Thesis
地方では若年層が流出し人口減少に拍車がかかっている。急激な人口減少により地方財政はさらに悪化するとみられる。その中でアセットマネジメントは、特に重要である。行政だけではなく、民間投資を誘発できるアセットマネジメントを実施して、再び地方に活気を取り戻したい。今回は民間投資をどう促せるか、課題と改善案を提示する。
私は長野県長野市 で生まれ、18年間育ってきた。長野市には、日本最古と伝わる一光三尊阿弥陀如来を本尊としている善光寺や、真田信之以降250年に渡り真田家が治めてきた松代、また戸隠そばや戸隠神社で有名な戸隠高原があり、毎年多くの人々が訪れている。また1998年には長野オリンピックが開催され、国際的にも有名になった。当時私は保育園に通っていたが、まち全体が熱気に溢れ、世界各国の人々がまちなかを楽しく歩いていたことに感激していたことを今でも忘れることのできない素敵な経験であった。
しかしその後長野市は一気に衰退していく。私が小学生になった頃には、まちなかにあった百貨店や商業施設は閉店し、撤退してしまった。再開発が行われているが、善光寺の門前町と長野駅前以外のまちなかには賑わいや活気は戻っていない。私の住む篠ノ井地区では、シャッター街が並ぶ。これでは、市街地に集いたいとは思えない。実際、オリンピック開催後から4500近くの事業所が長野市から撤退し、商業販売額も年々減少している。また長野市の基幹産業である製造業や農業も厳しい状況である。リーマンショックを受け多くの中小企業の経営が息詰まり、従業員の出勤日が削減されたり、減給されたりすることもあった。また長野市の農業従事者の平均年齢は68.2才と全国平均の65.8才を上回っており、農業の継承が大きな課題となっている。このようにまちに賑わいがなくなり、働く場も減少し続ければ、若者が長野市に定住したいと思うだろうか。私の志はこの問題に向き合い、若者が集い夢を描けるような長野市にしていくことである。
長野県長野市門前町の様子
まちなかの衰退や雇用の場喪失は、人口減少というかたちで影響を及ぼしている。2000年を境にして、長野市は人口減少に転じた。長野市の人口減少の要因の1つが、人口の社会減である。特にこれからの長野市を担う15歳~24歳代の転出が多い。主な転出先は東京圏だ。東京の大学で自らの持ち味を伸ばしている市内出身の学生は多数いるが、Uターンで長野市の企業に就職する学生はそれほど多いとは言えない。一度転出してしまえば、戻らない若者の方が多い。さらに若年層の流出は、人口の自然減にも影響を及ぼしている。2014年の長野市の合計特殊出生率は、1.55と全国平均を上回っているものの、若年層の流出により、子どもを産み育てる市民の絶対数が減っているため、出生数は減少し続けている。このように、若年層の流出に歯止めがかからないので、地方の中核を担っている長野市でも人口が減り続ける負のスパイラルが起きている。
私は若年層の流出に歯止めがかかったとしても、高齢者層が増大していく中人口減少は避けられないと考えている。では人口減少によりどのような悪影響が出ているのであろうか。私は、地方財政の逼迫が最大の問題であると考えている。長野市の市税は、1997年の624億円をピークに伸び悩んでいる。今後人口減少が進み納税者が減少すれば、当然市税収入は減少に転じるであろう。その一方義務的経費の1つである扶助費は、2008年176億円だったのが、2015年は283億円と1.6倍になっている。扶助費の増大の要因は、高齢化による社会保障費支出増大に加え、子育て支援等福祉予算の増額が影響しているとみられる。少子高齢化は人口減少と表裏一体の問題であり、それが扶助費の増大というかたちであらわれているということがわかる。さらに長野市では、サッカースタジアム建設や市民会館の建て替え等による大規模プロジェクトにより投資的経費も拡大しており、2015年には228億円の市債借り入れを行っている。人口減少が進み税収が増えず歳出が拡大する状態は、市民にとって好ましくないことはもちろんのこと、地方交付税交付金を支出している国家財政という観点に立っても、見直す必要はあるのではないか。
地方財政の逼迫の中で特に課題となっているのが、アセットマネジメントと呼ばれる公共施設の維持管理である。長野市の学校や市営住宅等の公共建築物は815施設あり、総延床面積にすると154万㎡ある。市民1人当たりの延床面積にすると約4.0人/㎡あり、全国平均を大きく上回っている。そのうち約44%の施設が築30年以上経過しており、老朽化が進行している状況である。市道総延長は、4,412kmと中核市トップであり、上水道管は10年後に約4割が耐用年数を経過する。この公共インフラの維持管理するための費用は、今後40年間で総額約1億730億円かかるとされている。これは毎年268.25億円費用がかかり続けることになり、市民生活に多大な影響を及ぼすことになるのではないだろうか。
