함께뭉쳤다)」
https://www.mof.go.kr/doc/ko/selectDoc.do?docSeq=56315&bbsSeq=10&menuSeq=971
(最終アクセス日2024年6月23日)

[18] 文炳基(ムン・ビョンギ)移民政策学会長は、「女性家族部、雇用労働部、法務部、出入国・外国人政策本部など各部門が必要に応じて断片化した政策を実施しているだけだ。責任が複数の部門に分かれているため、現場で出てくる様々な意見を反映させるのは難しい。」と明言した。
https://n.news.naver.com/article/008/0005052955?sid=100
(最終アクセス日2024年6月23日)

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