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誰もが健康に自分らしく生きられる世の中を

誰もが健康に自分らしく生きられる世の中を

埼玉県さいたま市出身。東京家政大学卒業。管理栄養士。震災支援活動を機に、食に制限を抱える患者の多さと、不安定な日本の食環境に危機感を抱く。食の課題解決には現場での課題抽出と実践だけでなく制度面の整備の必要性を感じ、入塾を決意。
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 「健康」という言葉を考えられる世の中になっただけ、幸せなのかもしれない。数々の災害による食糧難や戦争などの歴史背景から考えたら、確実に日本の食環境は向上している。しかし、世界規模の視点で考えれば、貧困や飢餓など栄養失調による死者がたくさんいる中で、食品ロスや耕作放棄地の増加といった社会問題が起きている。貧困や飢餓に苦しむ人たちからしてみれば、まだ食べられるのに廃棄される食品ロスや、耕作できる土地を担い手がいないために放棄されていく現状は、信じがたい光景に思われるのではないだろうか。消費者庁『食品ロス削減関係参考資料(平成30年6月21日版)』によると、日本の食品ロス量は、世界の食糧援助量の約2倍に及ぶ。これらの食品が廃棄されることなく、食を欲する人たちへ適切に供給されていたら、どれだけの人を救えただろうか? 現実的には経済格差の問題や流通、衛生状況の問題などを照らし合わせなければならないが、適正な質と量の食糧生産を行い、多国間で融通し合い、世界レベルでの食糧の安定供給を図ることが、持続可能な地球環境をつくる上で大切である。また、そのためには単に食糧生産の安定化だけではなく、消費者のモラルやリテラシーの向上が伴わなければ、この食の不均衡が是正されることはないだろう。          
 食という分野を一つとってみても、課題は山積している。その中でも、喫緊かつ重要な社会課題として捉えているのが「食源病」の増加である。食源病とは、食事や生活習慣の乱れによっておこる病の総称であり、近年では非感染性疾患(NCDs)と表現される場面が増えてきた。肥満や糖尿病が代表的で、日本国内でも患者数は増加傾向にある。
 
 この問題に着目した理由は、大きく二つある。一つは、私自身13歳の時に病気を経験し、健康な身体とは当たり前ではなく、家族や友人、学校、職場などさまざまな人や社会に影響を及ぼすことを感じたからである。もう一つは、前職の時に食物アレルギー対応の商品開発に携わっていたが、年々食物アレルギー患者は増え続けるばかりで、企業という意味においては需要が上がり利益につながるが、食物アレルギー対応の食品をつくることはその場の対処としては適切だが、増え続ける食物アレルギー患者に対するアプローチにはならないことに違和感を覚えたからである。
 食物アレルギーとは、過剰な免疫反応によるもので、この免疫系の大部分を担うのが腸である。食生活の急激な変化や栄養状態の偏りによる「腸内環境の低下」こそが、食物アレルギーを増加させる要因であり、それだけでなく、その他多くの食源病の発症を助長させる要因であることが見えてきた。増え続ける食物アレルギーの対策には、アレルギー対応食をつくることと同時に、腸内環境の向上が不可欠であり、それは、食物アレルギーだけでなく、糖尿病や肥満といった様々な疾患を減らしていくことにもつながる。
 だからこそ、「健康」というキーワードが重要になってくる。健康を成立させる要因は、食事をはじめ、ストレス、睡眠、運動といったさまざまな生活習慣が密接に関与する。食においては、大きく分けて二つの要因が存在する。一つ目は、個人の食生活の乱れである。過食や栄養バランスの偏りによって健康を害するもので、砂糖や油脂摂取量の増加、野菜や果物の摂取不足などが挙げられる。二つ目は、社会的な要素である食環境の乱れである。近年では内食より、中食・外食の増加が著しく、日本の食生活全体の環境が変わりつつある。食品を加工し、すでに調理済みの食品が店頭に並ぶことも増えた。こうした食品加工にはフリーシュガーや油脂類を多用しているものが多い。また、農薬や抗生物質、食品添加物といった食の近代技術による影響は大きく、これらの大半は日常の食生活を便利にさせるもので画期的な発明だが、身体的な影響が大きい。このような問題は、個人の意識だけでは限りがあり、生産者や企業のモラル、政府の方針などが大きく関係してくる。個に対するアプローチと、社会に対するアプローチの両側面を意識した実践が不可欠なのである。
 
