論考

Thesis

「日本的民主主義」はどうすれば実現できるのか?

 松下幸之助(以下、塾主)は、民主主義が人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献するために最も適していると述べた。本稿では、塾主が民主主義の重要性を実感した背景と、「日本的民主主義」とは何かについて考察し、現代の視点からその実現に向けた提言を行う。

1.渡米が塾主に与えた影響

 昭和26年、塾主は初めてアメリカを訪れ、当初は1ヶ月の予定だった滞在期間を3ヶ月に延長するほど、アメリカの発展に大きな刺激を受けた。特にアメリカの民主主義にはひどく感銘を受けたようで、塾主の手紙や帰国後の発言の中でも、民主主義への言及が多く見られる。
 塾主が感銘を受けたアメリカの民主主義とはどのようなものだったのだろうか。PHP総合研究所の佐藤氏は、塾主がアメリカ繁栄の要因として、高い生産性、合理的科学的精神に基づいた経営、徹底した専門細分化などを挙げ、その根底に民主主義があると理解していた[1]と述べていた。このようなアメリカ的民主主義への称賛は、特に、渡米前後の時期において多く見られ、日本とアメリカを比較しては、日本の民主主義への問題意識がより一層強くなっていったようである。
 しかし、人生初の渡米から20数年経った後の塾主の言葉には、アメリカへの印象の変化も感じ取ることができる。昭和52年の発言[2]では、アメリカ式民主主義が混乱に至らしめていると話しており、渡米時に多大なる影響を受けたアメリカの民主主義も、のちにその欠点を感じるようになったことが伺える。
 ちなみに、当時のアメリカの民主主義と塾主の考えについて筆者の意見を述べるのであれば、発展途上の民主主義であったと言わざるを得ない。高い生産性や合理的科学精神が助長する差別は、社会的弱者の基本的人権を保障できていたとは言えず、合理的でも科学的でもない人種差別が根強く残る社会において、主権在民が守られていたとは言えない。アメリカ発展の良い側面だけに着目すれば、賞賛できることもあるかもしれないが、その主張は慎重であるべきだと感じた。

2.日本の民主主義の課題と理想

 では、塾主が考えていた「日本的民主主義」とはどのようなものだったのだろうか。塾主は、日本の民主主義について、国民と政治の双方に問題があると指摘した。
 国民側の大きな課題として挙げられているのは、日本人の主体性のなさである。塾主は、日本国民の間で「権利のみを主張して義務を果たさない勝手主義」[3]や「自分の考えだけにとらわれて他をかえりみようとしないという風潮」[4]が横行していることを指摘した。選挙の投票率が極めて低いことにも言及し、「せっかくの主権在民という民主主義の意義が十分に生かされておらず(後略)」[5]と大きな懸念を示している。
 政治側の大きな課題として挙げられているのは、政治の生産性の低さ、及び、力強い信念や態度の欠落である。塾主は、「真の民主主義政治は、本来、金と時間がかからないもの」[6]であると主張し、日本では民主主義の本質が正しく理解されず、生産性が極めて低いために、社会全体が混乱していることを指摘した。
 以上のように、主体性のない国民と、進むべき道を示さず旧態依然を保持する政治の双方の問題によって、本体生成発展しなければならない民主主義が放置され続けている現状がある。そしてこれらの課題の根本には、「外来のものをそのまま鵜呑みにして取り入れてしまっている」[7]要因があり、日本の体質や風土に適合した、日本式民主主義のあり方を今一度見直すことで、真に望ましい日本の政治を実現しようと塾主は提言したのである。
 では、塾主の掲げる理想の「日本的民主主義」とは何か。それは、日本の伝統精神に基づく民主主義であると塾主は述べる。日本の伝統精神には大きく3つの特徴がある。
 一つ目の特徴が「衆知を集める」である。塾主は「多数知はほんとうの衆知ではない」[8]と述べている。また、「お互いに人権を尊重しあい、すべての人の存在を意義あらしめるよう協力しあわなければなりません。ここに民主主義の基〈もとい〉があります。」[9]とも述べている通り、お互いに素直な心になって、互いの天分を活かし合うことが民主主義の大前提であると言える。
 二つ目の特徴は「主座を保つ」である。これは、「自分を失わないで自主性、主体性を持って教えを受け入れ尊びつつ、これを生かしていく」[10]ことを指す。前述の通り、外来の思想や制度を鵜呑みにせず、日本の風土に適した形に変換して取り入れなければならない。
 そして、三つ目の特徴が「和を貴び平和を愛好する」であり、これは対立と調和を意味すると筆者は解釈する。塾主は、「それぞれに与えられた天与の役割・立場」を対立、「尊重し合う・互いを活かし合うこと」を調和と説明し、この対立と調和こそが、宇宙の実存の姿だと述べた[11]。また、塾主は「対立と調和は、宇宙の大原理であるとともに、また民主主義の基本理念でもある」[12]とも話している。以上3つの特徴が、「日本的民主主義」には不可欠な要素である。

