論考

Thesis

公立病院の赤字は何を意味するのか ~自治体病院経営から考える公共の意味~

私は言いました。「○○公立病院は医療者を育て、患者さんに良い医療を提供する地域の宝だよね。」友人は答えます。「でも、あの病院は赤字なんでしょ。いらないんじゃない?」私の心に疑問が沸いてきます。「赤字だったら公的機関は廃止にするのか?黒字なら民間競業で売却なのか。」自治体病院から公共の意味を考えます。

1.はじめに

 私が有志の一人として塾内の自主研究会「医療研究会」に所属して2年が経ちます。「津曲さんは医療者でも無いのに何で医療研究会なの?」。塾の内外でよく聞かれることです。

 私が1年次から医療を追いかけてきたのは、生命の尊重や患者という社会的弱い立場に立たされた人たちへの医療の使命への共感とともに、総務省時代のある想いがあるからです。私の前職は総務省、旧自治省系の2種職員です。総務省は総務庁、自治省、郵政省が統合した省で多様な業務を持っていますが、自治体病院(公立病院)に深く関わっていることはあまり知られていません。

 総務省の中には10の局があり、その中の一つに自治財政局というものがあります。文字通り地方自治体の財政を担っており、地方全体の予算の大枠を決める地方財政計画、交付税、地方債、決算に関する統計、そして地方公営企業に関わる仕事をしているところです。私の6年間の公務員生活の一つの職場として公営企業課がありました。私の席の隣の係が病院事業係、自治体病院の主に財政をみるところでした。その係にはいつも引っ切り無しに電話、陳情の来客、省内の幹部から呼び出しがありました。私が終電に間に合うように12時前に帰る時にも、いつも最後まで残っているのがその係の人たちでした。

 ある時、私はその中の一人にこう尋ねました。
「いつも遅くまで大変ですね。心労も多そうですし…」
「自治体病院は赤字だし政治もからんで大変なんだ。でも地域の人のことを想えば簡単には無くせないでしょ。」

 もし私が総務省を退職していかなくても、自治体病院に関わったことでしょう。それはそこに困難と公共の役割の本質があるからです。

2.公共とは何か。

 一体公共とは何で、公共の役割とは何でしょうか。自治体の正式名称は地方公共団体です。わざわざ地方と付けているということは、国家が公共団体であることは自明です。そして国や自治体の外郭団体も含まれるでしょう。かつてはこれらが提供するサービス=公共的なものと言って良かったでしょう。しかし現在はアウトソーシングや官から民への流れによって民間企業や個人事業者が公共サービスを提供することもありますし、新しい公共の担い手としてNPOもあります。したがってサービスの担い手から公共の姿を追うことは難しくなっています。公共の役割を考えてみると、例えば公園や道路など皆が使う物の提供、裁判所など公正が必要とされるもの、国防力など独占的であるべきもの、僻地医療など市場経済の中では提供されがたいものなどの提供があります。一言でいえば、「企業又は個人の経済活動の中では提供されないけれども社会的に必要なサービス」ということになるでしょう。転じて言えば、税によって賄うに値するものと言えるかもしれません。

3.公営企業とは何か。

 では、公立病院の位置付けはどうなるのでしょうか。地方自治制度の切り口でいうと自治体の一部であり、地方行政システムの中で捉えると「地方公営企業」(以下、公営企業とします。)というものの一形態です。では耳慣れない地方公営企業とは一体何なのでしょう。自治体の仕事を大きく分類すると、消防や警察などの一般的な行政、上下水道や交通などの企業活動に分類されます。地方公営企業とは後者に当たるものであり、税を原資とする一般的な行政活動と違ってその費用は基本的に利用者の料金収入によって賄われるものです。このような地方公営企業の歴史は古く、水道事業では江戸時代は幕府営、藩営として発達し明治時代に入ると路面電車、ガス、電気事業などが始まります。

