論考

Thesis

北九ビジョン2050
~人口減少時代の新たな都市繁栄モデル~

はじめに

 福岡県北九州市。筆者の故郷にして、2022年、日本の全市町村の中で最も人口が減少した自治体である[i]。2022年だけでない。5年ごとに実施される国勢調査において、2005年、2010年、2015年、2020年と4回連続で人口減少数全国一位を記録している[ii]
 これは他自治体にとっても他人事ではない。日本全体で人口減少が進んでいる以上、この潮流は現在人口増加が続いている地域をも次々と飲み込んでいく。東京都ですら例外ではなく、2025年をピークに人口減少に転じると都自ら推計している[iii]
減り続けるパイを奪い合っても問題は解決しない。日本国として考えるべきは「人口減少を前提とした新たな繁栄のかたちをどう創り出すか」という発想であろう。しかし、日本の自治体の殆どはいまだ人口増加を善とし、いかに他自治体からの移住定住を増やすかに血眼になっている。沈みゆく船に他の乗客を蹴落としてでもしがみつこうとするのはやめ、どうやって陸地にたどり着くかを考えなければならない。

人口規模別の自治体人口減少率(2010年→2050年)[iv]

 つまり、人口が減ることを前提とした社会を構築する必要がある。労働力が減り、国内市場が縮小し、社会保障費が増大する前提で、それでもなお今の生活水準を維持し、そして発展させていく絵が描けなければ、この国の未来に希望を抱くことはできない。このままでは、子供や若者は将来を悲観して現実逃避に走り、現役世代は負担に疲弊して不満を高め、高齢世代はどうにか逃げ切りを図るというディストピアが待っている。
 しかし、もしこの国難を克服する新たな都市繁栄モデルを確立できれば、それは我が国にとって希望の光となるだろう。それだけではない。これから同じ課題に直面する東アジアや欧州諸国の未来をも切り拓くことになる。人口100万人近くの大都市でありながら、世界最速でこの課題に直面する先頭ランナーとして、北九州市の挑戦はこれからの人類文明の未来、ポスト先進国の命運を握っているといっても過言ではない。
 本レポートは、人口減少に苦しむ北九州市が新しい繁栄のかたちを実現するためのビジョンを描くことで、今後同じ問題に後追いで直面するあらゆる都市にモデルを示し、我が国の将来に希望の光を提示することを目指すものである。

1.問題意識~北九州市に見る日本の人口問題~

 冒頭で述べた通り、北九州市は着実にその人口を減らし続けている。1979(昭和54)年の約107万人をピークに、毎年数千人単位で減少が続いている。

北九州市の人口推移[v]

 この傾向は将来に渡って継続すると想定され、2050年には75万人を割る計算となる。

北九州市の人口推移(2025年以降は推計。2050年のみ筆者にて算出)[vi]

同県内の福岡市が人口増加数で全国上位であるため、福岡市への流出に理由を求めたくなるが、たとえば2022年の北九州市の人口減少数7,190人のうち、都市間移動を示す社会減はわずか266人に過ぎない。残り6,924人は自然減、つまり、純粋に出生数が減り、高齢化によって死亡数が増えたことによる。したがって、現在の北九州市が直面する人口減少は、都市間競争に負けて人口が流出しているという認識より、超高齢化に対して出生数が追い付いていないという方が要素として大きい。事実、北九州市の高齢化率は政令市の中でトップである。
 ちなみに、合計特殊出生率に関しても北九州市は政令市で上位である。加えて、各都市の子育てのしやすさを評価する「次世代育成環境ランキング」では、北九州市が12年連続で一位を獲得している[vii]。しかし、そもそも子どもを産む世代の人口自体が減っていることから、高い出生率や子育てしやすい環境があっても高齢化に伴う高い死亡数を補うには至っていない。
 これは既に多くの過疎地域が直面している課題であるが、今後大都市においても一般化していくだろう。もし奇跡的に少子化問題を改善する国家施策が成功したとしても、その子どもたちが現役世代として活躍するに至るまで20年前後かかる。少なくともその間は少ない現役世代で多くの高齢世代を支えるという構図は避けられず、いずれにせよ「人口減少を前提とした繁栄」の在り方を探ることは必須となる。

2.人口減少を前提とした繁栄は可能か?

