Thesis
日本は現在、社会的・経済的に大きな危機に直面している。例えば東京一極集中による大都市の過密問題、地方の過疎化、地球環境の変化による災害多発、食糧、エネルギー自給率の低下など、多くの課題を抱えている。更に政治も混乱、混迷を極め、国民は将来に希望を持てない社会となっている。
松下幸之助塾主(以下、塾主)の著書『新国土創成論』の発刊から今年で47年が経ち、当時と今とでは社会情勢に大きな変化、違いはあるが、塾主が問題視していた根本の原因である「国家百年の大計」は日本にはないと私は考える。塾主の遺志を引き継ぐ者として、塾主が国家百年の大計として掲げた『新国土創成論』を考察することで、現代における日本国家の大計を考えていきたい。
新国土創成論とは、国土の70%を占める山岳森林地帯のうち20%を開発整備し、そこを住宅や田畑、工場用地などに当て、有効可住国土として活用することで新たな国土の創成を目指すものである。[1]また山岳森林地帯をならした分の土砂で海を埋め立てることで、計十五万平方キロメートルの有効可住国土を新たに創出し、国土を更に倍増させ、住みよい理想的な国土にしていこうという壮大な計画である。[2]
1970年代当時、高度経済成長が終焉を迎え、人口の増加による食糧危機、水不足の懸念、そして国土が狭いことによる貧しい住宅環境、地価の高騰、大気汚染など多岐にわたる問題を塾主は大きな危機として警鐘していた。[3]その解決には国としての国是、現在将来を通じての国民共通の目標、すなわち国家の大計が必要と塾主は述べている。[4]この国土の狭さが国民生活の向上にとって大きな阻害要因となっていること、国家の大計が必要であること、という考えから塾主はこの新国土創成論を発表した。
塾主はまずこの新国土創成の計画立案に25年間かけることからスタートし、その後周到な調査研究を実施、21世紀から22世紀の終わりまで200年間かけて、20年間を1つの区切りとした段階的な実施を提案した。[5]また「国土創成省」の創設や若者を中心とした「国土創成奉仕隊」の結成等も提案した。[6]一方で事業を行うに当たり事業資金の確保に関して、低利の「新国土創成国債」の発行や、国債購入者への所得税の減免と新国土の配分の優先資格の提供[7]、そして創成された人工島の一つを国連管理の「国際自由都市」とすることまで計画していた。[8]当時この有効国土倍増案の作成に当たっては、当時オランダの干拓地や[9]、神戸市での宅地造成によるポートアイランド・六甲アイランドをモデル都市としてあげている。[10]
塾主はこの「新国土創成」によって、日本にバランスある発展、住宅問題の解消、食糧問題の解決、自然災害の解消、科学技術の進歩発達、景気の調整機能が発揮され、さらには国民共通の目標に挑むことで国民精神が高揚し、活気ある国づくりが可能となると主張した。
私は現代の日本において、塾主の唱える『新国土創成論』に基づき、日本の目指すべき国家像及び国家の大計を「環境共生国家」として掲げたい。
私が考える「環境共生国家」とは、日本にある豊富な自然環境を保全し、国民それぞれが住む地域に適した生活環境を確立させ、自然との共生、相互発展をも目指す国家である。自然の良さをより活かすために積極的に自然環境に手を加え、人間も万物も常に、たえず生成発展していくことのできる環境をつくることで物心の調和のとれた真の繁栄を目指したい。これを実現していくため、経済発展を目的とした政策も必要である。
私は12年前の東日本大震災で被災した。津波や地震によりまちが壊れ、そして福島原子力発電所の水素爆発によりまちを失った。また、国土交通省が発表した国土のグランドデザイン2050では、30年以内に70%の確立で首都直下地震と南海トラフ地震が起き、想定死者数は合わせて34.5万人と推測されている。[11]日本はこうした自然災害によって、人々の尊い命を失い、生活を壊される歴史を年度も繰り返してきた。しかし私はその自然の脅威をむしろ活かし、自然と共生できるような国家を目指したい。震災を経験した私だからこそ実現できる国家ではないかと考え、実現に向け次の4つを方針として掲げたい。
第一に、恵みある豊かな自然環境の保全と、その利活用による経済効果向上を目指したい。日本の国土の3分の2は実に山岳森林地帯である。日本人は過去から現在に至るまでその森林を共に生き、共存共栄してきた。しかし昨今所有者不明の森林が増え、間伐や植林が行われず、労働人口の減少も相まって、日本の森林はいわゆる「ほったらかし」の状態である。それは土砂災害などの災害発生率を高め、日本人の安心安全な生活を脅かしている。従い、IoT活用した林業のスマート化を現場に導入し、適切な森林管理の実現を図りたい。また川上から川下までの一連のサプライチェーンにおいてもスマート化することで現状抱える労働力不足や非効率なオペレーションを解消することで、経済効果向上も期待できると考える。一方で森林だけに限らず海や湖などの自然環境にも、その環境状況や生態系に即した手法で保全と利活用を目指したい。
第二に、自然の力を無駄なく活用するエネルギー産業の創出、促進を図っていきたい。2021年度における日本国内での自然エネルギー及び原子力の発電量の割合は約22%と年々増加傾向にある。[12]しかし日本は未だ80%ほど一次エネルギーに頼らなければならないエネルギー構成であり、再生可能エネルギーへのシフトは急務である。従い、民間レベルでのバイオマス発電の普及や、個人単位で小水力発電といった自然の恵みを利用した発電手法の促進を促し、万物を無駄なく利用したエネルギーの自給自足、地産地消構造にしていくことが必要であると考える。
