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「である」ことと「観る」こと、そして「する」こと
―地域の居場所は社会変革の故郷になりえるか

フック

本稿では丸山眞男の論考を手掛かりに、社会変革の技法を検討していきたい。たしかに社会変革の技法というとあまりに大げさに聞こえるだろう。筆者にとって社会変革の最も身近な舞台は、ライフワークとして取り組んでいる多世代による地域の居場所づくりである。地域のコミュニティを起点に、子どもや高齢者の孤立といった課題に対応する居場所づくりを目指している。さらに多様な地域住民がボランティアとして関わることによって、これまで気が付かなかった誰かの困りごとを自分ごととし、自らも時に活動に参加することができる場でもある。しかし、現場で活動に取り組めば取り組むほど、きれいごとだけでは語り切れない困難がある。社会変革から地域変革へ、ひいては個人の行動様式まで掘り下げて多くの人が社会課題解決に取り組む基盤を作ることができないか。こうした現場での苦悩を根本の問題意識に、喫茶店で思索を行ったり来たりしていたのである。だからこそ社会が構造的に抱える価値観と社会の変革がどのように結びついていくのか、を検討することが本稿の目的である。

はじめに

 5月の大型連休の中日、筆者は母校である大学周辺の喫茶店にいた。在学中に読書に耽ったなじみの空間も、いまは店舗がリニューアルされ、流行りのカフェに変わっている。大学ゼミの同窓生と旧交をあたためる意味も兼ねて、定期的に読書会を開いている。課題図書は丸山眞男の『日本の思想』。政治思想が主専攻であった筆者たちゼミ生にとって、必ず一度は手に取ったことのある書籍である。これを半日かけてゆっくりと読み直している。その日は「『である』ことと『すること』」がテーマだった。この論考は丸山が昭和33年(1958年)に行った講演をもとに若干の修正をほどこしたものであり、戦後日本社会の思考様式を鋭く観察している。
 本稿では丸山の論考を手掛かりに、社会変革の技法を検討していきたい。たしかに社会変革の技法というとあまりに大げさに聞こえるだろう。筆者にとって社会変革の最も身近な舞台は、ライフワークとして取り組んでいる多世代による地域の居場所づくりである。地域のコミュニティを起点に、子どもや高齢者の孤立といった課題に対応する居場所づくりを目指している。さらに多様な地域住民がボランティアとして関わることによって、これまで気が付かなかった誰かの困りごとを自分ごととし、自らも時に活動に参加することができる場でもある。しかし、現場で活動に取り組めば取り組むほど、きれいごとだけでは語り切れない困難がある。社会変革から地域変革へ、ひいては個人の行動様式まで掘り下げて多くの人が社会課題解決に取り組む基盤を作ることができないか。こうした現場での苦悩を根本の問題意識に、喫茶店で思索を行ったり来たりしていたのである。だからこそ社会が構造的に抱える価値観と社会の変革がどのように結びついていくのか、を検討することが本稿の目的である。

1.丸山眞男の「である」ことと「する」こと

丸山は民主主義を「人民が本来制度の自己目的化―物神化―を不断に警戒し、制度の現実の働き方を絶えず監視し批判する姿勢によって、はじめて生きたものとなり得る[i]」と評する。このように、政治や経済、文化といった領域で「先天的」に通用していた権威に対して、現実的な機能と効用を絶えず問い続けることを近代精神のダイナミズム[ii]と呼ぶ。これらそれぞれに対応するのが、「である」論理・価値と「する」論理・価値[iii]である。
「である」ことに基づく社会の代表例は、儒教道徳が重んじられた徳川時代の日本である。

そこでは、よい家柄らしく(・・・)、武士らしく(・・・)、町人らしく(・・・)ふるまうことが要求される。しかし、

生産力が高まり、交通が発達し、人間関係が複雑になると家柄や同族といった「素性に基づく関係にかわって何かをする目的で―その目的のかぎりで取り結ぶ関係や制度の比重が増していく[iv]」。その一側面が「する」社会への推移である。
 丸山は[v]当時の日本は政治などの「する」ことの価値による検証が必要なところでは、それが著しくかけていると指摘すると同時に、さほど切実な必要のない面にはかえって効用と効率原理が侵入していると危惧している[vi]。具体例として、安息日である休日を「レジャーをいかに使うか」というように、実用の基準にあてはめていることを挙げている。こうした「である」ことと「する」ことの転倒が起きていると指摘したのである。もはや古典といえるこの論考はまだ敗戦の残り香を感じる、高度経済成長期前夜の日本で論じられた。こうした時代背景の中で、当時の政治体制が固定的かつ貴族主義的価値観にもとづいているとみなす一方で、企業経済体制を機能的目的主義かつ民主的価値観にもとづくものとして対置させながら肯定的に描かれている面がある[vii]
 それでは時代はすすみ、経済成長を終えた日本社会の価値観をどのようにとらえるべきだろうか。次章では神野直彦の議論からたどっていく。

