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日本を海洋大国にするための第六歩:
中国の海上民兵によるグレーゾーン戦略や海上無人化システムにおける国家戦略と日本の海上防衛について考える
~陸上自衛隊富士学校の生活体験に参加して~

はじめに

 漁業・水産業は、防衛の一翼を担っている。漁業従事者などの海事関係者が常日頃から海に出ていることで、海洋権益を守るための領海が明確に示せているからである。しかしながら、漁業・水産業という産業が防人的役割を果たしているという認識を持っている国民は少ない。国境近くの離島の漁師たちですら、大半は昨今の水産資源減少に伴う収入の行方を心配しているだけである。
 一方で、ランドパワーにも関わらず海洋強国を目指している中国は、軍事衝突を避けながら、漁業や海運業に平時従事している海上民兵を国益衝突のバッファーとして動員し、自国の権益を漸進的に拡大している。そのような現状をうけ、陸海空自衛隊の装備や活動を中心とする防衛力の抜本的強化抜きにして、国家安全保障は語れない。しかしながら、筆者には武力や軍事的なものに対する抵抗感があり、軍隊や自衛隊について積極的に知ろうとしてこなかった。日本では、平和憲法に基づき武力攻撃が発生するまで武力行使は実効的に禁止され、いわゆる、「専守防衛」に終始しているためだろうか。
 そこで、2023年7月25日から27日の3日間、静岡県御殿場市にある陸上自衛隊富士学校の生活体験に参加し、自衛隊による防衛力について考察した。今回のレポートでは、その内容を含めながら、主に中国の海上民兵によるグレーゾーン戦略やAIテクノロジーを駆使した海上無人化システムにおける国家戦略について紹介する。

陸上自衛隊富士学校の生活体験

 上記の3日間、基本教練や救急法、天幕設営、徒歩行進など、自衛隊員の訓練や生活のごく一部を体験させていただいた。その他に、指揮の要訣についての講義や戦闘車両の体験搭乗、山梨県の富士訓練センター(FTC)での概要説明などがあり、内容が豊富なカリキュラムで、日本の防衛体制や基盤強化について考える契機となった。

 富士山を背景に記念撮影。左から4番目が筆者。(2023年7月26日、撮影・富士学校広報班)

 (図1、防衛省のウェブサイト「中華人民共和国海警法について」)[1]

中国の軍事組織について 

 日本の領土である尖閣列島付近で、中国海警局の艦船が領海を脅かす活動を実施しているニュースをよく見る。中国海警局は、日本の法執行機関である海上保安庁と同様だと誤解されていることが多いが、現実はかなり異なる。数年前に国家海洋局がなくなるなど、中国の軍事組織の改編が大幅になされた。まず、人民解放軍と呼ばれる各軍や部隊、いわゆる軍がある。その他に、準海軍部隊のような海警局が存在する。武装警察部隊(武警)が中央軍事委員会の単独指導下に置かれ、海警が武警隷下となったので、実質的に中央軍事委員会の指導下である。組織的には人民解放軍海軍と密接につながっており、ほとんど海軍といってもいい組織だ。図1は防衛省のウェブサイトにまとめられている中国の海上指揮系統だが、ここに書かれていない海上民兵の存在を紹介したい。
 「民兵」と漢字で見ると、自治体や地域共同体の消防団のような平民の集まりかと感じるかもしれないが、指揮関係の点から見た場合、民兵も中央軍事委員会の指導下である。「軍民融合」という原則のもと、中央軍事委員会の国防動員部が、人民解放軍予備役部隊とともに民兵部隊を担当している。行政上は、中央軍事委員会と国務院・国防部の双方からの指導の下に国家国防動員委員会が民兵に関する事務を担当している。よって、中国海軍、海警局に次ぐ、れっきとした第三の武装勢力である。「兵と民との二つの身分を併せ持つ存在であり、(中略)海洋権益防護のために行動し、軍事的プレゼンスを強化するとともに、対立の強度や敏感度をコントロールし、有事の際には真っ先に使用するとともに全過程において用いられる」軍事力であると期待されている。[2]
 自衛隊法第82条で、海上自衛隊が海上保安庁を支援して法執行活動(海上保安業務)を実施することを認めているが、何百万人もいるとされる中国の海事従事者、何百隻もの中国海上民兵漁船によって支援された中国海警局に、日本の海上保安庁は太刀打ちできないであろう。