長野市でもアセットマネジメントを喫緊の課題と捉え対策を行っている。まず今後20年間で20%の延床面積の縮減を掲げ、市民1人当たりの延床面積を全国平均レベルの3.2㎡とする方針を決めた。また公共施設の目標使用年数を80年とする公共施設等長寿化基本方針や、モデル地区を選定しワークッショップを行い、市民を巻き込んで公共施設の再配置を検討している。このように長野市がアセットマネジメントに尽力されていることはいいことだが、継続的に取り組むには行政職員だけでなく全市民がこの課題に対して当事者意識を持ち、コストがかからず市民サービスも向上していくアセットマネジメントを行っていく必要があるのではないか。
コストをあまりかけずアセットマネジメントを行う手法として、近年注目されているのが民間活力の導入である。民間活力の導入を別の言葉で言いかえれば、PPP(Public Privete Partnership)と呼ばれる公民連携ことである。PPPの中には、様々なことが含まれるがその中でも代表的なものが、PFI(Private Finance Initative)と指定管理者制度である。PFIとは、公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間資金、経営能力及び技術的能力を活用して効率的かつ効果的に行う公共サービスの手法であり、1999年PFI法が施行された。それに対して指定管理者制度は、公の施設の設置者が「法人その他の団体」を指定管理者として指定することにより、施設の包括的な管理運営を委ねることが可能になるというもので、2003年の地方自治法の改正で実現した制度である。
2つの制度は異なる法律によって保障された制度であるため、上記の表のように差異が生まれている。まず施設管理の仕組みであるがPFIの場合は、地方公共団体との行政契約に基づく業務執行の委託であり、公共施設の管理権限は設置者である地方公共団体にあり、施設の使用許可ができないほか、利用料金は受託者の自らの収入にすることができない。その一方、指定管理者は条例で定められた範囲内で公の施設の管理権限を持つことができ、施設の使用許可ができることに加え、利用料金を自ら設定することも可能である。
また管理できる施設にも違いがある。指定管理者は体育館や図書館、老人福祉施設などの公の施設を管理運営できるが、庁舎や給食センター、国際会議場は公の施設ではないため、管理運営できない。その一方、PFIは公共施設等の管理を委託することができるので、公の施設に加えて上記の施設に関しても管理することができる。両者の制度の差異は、民間参入の障壁となっているが詳細については後節で述べる。
いずれにしろどちらの制度にしても行政にはメリットがある。PFIは、これまで公共施設建設にかかっていた初期投資を抑えることができる。指定管理者制度は、公の施設の維持管理を民間に任せることによってコストを削減することができる。さらに民間の創意工夫を上手く組み合わせれば、行政コスト削減だけでなく、市民ニーズにも対応したサービス提供を行うことができ、市民満足度の向上にも寄与すると期待されている。
それでは実際に民間活力を導入し、コストがあまりかからず市民サービス向上にも貢献した事例はどのようなものがあるだろうか。
私は、2017年1月下旬から1か月間静岡市でインターンを行った。静岡市でのインターンを選んだ理由は、長野市と同じく中山間地域から都市地域まで幅広く抱えている県庁所在地である点、地方都市であるが人口減少が喫緊の課題であると位置づけている点、そしてPFIをいち早く導入し成果を出しているという点である。
では静岡市はPFI導入にあたって具体的にどのような成果を出しているのか。静岡市では、2003年「静岡市PFI導入に関する基本方針」を策定し、これまで2件の事業にPFIを導入している。その1つに、清水駅東地区文化施設整備及び維持管理・運営事業(静岡市清水文化会館マリナート)が挙げられる。マリナートのPFI事業は、老朽化した清水文化センターを清水駅地区に移転改築し、文化活動の場と高次高質な芸術文化の鑑賞機会を市民に提供し、文化を核とした清水都心の賑わい創出を図ることを目指して行われた。複数の地元の企業が設計建設にあたり、SPC(特別目的会社)という清水文化事業サポート株式会社を設立し、現在、SPCが指定管理者を取得して管理運営を行っている。行政としては、建設費を130億円から90億円に抑えることができ、管理運営に関してもコストを削減することができている。また企業にとっても、設計・建築を行うことができたことによって、自ら行いたい文化事業を発案企画実施ができるようになっており、働いている方の満足度にも寄与している。