 そもそも、人口減少を前提として豊かな生活を享受し地域や国家を繁栄させていくことは可能なのだろうか。
 経済学者の諸富徹は、人口減少時代の都市経営の要諦として、「あれもこれも」追求する時代から「あれかこれか」を選択する時代へ移行に適応すべきであることを主張する。そして、その優先順位を検討する際には、自治体収入を最大限に引き上げて住民の福祉水準を高めるために、いかなる投資を行うべきかを考えることがきわめて重要であると指摘している[viii]。つまり、行政が投資を行うことで経済を盛り上げ、経済が活性化することで税収が増え、その税収をもって再び投資を行う・・・という循環を通じて地域の繁栄を創り出し、住民福祉を高めていくことが求められる。
 具体的にはどのような投資が重要となるだろうか。工業からサービス産業へ産業構造が転換し「知識産業」というべきセクターが興隆する中、「人への投資」およびそれを可能とする組織構築や社会設計への投資が最重要である。実際に、教育や研究開発、マーケティング、ソフトウェアといった無形資産投資の成長促進効果は、製造業の物的投資を上回り、顕著に生産性向上に寄与している[ix]
 また、日本政策投資銀行の研究[x]によると、1885年から2015年までの130年間に日本の労働生産性は約46倍になった。この間、人口はせいぜい3~4倍程度しか増えていない。人への投資を通した経済成長の余地は人口増によるそれを大きく上回る。

労働者一人当たり実質GDP(労働生産性)の要因分解[xi]

 にもかかわらず、近年の我が国の人的投資は、主要先進国と比較してあまりにも少ないと言わざるを得ない。

人的投資の国際比較[xii]

 中長期的視点で人への投資自体を拡大していくことは大前提として、その上でどの分野において人的投資を行っていくかを検討する必要がある。これは地域によって異なるだろうが、いずれにせよ付加価値を乗せて地域外や国外から稼ぐことができる産業であるべきだろう。重要なのは高単価でも人々に求められるような、そこでしか手に入らない「希少性」である。それはその業界でトップレベルの最先端技術を抱えているか、もしくはその土地ならではのストーリーを根拠とした、他が真似できない固有性をもつ分野で戦うかのいずれかによって生み出される。

3.「北九ビジョン2050」

 何度も述べている通り、日本において最大の人口減少数を記録し続けているのが我がまち北九州市である。本章では、前章で記述した仮説を根本に置きつつ、筆者が現地や国内外で研修を行う中で得た知見も加え、人口減少局面においても充実した生活環境や経済運営を実現するためのビジョン・戦略を構想する。

<ビジョン>
北九ビジョン2050─環境×観光×交通の「3K戦略」で東アジアの国際ハブ都市へ

■環境─環境省誘致により「日本の環境首都」へ
 かつて四大工業地帯の一角であった北九州工業地帯の中核を占める北九州市。製鉄業に始まり、重化学工業が急速に発展した一方で、公害が大きな社会問題となった。当時を知る市民より、1960年代にはまちを覆う煤煙により外に干した洗濯物はすぐに真っ黒になり、市内にある洞海湾は汚染され「死の海」と呼ばれていたと聞いた。しかしその後、主婦の立ち上がりに端を発する精力的な市民運動や企業努力により、北九州市は青い空と海を取り戻した。それが、環境都市としての北九州市のスタートである。

1960年代(左)と現在(右)の洞海湾[xiii]

大気汚染状況の経年変化[xiv]

 その努力は公害克服にとどまらず、リサイクルを促進するエコタウン事業など、環境事業には官民で力を入れ続けてきた。2000年代には国際社会のトレンドとしても環境問題が注目される中で、北九州市は国や国際機関のモデル事業選定を次々と獲得していく[xv]

  ・2008年「環境モデル都市」選定
  ・2011年「環境未来都市」選定
  ・2012年「OECDグリーン成長都市」選定(※アジア初)
  ・2018年「SDGs未来都市」選定
  ・2022年「脱炭素先行地域」選定