 

人的資源不足に対する現実的な示唆 

 2022年3月時点の自衛隊の定員は全体で約24万7000人[3]である。このうち陸上自衛隊は15万あまりを占める。海自の場合、哨戒船などの船数が増えれば、それだけ配置できる人員が増えるので、全体的には増員できる。結局は造船の予算を増やさなければ、海上防衛における人的基盤の強化は見込めない。少しばかり陸自から海空自への人員のシフトが進められ、陸上自衛隊2000人規模を空自と海自に振り分けて統合指令部が新設されることになった[4]が、隣国の海上進出の脅威に対抗するためには、政府は陸自要員を海自にさらに移管する計画を策定する必要があるだろう。陸自の1つ以上の師団を旅団規模に格下げすることで、海自に数千人規模の追加要員が確保される。この計画による陸自部隊の作戦能力への影響を軽減するために、人事異動は長期間に段階的に実施すべきだと考える。
 しかしながら、財務省が結論したように、日本の社会情勢を鑑みると防衛に関わる予算や人員を増やすには限界がある。[5]その上、防衛関係費で一番多い支出が、隊員の給与、退職金、営内での食事などに関わる経費である「人件・糧食費」で、全体の42.8パーセントと大部分を占めている。[6]一方で、高齢少子化が進み、日本と同様な課題に直面している中国では、機械化、情報化の融合発展を推し進め、智能化の発展を加速させている。[7]空と宇宙を統合し、陸、海と共に無人戦闘システムという壮大な長期的ビジョンがあり、その中の海上戦闘に関しても、無人化を推進している。したがって、今後の軍事力の主力は無人機と変わっていくので、日本もテクノロジー分野を早急に強化することで人的資源に代替されるシステムを構築していかなければならない。

日本人の「防衛」に対する考え方 

 生活体験の行進の際に「歯を見せるな」と言われたことが印象に残っている。東日本大震災復興支援中に休憩している自衛隊員の写真が撮られた際、仕事もせずに楽しそうだと世間で叩かれたからだそうだ。この話を聞いて、日本全体的に自衛隊員に対する敬意が足りないことに、はっと気づかされた。筆者がアメリカ、中国や欧州などの異国で生活していたとき、軍人が自国を守ってくれているという意識が大体の国民にあったので、そのような発想になること自体が世界の中では特異だと感じる。
 また、5年で総額43兆円に上る防衛費の増額に関して、世論調査で約6割が反対し、財源確保のための増税方針には8割が反対しているなど、国民の幅広い理解が得られていない。[8]2023年7月14日に松下政経塾にて日中友好意見交換会を実施したのだが、中国人の方々は、「国力が上がり、経済的に豊かになってくれば投入できる軍事費は高くなるのが当然だ」と年々増加される中国政府の軍事費に理解を示していた。日本の国会では、タトゥーが入っていても自衛隊員になれるようにした方がいいという議論がなされるほど、慢性的に定員割れが続いている。生活体験で泊まっていた寮の女子トイレ個室のドアには、各ハラスメントの相談窓口の連絡先が書いてあるものが貼ってあった。組織の在り方を常に刷新しながら、誇りを持って隊員となりたいと思ってもらえるような土壌を日本社会で涵養しなければならない。様々な声があることは承知だが、日本国がすばらしい防衛力を備えており、自国の独立を懸命に守っていることを世界に知らしめることは、特段、戦争に近づくことではないと考え、日本の防衛力の更なる強化を求めていきたい。

