活動報告

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志をかたちにする挑戦
-新日本的経営の探求と企業家殿堂プロジェクトの実践-

(1) 松下政経塾生としての葛藤 

 「真に国家と国民を愛し、新しい人間観に基づく政治・経営の理念を探求し、人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献しよう」 松下政経塾の塾是であるこの言葉をこれまで幾度となく唱えてきた。
 一代でパナソニックを築き上げた松下幸之助翁は、日本のみならず「人類の繁栄幸福と世界の平和」にまで視野を広げた壮大な世界観を有していた。VUCAの時代(変化が激しく先が読めず、複雑で曖昧な時代)と呼ばれ、分断も進む現代において、それらすべてを包み込み調和させようとするその発想には、深い尊敬の念を抱かざるを得ない。そして塾生として与えられた使命の大きさを前に、自らの力不足と未熟さに対し、もどかしさと焦燥感を強く感じている。
 松下政経塾での生活も3年目に突入した。1・2年目の「基礎課程」はカリキュラムが定められているが、3年目はまさに「自修自得」、すなわち自らの志に基づき、自ら研修を設計し実行する段階である。
 この「実践課程」は、何者でもない塾生が自らの志と徹底的に向き合い、もがきながら「日本のために役立つ人物」になることを目指し、知識・見識・胆識を養う貴重な期間である。その過程は非常に泥臭く、まるで雲をつかむような日々である。 
 私が掲げるテーマは、「経済性と幸福を両立させる新日本的経営の探求および若手起業家の育成」である。そこで、三年目の上半期は、「日本的経営の源流」を辿る「研究」を行いつつ、企業家の卵として、自力でひとつのプロジェクトを動かすという「実践」に取り組んだ。本稿では、この3か月間(2025年4月~6月)の活動内容を報告する。

(2)-1 研究:日本的経営の源流を辿る 

 戦後の高度経済成長期、1979年には、ハーバード大学社会科学教授であったEzra F. Vogel(1930-2020)により、”Japan as Number One“というタイトルの著書が発表され、同年この本は日本語にも訳されて日米両国でベストセラーとなった。[i]
 しかしその後、日本経済は長期にわたり停滞し、「失われた30年」とも呼ばれる不名誉な時代を迎えることとなった。
 「日本的経営は本当に失敗だったのか」。この素朴な疑問と同時に、「日本的経営には忘れちゃいけない本質的な何かがあるのではないか」という直感から、筆者は残りの2年間をかけて、この問いにチャレンジしようと考えている。そこで、まずは「日本的経営」の歴史を振り返ることから始めることとし、その第一歩として「商人道」に注目した。松下幸之助塾主も、船場商人の文化から強い影響を受けており、「商人道」には日本独自の商業文化が強く表れていると考えている。本稿では、特に近江商人に焦点を当てて考察を試みる。

(2)-2 研究:近江商人について

 近江商人とは、江戸時代に近江国に本宅を構え、他国で稼業を行った商人のことである。
 彼らは、のこぎり商い(持ち下り商品の行商)、出店経営(得意先地域への出店)、産物廻し(需給関係や価格差を利用した交易)、乗合商い(共同経営によるリスク分散)といった近代的な商業経営手法をいち早く実践していた商人であり、高く評価されている。
 代表的な人物としては、初代伊藤忠兵衛や中井源左衛門光武が挙げられる。彼らは商いにおいて理念を非常に重視し、以下のような言葉を残している。[ii]

 伊藤忠兵衛
 「商人道の尊さは、売り買いのいずれも益し、世の不足を補い、御仏の心にかなうものである」

 中井源左衛門光武
 「金持ちにならんと思はば、酒宴遊興奢りを禁じ、長寿を心がけ、始末第一に商売に励むべし」

 これらの言葉から、商いに対する倫理観の厳しさ、信心深さ、そして確固たる信念が感じられる。特に近江商人は「陰徳善事」を重んじ、徳を積むことで運を開くという価値観を持っていた。また、彼らは物事に関わる者すべてが当事者意識を持つことの重要性を理解しており、寄付などの際も一人が全額を負担するのではなく、皆が少しずつ負担し合うという精神を大切にしていた。このように、「商い」を行う上での彼らの信念は人の本質を捉え、「商人道」として独自の価値を築いており、現代の経営にも「商人道」の考え方は非常に重要な視点だと改めて感じた。引き続き研究を進めていきたい。

(3)-1 実践:「企業家殿堂プロジェクト」の原点

 私は将来日本に役立つ企業家になることを夢見ているが、そう思うに至った原点は、昭和の名経営者たちへの憧れがある。松下幸之助や本田宗一郎など、戦後の高度経済成長期を支えた企業家たちは、「日本をよくしたい!」という熱い想いと、どんな困難も乗り越える強さ、そして0から1を生み出すイノベーションの精神を兼ね備えていた。そんな名経営者たちのエピソードを聞いたり、思想・哲学を学ぶうちに、気づいたら彼らに感化され、勇気づけられ、「企業家になって日本に役立ちたい」という夢・志が出来た。現代の若者には、夢や希望、そして「自分たちならできる」という自己効力感を養えるような機会が不足しているように感じる。だからこそ、過酷な時代に立ち上がった企業家たちの姿を伝えることは、次代を担う世代にとって大きな力になると確信している。これこそが、「企業家殿堂プロジェクト」を立ち上げるに至った原点である。

(3)-2 実践:企業家殿堂プロジェクトの概要

 本プロジェクトは、昭和という激動の時代を牽引した企業家たちの精神と業績を顕彰・継承し、次世代の企業家を育成するとともに、日本経済の活性化を目指す大規模構想である。昭和は、戦後の焼け野原から世界経済の先進国へと飛躍を遂げた時代であり、その原動力となったのが、志と信念を持った企業家たちであった。そんな企業家たちを「ゴルフの殿堂」や「野球の殿堂」のように、「企業家殿堂」として公式に認定し、世に広く発信することを目的としている。

 設立の目的としては、以下の5点を掲げた。
 1.昭和の名経営者の功績を顕彰すること
 2.企業家精神を次世代へ継承すること
 3.若手起業家のロールモデルを提示すること
 4.新たな産業を創出し、次世代企業家を育成すること
 5.日本の国際的プレゼンスを向上させること

 殿堂入り予定の企業家には、松下幸之助、本田宗一郎、豊田喜一郎など、日本の産業を支えてきた著名な経営者が名を連ねる。彼らに共通するのは、単なる利益追求にとどまらず、社会への貢献、人間教育、長期的なビジョンに基づく経営姿勢を貫いてきた点である。
 たとえば、松下幸之助は「事業を通じて社会に貢献するという使命を遂行し、その報酬として利益がある」と述べ、経営を社会的責任と捉えていた。本田宗一郎は、「人を喜ばせること」「99%の失敗の中にある技術開発」の重要性を説き、創造性と挑戦の精神を重視した経営を実践していた。豊田喜一郎は「一番難しいという大衆乗用車をつくる」という志を掲げ、大衆の生活に貢献する経営に尽力した。

 このような偉大な企業家たちを「企業家殿堂」として認定し、発信することが、私の実践活動である。まだ構想段階であり、思うように進んでいない面も多いが、今後も実践活動と研究活動の両輪に粘り強く取り組んでいきたいと考えている。


[i] thisworld.blog(n.d.)『Japan as No.1』
https://thisworld.blog/japan-as-no-1/
(最終閲覧日:2025年6月25日)

[ii] 岡井健司(n.d.)「近江商人の陰徳善事 日野商人の事例」『近江日野商人ふるさと館』館長講演資料より。

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