 現在公営企業の事業数9,210、職員数37万人、財政規模20兆円、総収支5,000億円の黒字となっています。(いずれも2007年度末)主な事業は下水道、上水道、病院、交通などです。市町村合併によって減少傾向にある公営企業ですが、自治体の一般会計の総数が約90兆円、警察、消防、教員などを除いた一般の行政職員の総数は130万人ですから、大きな存在と言えるでしょう。病院事業の事業数は664事業(公営企業全体の7.2%)と比較的少ないものの、職員数は23万人と公営企業職員の6割を占め、財政規模は5兆円近く公営企業の中で主要事業の一つと言えます。

4.公立病院の占める位置とお金

(1)赤字に悩む公立病院

 現在、国全体の病院の数は8,700(病床数は160万)、診療所数は10万(病床数は14万)となっています。病院数の内訳は国が300(病床数12万)、自治体病院が1,000(病床数24万)、私営が7,000(病床数110万)となっており、自治体病院は病院数としては1.5割、病床数としては2割の位置を占めています。収支状況は医業収益と費用が1:1と均衡している場合を100とすると、国は100.2%と自治体病院は113.7%と費用超過、つまり赤字となっています。民間でも98.6%と辛うじて黒字となっている状況です。(数値は中央社会保険医療協議会 平成21年度)

 歴史的に見れば、日本の医療機関の戦後の復興整備は公立病院をはじめとした公的医療機関の整備を中心に推進されてきました。戦後、国の審議会は公的医療機関を中核として整備するという考え方を強く打ち出し、公立病院を中心に他の病院や診療所との有機的な連携を保つことによって、医療体制の確立を図ろうとしました。その後経済の回復に伴い、私営病院や診療所の数も増え、1960年代に公的病院の病床規制が始まり、私営医療機関を優先するという考え方が明確になっていきます。ちなみに1968年の公立病院数は973であり、現在に至るまでほぼ横ばいで推移しています。このような公的病院の役割を大まかに言えば、一つは民間医療機関が手を出しにくい不採算医療であり、具体的には僻地医療、小児科、産科、精神科、救急、結核などの分野です。もう一つは民間独占の排除による地域モデル病院として質の確保を行うことです。一方で公立病院は歴史的に赤字経営に悩まされてきました。現在、料金収入総額は3.3兆円であるが、総収支としては2,000億円の赤字です。繰入金を除き純粋に医業収益だけで見た場合、実に病院の9割弱が赤字となっています。(繰入金ついては後ほど説明します。)

(2)適正な価格

 このような赤字の背景には診療報酬があると言わざるを得ません。一般的に公営企業の経営改善を図る主な方向性として、1)経営の合理化(コストカット)、2)価格設定の変更(収入単価の見直し)、3)営業努力(利用者の増大)があり、近年職員給与の改定や物品調達手法の見直しなどが図られていますが決定的なのは価格設定の変更といった手段が取れないことです。病院事業の主要な収入のうち82.2%は料金収入であり、これは中医協・厚生労働省が決定する診療報酬という公定価格です。したがってこの公定価格が不適正あるいは自主的な変更ができないということは、経営改善努力をしろといっても、片翼で上手に空を飛べと言っているようなものでしょう。

 では診療報酬は適正なのでしょうか?最近、新聞や各種メディアでも取り上げられていますが、日本の総医療費の対GDPは8.2%とOECD加盟国30国中21位です。年齢を重ねれば医療のお世話になることが増えますが、日本の高齢化率は20.8%と世界№1にも関わらず21位という水準です。ちなみに高齢化率第2位のドイツでは、総医療費の水準は世界第4位です。1人当たりの医療費でも日本は30国中20位で2,474ドル、上位にあるアメリカは日本の2.5倍、フランスでは日本の1.5倍の負担となっています。世界的にも高い評価を受けてきた日本の医療は、世界的に見ても安上がりに提供されてきたことが国際比較から伺えます。特に日本の医療費のうち、公的医療費(税と保険料による)は8割を越え、診療報酬の価格設定が決定的なのです。小泉内閣発足以来、社会保障費抑制の方針が図られ、2年ごとに改定される診療報酬は

