論考

Thesis

国徳国家宣言
~道徳教育の普及~

1.塾主が目指した国家

 「国望・国徳」のある国家。つまり、武力や金力や権力や知力などに頼らず、人から慕われる徳のある国家を松下幸之助塾主(以下、塾主とする)は目指していた。「国望・国徳」というのはその国が持つ総合的な実力である。塾主は、「国望・国徳」を備えた国になれば世界の国々が日本を信頼し、頼り、たとえ日本が動かなくても各国から様々な情報が入り、日本が世界の大番頭として活躍できると信じていた。そして、「国望・国徳」を備えた国になるための条件として以下を挙げている。

1.個々の国民の道義道徳心が高く、マナーが良いということ
2.文化の薫りが高く国土整備が行き届いていること
3.建国から二千年の間に培われてきた独自の伝統や歴史が国民の間で大切にされ誇りとされている事
4.経済活動が活発にそして円滑に行われ、経済力が充実している事

 塾主は以上のような条件を挙げていた。これら4つの条件の中でも、塾主が最も大事にしていたのは、最初に挙げた条件である「個々の国民の道義道徳心が高く、マナーが良いということ」だと私は考察する。なぜなら、道義道徳は、単に個人的精神的な価値のみにとどまらず、社会物質的な実利実益を生むものとして国家の基盤となるからである。
 しかし、戦後の日本は “経済大国”と言われるような発展を遂げつつも、様々な争いや相互不信、青少年の非行や犯罪の増加など、道徳的価値観の荒廃が広がってしまった。iiその理由は、戦後、道徳教育(=徳育)が、軍国主義と結びつくとして疎かにされ、道義道徳心を養うための教育が行われなかったからである。塾主はその事に対する問題意識から、昭和57年11月に構想した「国民大衆党」における、当面の実現十目標において「多様な人間教育の実施と教員養成の専門機関の設置」という目標を掲げ、教育の抜本的改革の必要性を世間に訴えた。以下では塾主が目指した教育について述べる。  

2.塾主が目指した教育

 塾主は教育制度の抜本的改革を目指しており、学校教育を「徳育」「知育」「体育」の 三本の柱で充実させる必要性を訴えた。「徳育」とは、人間性を高め天与の特質を磨いてゆく「人間教育」と、何が正しいか・何が大事であるかを教える「道徳教育」からなり、正しい国民精神を涵養することは国家に必要なことであると考えていた。「知育」とは知識や技術を教える「知技教育」と伝統精神を教える「歴史教育」、そして語学や海外常識を教える「国際教育からなる。「体育」とは、身体を鍛えるための「健康教育」であり、これらの三本柱によって学んだことを実際に即して応用させる「実育」の重要性も塾主は考慮していた。
 しかし、戦後の学校教育においては「知育」と「体育」のみが非常に取り上げ、「徳育」は軽視されていた。なぜなら、終戦後「徳育」は戦争に結びつくように考えられたからである。その結果、「徳育」は行われず、知・情・意の調和を失った教育が施され、本来人間が使うべき知識に反対に逆に人間が使われてしまうような姿が見られるようになってしまった。これでは、繁栄、平和、幸福な社会を実現することができないと考えた塾主は、単に「知育」や「体育」を教えるだけでなく、人間性を高める「徳育=人間教育、道徳教育」を全教育の半分の力を注いで実施することを提唱した。

3.私が目指す「道徳大国日本」 

 ここまで、塾主が目指した国家や教育の形について述べてきた。以下では、私が目指す国家や教育の在り方を述べる。現代において日本人の道義・道徳心は失われつつあると私は考えている。理由は様々であるが、最も大きな理由は人間教育や日本思想の教育が行われなくなったことにあると私は考察する。
 かつて、日本では東洋の思想をベースとした日本思想が家庭や地域、そして学校において教えられていた。神道の「真・善・美」、仏教の「利他、廻向」、儒教の「五倫・五経」など、宗教的な思想が日常に溶け込み、行動として表れていた。また、明治時代に入ると開国に伴い、西洋文化を採り入れた教育が広く行われるようになった。殖産興業と国民皆兵が国家課題とされ、各種の国民教育制度が始められた。そんな、新たな教育制度において、国民への一律的な人間教育の役割を果たしていたと考えられるのは「教育勅語」である。教育勅語を全面的に肯定するわけではないが、その内容(孝行・友愛・公益世務など)には日本思想が強く影響しており、まさに日本人の道義・道徳観の土台となるものであった。
 しかし、戦後の改革により、教育勅語が昭和23年に失効されてからは、体系的に日本思想を教える教育は現在まで失われてしまったといえる。その当時の教育を受けた人は現代社会から存在を消しつつある。まさに今、日本思想とは何かを知っている人、日本思想に触れたことのある人、日本思想をベースに持った日本人が日本から消滅する危機を迎えているのだ。

4.私が目指す理想の国家

 もし、国民の道義・道徳観を養い、人間の本質をつかむための素地づくりを行う日本思想が消滅してしまったのならば、国民は我欲に基づいた個人的な権利や利害の主張に傾き、殺伐とした世の中、安心できない国家、民主主義の崩壊につながってしまうのではないか。また、二千年以上もかけて培われた日本思想が消滅することで、日本の国際的価値の低下を引き起し、「日本は他国のことを考えない身勝手な国だ」との批判にさらされてしまうと、国家としての存続危機も引き起こしてしまうのではないかと危惧している。
 私は日本がそのような状態になってしまう未来をなんとしてでも避けたい。自然が豊かで、食もおいしく、あたたかい心をもった国民であふれる日本を守りたい。
 そのために、私は、日本思想を広く国民に浸透させて国民性を養うための活動を一生かけて行いたいとここに誓う。そして、世界の人々から信頼され、愛される、品格のある「国徳国家」を目指したいとここに宣言する。そして、こうした国家を作るためには教育の抜本的改革が欠かせない。
 近年日本政府も道徳教育に力を入れ、量的確保・質的転換を目指し教育改革を行っているが、「徳」を養うための「徳育」を中心に教育カリキュラムの中に取り入れ、義務教育終了後には高校や大学に進学するだけでなく自分の特性に合った幅広い進路選択(進学、就職、起業)ができる社会を創っていく必要がある。こうして、一人一人がいきいきと自らの手で人生を描くことができる社会は、塾主が求めた楽土の世界である。まさに今、求められるのは「道徳」のある人物であり、社会であり、国である。教育を通して国民の「道徳」を養い、世界に誇れる「国徳国家」を建設していきたい。 

参考文献

・松下幸之助「新しい日本・日本の繁栄譜(17)“国是”が忘れられている」(PHP研究所、昭和41年6月号) 

・松下幸之助『「Voice」21世紀を目指して“精神大国”を新しい国是に』(PHP研究所、昭和57年8月号)  

・松下幸之助『「voice」“国望・国徳国家”の条件』(PHP研究所、昭和59年2月号)

・松下幸之助「道徳は経済発展と結びつく 21世紀の日本への提言」(PHP研究所、昭和59年6月)  

・松下幸之助「松下幸之助発言集3」(PHP研究所、1992年12月1日)pp65-67  

・松下幸之助「松下幸之助発言集6」(PHP研究所、1992年12月1日)p171 

・松下幸之助「遺論 繁栄の哲学」(PHP研究所、1999年5月6日)pp193-194   

・松下幸之助「松下幸之助の哲学―いかに生き、いかに栄えるか」(PHP研究所、009年4月17日)p285 

・松下幸之助「松下幸之助発言集10」(PHP研究所、1992年12月1日)p235

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加藤みづなの論考

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Mizuna Kato

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