上記の結果を鑑みると、行政や関連業界など関心の高い層の間では既に「環境都市」という立ち位置を確立することに成功したといえる。しかし、一般の市民から、域外の日本国民から、さらには世界から見たとき、「環境都市といえば北九州」となるかといえば、いまだ道半ばである。経済効果としてもかつての基幹産業たる製鉄には及ばない。
 そもそも環境産業や再生可能エネルギーで稼ぐことは可能なのだろうか。確かに、これまでは採算が厳しく補助金が前提となる部分もあったが、投資判断において環境性を必須とするESG投資、サプライチェーンにおける脱炭素を推し進める多国籍企業の動き、太陽光発電や風力発電の廉価化や蓄電技術の向上などに伴い、その余地は各段に増している。北九州市のこれまでの投資が、ようやく花開く局面がやってきたといえる。
 現在既に進んでいる案件としては、2025年度に運用開始予定の洋上風力発電所「北九州響灘洋上ウインドファーム」や近隣18市町と連携しての「脱炭素先行地域」、北九州市が最大出資者である自治体新電力「株式会社北九州パワー」などが挙げられる。
 洋上風力については、その利点を知るべく、先行する長崎県五島市の浮体式洋上風力発電所を見学した。ここで発電された電力に太陽光発電分なども合わせて五島市民電力株式会社が販売し、島内の食品加工工場などではこの電気を利用することが商品の付加価値を高めており、副次的な経済効果が発生している様子を知ることができた。

五島市の浮体式洋上風力見学時の様子(写真前列右端が筆者)

また、株式会社北九州パワーにヒアリングを行い、公共施設の電気料金削減による自治体歳出の節約や地域内経済循環を増やすことなどが地域新電力の意義であると伺った。電源としてはごみ焼却場の焼却熱を利用した電力を用いており、昼間は太陽光発電により安価となる市場の電力を調達し、夜間は市場へごみ焼却場の電力を売却することで収益性を確保している。売上や契約数は2019年より5年連続で増加[xvi]しており、堅実に成長を重ねている。

 では、そのような現状を踏まえ、今後北九州市が環境政策において行うべき投資は何か。
 第一に、日本版シュタットベルケの実現である。シュタットベルケとは、ドイツにおいて地域のエネルギーや社会インフラサービスを包括的に提供する公益企業であり、1400社前後のシュタットベルケがドイツ電力市場全体のシェアの40-50%を占めている[xvii]。収益事業と非収益事業を組み合わせることで自治体の財政負担を軽減できる可能性があるとして日本での導入も期待されるが、日本の新電力の殆どは自社電源を持たず電力を市場調達しているため、海外における紛争などの影響でエネルギー価格が急騰した際に採算が非常に厳しくなる。一方、北九州パワーは比較的安定した電力供給源を確保しており、そのリスクは少ない。小さくとも電力事業以外の異分野に進出し、ゆくゆくは公共交通のような地域課題を担う存在として発展していくよう、自治体としても後押しすべきであろう。
 第二に、スマートシティ戦略への住民の巻き込みだ。現在、北九州市は「東田・未来都市プロジェクト」と銘打ち先端的サービス・技術の実証・実装等を推進したり[xviii]、「みんなの未来区BONJONO」においてコミュニティとして「ゼロ・カーボン先進街区」を目指したり[xix]しているが、こうした事業が行政主導になりすぎないよう注意しなければならない。筆者は2022年にアラブ首長国連邦アブダビの「マスダールシティ」を訪れた。オイルマネーを原資に最先端の環境技術を詰め込んだ未来都市は、5万人居住可能な都市設計に対して数百人しか住んでいないゴーストタウンと化していた。トップダウンのまちづくりの限界を感じたこの経験から、環境未来都市を設計する上でも住民主体のまちづくりを進めるべく、構想の段階から市民巻き込みの労力を惜しんではならないと痛感した。

最先端エネルギー技術の粋を集めたマスダールシティだが、人影が無い(筆者撮影)

 第三に、将来的な目標として、環境省の誘致を検討すべきだと考える。対象自治体が複数存在するモデル都市認定では突出できない。しかし環境省が立地している自治体となれば、唯一無二の存在として、国内外から見て名実ともに「真の環境首都」となるに違いない。2023年には京都市に文化庁が移転した[xx]。明治以来初めてとなる中央省庁の移転が実現した今、北九州市が環境省を誘致することも不可能ではないはずだ。先述した日本版シュタットベルケの確立や住民主体のスマートシティ化が進めば、大都市にも関わらず現場が非常に近いという点、人材の採用に有利という点、アジアと近接しており国際交流やインフラ輸出に有利という点などから、環境省にとってもメリットが増していくだろう。さらに言えば、環境省誘致という分かりやすいマイルストーンが設定されること自体が、市民の環境意識向上やシビックプライドの醸成、関連企業集積、まちのブランドイメージ向上など様々な副次的効果をもたらすことになる。公害問題に日本の後追いで直面しているインドなど新興国との人的交流も加速し、その繋がりは他産業へも波及していくだろう。
 なお、経済成長と環境性を両立できるのかという疑問が出るかもしれない。その点に関しては、スウェーデンという成功事例が存在する。CO2の排出量とGDP成長の両立を「デカップリング」と呼ぶが、スウェーデンでは1990年を100とした場合、2015年にCO2排出量を25%減少させた一方、GDPは69%の上昇を実現してデカップリングを達成した[xxi]