次に紹介したいのが、岩手県紫波町にあるオガール紫波である。オガールとは、「おがる」というこの地域の「成長する」という方言と、「ガール」というフランス語の「駅」という意味をかけたもので、紫波中央駅前地区を紫波の未来を創造する出発駅として行く決意とこのエリアを出発点として紫波町が持続的に成長していく願いが込められている。この駅前再開発により、ホテルやバレーボール専用体育館、図書館、カフェ、産直マルシェが相次いでオープンし、年間80万人が訪れる場所となっている。
オガールプロジェクトの大きな特徴しては、公民連携手法で建設運営が行われた点である。「Vaiue for Moneyの最大化」「民間事業者の採算性・安定性の確保」「町と民間事業者との適切なリスク分担」が留意されている点がこれまでの公共事業との違いである。
オガール紫波のバレー専用体育館
前節でみてきたように民間活力の導入がうまく機能すれば、得られる効果は大きい。ただPFI導入にあたっては課題がある。本来PFIは施設の新設や建て替えの際に多く用いられる手法であり、設計・建設・維持管理・運営を一体的に行うことにより、はじめて民間にメリットがある制度である。しかしPFIは管理委託制度を取っているため、運営管理を行う際に様々な制約があり、民間の参入障壁になっている。もし設計・建設から管理運営を一体的に行うのであれば、指定管理者制度を改めて取得する必要があり、行政手続きの手間がさらにかかってしまうのが実情である。
その結果、2014年までに全国でPFIを導入した事業件数が489件であるのに対して、指定管理者制度を導入した施設は、2016年までに全国で76,788施設あり、PFIよりも指定管理者制度を事業者が活用していることがわかる。さらに中身を見てみるとPFIを導入した事業者の約75%は事業者コストを利用者の料金収入ではなく、公共部門から支払われるサービス購入料で全額回収するサービス購入型をとっている。それに対して指定管理者は、51.5%が利用料金制度を導入しており、事業努力で民間事業者の収入アップに貢献することができる状況になっている。
このような状況を受け国でも、2013年公共施設等運営権制度(コンセッション方式)を導入した。この制度は施設の所有権は公共へ残したまま、当該公共施設の運営を民間事業者が行い、利用料金の徴収を行えるようにしたが、条件として独立採算で事業が成り立つことが求められている。現状受益者からの料金収入だけで公共施設を運営することは厳しく、民間事業者の参入を促しているとは言えない。
PFIは、行政の視点に立てばライフサイクルコストの軽減や、リスク分担に繋がり、よりよい市民サービスを提供する制度であると言えるが、これには民間事業者のインセンティブを働かすことが求められる。国には、PFIと指定管理者制度のよい部分を統合し、制度の一本化を求めたい。そうすれば民間投資を誘発ことができ、地方公共団体がコストのかからないアセットマネジメントへ大きく舵をきることができるのではないだろうか。
これまで人口減少による地方財政の逼迫に対する改善案として、アセットマネジメントの観点から民間活力の導入について考えてきた。長野市では、指定管理者制度の導入は進んでいるものの、PFIの導入は1件に止まっている。今後、博物館や図書館の建て替えが控えている中、PFIを活用した民間投資の誘発も視野に入れながら自治体経営を行う必要がある。
また長野市はスプロール化が進んでおり行政コストが増大しているため、公共施設の立地も含めて都市規模の適正化を図っていくことが求められている。これは市民全員で考えなければならない。私は昔のように中心市街地に賑わいがあり、その周辺を豊かな緑地に囲まれたまちを取り戻したいと考えている。そのために全市民との対話の場をつくり、市民1人1人が“暮らしてよかった”と思えるようなまちを作っていきたい。
今回のレポートでは人口減少による地方財政の逼迫改善を中心について考えてきたが、若年層の流出に歯止めをかけ、人口減少をゆるやかにしていくことに関しては触れることが出来ていなかったため最後にこの点について触れたい。
私は若年層の流出をとどめることは難しいと考えている。進学先をこれ以上県内に増やすことはできないし、東京のように多くの職種をつくることは難しい。しかし二地域居住や滞在型観光を通じて、長野県に関わる人々を増やすことはできると考えている。首都圏に隣接しているという利点を活かして、週の半分は東京で働き、残りの半分は長野で文化芸術振興や自然環境の取り組みに関わる生活もできるのではないだろうか。今後は、生活視点から長野県の魅力、首都圏との二地域居住の可能性について論じたい。
Thesis
Tatsuya Kobayashi
第36期
こばやし・たつや
NPO法人シナノソイル理事
Mission
人口減少時代の自治体経営