2.「である」社会から「観る」社会、そして参加「する社会へ」

 日本は高度経済成長期のような工業社会から知識社会へと急速に転換してきた。工業社会では、所有欲求を充足し豊かさを実感できる。すなわち、お金でなにをするかが問われる。
神野はこうした工業社会を「観る」社会と呼ぶ。「観る」社会では、人間が受け身の消費者として生活する[viii]。例えば、スポーツも音楽も観客として、サービスを市場から購入して楽しむことになる。
 一方、神野は知識社会では、個々の能力を向上させるだけでなく、その能力を惜しみなく与えあう社会関係資本が重要となると指摘する[ix]。その結果、共同体的絆が強化されることになる。神野は人間を「手段」とみなすのではなく、人間の共生意識を基盤とした国家を「人間国家」と呼ぶ[x]。そして、こうした人間的触れ合いにより幸福を実感するのが、「する」社会であると主張する[xi]
 例えば、「観る」社会の介護サービスは、定期的なサービスや排せつの補助なども市場から購入する。しかし、実際には人間的なふれあいや自身が能動的に生活者として過ごしたいという、存在そのものの欲求がある。この欲求を満たすのが「する」社会である。
 かつて、丸山が固定的な貴族主義として描いた「である」社会は、高度な工業化を経て、機能的目的主義の「する」社会に侵攻された。その結果、誰もが豊かさにアクセスできるようになった一方であらゆるものを受け身で消費する「観る」社会となった。この「観る」社会に神野が対置する「する」社会と、丸山の「する」社会の相違点は、共に生きる感覚に根差した「参加」である。こうした能動的な営みそのものに価値をおくのである。

3.運動論としての参加「する」社会

 それでは、「観る」社会から参加型の「する」社会へ変えていくにはどうすればよいのだろうか。小熊英二は社会運動に関して状況によってその方法論は変わるものの、「こうすると失敗する」という傾向があると指摘する。その中でも、運動を「組織」とみなさないことの重要性を強調する[xii]。運動の組織化が進むと、役割が固定化したり、方針と違うものを排斥化するようになってしまう。そうした運動は楽しくない。その結果、人が集まらなくなるというのだ。言うなれば、参加「する」運動が、より善い生きかたにむけて参加「すべき」運動に変貌する。
 そして、何よりこの「楽しい」という感覚が重要である。小熊は「人間は欲深いもので、受け身で消費しているだけでは満足しません。自分で何か作ってみたり、行動してみたり、関係してみないと、なかなか満足できないものです[xiii]」と指摘する。運動なら運動を、居場所なら居場所を自らの手で作ってみること。そして、作る際にほかの誰かとふれあい、共有しながら取り組むことそのものに幸福感の源がある。参加「する」社会にむかう運動の第一段階は、こうした「楽しさ」にあるのかもしれない。しかし、人々の感情は「楽しさ」だけに還元できるものではない。人は時に、悲しみややりきれない気持ちを抱えながら日々を過ごすことになる。
 インターネットラジオ局「ゆめのたね」には、17歳の高校生からひきこもり、元暴走族の経営者、70代のおとしよりまで500人以上の個性豊かなパーソナリティが集う[xiv]。地域の居場所がリアルなコミュニティとしての第三の居場所だとすれば、「ゆめのたね」が目指すのは感情のコミュニティとしての第四の居場所である。第四の居場所は、同じ経験をした人が心を寄せ合い、絆を生み出す場所である[xv]。苦しい想いは、それを経験した人にしかわからない。だからこそ、インターネットラジオが感情を分かち合う場として存在することに意義がある。
 ただ「場」があればいいだけではない。楽しさも悲しさをも含めた、「感情を分かち合う」運動や場の存在が、参加「する」社会の具体的な表れになるのではないか。そして、そうした関係性のデザインこそが、地域活動、市民活動に求められている。

おわりに―私たちは感情でつながることができているだろうか。

 本稿で述べてきたことは、至極あたりまえのことだったかもしれない。しかし、地域の居場所づくりの活動に立ち返って考えると、反省とこれからの展望が見えてくる。
 私たちは感情でつながることができているだろうか。活動に参加してくれる子ども、地域の方々、ボランティア参加者、支援者内部。組織論や行政手続きを言い訳にして、この原点を忘れてしまうことはないだろうか。参加「する」社会への第一歩が確実となるためにも、その言葉を自らに問いかけ続けたい。


[i] 丸山眞男『日本の思想』、岩波新書、1961年(初版)、1998年(第72刷)、p156

[ii] 丸山、p157

[iii] 丸山、p157

[iv] 丸山、p163

[v] 丸山、p176

[vi] 丸山、p176

[vii] 丸山、p164、p179

[viii] 神野直彦『「人間国家」への改革―参加保証型の福祉社会をつくる』、NHKブックス、2015年、p207

[ix] 神野、p205

[x] 神野、p4

[xi] 神野、p206

[xii] 小熊英二『社会を変えるには』講談社現代新書、2012年、p485

[xiii] 小熊、p502

[xiv] 岡田尚起、佐藤大輔『SNSを超える「第4の居場所」』、UNKNOWNBOOKS、2018年、p3

[xv] 岡田、佐藤、p7

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