  2002年:▲2.7%
  2004年:▲1.0%
  2006年:▲3.16%(過去最大の下げ幅)
  2008年:▲0.82%

とマイナス改定が続いてきました。

 それでは安ければ安い程、利用者にとって良いのでしょうか?経営の神様松下幸之助は

「適正価格を維持することとこそ、業界に真の繁栄をもたらすことである」

と言い、業界の値下げ合戦を戒めています。また適正価格により会社の維持・安定が図られ、そのことが社会の一員として利益を配分し、国家にも一定の収入・財源を与えることになると指摘しています。適正な価格でなければ製品やサービスを提供し続けることはできないのは、どの業界でも当然のことです。公立病院のうち9割が赤字というのはそもそも大きな欠陥があると考えられないでしょうか。

(3)公立病院を救ってきた繰入金

 このような状況の中で、赤字続きの公立病院の経営を支えてきたのが地方自治体の一般会計や他の特別会計からの財政支出(繰入金と言います。)でした。公営企業は独立採算を原則としますが、こういった繰入金という仕組みによって、他の会計で負担すべきものを決めています。公営企業全体では約3兆円の繰入金となっており、上から下水道事業:2兆円、病院事業:0.7兆円、交通事業:0.2兆となっています。下水道事業の繰入が多いのは、下水道の機能に雨水と汚水(生活廃水)の両者を集め処理する機能があり、前者については利用者のみに負担を求めるのが適当では無いからです。繰入金で負担する費用は基準があり、「本来の企業活動と異なり、一般的な行政事務を代行しているようなもの」と「本来的には料金収入で賄うべきであるが、経済的に見て困難であり、不採算となることが明らかなもの」があります。

 具体的には病院事業では小児医療、周産期医療(産科医療)、救急医療、高度医療、看護師養成所、病院の建設改良費(1/2)、へき地医療、結核病院、精神病院などが該当します。自治体の基幹税収である地方交付税の算定基準の中にこれらにまつわる数値が盛り込まれており、例えば病床1床あたり49.5万円の普通交付税(いわゆる不交付団体は対象外です。)、周産期医療病床1床あたり243.8万円、小児医療病床1床あたり95.8万円の特別交付税があります。もちろん地方交付税は使い道を縛られた補助金ではありませんので、一般会計予算の中でどう使うかは首長が議会と議論して決定しますが、本来であれば公定価格の中で調整されるべきものを、是正する手段として繰入金を活用して公立病院の経営がなされてきたと言えるでしょう。

 しかし、三位一体の改革を契機に地方交付税の総額は大幅に削減され、2001年には21.4兆円あった交付税は、2005年には16.9兆円、2009年には15.8兆円と約10年で実に5兆円の減、3/4の規模になってしまいました。これにより、地方自治体における財政は極めて余裕の無い危機的状況に陥っています。公定価格を補ってきた地方財政の危機、診療報酬の度重なる抑制、医師不足というトリプルパンチを受けたのが銚子市立総合病院の事例と言えるでしょう。

5.休止した銚子市立総合病院

 銚子市は東京から約100キロ、JR線を乗り継いで約2時間、関東地方、千葉県の最東端に位置します。歴史的には、海運と利根川水運の拠点、漁港として栄え、主要産業は全国一の水揚げを誇る漁業、ヤマサの醤油製造業、農業など人口7.4万人(高齢化率27.0%)です。近年では戦後の産業構造の転換に伴い、就職・就学のため都心や千葉県中心部に人口が流出、2015年には6.4万人(高齢化率30.7%)と、さらなる人口減少と全国を上回る高齢化が予測されています。一般会計予算規模は488億円(前年度比▲15%)であり財政力指数は0.61と厳しい状況です。