スウェーデンにおけるCO2排出量とGDPのデカップリング

 北九州市も温室効果ガスの排出量削減には成功しているが、経済成長については足踏みが続いているのが現状である。上記のような戦略をもって、スウェーデンを超えるデカップリングを目指したい。

2013年を100とした北九州市の市内総生産と温室効果ガス排出量
(北九州市資料[xxii]より筆者作成)

■観光─新しい地域コンテンツによる「集客」×奥深い歴史伝統文化による「深化」
域内の人口が減るのであれば、その分域外から稼げばよい。主力となるのが観光業である。世界の観光市場はコロナ期を除いて右肩上がりで成長を続けており、その成長を取り込む上でアジアに近接した北九州市の立地は大きな武器となる。

国際観光客到着数及び国際観光収入の推移[xxiii]

 これまで産業都市を標榜してきた北九州市も、今一度己の持つ地域資源を見つめ直し、観光都市としての可能性を追求するべきではないか。市内には江戸時代からの歴史がある小倉城や大正時代の雰囲気が再現された門司港レトロといった観光スポットが存在するが、筆者が現在最も注目しているコンテンツは「成人式」である。
 筆者は高校卒業とともに北九州市を発ち、大阪や東京など様々な都市で生活したが、北九州市出身であることを伝えた際に最も多かった反応は「あの成人式が派手なまちか」というものであった。北九州市の成人式は金銀やビビッドな原色、スワロフスキーなどをふんだんに取り込んだ「ド派手衣装」で知られており、毎年マスメディアやインフルエンサーが全国各地からその様子をカメラに収めようと集まってくる。
 この知名度を地域資源として活かせば域外から人を呼び込めると考えた筆者は、ド派手衣装の生みの親であるレンタル衣装みやび[xxiv]および小倉城の指定管理団体へ企画を持ち込み、2023年6月および7月に「小倉城ド派手新成人なりきりイベント[xxv]」を企画・開催した。合計4日間のみの開催であったが合わせて1,100名以上の来場者を集め、特に外国人観光客が喜んで体験する姿が印象的であった。2023年9月には世界四大ファッションウィークの一角であるニューヨークファッションウィークにみやびが招聘されており、その魅力は世界が認めるものであることは既に証明されている。

小倉城内でド派手成人式衣装を楽しむ台湾人観光客とテレビ取材の様子(筆者撮影)

一方で、伝統産業である小倉織や江戸時代に日本でおそらく初めて醸造された葡萄酒である「伽羅美酒[xxvi]」など、これまで観光資源としてあまり注目されてこなかったものの、歴史的なストーリーをもつ希少性の高い魅力も様々存在する。ド派手衣装のようなインパクトのある新しいコンテンツで認知・集客を行い、歴史に裏打ちされた伝統文化や、食や自然、門司港レトロのような地元の誇る地域資源で奥深い魅力を体感してもらいファンを獲得するという、二段階の観光戦略が有効ではないか。
 結局のところ、「この商品やサービスについては北九州市でしか味わえない」という要素、それこそがそのまちを目的地に変え、高単価・高付加価値な観光を確立するために欠かせないポイントとなる。「観光は稼げない」という意見も根強いが、DXとの組み合わせにより労働生産性を大きく向上させた兵庫県豊岡市などの事例も増えている。

豊岡市の労働生産性の推移(全体及び宿泊・飲食サービス業)[xxvii]

 また、北九州市が観光業を推し進めるべき理由として、女性にとって働きやすい産業であることも挙げられる。例えば宿泊業に関して、女性就業者比率が全産業平均44.2%に比べ56.5%[xxviii]と女性の方が多数派である。北九州市は殆どの期間において、男性より女性の流出の方が多い。製造業を主軸とした都市であるため、女性にとって魅力的な雇用が少ないことが理由の一つであろう。観光活性化は社会減縮小に対するソリューションにもなり得る。


