論考

Thesis

人口減少時代における自治体経営を問う(2) 「長野の未来を創る~シナノ未来プロジェクト始動~」

人口減少が本格化しつつある長野県長野市。これまでのような公共投資による地域活性化ではなく、市民が市政運営に参画し、自らでよりよいまちをつくる道筋を提案したいと考え、「シナノ未来プロジェクト」を立ち上げた。

1、長野県長野市の行く末

 私の生まれ故郷である長野県長野市は、1998年冬季オリンピックの開催地である。国際的なスポーツの祭典に向けて、県内のインフラ整備は急ピッチに行われた。オリンピックの前年には、県内総生産が8兆7,031億円にのぼり、人口も増加傾向であった。長野市街地を中心に、街中がとても賑わっていたことを覚えている。

 しかしその状況は長続きしなかった。1996年から2001年までに、人口は約3万7,000人増えたものの、事業所は約5,100軒減少、従業員数は約3万人減少した。人口も2001年をピークに減少に転じ、その減少幅はむしろ全国平均よりも大きくなっている。なぜこのようなことが起きたのか。その1つの原因は、新幹線開通や高速道路延伸により東京圏へ近くなったからだとも言われている。東京圏へヒト・モノ・カネが流出したのだ。私としては、東京圏へ行きやすくなったことは喜ばしいことであると考えているが、長野県内の経済を考えれば、すべてよかったとは言い切れない。県内でも、軽井沢・佐久地域のように人口が増え、地域経済が活性化した地域もある。首都圏に近い避暑地であり、新幹線でも都内に通うことができるからであるが、長野市も善光寺に日帰りで来る観光客を1泊してもらうことや、リピーターを増やし、地域内で消費してもらうことを早期に行っていれば、状況は少し違かったのかもしれない。

 2015年に北陸新幹線が開通し、善光寺は7年に1度の御開帳を迎えたのを機に、長野駅前は再開発が行われた。市役所や、市民会館も新しくなり、サッカースタジアムも作られた。人口減少と高齢化が進行する中、果たしてこのような投資は必要であったのであろうかと感じるところもある。この投資を無駄にしないよう、1市民として自治体経営のあり方を見ていかなければならない。そして民間企業の知恵を絞り、ちゃんと経済効果をもたらす経営を行っていく必要があると強く思う。

2、長野の未来を創る仕組み①「稼ぐ」という民間視点

 長野市では行政が様々な公共投資を行っているし、地域団体が地域活性化イベントを行っているが、それを一過性のもので終わらせてはならない。特に大規模プロジェクトを行ったにもかかわらず、費用対効果が低い施設であってはならない。私は行政にも歳入を増やす視点、つまり「稼ぐ」という民間視点が非常に必要ではないかと感じている。

 1か月間静岡県静岡市にインターンする機会があった。静岡市は政令指定都市としては最も人口減少が進んでいる都市の1つである。静岡市は人口減少に対応しつつ、様々な行政改革を行い安定した市政運営を目指している。その中で近年力を入れているのは、歳入増に向けた取り組みだ。日本平スタジアムのネーミングライツを行ったり、市役所内のモニターや市の広報誌に民間企業の広告を掲載したりして、独自の収入源を獲得しようとしている。また駿府城公園を活用したユニークベニュー事業も企画されている。PFIによる市民会館の運営も地元企業の経済効果に繋がっている。このように知恵を絞り歳入アップに貢献しようとしている静岡市の姿勢から多くのことを学ぶことができた。

 これは地域活動にもいえる。長野市の商店を運営されている方から、貪欲に商売することの重要性を教えてもらった。「いくら地域でイベントをやっても稼ぐ力がなければ継続しない。まずは、商売として成り立たせることが重要である。」という言葉は、心を強く打った。まちに人が来てもらえる、つまり商売として成り立つようなことをしなければならないことを考えさせられた。長野市には歳入増を見込める施策を行っていくことを望むことに加え、私自身は費用対効果のある地域イベントを市民として主催していきたい。

3、長野の未来を創る仕組み②テクノロジー

 稼ぐことに加え、少ない費用で住民サービスを向上させることも必要である。1つの切り口として期待しているのがテクノロジーだ。私は今年の4月にIoTを使って健康づくりを促進しているウェルネスシティの岡山県岡山市を訪問した。具体的には歩数管理サービス(Walkレコード)を活用し、住民の1日の歩数を測定する。歩数の度合いに応じてポイントが付与され、住民はそのポイントをポンタカードポイントとして使用することもできる。またポイントは、商店街でも使用することができ中心市街地活性化にも寄与している。これらの仕組みによって住民の健康づくりに対するインセンティブが働き、地域経済への波及効果も生まれている。自治体にとっても国保と連携し住民の健康情報を把握し政策に反映することができ、市民医療費の削減にも寄与しておりIoTの可能性を感じた。

 「Code for Japan」というテクノロジーを活用して地域課題を解決する取り組みも注目している。全国的にも広がりつつあり、今年から長野県松本市でも「Code for Matsumo」 が開催され、IoT技術を活かして交通渋滞の緩和に向けた取り組みが行われている。交通渋滞緩和は、経済効果だけではなく環境配慮の点からも望まれる。  

