Thesis
松下電器(現在のパナソニック)創業者、松下政経塾創設者である松下幸之助塾主(以下、塾主)。経営の神様と謳われている塾主であるが、松下電器という企業を生み一代で大企業まで発展させたことや、松下政経塾が現在もリーダーを輩出する機関となっている要因には、塾主自身が多くの困難と苦悩から培った経営哲学があるに違いない。今回はその中の一つである「熱意と誠意」を軸とし、松下経営哲学を考察したい。
成功を収める人か否かに分かれる要因がある。その一例として、塾主は以下の話を挙げた。
「以前、このような話を聞いたことがあります。生命保険や火災保険など保険の勧誘をする人の中で、いちばん多く契約を取る人といちばん少ない人とでは、その契約高に百倍からの開きがあるというのです。[1]」
塾主はこの結果が生まれた原因として、営業担当の性格、保険に対する知識が豊富であること、話し方が上手であること、などを挙げた。しかし、それらが原因だとしても契約高に百倍もの大きな差が生まれると思わない。その差が生まれた原因とは、その人の仕事に対する心がまえ、まさしくどれだけ熱心かつ誠実に仕事に取り組んでいるかによると塾主は結論づけた[2]。
また販売店実習から帰ってきた松下政経塾生に対しても、塾主は熱意と誠意の大切さについて説いている。
「そんなふわふわしたことでは何もできんで。身にしみてないわけやな。(中略)きみ、猫に小判なったらあかん。小判の価値判断ができなあかんで。だから販売店実習から帰ってきて、商売というものは、あんなに熱心にやらないといけないものかと。店員を使っていくのに、あそこまで細々とした思いやりをもたないと、店員は使えんのか、というようなことが身にしみてわかったというて報告せないかん。[3]」
塾主は商売を行っていく上で熱意と誠意を持たなければ人を養成することもできず、お客さんも品物を買ってくれないと話している。熱意と誠意を感じるからこそ、人は社長の下で働きたいと思い、お客さんもお店に来てくれるのである。
他にも塾主は豊臣秀吉を熱意と誠意の象徴として挙げている。
「豊臣秀吉の軍師竹中半兵衛は、もとは織田と敵対する斎藤側の軍師だったが、秀吉はそれを承知で徹底的に、誠心誠意頼み込んで、自分の味方についてもらった。熱意があれば、人に頭を下げることも苦にならないし、人を説得することもできる。[4]」
竹中半兵衛は豊臣秀吉の熱意と誠意を強く感じたことにより部下となり、最終的には豊臣秀吉の天下統一へ寄与したのである。そのため熱意と誠意は成功のもとであることは間違いないだろう。
塾主の影響を大きく受けた有名な経営者がいる。それは京セラ創業者・稲盛和夫氏だ。塾主がダム式経営をテーマに話をされた講演会での際、ある参加者が塾主へ「ダム式経営の重要性は分かりましたが、どうすればダムができるのでしょうか[5]」と質問をした。その質問に対し塾主は、「一つ確かなことは、まずダム式経営をしようと願うことです[6]」と回答した。参加者の多くはその答えを笑ったが、稲盛氏だけは体に電流が走るような衝撃を受けた[7]と話している。以上のことから分かるのは、ダム式経営をしようと心から願わなければ実現はしないということである。本当に実現したいという強い熱意がなければ願いとはならず、熱意を持って願い続けることで最終的に達成できるということを稲盛氏は塾主から気づかされたのである。その結果、京セラは今や大企業となり、稲盛氏は平成の「経営の神様」と称されるまでに成った。
塾主自身、「熱意と誠意の大切さを痛感し、自分がこの点において欠けるところがないかということを絶えず自問自答してきました[8]」と話す。「経営に対する熱意と誠意だけは、だれにも負けないような強いものをもっていた[9]」とも話しており、理由としては「社長というものは、何よりも熱意と誠意だけは、その会社において一番のものをもっていなければならない。社長にそれがあれば、社員もそれに感じて、知識あるものは知識を、技能あるものは技能を、というように、それぞれに自分のもてるものを提供し、働いてくれる[10]」からである。学問もなく、体も弱かった塾主が経営者として会社を大きく発展させることができたのは、仕事に対しても、従業員に対しても、お客さまに対しても、熱意と誠意を持って働きかけてきた結果であるからだ。熱意と誠意が何ごとにおいても基本であり、最も重要なものだと言える。
熱意と誠意を持つためには、前提として志を持つことが必須である。塾主は以下のように語る。
「二階に上がるためのはしごも、二階に上がろうとする意思がなかったら生まれてこない。どうしても二階に上がりたいという意思があって初めて、はしごというものを考える知恵が生まれてくる。熱意、求めるもの、要望するものがなかったら何もできん。[11]」
「熱心さは必要に迫られ、切羽詰まったら自然に生まれてくる。そして、誠実に、素直な心で、自分の境遇、自分のおかれている状況というものを見つめたならば、自然に感謝の心も生まれ、これに報いるためには何をすべきかということが分かる。[12]」
したがって、志無くしては、熱意も誠意も生まれず、知恵も得ないということが分かる。
やはり成功するまでには様々な困難が待ち受けており、何度も乗り越えていく必要がある。そのためにはしっかりとした志を持ち、志を達成したいと必死の精神かつ熱意を持って願うことが重要で、それに伴って素直な心と誠意が生まれてくるのである。