北九州市の男女別流出入の推移(北九州市資料[xxix]より筆者作成)

■交通─地理的優位性を活かし、400万人都市圏・3億人商圏の中心に
 最後に、北九州市の人口がどれほど減少しようとも変わらぬ優位性として、その地理的特性が挙げられる。日本の西方に位置する九州は、地理的にアジアに近い。東京を中心とする半径1,000kmの円内人口は約1億人であるが、北九州市を中心とする円には韓国や中国の主要都市が入り、3億人圏域となる。また、そもそも九州北部からは大阪とソウルが約500km、東京と上海が約1000kmと等距離であり、国内主要都市と海外の大都市への移動が同感覚でとらえられる立地となっている。

北九州市から主要都市への距離[xxx]

 これからの時代、世界経済の中心が欧米からアジアへと移行する中で、アジアに近いという特性は大きな武器となる。


世界GDPシェアの推移と予測[xxxi]

 北九州市は九州と本州の結節点に位置し、古くから交通および安全保障の要衝であった。現代においても本州、西九州、東九州という三つの移動軸が交わる点であり、関門海峡という国際海峡にも面している。空路についても、北九州空港という24時間利用可能な海上空港を保有する。陸・海・空のそれぞれでハブとなり得る要素があるが、そのポテンシャルが活かし切れているとは言い難い。
 このうち、筆者が最優先で取り組むべきだと考えているのが空港利用の活性化である。同県内の福岡空港は都心に近く便利であるが、市街地に近すぎるために22時には発着陸が終了し、深夜や早朝便に対応できない。また、旺盛な需要に対して滑走路が一本しかないが故に全国一の混雑空港となっている[xxxii]。24時間利用でき洋上空港のため拡張性も高い北九州空港との分業が重要となるだろう。連携の形としては、国内線や近隣のアジア都市(3000m未満の滑走路でも離発着が可能)への国際線を福岡空港で、早朝や深夜便の多い格安航空会社(LCC)や欧州・北米など遠距離の国際線および物流需要を北九州空港で引き受けるという形が考えられる。合わせて、北九州空港から福岡市内都心部へのアクセス改善も必須となるだろう。成長著しい福岡市が自都市の空港活用に固執し世界と繋がるチャンスに蓋をして一地方中枢都市レベルで満足するか、それとも北九州市や下関市も巻き込んだ首都圏、京阪神、中京に匹敵する400万人都市圏としてグローバルな経済エンジンとなりうるかは、北九州空港の活用にかかっている。
 また、陸海のハブ化において検討すべきは関門連携のさらなる深化である。北九州市と下関市は観光をはじめ連携を行ってきたものの、福岡県と山口県という県の違い、さらには九州地方と中国地方という地方の違いにより、財務省や国交省といった国の出向機関の管轄・手続きが分かれるなど様々な面で分断を余儀なくされてきた。関門両岸の一体開発ができれば、観光だけでなく関門トンネルや港湾などインフラ面でもよりスムーズな施策が推し進められることになる。まずは首長や政治家、経済界などの連携からはじめ、ゆくゆくは「関門都構想」のような形で合併も視野に入れた構想を描いても良いのではないか。実際に、アジアと欧州をまたいだ海峡都市であるトルコのイスタンブールは1,000万人を超える巨大都市として繁栄しており、重要な国際海峡をまたいだ一体運営が大きな恩恵をもたらすことを証明している。日本唯一の海峡都市というブランドも強力なほか、県や地方をまたいだ合併は近年下火となりつつある統治機構改革に新たな議論を呼び起こすだろう。それは、日本史上、いや世界史上はじめて「五市対等合併」という偉業を成し遂げた北九州市だからこそできることに違いない。
 その先には、広島や四国、東九州も巻き込んだ「西瀬戸内経済圏構想」など、さらなる展開の可能性も広がっている。それだけの規模感があれば、海外からの投資先としても、スタートアップに挑戦する舞台としても魅力的なエリアとなり、今後リニアによって生まれるであろう東京から大阪までの巨大都市圏と競争できる「海の巨大経済圏」として、日本の新たな成長エンジンになりうるはずだ。

