論考

Thesis

松下幸之助が半生を捧げ後世に託したPHP活動

1.はじめに

 このレポートでは松下幸之助塾主(以下、塾主)が戦後以降の人生をかけて研究した「PHP」を通して、その理念追求の場でもある「松下政経塾」の建塾理念を考察する。塾主は、1964年にアメリカの雑誌「LIFE」にて5つの顔を持つ人物として紹介されているように、様々な側面を有している。日本では「発明家」「起業家/経営者」として知られ、「経営の神様」とも呼ばれている。しかし塾主は51歳であった1946年を境に、「哲学者/思想家」の顔を強く持つようになる。「PHP」はその側面を説明するのに最も重要なワードである。

2.PHPとは

 まずPHPの定義を説明する。PHPとは「Peace and Happiness through Prosperity」の略称であり、日本語訳は「繁栄によって平和と幸福を」である(1, p0)。日本国憲法が公布された1946年11月3日に、塾主が自分の生い立ちや日本の現状に対して抱いた想いを言語化した文言だ。ここで言う「繁栄」とは、物質的な金銭面や暮らしの豊かさだけではなく、心の豊かさも含む「物心一如の繁栄」だ(1, p1)。「一如」とは仏教用語で「宇宙万有の真理はただ一つで平等無差別」という意味であり、「ただ一つであること、一体となっていて分けられないこと」を意味する。つまり物と心は切り離せないものであり、双方が高まって初めて真の繁栄と言えるということだ。PHPの目指すべきところは、その言葉どおり、限りない繁栄を実現していくことにより、人々のうえに真の平和と幸福をもたらそうというものだ(2, p42)

3.PHPを成し遂げるには

 次に「繁栄による平和と幸福」を実現するために何をすべきなのか、塾主の世界観を基に説明する。地球を含むこの宇宙世界では万物が生成発展している。万物を生成発展させる力を塾主は「宇宙根源の力」と呼び、人間は生命力と他の人間と心を通わせる力を与えられている。その他の万物を活用する能力も同時に与えられた人間は、偉大な存在であるが、宇宙根源の力が万物に関与し調和を保つ際に働く自然の理法に従い、社会や文化を築く責任をも負っている。その責任は宇宙根源の力への感謝(宗教)、物を尊重すること(経済)、人間同士互いを敬愛すること(道徳)、の3つの礼を通して果たされ、PHP的な生活を達成することができる。自分の知恵才覚のみによって物事を判断せず、素直な心を持つことで自然の恵みに生かされていることを自覚し、自然と調和した生活態度をとらなければならない。それこそが真理をつかむ態度であり、繁栄と平和と幸福とを生む源泉である。(3,4)

4.PHPの発意

 1945年8月15日、塾主は松下電器の幹部たちとともに終戦を告げるラジオ放送を聞いた(5)。終戦間もなくの日本は荒廃し、人々の心も荒んでいた。衣食住が整わず、野山にいる動物達の方がむしろ豊かな生活を送っていると感じられた。本来は、知恵があって様々なものを活用する能力が与えられているはずの人間が何故、このような情けない状態になっているのかと、塾主は憤慨した(6, pp25-26)。更に翌年にはGHQによる財閥解体に巻き込まれ、「7つの凍結・制限令」を経験する。国の命令で軍備品生産を行ったにもかかわらず、財産を差し押さえられ公職追放によって仕事もできず、軍に収めた品物の代金支払いもなかった(6, pp147-153)。その結果、軍需品生産の為の借金を返せず、加えて仕事ができないため、塾主は友人からの借金で生活していた(8, pp142-143)
「復興の為に、正しく法を守り、誠意を尽くして働いているのに、なぜ損をしなければならないのか。苦しんでいるのは自分だけではない。なぜ人間はこんなに苦しまなければならないのか。」(7, p218)
 塾主は、人間が与えられた優れた知恵や能力を使って戦争のような自殺行為をしないように、また良い方向に発揮させるにはどうすれば良いのか研究する為に、1946年11月3日にPHP研究所を設立した。

5.PHP研究と運動

 PHP研究所は7人の研究員と呼ばれるスタッフと塾主の8人で始まった(7, p94)。設立当初に掲げられた第一次研究十目標は、以下の通りであり、広範な部門に渡る早急に対処すべきことをまとめている(8, p76)。

①働く者に豊かな生活を ②自由で明るい働きを ③民主の正しい理解を
④労資おのおのその営みを ⑤先ず無駄を省こう ⑥国費は少く、効果を多く
⑦租税は妥当公正に ⑧企業の細分化によって画期的繁栄を ⑨働く者を生かして使え
⑩教育は全人格を(8, p76)