熱意と誠意を持てば知恵も生まれ、最後の最後まであきらめないことにより、結果的に成功の道へと繋がっていくのである。
このことはまさしく、松下政経塾の五誓の一つである「素志貫徹の事[13]」の教えにも表れていると私は考える。
志を掲げ、熱意と誠意を持って働くための原動力として塾主が伝えているのは「自分の仕事を”心底”、好きになる[14]」ということである。自分が行っている仕事、自分が販売している商品、自分と一緒に働いている人、すべてが心底好きであれば、「この会社をもっと盛り上げたい」、「この商品をもっと売りたい」、「この人たちともっと高みを目指したい」など決意や志が表れるのではないだろうか。また、志達成に向けて熱意と誠意を持ちながら毎日楽しく働くことができるのではないだろうか。
今回、塾主の経営哲学の一つである「熱意と誠意」を考察する中で、松下電器や松下政経塾が発展を遂げてきた様々な理由の根本には、強い熱意と誠意があったことを理解することができた。常に熱意を注いでいた塾主だからこそ従業員たちも熱意を持って働くことができ、誠意を持って仕事に取り組んでいたからこそ従業員たちも誠意を持ってお客様と向き合っていたのではないかと感じる。私も強い熱意と精一杯の誠意をもって志を達成していくことを誓う。
[1] 松下幸之助『人生心得帖』(PHP研究所、2001年)93項
[2]松下幸之助『人生心得帖』(PHP研究所、2001年)94項
[3] 松下幸之助『リーダーになる人に知っておいてほしいことⅡ』(PHP研究所、2010年)65項
[4] 松下幸之助,リーダーになる人に知っておいてほしいこと,PHP研究所,2009,p.70
[5] 月刊致知,”「まず願うことですな」——松下幸之助と稲盛和夫の奇跡の出会い”,致知出版社,2023,
https://www.chichi.co.jp/web/20230108_matushita_inamori/ ,(参照 2023-01-08)
[6] 月刊致知,”「まず願うことですな」——松下幸之助と稲盛和夫の奇跡の出会い”,致知出版社,2023,
https://www.chichi.co.jp/web/20230108_matushita_inamori/ ,(参照 2023-01-08)
[7] 月刊致知,”「まず願うことですな」——松下幸之助と稲盛和夫の奇跡の出会い”,致知出版社,2023,
https://www.chichi.co.jp/web/20230108_matushita_inamori/ ,(参照 2023-01-08)
[8]松下幸之助,人生心得帖,PHP研究所,2001,p.96
[9]松下幸之助,人生心得帖,PHP研究所,2001,p.96
[10] 松下幸之助,人生心得帖,PHP研究所,2001,p.96~97
[11] 松下幸之助,リーダーになる人に知っておいてほしいこと,PHP研究所,2009,p.70
[12] 松下幸之助,リーダーになる人に知っておいてほしいこと,PHP研究所,2009,p.71
[13] 松下幸之助,”塾是・塾訓・五誓”,松下政経塾,2023,
https://www.mskj.or.jp/about/oath.html ,(参照 2024-04-19)
[14] 松下幸之助,社員心得帖,PHP研究所,2001,p.183
松下幸之助,人生心得帖,PHP研究所,2001,189p.
松下幸之助,人生心得帖,PHP研究所,2001,189p.
松下幸之助,商売心得帖/経営心得帖,PHP研究所,2014,255p.
松下幸之助,私の行き方 考え方,PHP研究所,1986,325p.
松下幸之助,リーダーになる人に知っておいてほしいこと,PHP研究所,2009,123p.
松下幸之助,リーダーになる人に知っておいてほしいことⅡ,PHP研究所,2010,124p.
松下幸之助,君に志はあるか,PHP研究所,1995,253p.
松下幸之助,リーダーを志す君へ,PHP研究所,1995,244p.
松下幸之助,夢を育てる,日本経済新聞出版社,2001,197p.
松下幸之助,道をひらく,PHP研究所,1968,271p.
松下幸之助,松下幸之助のめざしたもの,松下政経塾,2015,57p.
月刊致知,”「まず願うことですな」——松下幸之助と稲盛和夫の奇跡の出会い”,致知出版社,2023,
https://www.chichi.co.jp/web/20230108_matushita_inamori/ ,(参照 2023-01-08)
松下幸之助.com,”電池が語りかけてくる――仕事を見る眼〈4〉”,PHP研究所,
https://konosuke-matsushita.com/episodes/work/no4.php
松下幸之助,”熱意にまさる才能はない”,松下資料館
松下幸之助,”仕事に惚れこむ”,松下資料館
松下幸之助,”笑顔は仕事の潤滑油”,松下資料館
松下幸之助,”愉快に働いておられるか”,松下幸之助歴史館
Thesis
Junya Osuki
第45期生
おすき・じゅんや
Mission
地域間格差の解消による子どもが安心して夢に挑戦できる環境の実現