4.人口減少時代に求められる「人への投資」

 最後に「北九ビジョン2050」の実現を目指す上で、どのような主体がどのような人的投資を行うべきかを整理したい。
 まず環境政策について、推進する上で不可欠なのは、環境・エネルギーに関する専門人材育成と地域コミュニティとの連携の両輪である。北九州市には製造業拠点や九州工業大学・北九州高専といった理系教育機関が集積しているため、元より素養のある人材の供給は豊富である。これを「環境系の人材を採用するならば北九州市」というレベルまで高めていけるかが肝となる。大学や地域企業が担い手となろう。そしてそうした人材を地域コミュニティと結びつける場も重要だ。先述したゼロ・カーボン街区を目指すBONJONOは住民と研究者、学生などの距離が近く、異分野人材交流の場としてモデルケースとなり得る。
 続いて観光・国際戦略については、発信する上で外国語を使いこなせることはもちろん、地域資源を効果的にマーケティング・ブランディングして国内外へ発信できる人材も不可欠である。北九州市立大学には外国語学部が存在し歴史的に語学教育が盛んである[xxxiii]が、卒業生や在学生に話を聞くと、「外国語を話すことができても北九州市内に就職先がない」と漏らしていた。そうした人材にデジタル知識やマーケティング、起業スキル等の人的投資を行えば、観光都市を目指す上で非常に大きな力となるはずだ。特にデジタルについては、幼少期からの教育が重要となる。民間のプログラミング教室に市から補助金を出すなどしてデジタル人材を量産することで、観光業以外の従来型産業についてもDXにより生産性向上を図ることが可能となる。ものづくりに特化した北九州工業地帯を、知識産業も付加することでスタートアップ的なマインドをもつ「北九州創業地帯」へとアップデートしていくべきである。


 なお、まちづくりにおいては、近視眼的な生産性に囚われないようにしなければならない。企業誘致や公務員削減などすぐに結果が出る分かりやすい施策は、企業進出により需要を奪われたローカル企業が衰退したのちに誘致企業が自らの都合で撤退しまったり、人手不足が公共サービスの低下を招き災害時に十分な対応ができなかったりするなど、長い目で見て地域へのネガティブ影響が大きいことも多々ある。一方で、教育への投資やスタートアップ支援などのすぐに結果が見えにくい分、十年後や二十年後に大きな力として地域発展に寄与するだろう。旗振り役となる首長や役所人材はもちろんのこと、都市経営をチェックする議員や住民にも中長期的な視点で評価する姿勢が求められる。
この観点から、筆者は政党、特に都市経営においては地域に根差した地域政党が重要であると考えている。政治家個人が辞めても組織としての決定が残る政党という存在こそが、時間を超えて民意に対して責任を持ちうる[xxxiv]からである。特に、本レポートで取り上げた環境政策やインバウンド施策は、大局的に見て世界が脱炭素化やグローバル化の方向へ進んでいくことは間違いなく地域の特性も活きる分野であることから、一時的なエネルギー市況やパンデミックなどの短期的なトレンドに流されないよう、腰を据えた政策推進を行っていく必要がある。地域に根差した政党とそこに所属し地域に責任をもって政治にあたる政治家の育成もまた、住民やまちにとって重要な「人への投資」となるのではないか。


 北九州市と同じように製鉄業の不振に苦しみながら、近年復活を果たしたアメリカの都市ピッツバーグでは、地元政財界・学会が一丸となって医療都市というビジョンを掲げ、再生に成功した[xxxv]。所属組織やジャンルにとらわれず、政・官・産・学・民を跨いでビジョンを共有し、地域の特性に合った人的投資を行いながら、皆でまちを前に進めていく機運を一致団結して創り上げていくことが肝要である。

おわりに

 少子高齢化に伴う人口減少は、我が国の将来に非常に大きな影を落としている。しかし、そこから目を背けたところで現状も未来も変わらない。ならばまず一都市が、それも最もその課題に苦しむまちがこの難題を克服できれば、それは他の自治体や国家全体にとっても希望になるのではないか。
 北九州市で生まれ育った一人の市民として、そして未来のリーダーを志し松下政経塾で学ぶ人間として、我が国の未来に希望の光を差すべくこの先も人生を賭して挑戦を続けていく所存である。

参考文献

[i] 西日本新聞「人口増加数、福岡市が全国最多…減少数は北九州市が最多 全都道府県で人口減少」2023/7/26掲載記事
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1110816/

[ii]総務省統計局HP
https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/kekka.html

[iii]東京都政策企画局(2020)「2060年までの東京の人口推計」
https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/actionplan-for-2020/plan/pdf/gaiyou4.pdf