 千葉県内でも二番目に市制施行し、先進市として施策展開を行ってきた銚子市が1951年に開設したのが、銚子市立総合病院です。診療科は内科、精神神経科、婦人科他、救急医療や産科小児科等、政策医療機関としての機能。診察から入院まで、地域医療を総合的にサポートしてきました。病床数は393床(一般200、療養23、結核20、精神150)でした。医師が急激に減少する前の2006年には常勤医師36人(うち日大出身者が2/3)、入院患者数延べ9.2万人、外来患者数延べ17.1万人を誇る地域の中核病院でした。

 しかし経営状況は恒常的に赤字であり、2006年においても他会計より9億円近く繰入していましたが、市本体財政状況も厳しく、2008年度予算総額488億円(前年度比▲15%)、財政調整基金600万円(見込み)と流動資産が極めて乏しい状況にある中での出来事でした。

<病院休止までの経緯>

1)日大や千葉大から医師派遣を受けていた。
2)平成16年施行の「新医師臨床研修制度」により、大学病院医局からの派遣医師の減少と診療報酬引き下げにより収益の大幅な減少。
3)平成18年診療報酬引下げ、平成19年医師の更なる減少が経営に追い打ち。
4)院長に対して市長が給与削減を決定、市議会は赤字経営に関して追及。平成20年3月に院長退職。これに伴い医師がさらに離職。
5)病院休止直前、平成20年7月、医師2名のみとなり救急患者受入も入院患者対応も不可能になる。
6)同月、市長が医師確保、病院再建に向けた県との協議が不調に終わる。休止決定し、議員協議会で説明。
7)8月、臨時議会で休止が決定
8)9月30日をもって休止へ。その後病院休止について市長リコール。
9)平成21年5月、新市長となり再開検討開始
10)平成21年10月、市の委託で病院再開業務を進める銚子市立病院再生準備機構が基本方針をまとめる。経営形態は「公設民営」を中心に検討。「救急医療体制の確保」「産婦人科、小児科の充実」を理念の柱に据え、10診療科、病床数200床の総合病院を将来構想とし、まずは内科や外科など3科程度で来年4月に暫定再開を目指すべきとした。銚子市に対しては「老朽化が激しい病院施設の早期新築」「医療従事者の宿舎の見直し」などを提案。
11)平成21年12月、神栖済生会病院(茨城県神栖市)の名誉院長、笠井源吾氏(71)を参与として起用。年内にも診療科目やスタッフの待遇など具体的な事業計画をまとめる予定で、平成22年1月から医師の招聘活動を本格化実施。

 銚子市立総合病院の休止には様々な要因が複雑に絡み合っていますが、その単純化を試みると、直接的な原因はもちろん市長が休止を決定したことです。前市長が休止を決定した背景には、1)資金的困難、2)人的困難(医師不足)があります。前市長側の主張によれば、2008年度に財政調整基金が底をつく中で、病院に新たに繰り入れる資金が無く、国・県からも支援が無い中では適法な状況での存続が困難ということでした。しかし、多額の一般会計繰入金を入れざるを得ない赤字経営の原因は、実は医師不足に端を発します。つまり、「医師不足と地方財政の悪化→職員給与の見直しや経営改善の要求→医師不足を招き→病院会計のさらなる悪化、医療サービスの存続困難に」という負の連鎖を起こしてしまいました。もちろん、稼働病床率や職員給与費などで改善すべき点は多々ありましたが、地方財政を削減してきたことが目に見える形になったという点で医療と地方財政の関係について問題提起する事例と言えるでしょう。

6.必要な公立病院改革とは何か。

 今、各地で公立病院改革といえば、経営の合理化や経営手法の変更や再編・統廃合です。それらの手法を否定するつもりはありませんが、もっと根本的に大切なことがあるのではないでしょうか。私は公立病院改革の本丸は、医療に関する大きな哲学の不在と住民参加の不在を解消することだと考えます。