 以上みてきたように、自治体ごとではあるがテクノロジーを活かした施策が行われつつある。私はよりテクノロジーを活かすためには、マイナンバー制度の活発な運用が早期に行われる必要があると感じている。今のところ長野市では、マイナンバーカードを持っていても住民票をコンビニで発行することや、ネットで確定申告を行うことぐらいしかできない。市民の中では、「何のためのマイナンバーなのか。情報を抜かれているだけではないか。」と不信を抱く人も少なくない。窓口業務もマイナンバーカードによって、簡素化されたわけでもない。なぜならば、庁内で使用している機種・システムが違い情報の連携を取ることができていないからである。これからますますIoT社会が進む中、庁内での連携システム導入を急ぐ必要があるのではないか。そして市民にとって「マイナンバーカードがあってよかった」と思えるようなサービス提供を行っていくべきではないだろうか。「日本一マイナンバーを活用する長野市」の実現を市政に望みたい。

4、市民の選挙への関心

 前節では、長野の未来を創るための視点として、「稼ぐ」という民間視点とテクノロジーという視点を全国の事例を交えて紹介し、それに対しての長野市における課題を指摘した。ではこのような状況を変えるためにはどうする必要があるか。1つは選挙を通して自治体のあり方を変えることである。図1は、平成21年以降の長野市の衆議院選挙・市長選挙の投票率の推移である。図からお分かりの通り衆議院選挙長野1区の投票率は、50%から73%の間を推移している。それに対して長野市長選挙の投票率は30%後半から40%後半を推移しており、衆議院選挙の投票率をすべて下回っている。

 本来市民に最も近い市の首長の選挙のはずが投票率は低い。長野市の市政運営に関して市民は、なぜ関心がないのだろうか。ある友人から、「市政はどのように運営されているのかわからない。」という声を聞いたことがある。確かに市政は、国政のように毎日メディアに取り上げられるわけではない。しかし、一番身近なサービスを提供するのが市政である。私は長野市をよりよくしていくためにも市政に関する広報の必要性を感じている。

5、若者への期待

 その中私が期待しているのは、若者の政治への関心である。平成28年7月に行われた参議院選挙で初めて18歳・19歳に選挙権が与えられた。

 図2は、平成29年に行われた衆議院選挙の年齢別投票率である。10代・20代においては、長野県の投票率が全国平均を上回っている。特に25歳~29歳の投票率は全国平均を約10%近く上回っており、政治への関心度が全国の同世代よりは高いことがわかる。

 これからの長野県を引っ張っていく若者が政治に関心があることは、非常に喜ばしい傾向である。市政運営に関してもわかりやすく身近に感じてもらうことができれば、投票行動に結びつくのではないかと思う。今、若者参画を促すことが求められている。

6、長野の未来を創る仕組み③市民参画を促進する「シナノ未来プロジェクト」

 前節で述べてきたように、市民の地方選挙への関心は低い。ただそれは市政がそもそもどのようなことを行っていて、自らの生活にどのような影響があるのかわからないからかもしれない。ならば市政がどのようなことを行っているのか広めたいと私は考えた。

 そこで実践活動3年目に入り、市民に自治体経営をリアルに体験してもらうために、自治体財政シミュレーションゲーム「SIM2030」を今年の8月から開催している。「SIM2030」とは、熊本県庁の有志の職員のグループが開発した「財政シミュレーションゲーム(対話型ワークショップ)」のことで、社会保障費の増大と税収減に直面する仮想の自治体を舞台に、5人1組で新規・既存事業の取捨選択を制限時間内に判断する。

 職員によって開発されたものであるが、市民もシミュレーションゲームに参加することにより、今まで見えてこなかった視点が見えてきた。例えば市民の代表者である議会への説明責任や、市の予算編成を体験することによって、市民は議会の存在意義や予算編成の仕組みを学ぶことができている。また他の参加者が何を考えているのかを聞くこともできるし、それを基にして自らの意見を述べる場ともなっている。こうした「対話」を通して市民が主体的に自治体経営に携わろうとする機運を高めることができている。現在は職員研修に加え、高校・大学の授業でも「SIM2030」を実施して、若者の参画も図っている。

 市民が市政運営に関心を持ち始めたら、次はどのように参画するかがテーマになってくる。投票も1つのやり方だが、福祉や教育を地域で行っていくとか、農業をみんなで支えるなどほかにも様々な手法がある。そこで私は、市民の自発的な参画をサポートしていくために「シナノ未来プロジェクト」というまちづくり団体を立ち上げることにした。

 「シナノ未来プロジェクト」が目指す未来は、2030年を1つの目標においた。2030年までに高齢化はピークに達し、人口急減が本格化している頃であるということに加え、私自身これから生まれてくる子どもたちが誇りを持てる長野にしたいという思いがあるからだ。「シナノ未来プロジェクト」のミッションは、“2030年住みたい・訪れたいと思える長野を創ること”を掲げ、現在は子供や若者の地域参画のサポートを行っている。

 私は子どもや若者が地域に関わりを持つことは様々な可能性を秘めていると考えている。その1つがシビックプライド醸成という点である。子どもや若者が地域に愛着を持ってもらえれば、就学・就職で1度地域を離れたとしても、何かの形で地域に主体的に関わってくれると考えている。地域に関わる人口は増えていければ、人口減少をそこまで恐れる必要はなくなるだろう。「シナノ未来プロジェクト」は地域に関わることは“楽しい”と思えるように様々なアプローチを模索しながら実施していきたい。

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小林達矢の論考

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Tatsuya Kobayashi

小林達矢

第36期

小林 達矢

こばやし・たつや

NPO法人シナノソイル理事

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人口減少時代の自治体経営

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