 その具体的な実践方法として、私は「食の診療所」の開設を考えている。食の駆け込み寺となるような存在で、身近に食について知り、触れて、考える場の創出を目指している。この食の駆け込み寺は、実店舗としてのリアルな場面でのアプローチと、WEBとしてのバーチャルな場面でのアプローチを並行して考えている。
 現在進めているのが、バーチャルな場面での実践であり、具体的にはWEBサイト「しょくすり( https://shokusuri.jp )」を新たに立ち上げた。「食事はいちばんのくすりになる」をモットーに食と健康の総合サイトとして制作している。食材に関するサイト、病気に関するサイトなど個々のサイトは多数存在しているが、「しょくすり」の特徴としては、単に食材や症例を個の事象として載せるのではなく、人体と栄養の関係性について述べることで、日々の食事がなぜ重要なのかを意識的に紐付けられることを意識している。現段階では、まだ構成内容のアップが中心となるが、将来的には健康のセルフチェックを自らが行えるようなサービスを提供することで、病気の早期発見、未病対策、食事改善による疾患の予防、健康寿命の延伸などの健康増進をサポートする役割を目指している。
 
 このサイトを作った背景には、栄養学という学問自体の訴求力がまだまだ低く、自分自身が栄養教育を行った際に、栄養学自体に対しては関心を寄せている人が多いが、しかし何を見たら良いかわからないといった現状があった。そして、なにより自分の発信できる範囲には限りがあることを痛感していた。食の診療所の構想を考えたときに、実店舗では商圏範囲が限られ、どんなに食や農業のイベントを実施したとしても範囲は狭く、欲しい情報が誰でも手に届く環境はつくれない。そのため、現代の技術を駆使することで、食に関する情報を知りたい、自分や家族の健康状態が気になるといった時に、健康になれる情報を提供したいと思ったからである。
 松下政経塾の研修の中で、「実践経営学講座」と呼ばれる講座があり、その中で私は創業計画書を一からつくる取り組みを行った。その時に、原価計算、商品開発、立地環境の分析、商圏の検証など自分自身が身につけなければならない要素が多いことを痛感した。
 「しょくすり」は、栄養情報の普及・啓発といった発信の側面と、ビジネス展開におけるデータ収集の両方の側面を併せ持っている。地道な情報発信を続け、すぐには不可能かもしれないが、ゆくゆくは、栄養情報を生かし、AIを導入した食事管理、栄養管理、生活管理が可能な自己管理システムを導入し、健康増進を後押しできるサービスを提供していきたい。一から始めて手がけたサイトということもあり、最初は不具合が多く、軌道に乗せるまでに時間を要したが、現在少しずつ情報を増やしているところである。まだまだ立ち上がったばかりで課題も多いが、着実に実践を重ねていき、サイトの充実を図りたい。
 
 健康とは、昔は一部の裕福な方々のものだったかもしれない。しかし、これからは健康というのが高くて手に入らない、わからないといったものではなく、安く無尽蔵にサービスを提供し、健康になりたいと思う誰もが健康になれる世の中を、次の100年をかけてつくるべきである。日本のように財政難をかかえ、社会保障、医療費の削減が求められる国において、根本的な解決を図る上では、健康情報を提供し、自律的に健康を維持できる人を増やすことが重要である。
 健康とは自分だけのものではない。病気になるということは、本人の生きがいの喪失だけでなく、家族や友人の負担を増やし、介助が必要になった場合は周りの人生の時間を割くことになる。これは、社会にとっても労働力を失うことにつながる。また、学校や職場といった組織への負担を増やし、企業の組織力の基盤においても、健康で長く所属してもらうということは経営の安定化にもつながる。これからの世の中、健康に対する需要はますます高まるであろう。健康という一種の贅沢だったものを、安価で無尽蔵に提供することで、誰もが健康を手にできる世の中をつくっていきたい。

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髙橋菜里の活動報告

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Nari Takahashi

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第38期

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たかはし・なり

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