おわりに

 松下政経塾に入塾後、筆者は海洋権益を守るための海洋大国を目指し、捕鯨を中心に漁業・水産業に関わる実践活動をしてきた。食料自給率向上のみならず、海洋資源の利活用や開発研究が経済成長促進にもつながるだけでなく、外交面での発展途上国の漁業技術協力も、総合的に日本の国益となると考えている。しかし、隣国の脅威が甚だしいため、はり自衛隊による防衛力強化が必須であると考え、中国との比較をしながら軍事力について考察した。
 中国の大学では一般的に「軍訓」と呼ばれる軍事訓練があり、参加が義務付けられているなど、一般人の軍事に対する抵抗感が薄い。ちなみに、外国人である筆者は北京大学在籍中、マルクス主義の授業とともに軍訓は免除された。海上国境警備に関して、中国は法律整備から管理体制に至るまで徹底し、海軍、人民武装警察部隊、海警局、漁民、民兵などの多様なアクターをうまく組み合わせ、連携強化している。中央軍事委員会の下でしっかり指揮系統を統一することで、法執行力の基盤を強化しており、実効支配の拡大を実現しようと図っている。日中間で海上紛争が起きた際、無辜の漁民を攻撃したという既成事実を造られ、国際社会で日本が不利な状況に陥らないように、各種の不測事態に対処できる海上の安全保障を講じていきたいと思う。

訓練開始式の後に、前列左から2番目が筆者。一番右の八木洋樹二等陸尉らと記念撮影
(2023年7月25日、撮影・富士学校広報班) 

[1] 防衛省・自衛隊オフィシャルサイト「中華人民共和国海警法について」
https://www.mod.go.jp/j/surround/ch_ocn.html
(最終アクセス2023年10月28日)

[2]山本勝也、米海軍大学連絡官、米海軍大学インターナショナル・プログラム教授、海洋安全保障雑感
~米国東海岸便り~(No.1) ―中国の海上民兵(ミンビン)- (コラム 088 2017/03/09)
https://www.mod.go.jp/msdf/navcol/navcol/mcc/col-088s.html
(最終アクセス日2023年8月28日)

[3] 防衛省・自衛隊、防衛省・自衛隊の人員構成
https://www.mod.go.jp/j/profile/mod_sdf/kousei/
(最終アクセス日2023年9月28日)

[4]日本経済新聞、2023年1月10日、「自衛隊員、2000人規模を陸から海空へ、統合司令部を新設」、
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA268JC0W2A221C2000000/
(最終アクセス日2023年9月28日)

[5] 財務省、「令和5年度予算の編成等に関する建議」p.63(3)「防衛力の抜本的強化」に向けた論点、
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia20221129/index.html
(最終アクセス日2023年11月15日)
防衛力の抜本的な強化に当たっては、人口減少、少子高齢化、潜在成長率の低下等に鑑みると、予算と人員には自ずと限界がある。このことを踏まえた上で、必要な防衛戦略を策定し、実効性、効率性の観点から最適な防衛体制を構築することが必要である。同時に、費用対効果の高い装備を優先し、既存事業であっても費用対効果が低い装備品は廃止を含めて大胆に見直すべきである。

[6] 防衛省、「令和3年度防衛白書」第II部わが国の安全保障・防衛政策第4章防衛力装備など第2節防衛関係費2防衛関係費の内訳、
https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2021/html/n240202000.html
(最終アクセス日2023年11月15日)

[7] 中华人民共和国国务院新闻办公室、「新时代的中国国防」2019年7月

[8] 京都新聞、「社説:防衛白書 国民の理解得られるか」8月4日、
https://news.yahoo.co.jp/articles/9b26e7bbbfedd16d0635b917bf1c105b8df0e6a5
(最終アクセス日2023年8月4日)

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