論考

Thesis

「新しい人間観」から読み解く松下政経塾の建塾理念 

 松下幸之助塾主(以下、塾主)は、建塾趣意書にて「国家国民の物心一如の真の繁栄をめざす基本理念を確立し、それを力強く具現する指導者の開発と育成」[1]について言及している。つまり、人類の物心一如の真の繁栄を目指す基本理念を探求すること、そしてそれを力強く具現する指導者の開発と育成が必要である、と説いている。
 塾主は1946年(昭和21年)にPHP研究所を創設し、繁栄を通じて平和と幸福(Peace and Happiness through Prosperity)を実現するための研究と運動を開始していた。これは終戦後、文明の進歩に反して不幸が大きくなる現実を目の当たりにし、真の平和にはほど遠いと自身が感じた経験から設立に至った。[2]。また、指導者といえども人間であり人間についての理解を深めなければならない。その人間観について、1972年(昭和47年)に『人間を考えるー新しい人間観の提唱 真の人間道を求めて』を発刊し、その中で「新しい人間観の提唱」を発表している。この「新しい人間観」に基づき、全ての活動を営むことで人間社会に平和と幸福が実現できると塾主は考えていた。そして1979年(昭和54年)にはPHPの思想を取り入れ、松下政経塾(以下、政経塾)を設立した。[3]塾主の趣旨に基づき、政経塾での活動の基本理念、活動精神を表したものが塾是である。塾是には「真に国家と国民を愛し、新しい人間観に基づく、政治経営の理念を探求し、人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献しよう」[4]とある。この塾是にもある「新しい人間観」が提唱された背景とその内容に関して以下にて明らかにし、最後に政経塾の塾生が果たすべき使命について考察を述べたい。

 まず「新しい人間観の提唱」が発表された背景について以下にて説明したい。
 塾主は1972年(昭和47年)8月に『人間を考えるー新しい人間観の提唱』を発刊した。塾主は「新しい人間観の提唱」の趣旨に関して次のように説明している。「人間生活の上に、物心ともに豊かな調和ある繁栄、平和、幸福を逐次実現させてくというところにあります。このような人間観にもとづいていっさいの活動を営んでいくならば、人間の幸せもより高まっていくであろう、いいかえれば、この人間社会からできるかぎり不幸とか争いを少なくし、平和と幸福を招来していきたいという願いに立って提唱した。」[5]塾主は、真の平和とは、単に戦争がない状態を指すのではなく、人々の心と心がかよいあい、お互いに助けあって、知恵と力を供与しあうところから、初めて実現してくると考えていた。[6]人間の本質を正しく自覚することで、人間の共同生活は必ず好ましいものになるという考えが、「新しい人間観の提唱」に至った。

 次に「新しい人間観の提唱」の内容について以下にて説明したい。
 「新しい人間観の提唱」によると、宇宙に存在するすべてのものは、生成発展している。弱いものと考えられている人間を偉大なる王者としており、その人間の使命は自らを王者であると自覚し、王者としてふさわしい責務、行動をみずから実践していかなければならないという天命を自然の理法によって与えられている。人間は、古今東西から集めた衆知に基づき、正しい価値判断のもとに、自然の理法(天の道、神)によって与えられた天命を、広く共同生活の上に実践していくことが求められている。そして人間の偉大な本質を発揮していく上で、人間自身が自らの本質を正しく知ることが大切であり、素直な心で衆知を集めることが重要である。全ての人の知恵が集められ、融合調和されて高い叡知となる時、人間は自然の理法を解明し、全ての物事の善悪を正しく判断し、誤りなく是非を定め、それによって王者として万物を支配活用して、調和ある繁栄を生み出すことができる、と説いている。[7]1978年(昭和53年)Voice4月号の発展を阻む思想・生む思想において塾主は、資源は無限であると述べている。宇宙は生成発展しており、かつ万物の王者である人間の知恵、現代でいうところの科学技術は無限に進歩発達していくものであるため、有限ということはないと述べている。人間は衰退滅亡するものではなく、無限に生成発展していく、根本にこういう信念を持つことの重要性をのべ、この信念を持ってして物心ともに豊かな真の繁栄の実現できると考えていた。[8]

 次に「新しい人間道」について以下にて説明したい。
 人間道とは、新しい人間観に基づいて、人間の本質が発揮されるための道のことである。[9]人間道において大切なものが2つある。1つ目が人も物も森羅万象すべてが、自然の摂理によって存在しているのであって、一人一物たりともこれを否認し、排除してはならないということである。[10]2つ目が衣食住のすべてにわたって、人間道に根ざして適切に処遇しなければならないということである。[11]また、人間道の実践を支え、より円滑に歩むためには、礼の精神が大切である。礼の精神とは、全てのものに対して感謝と喜びの心を持つと共に、その心を素直に表現していくことである。塾主は、これは宗教で言うところの慈悲、愛の精神、謙虚さ、寛容な心などにも通ずる物であるとも触れている。[12]塾主は、「物心ともに調和のとれた真の文化国家こそ、すべての国が求めていくべき目標」であると考えていた。文化国家の基本的な要件として、自由と社会的秩序と生成発展、これら3つをあげている。文化国家の創設を目指す上で、この3つの柱のバランスをとり力強く歩むように説いた。塾主は、人間道の理念が国を超え、人種を越え、時代を超えて、多くの人々に理解されることを切に願っていた。互いに人間の調和共栄を求め、ありのままの容認と双方を生かす処遇が適切になされることで、戦争を再び起こさないことを望んでいた。[13]