第三に、環境技術へのイノベーションを起こしていくことである。日本が各分野において今後発展していくためには、科学技術の振興が重要である。日々新たである科学技術であるが、更に早いスピードで発展していくためには、他国との技術提携はもちろん、人材交流や、理系人材への教育投資、そして投資を呼び込めるような魅力あるマーケットとなるよう積極的に政策などを通して実施していく必要があると考える。しかし一方で私は在来技術の保持を続けることも必要と考えている。今ある技術を更に向上させていくことだけでなく、逆に環境負荷の低い状態を変えない方がむしろよい、日本古来の在来技術もあるはずである。そのような技術保持も継続していくことも重要と考える。
第四に、地域ごとの地形や自然環境を活かした国づくり、まちづくりを行っていくことである。日本には東京都や大阪府のような大都市もあれば、人口数十万人の地方都市、更には人口数千人の小規模な町村もある。歴史や文化、気候も違い、その土地に生活する人々の気質も異なる。従い、その土地、地域の特徴にあったまちづくりを実施し、更には複数の都市がネットワークで繋がることで、近隣周辺地域との協力連携体制をも創っていきたい。昨今少子高齢化により都市機能や居住機能を都市の中心部に誘導することで、コンパクトシティの形成が国土のグランドデザイン2050においても取り上げられている。減りゆく人口、高齢な人口層の広がりにおいて、生産性や効率性を求めることは理解する。しかし、それは日本国民にとって幸せなのであろうか。現地現場で多くの声を聞いて、その地域に、そこで暮らす国民にとって幸せな生活環境の創出を考えていきたい。
また上記実現に向け、資本に関して、既存のファンドの活用、オリジナルファンドを創出することで、投資家から資金調達し、技術者や行政などへ資金援助する仕組みも必要と考える。集めた資金を元手に、自然環境への保全、エネルギー産業、技術、充実した生活環境創出に向けた公共事業へ、投資を実行していく。
塾主は『新国土創成論』の中で、以下のように述べている。
「もともと、人間は自然の一部である。人間を含めて万物いっさいは、自然の理法といったものによってつくられたといえよう。そしてまた、その自然の理法によって、人間も万物もたえざる生成発展を続けているのである。美しい景観も、ゆたかな資源もすべてこの自然の理法の所産である。その自然の理法にかりに意志というものがあるとすれば、それを自然知と呼んでもいいと思う。その自然の知恵は、今日ある自然をさらによりよいものにしていこうと考え、そのように行なうであろう。といっても、それは自然みずからが行なうわけではない。その自然知を受けて、これを代行するのでなければならない。それをやるのはほかでもない人間である。人間が自然知を受け、自然知にしたがって、自然を動かすというか自然に手を加え、よりよいものにしていく。それが人間に与えられた使命であり、人間だけがよくそうしたことを行ない得るのである。」[13]
人間には元々自然と共生していく力が与えられていると私は考える。力とは知恵や心(精神)とも言い換えられる。知恵は自然界に存在する物体を発展、成長させることができ、心は何が大切か、何を優先すべきかといった物事の判断基準を定め、また自然の恵みへの感謝の気持ちを持ちうる精神であると私は考える。
今後は、塾主の『新国土創成論』の理念に基づき、「環境共生国家」の実現を自らの生涯をかけて取り組むべき使命とし、実現に向けた具体的な方策や計画の立案を行うことで、私の故郷の復興、創生に貢献したいと考える。
[1] 松下幸之助 「新国土創成論」(1976年・PHP研究所)59頁
[2] 松下幸之助 「新国土創成論」(1976年・PHP研究所)64頁
[3] 松下幸之助 「新国土創成論」(1976年・PHP研究所)24-27頁
[4] 松下幸之助 「新国土創成論」(1976年・PHP研究所)まえがき
[5] 松下幸之助 「新国土創成論」(1976年・PHP研究所)70,71頁
[6] 松下幸之助 「新国土創成論」(1976年・PHP研究所)160-162頁
[7] 松下幸之助 「新国土創成論」(1976年・PHP研究所)90-94頁
[8] 松下幸之助 「新国土創成論」(1976年・PHP研究所)148-152頁
[9] 松下幸之助 「新国土創成論」(1976年・PHP研究所)44-46頁
[10] 産経新聞 大商創立百周年記念講演 1978年9月
[11] 国土交通省 国土のグランドデザイン2050 2014年7月
[12] 環境エネルギー研究所 統計資料より
[13] 松下幸之助 「新国土創成論」(1976年・PHP研究所)154-156頁
松下幸之助 (1976年).新国土創成論.PHP研究所
松下政経塾編 松下幸之助が考えた国のかたちⅡ.PHP研究所
松下政経塾編 松下幸之助が考えた国のかたちⅢ.PHP研究所
松下幸之助 (1974年).崩れゆく日本をどう救うか.PHP研究所
国土交通省 国土のグランドデザイン2050
https://www.mlit.go.jp/common/001033675.pdf (2023年8月16日アクセス)
内閣府 ムーンショット型研究開発制度
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html (2023年8月16日アクセス)
環境エネルギー研究所 統計資料
https://www.isep.or.jp/archives/library/14364 (2023年8月16日アクセス)
松下幸之助 (1999年).遺論繁栄の哲学 .PHP研究所
河合雅司 (2017年)未来の年表.講談社
松下幸之助(1975年).人間を考える 新しい人間観の提唱・真の人間道を求めて.PHP研究所
松下幸之助(1982年).日本の伝統精神 日本と日本人について.PHP研究所
Thesis
Taro Endo
第44期生
えんどう・たろう
Mission
故郷の復興・創生の実現に向けた未来志向の町づくりの探究