PHP研究所の取り組みは、繁栄をもたらす方策を研究することに加えて、その成果を普及、実践していく運動も含まれる。それは塾主が、人間は優れているが繁栄は1人では成し遂げられず、他の意見を素直に聞き「衆知を集める」ことが大切だと考えていたからだ。それは日本が異文化を受け入れ、それを発展し自国の物に進化させてきたから分かるように、昔から日本人が得意としてきたことだと考えている。その日本の伝統的精神を基に衆知を集め、発展させていくことでPHP的な生活を目指した(8, p23-29)。
「自然から与えられた人間性というものを生かしていくところに繁栄が生まれる。(中略)元よりこのような考えがなかったわけではないが各種の事情に制約され今一歩天地自然の理に徹する努力を欠き個人の知恵才覚に頼りすぎて効果をあげなかったのである。(中略)私どもは先人の残されたところをよくよく研究玩味しまた広く現在の各方面の有識者の教を乞うていかねばならないと思う。」[9]
 研究所の活動の一つに月刊機関誌『PHP』の発刊がある。その中で、毎月行っていたPHP定例研究講座にて塾主が話されたことば(=PHPのことば)も掲載している。設立の翌年に創刊され、講座は1950年代に中断したものの、1953年までに「人生」「社会」「人間」「政治」「宇宙」に大別される51編のPHPのことばを発表している。1965年からは「あたらしい日本・日本の繁栄譜」と題した75回に渡る連載を行い、政治上の重要問題や改革について論じた。
 その後『かえりみて明日を思う』(1973年)、『崩れゆく日本をどう救うか』(1974年)、『危機日本への私の訴え』(1975年)、『新国土創成論』(1976年)、『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』(1977年)、『政治を見直そう』(1977年)といった著書も発刊している。加えて1977年からは21世紀のよりよい社会実現のための提言誌『Voice』を刊行しており、晩年にかけては日本の先行きや政治に対する提言が多くなっている。

6.だから松下政経塾が必要

 復興が進み、民主主義や人権、学校教育の充実などが加わった新しい時代になった。しかし同時に犯罪が増加し経済の不安定になっていたことから塾主は、日本社会は良くなっていないと感じた(6, pp27-30)。また様々な提言を行ってきたが、それが実践されていなかった。 「立派な基本理念が確立されても、それを力強く具現化していく為政者をはじめ各界の指導者に人を得なければ、これはなきにひとしいのである。(中略)人材、とりわけ将来の指導者たりうる逸材の開発と育成こそ、多くの難題を有するわが国にとって、緊急にしてかつ重要な課題であるといえよう。」
上記設立趣意書にあるように、PHPの研究を進め理念を世間に訴えても、実践する人が増えていかなければ意味がない。上に立ち率いる人、つまりリーダーを育成し、また政治を何とかしなければ日本は良くならないと考えた塾主は、PHP活動のその理念追求の場として1979年に松下政経塾を設立した。

7.松下幸之助のめざしたもの

 塾主は1925年に一度議員に当選しているが、適任でないと感じ一期で身を引いている。しかし会社を経営する中で日本が危うい状況となり、徐々に政治を「国家の経営」と置き換えて考えるようになった。松下電器で「ものづくり」を中心に行い、さらにPHP研究所で「こころづくり」、そして松下政経塾で「ひとづくり」も行おうとしている。ここから、PHPの原理に繋がる「物心」そしてそれを活用する「人間」すべてにアプローチしていることが分かる。松下政経塾は塾生だけでなく、日本の将来、そして全人類の為に存在し活動を続けていく(10, pp2-3)。松下政経塾の五誓にあるように「人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献する」、全人類の幸せを究極の目的とし挑戦し続けている。

参考文献

(1) 松下幸之助『PHP研究とPHP運動』 PHP研究所. 1946

(2) 松下幸之助『松下幸之助が考えた国のかたちⅢ』 松下政経塾編

(3) 松下幸之助『松下幸之助の哲学 いかに生き、いかに栄えるか』PHP研究所. 2009

(4) 松下幸之助『人間を考える 新しい人間観の提唱 真の人間道を求めて』PHP研究所2009

(6) 松下幸之助『リーダーを志す君へ』PHP研究所. 2011

(7) 「鳥養利三郎・湯川秀樹氏との鼎談」
青野豊作『 ”繁栄日本は必ず実現できる!!”松下幸之助の遺言』PHP研究所. 2010. pp217-218

(8) 松下幸之助『PHPにかける私の願い』. PHP研究所経営理念研究本部編. 2014

(10) 松下幸之助『松下幸之助のめざしたもの 松下政経塾塾生への講話から』松下政経塾. 2017

参考URL

(5) Panasonic. 戦後再建への道.
https://holdings.panasonic/jp/corporate/about/history/founders-story/5-1.html
(最終閲覧:2024年5月6日)

(9) PHP研究所. 松下幸之助の死生観1「天地自然の理」【肉声・解説】|松下幸之助の経営講話|松下幸之助経営塾. Youtube.
https://www.youtube.com/watch?v=nwhm1Fs00JI (最終閲覧:2024年5月6日)

参考資料

松下幸之助. 『君に志はあるか 松下政経塾塾長問答集』. PHP研究所. 2011

松下幸之助. 『PHPのことば/松下幸之助発言集37・38』. PHP研究所

佐藤悌二郎. 『松下幸之助と政治 松下幸之助・政治への思い』. 松下幸之助研究. Vol2. PHP総合研究所. 1998.
 https://konosuke-matsushita.com/kenkyu/report/pdf/journal/003.pdf (最終閲覧:2024年5月6日)

青野豊作「鳥養利三郎・湯川秀樹との鼎談」『 ”繁栄日本は必ず実現できる!!”松下幸之助の遺言』PHP研究所. 2010

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野田怜弥の論考

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Reiya Noda

野田怜弥

第45期生

野田 怜弥

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