論考

Thesis

より良い日本づくりに向けた国家ビジョンの制定 ~新国土創成~

1.はじめに

 松下幸之助塾主(以下、塾主)は、日本の行く末を強く憂いていた人物の一人であろう。現状の日本が抱えている問題は顕在的・潜在的含め多岐に及んでおり、私たち国民の生活や国際的立場へ大きな影響を与えている。それらの問題を解決し、より良い日本づくりを行おうという強い想いから、塾主は様々な国家ビジョンを打ち立てた。
 私はその中でも”新国土創成”に着眼し、時代的背景や塾主の考える新国土創成論について調査・分析したのち、現代日本でどう実現していくかについて提言を行いたい。

2.時代背景

 塾主は1976年6月28日にPHP研究所から”新国土創成論 日本をひらく”を出版した。その当時の時代背景として、日本の人口は1億1千万を超え、大都市では過密現象を引き起こし、一方で地方は過疎化が進んでいた。また、人口が増え続けると2025年には1億5千人を超えると予想をされていた。
 しかし、日本の国土面積は当時「37.7万平方キロ(1142億坪)[1]」であり、その内「29%が有効可住国土で11万平方キロ(330億坪)[2]」となり、有効可住国土を人口で割った場合、「一人あたりは、1,000平方メートル(300坪)[3]」となる。有効可住国土には「住宅だけでなく、農地、工場、道路、河川や湖沼その他公共施設の一切が含まれている[4]」ため、住む場所だけ見ると大変少ないのである。
 そのため、日本は「国土がせまく人口が多い[5]」と塾主は問題を感じており、過密が原因で発生する弊害の例として地価の上昇や環境破壊、食料問題などを挙げている。そのような状況下においては、人おのおのに与えられた天分を生かすことができず、楽土(誰もが天分を自由に生かすことのできる社会)の建設が困難となってしまう。
 それらの問題を包括的に解決し得る方法として塾主が掲げた国家ビジョンが”新国土創成”である。

3.新国土創成

 新国土創成とは、「国土の70%を占める山岳森林地帯のうち、20%を開発整備して、これを有効可住国土とする[6]」ものである。
 山岳森林地帯20%をならし、出てきた土砂などを活用して海を埋め立てすることにより、さらに有効可住国土を20%生み出す。結果的に現状約330億坪であった有効可住国土は、新国土創成により約440億坪が新たに増え、合計約770億坪もの社会を運営できる生産・住居拠点が実現できるのだ。
 新国土創成はオランダや大阪、東京、神戸など、干拓・埋め立てによって土地を広げてきた歴史から発想されている。一方で新国土創成は自然破壊ではないかという声が多くあがるだろう。自然破壊の結果、生態系のバランス崩壊や自然災害の発生、美しい景観の消滅などが起きた場合、それは大きな問題になるに違いない。しかし塾主は「人間が自然に対して人為を加え、その結果に人間生活により大きなプラスをもたらすのであれば、これは自然の破壊ではなく、自然の活用である[7]」と、提言している。自然と共生しつつ人類が発展していくために、新国土創成では計画立案にあたり研究・調査等に25年をかけて、実施に200年という長い年月をかけて実現するのである。
 塾主は新国土創成により期待される効果として、「日本のバランスある発展[8]」「住宅問題の解決[9]」「食糧問題の解決[10]」「自然の猛威の克服[11]」「画期的な科学技術の進歩発達[12]」の5つを挙げた。それには国民総力・熱意をもって新国土創成の実現を果たしていくべきだ、と塾主は考えており、国土創成奉仕隊なるものを結成し、選抜された心身ともに健康な青年男子は1年または2年間、新国土創成事業へと従事する体制づくりを行う。人間修行・心身の訓練の場としても国土創成奉仕隊は活用することができ、国家のために働く意義・喜びを醸成することができるのである。
 国家の一大プロジェクトとなる新国土創成には国民の理解ならびに国際的な承認も必要となってくるが、塾主は政府が「信念をもって決断し、国民に訴え協力を求めつつ、力強く実行していくこと[13]」が必要であると示している。

4.現代日本における新国土創成実現に向けた提言

 前提として現代日本は人口減少に伴う生産人口の減少及び、出生率低下の影響に伴う少子高齢化が進んでおり、新国土創成の必要性有無が問われていると考える。しかし、問題となっている人口減少を歯止めできれば必要性が出てくるのではなかろうか。現代社会において新国土創成を実現するためには、3つのプロセスが必要であると私は考える。
 一つ目は、一極集中を防ぎ地方分権をより推進すること。東京一極集中により過密化が発生している一方で、地方は過疎化が進み消滅危機に陥っている。そのため地方分権や都市部の機能を地方へ移管することにより、地方への移住を促進させる必要がある。
 二つ目は、地方への企業誘致を実施すること。現状の地方には雇用が少なく、また都市部と比較して平均賃金の格差が大きい。地方に人口が増えたとしても雇用が無ければ元も子もないため、税率緩和などにより日本企業及び海外企業を地方へ誘致することで、雇用の創出を行いたい。
 最後の三つ目は、出生率の改善を図ること。現代日本では低所得及び物価高・税金高が原因の一つにあり、こどもを生み育てる余裕がなく出生率が低下している、と指摘されている。しかし企業誘致により、様々な企業の本社機能や支社が地方に移ることで、地方における労働の活性化・平均賃金の増加が期待されるだろう。それに伴い、政府・地方自治体が出生率改善に向けた施策を推進することで出生数の増加、そして人口増加傾向へ移り変わることが期待できる。
 以上3つのプロセスを実行することで人口増加が現実のものとなり、その結果、年々人口が増すことにより都市部・地方ともに過密化が問題となる可能性を拭い切れないだろう。過密化は先ほど述べた食料問題など多くの弊害が発生するため、問題解決のため国民が新国土創成の必要性を再提言するべきであり、政府としても問題解決案として新国土創成についての実現検討を無視できないに違いない。

5.終わりに

 塾主の国家ビジョンである”新国土創成”について本稿では考察を実施したが、2世紀以上にわたるプロジェクトとなるため、国民の深い理解と日本政府の熱意熱心を持ったリーダーシップが無ければ実現するのが困難だと感じた。
 一方で、新国土創成の場を陸地だけでなく、深海や宇宙へも展開できないかについて視野を広げて考えることが重要である。衆知を求めつつ今までにない、もしくは今までできなかった取り組みを実施できる開発・発展拠点として維持されていくと、国にとっても国民にとっても大きな利益を得られるだろう。塾主の考えた国家ビジョンを通して、日本をよりマクロに、よりミクロに捉えていきたい。

[1] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.27

[2] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.27

[3] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.27

[4] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.27

[5] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.18

[6] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.59

[7] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.52

[8] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.110

[9] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.114

[10] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.118

[11] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.123

[12] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.130

[13] 松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,p.99

参考文献

松下幸之助,新国土創成論 日本をひらく,PHP研究所,1976,174p.

松下幸之助,松下幸之助が考えた国のかたちⅡ,松下政経塾,352p.

松下幸之助,私の夢・日本の夢 21世紀の日本,PHP研究所,1994,502p.

松下幸之助,リーダーを志す君へ,PHP研究所,1995,244p.

松下幸之助,君に志はあるか,PHP研究所,1995,253p.

松下幸之助,人生心得帖,PHP研究所,2001,189p.

経済産業政策局・地域経済産業グループ・商務・サービスグループ・中小企業庁,”少子化対策に資する地域の包摂的成長について”,経済産業省,2024,
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/020_05_00.pdf ,(参照 2024-02)

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