[iv]国土交通省 国土政策局(2014)「国土のグランドデザイン2050参考資料」
https://www.mlit.go.jp/common/001050896.pdf

[v]北九州市「まち・ひと・しごと創生総合戦略成案」
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000877111.pdf

[vi]国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口-平成27(2015)~57(2045)年-」
https://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson18/6houkoku/houkoku_5.pdf

[vii]北九州市子ども家庭局総務企画課「NPO法人による「次世代育成環境ランキング」2022 年度北九州市は政令指定都市の総合ランキング第1位」
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/001032988.pdf

[viii]諸富徹(2018)『人口減少時代の都市 成熟型のまちづくりへ』中公新書

[ix]諸富徹(2020)『資本主義の新しい形』岩波書店

[x]崎山公希、宮永径(2023)「人的投資はどのように効果をもたらすか」日本政策投資銀行
https://www.dbj.jp/upload/investigate/docs/5f4db16bbdda4f355d68abd00c511c95.pdf

[xi]同上

[xii]同上

[xiii]北九州市「ばい煙の空、死の海から奇跡の復活」
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/kankyou/file_0264.html

[xiv]北九州市「北九州市の大気・水質等の現況(令和4年度測定)」
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/kankyou/file_0264.html

[xv]講談社「環境産業都市・北九州市のこれまでとこれから|SDGsと地域活性化」
https://sdgs.kodansha.co.jp/news/knowledge/41110/

[xvi]北九州パワーHPより「会社概要」
https://kitaqpw.com/about/

[xvii]木村誠一郎(2017)「自治体電力ビジネスの“日本版シュタットベルケ化”の可能性」
https://www.mskj.or.jp/seikyu/kimuras1709.pdf

[xviii]北九州市「東田・未来都市プロジェクト~The Higashida Future City Project~を始動します」
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/kikaku/28500216.html

[xix]城野ひとまちネット「みんなの未来区 BONJONOについて」
https://www.bon-jono.com/bonjono/about/

[xx]文化庁「文化庁の機能強化・京都移転」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/kino_kyoka/index.html

[xxi]東京都税制調査会「炭素税導入及び引上げプロセスにおける課題と解決手法に関する国際比較調査・分析等委託」
https://www.tax.metro.tokyo.lg.jp/report/material/30301.html

[xxii]北九州市「令和2年度北九州市の市民経済計算」
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/soumu/file_0312.html
および 北九州市「北九州市の温室効果ガス排出量」
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/kankyou/file_0366.html

[xxiii]国連世界観光機関「International Tourism Highlights」
https://unwto-ap.org/wp-content/uploads/2021/05/Highlights_2020_low.pdf

[xxiv]レンタル衣装みやびHP
https://miyabi.shakan.co.jp/

[xxv]小倉城HP「6/24-25 小倉城 ド派手新成人なりきりイベント」
https://www.kokura-castle.jp/230624-25dohadeseijinshiki/

[xxvi]一般社団法人豊前国小笠原協会(2023)「細川家が愛した「400年前の日本ワイン」を同地に再興したい」クラウドファンディングサイトREADYFORより
https://readyfor.jp/projects/garamishu

[xxvii]観光庁「令和4年度観光の状況」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001613738.pdf

[xxviii]観光庁「観光分野における女性の活躍推進に向けて」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001306648.pdf

[xxix]北九州市「推計人口異動状況(全市)」
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/soumu/file_0348.html

[xxx]北九州市企業立地ガイド
https://www.kitakyu-kigyorichi.jp/location/labor.php

[xxxi]三菱総合研究所(2019)「未来社会構想2050」
https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/ecovision/20191011.html

[xxxii]鳥海高太朗(2015)「日本一混む空の玄関、「福岡空港」の課題」東洋経済ONLINE
https://toyokeizai.net/articles/-/57882

[xxxiii]北九州市立大学「大学の歩み」
https://www.kitakyu-u.ac.jp/outline/overview/history.html

[xxxiv]砂原庸介(2022)『領域を超えない民主主義』東京大学出版会

[xxxv]松山幸弘(2012)「医療産業集積ピッツバーグのビジネスモデルUPMC」
https://cigs.canon/article/pdf/120912_matsuyama_approach.pdf

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伊崎大義の論考

Thesis

Taigi Izaki

伊崎大義

第42期生

伊崎 大義

いざき・たいぎ

Mission

自立した地方政府による「多極国家日本」の実現

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