 少し長いですが、済生会宇都宮病院中澤堅次氏の記事を一部引用します。

■医療費の多くは高齢世代が使い勤労世代が負担する。

 病気は50歳を超えると年とともに増加し、50歳以上85歳までの人が医療費の大半を使う構造になっている。現在の医療費増大は、高齢人口の増加に由来する。高齢世代の人口の伸びが多ければ伸びるが、小さければ伸びが止まる。医療費は病人の悲しみに沿うものであり、無駄使いや、生活習慣を正すとかで調節できるとは考えないほうが良い。

■社会保障の理念は「悲しみの支えあい」

 北欧では社会保障の理念を、悲しみの分かち合いと考えている。上から下への制度設計では病人の位置は最下層で、あっさり切り捨てられそうな立場にあるが、高齢者の悲しみに焦点を当てるだけで救済されるべき対象がはっきり見えてくる。個人の安心や家族の納得ではなく、高齢者や病人の悲しみのために、全世代の国民が個々の力に合わせて負担し、いずれはだれもがその恩恵を受ける。それが国民の満足度につながっている。』

 これは医療全体に関わることでしょうが、日本が悲しみに寄り添う費用をカットする個人主義の国家、社会、地域なのか、悲しみに寄り添う費用を皆で出し合う絆を大切にする国家、社会、地域なのか人との和や協力を大切にしてきた日本人の心にはどちらの方向性が合っているのか自明ではないでしょうか。人間は一生健康ではいられません。生まれてから少しずつ成長のカーブを描いてきたのと同じように、歳を重ねて少しずつ衰えるカーブを描きます。その衰えるカーブを支えながらゆるやかに穏やかに人生を支えていくことが医療そして日本人同士の重大な役割の一つと言えないでしょうか。

 では適正価格とそして適正な負担の分かち合いはどうすればなされるのでしょうか。

 答えは地域にしか無いと考えます。もちろん医療制度全体を決定するのは国です。しかし与党税制調査会やインナーシステムを一事務員としてではありますが見てきた経験からすると国政が国民に対して新たな負担を求めるのは極めて困難です。受益と負担の関係が見えやすい住民と成果が目に見えやすい地域で考えることが突破口となるでしょう。つまり現在の負担と給付のチグハグを地域で埋めるのです。「目指す地域ビジョンを決める→地域医療資源を把握し→公立病院の立ち位置を明確にする→公立病院に必要な医療資源を明らかにし→適正な価格と負担を決定する。」というのはどうでしょうか。

 少し古い数字ですが、水道事業について興味深いこんな調査があります。(東京都1975)

  • 「水道事業が独立採算であることを知っていますか。」 知っていた20/100
  • 「水道料金が6年以上値上げてしていないことを知っていますか」 知っていた14/100
  • 「原価割れによって多額の負債を抱えているが、値上げをどう思うか」肯定的84/100(25/100がもっと早い時期に値上げすべき)

 地域住民は利用者であると同時に、自治体の構成者でもあります。住民に適正価格の仕組みをきちんと説明し、共に考えることが必要となっています。それは何も診療報酬を地域ごとで決めようという大掛かりなものではなく、現行制度の中で足りないものを地域でどう補っていくのかということから始めれば良いのです。価格決定の中で住民や社会的関心が高まることは、神奈川県の水源環境税の議論を見れば明らかです。

 もちろん、現在の公立病院の危機の要点は医療者不足×費用不足です。医師不足については多くのレポートがありますので詳しく書きませんが、根本的には実際に医療提供をする者を増やすことです。したがって、まずマクロ面では絶対数の増加、現場レベルでは魅力的な職場づくりが大切です。同時に社会的な理解を得るには総合医の育成、診療科目ごとの偏在の見直し、医療行為の範囲の見直しなどが求められるかもしれません。