3.現代における実現に向けた提言

 最後に、日本的民主主義実現のための提言を述べたい。塾主が指摘した国民側と政治側の課題は、現代社会においてもいまだ解決しているとは言い難い。
 そこで、国民側の課題に対しては、日本の伝統精神の基盤を養う教育の導入を提言したい。具体的な教育施策は以下の3つである。
 一つ目は、伝統精神の一つである「衆知を集める力」を養うことを目的とした、合意形成及び議論訓練の実施だ。少数意見の尊重は、民主主義の基本原則だが、日本においてこの原則がどれだけ意識されているのかは大きな疑問である。「10人の知恵が全部、自由にそして平等に、余すところなく吸収され、総合される」[13]訓練を通して、衝突し合う私的な利益を取り除き、誰一人として排除しない合意形成を、教育の場で訓練することが重要である。
 二つ目の施策として、「主座を保つ力」および「和を貴び平和を愛好する力」を養うため、多様な人材との交流機会を教育現場で設けることに意義があると筆者は考える。文化や価値観、特性の異なる他者を尊重し、互いに活かし合う実践的なプロジェクトを通して、自分の主座が明確になり、他者理解が促進されていくのではないだろうか。
 三つ目の施策として、自分の意見を明確に表明する学習形式を導入することを推奨する。現在では、国内の多くの学校がアクティブラーニングを導入しており、まさに「主座を保つ」訓練であると言える。より一層の価値を引き出すためには「自分の考えを持つ」に留まらず、「それらを表明し、互いに結集させる」ことの意義を実感する必要があると筆者は考える。日本人の傾向として、遠慮や空気を読む文化があることはしばしば指摘されている。和を貴び、自分の主張を躊躇う奥ゆかしさを評価しつつも、自己発信と他者受容を通して意見を紡ぎ合う成功体験を、教育現場でたくさん創出したい。それを授業の場だけでなく、日常生活でも実践できるよう促す必要があるだろう。
 続いて、政治側の課題に対する提言として、日本国憲法の見直しを訴えたい。憲法とは、国家権力の暴走を防ぐために定められた基礎法であり、我々の民主主義を保障する拠り所である。筆者が憲法の見直しを提言する理由は、それこそが、国民及び為政者が徹底的に日本的民主主義について議論し、決断する最大のきっかけになり得ると考えるからである。塾主も、日本国憲法について、永久不変の根本精神を逸脱しない限り、その国の伝統と時勢の変遷に伴い、これを改正できると述べている。[14]全文を通して、言葉の定義や解釈の幅等をすり合わせ、制定当時には想定できなかった新たな文脈も加味して議論すべきではないだろうか。
 現代の憲法改正の議論において、常に懸念されるのが改悪である。しかし、それには日本人の主座と、衆知と、平和愛好の精神を以て徹底的に向き合うべきではないだろうか。「私には関係ない」という他力本願な姿勢や、少数意見を軽視する間違った民主主義では、正しい結論には至れない。何を守り、何を変えるべきなのか。我々日本人にとって何が最も大切であるのかを改めて再認識し、世界の繁栄・平和・幸福に貢献するために我々が何をすべきかを今一度問い直したい。
 以上が、現代における日本的民主主義実現に向けた提言である。今回、塾主の国家ビジョンや「日本的民主主義」に関する考えを学ぶ中で、松下政経塾の教育方針に「自修自得」「自主自立」が掲げられている意義を感じることができた。日本的民主主義が正しく理解され、機能することが、人類の繁栄・平和・幸福への最大の近道であると筆者は信じている。そのために自分自身にできること、すべきことを見つけ、実践を続けていく所存である。

[1] 佐藤悌二郎.訪米・アメリカは松下経営哲学にどのような影響を与えたか ――昭和26年初訪米のあとさき.「研究レポート 通巻8号」PHP総合研究所.1994-06,p.11

[2] 松下幸之助.政治を見直そう.財団法人 松下政経塾,1994,p.138.

[3] 松下幸之助.国民大衆党設立趣意書.1982,p.26.

[4] 松下幸之助. 日本と日本人について.PHP研究所,2015,p.134.

[5] 松下幸之助.新しい日本のために20.PHP研究所,1972,p.2-3.

[6] 松下幸之助.国民大衆党設立趣意書.1982,p.26.

[7] 松下幸之助.新しい日本のために20.PHP研究所,1972,p.33.

[8] 松下幸之助.PHPのことば その37.PHP研究所,1975,p.47.

[9] 松下幸之助.PHPのことば その37.PHP研究所,1975,p.51.

[10] 松下幸之助. 日本と日本人について.PHP研究所,2015,p.95.

[11] 松下幸之助.PHPのことば その37.PHP研究所,1975,p.28.

[12] 松下幸之助.PHPのことば その37.PHP研究所,1975,p.30.

[13] 松下幸之助.PHPのことば その37.PHP研究所,1975,p.47.

[14] 松下政経塾.松下幸之助が考えた国のかたちⅡ 「新国土創成」「楽土の建設」への挑戦.P.48.

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山下かおりの論考

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Kaori Yamashita

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