 塾主は日本と日本人が本来の和を尊ぶ平和友好の国民として、世界の国ぐにとのよきまじわりを深めつつ、人類の繁栄、平和、幸福に力強く貢献していく上でも、日本の伝統精神を取り戻す必要について述べている。戦後失われた日本人の本来の姿に再度戻ることで、日本の真の自主独立の姿が生まれてくると考えた。[14]
 また、日本の伝統精神とは、衆知を集める、主座を保つ、和を尊ぶ、この3つの他に日本人が強く備えたものとして、報恩の念に熱いことや勤勉であることなども塾主は挙げている。これは普遍的な人間の精神であり、自他ともの繁栄に結びつき、その人々自身の幸せ、ひいては世界全体の繁栄や平和につながると考えているのであった。[15]

 最後に政経塾の塾生が果たすべき使命について以下にて述べたい。
 塾主は「新しい人間観の提唱」にて宇宙に存在するすべてのものは生成発展するものと述べられている。発展を私は成長と捉えた。人間の知恵は時代に応じて常に進化し、常に新たである、諦めることなく、止まることもない。常に成長していくものである。これは人間だけでなく植物なども生きるために何らかの成長を常に遂げている。違いがあるとすれば人間には、これらを生かし、活用する力が潜在的に備わっているということである。この生かし、活用する上で、それが万物にとってよいものなのか、正しい行いなのか、という点が重要ではないかと私は考える。正しい道は必ずあるのだという気概を持って、その成功の道を歩んでいくことが必要である。誤った道を歩んでしまったなら、素直な心で軌道修正すればよい。それもまた正しい行いである。そして政経塾の塾生は繁栄を通じての平和と幸福を実現できる為政者へと自身が成長することはもちろん、1人でも多くのこのような為政者を増やしていくことが必要と私は考える。そのような同志を増やし、お互い切磋琢磨することで、更に成長する。つまり無限に成長し、それを世のために還元していくことが、塾生に課された使命ではないかと私は考える。
 その使命を正しく理解し、本章で述べてきた新しい人間観を理解した人間へと成長させるために、塾主は政経塾を設立したと考える。それが強いては、国家国民の物心一如の真の繁栄をめざす基本理念を確立し、それを力強く具現する指導者の生成発展につながる。

 

引用元

1.財団法人松下政経塾 設立趣意書

2.人間を考える P31-32 

3.君に志はあるか 松下政経塾塾長問答集P14-16

4.財団法人松下政経塾 塾是

5.前掲 序章

6.前掲 P36

7.前掲 P83

8.Voice昭和53年4月号 発展を阻む思想・生む思想

9.前掲 P130

10.前掲 P136

11.前掲 P136-144

12.前掲 P158-159

13.前掲 P201

14.日本の伝統精神 日本と日本人についてP139

15.前掲 第6章失われつつある日本の伝統精神

参考文献

松下幸之助「人間を考える 新しい人間観の提唱・真の人間道を求めて」PHP1975年2月

松下幸之助「日本の伝統精神 日本と日本人について」PHPビジネス新書2015年5月

松下幸之助「新しい人間観の提唱」1975年1月

松下幸之助 人間道にもとづく共同生活像 「人間を考える」PHP1975年2月

松下幸之助 国民生活の意義 「PHPのことば」1951年6月

松下幸之助 なぜ新しい人間観を提唱するのか 「人間を考える」PHP1975年2月

佐藤悌二郎 「松下幸之助・成功への奇跡 その経営哲学の源流と形成過程を辿る」PHP研究所1997年

松下幸之助 人間道の実践を願って 「人間を考える」1985年2月

松下幸之助 発展を阻む思想・生む思想 「Voice」1978年4月号 

松下幸之助 松下政経塾 開塾にあたって 「Voice」1980年5月号

松下幸之助 「君に志はあるか 松下政経塾・塾長問答集」PHP研究所1995年

財団法人松下政経塾編 「新しい人間観について」1981年

財団法人松下政経塾編 「塾是・塾訓・五誓について」1982年

松下政経塾 設立趣意書1984年1月

松下政経塾 塾是・塾訓・五誓1984年1月

松下幸之助 「政治を見直そう 日本をよくするため」財団法人松下政経塾1993年

松下幸之助 「リーダーに必要不可欠な人間観 松下政経塾この一年」1986年6月

松下幸之助 遺論繁栄の哲学 PHP研究所1999年

松下政経塾編 松下幸之助が考えた国のかたち「無税国家」「収益分配国家」への挑戦2010年

松下政経塾編 松下幸之助が考えた国のかたち「国徳国家」への挑戦2010年

松下政経塾編 松下幸之助が考えた国のかたち「新国土創生」「楽土の建設」への挑戦2010年

松下幸之助 「危機日本への私の訴え」PHP研究所1975年

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