7.行政側のマインドの限界

 地方行政で力があるのは財政・人事部門です。病院事業については、これらの締め付けが厳しくなっています。地方公務員の5割強を占める警察、消防、教員の数については国の配置基準で、自治体の人事部門は手を付けられません。人事部門が手をつけられるものとして病院事業は労働集約型で、人的ロットが大きく目に付きます。また財政当局は一般会計を主として考えますから、特別会計である病院事業はやり玉にあがり易いのです。その背景には国の総人件費抑制策や社会保障費抑制策があります。

 1年時から数十を越える病院・診療所を訪問させていただく中で、一度は席を置いた総務省への苦言を聞き心が痛みます。特に骨太の方針(閣議決定)に基づく公立病院改革ガイドラインの影響と評価には驚きます。ガイドラインは数値目標を定めたものですが、私がいた頃の公営企業課が出したものとは思えません。かつて片山善博鳥取県知事は三位一体の改革での総務省の国よりの姿勢を、自治省の本来あるべき姿ではないとの苦言を呈しました。地方自治の発展によって日本の活力と民主主義の進化を図ろうという地方分権一括法の時代からすれば、近年の総務省は大きな夢を失ってしまったように見えます。

 財政部局においては、最近の財政はつまらないという声もよく聞きます。かつては国や地域の発展のためにどういった分野に重点を置いて投資をするのか、事業部局と共に新しい事業を創ることに情熱を注いでいたと言います。ある自民党の大物議員はこう言いました。「税とは政治である。」政治によって予算の枠が決まっており、右肩上がりの経済成長が終わる中で財政部局の仕事はカット一辺倒です。また、私は大学院時代にある教授にこう聞きました。「何故地方交付税と社会保障費が狙われるのですか?ロットが大きいからでしょうか。」教授は言いました。「それもあるが社会保障費は政治的力が弱く、地方交付税の削減は影響が国民の目に見えにくいからだ。いずれもカットし易い対象ということ。」

 政権交代した今、医療や地方財政に対して重点的に配分を行うという舵は切られるのでしょうか。

8.再び公共とは何か。

 公共とは何でしょう。突き詰めれば、税や保険料によって見るべきものです。公立病院は独立採算の企業的経営と公共性の二面を有していることを地域で考えることが必要です。そして価格を補うために、政治・行政・住民・医療者などが一緒になって考え地方医療目的税を創ってはどうでしょうか。もう赤字の犯人探しをするのではなく、どうすれば地域医療が守られていくのか、多様な連帯が必要ではないでしょうか。一つの地域で具現化されれば、その一滴が森林環境税のように全国に広がっていくことでしょう。それは国全体の制度を変える突破口にもなるかもしれません。

 赤字とは何でしょう。赤字だったら公共機関は無くすべきなのでしょうか。では公的なものが全て黒字になったら民間競業の関係で民間に譲渡、売却しなければいけないのでしょうか。もちろん私営病院が救急などの役割を果たし立派に経営していることを考えれば不断の経営改善はなされるべきです。一方で経営努力にも限界があります。赤字を肯定するわけではありません。しかし赤字の意味を根本から考えると公共の本質的な意味が見えてくるのではないでしょうか。

まちの病院がなくなる!?地域医療の崩壊と再生 伊関友伸 2007
医療崩壊の真犯人 村上正泰 2009
医療再生はこの病院・地域に学べ 2009
自治体の政策創造 青山やすし 2007
地方公営企業制度 石田淳・沓抜覚 1978
地方公営企業の経営 桝原勝美 1977
地方公営企業決算統計 総務省 2008
地方公共団体決算統計 総務省
MRIC by 医療ガバナンス学会 記事
銚子市役所資料
松下幸之助研究№1 PHP研究所

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津曲俊明の論考

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Toshiaki Tsumagari

津曲俊明

第29期

津曲 俊明

つまがり・としあき

千葉県船橋市議/立憲民主党

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