論考

Thesis

「主体性」を尊重する前に育てよう

塾生生活がこの3月で終わる。私は活動の大半を埼玉県狭山市の開善塾教育相談研究所(所長金沢純三氏)で過ごし、登校拒否生徒の指導に携わってきた。ここでの活動を通して感じたこと、考えたことについて報告したい。

開善塾教育相談研究所では、過去16年間にわたって、600人を超える登校拒否の児童生徒を小学校から高校まで戻し続けている。そのほとんどが、登校拒否をきっかけに1年以上も家にひきこもった生徒たちである。

 平成8年度の学校基本調査(文部省)によると国公私立の小中学校で登校拒否児童生徒数は、小学生約1万5000人、中学生約7万5000人となっており、その割合は小学生で全体の0.24%、中学生で1.65%である。この数を昭和50年度のそれと比較してみると、小学校では約5倍、中学校では約8倍となっており、増える一方である。
 最近では数の増加とともに登校拒否に対する社会の理解も深まり、無理して学校に行かなくてもよいと考える人も少なくない。訪問指導や合宿を行い、ほぼ100%の子どもたちが再登校している開善塾でも、学校が全てだとは考えていない。どうしても学校にあわない子や、学校以外に学びの場を求めることで人生を切り開いていける子どもたちがいるからである。
 とは言え、登校拒否をきっかけに長い間家にひきこもったために、成人して何年も経っているのに社会に出て行けないという元登校拒否の青年たちが増え続けているのも事実である。「あの時殴ってでも、学校に行かせてほしかった」と言った青年がいた。登校拒否から高校を中退した後も学校に行けなかった自分にこだわり、家にひきこもり続ける多くの青年たち。彼らのうちどれだけの者がこう思っていることか。

 子どもが登校拒否になると、たいていの親は驚き、とまどう。そして、休み続ける子どもを受け入れていく過程で、親の気持ちは学校には安心して子どもを預けられないという学校批判に変わっていく。
 しかし、登校拒否という行為をよくみると、多くの場合、学校生活の中で本人がぶつかる問題がきっかけで起きている。友人関係がうまくいかない、いじめられた、親の期待が大きすぎて試験を受けるのが怖いなど、理由はさまざまだが、彼らは決して「学校」自体を拒否しているわけではないことがわかる。そして、子どもが登校拒否に至るまでには、実はたくさんのシグナルを出している。それに気づき、子どもの気持ちを受け止める力が、教師にも親にも絶対的に不足している。そんな中、子どもたちは当面の問題を乗り超えることができないから、とりあえず休む。一日のつもりがずるずると一週間となり10日となり、その結果、ますます学校に行けなくなってしまう。

 こういう状態に陥った子どもたちに対して、本人が行く気になるまで待つという方法は、「子どもの主体性に任す」「子どもの主体性を尊重する」という、一見非常に理解のある対処の仕方に見えるが、実は無責任な姿勢ではないだろうか。もちろん「待つ」ことが良い結果をもたらすこともある。しかし、それはすでに「主体性をもった子どもたち」に対してであり、「主体性をもたない子どもたち」にとってはまったく無意味である。大切なことは、子どもたち一人一人の性格や成長段階、そして環境にあわせた指導ができるかどうかである。
 彼らは学校にこだわっているからこそ登校拒否をして家にひきこもる。身体は家にあっても心が学校にある子どもにとっては、再登校し、学校生活に適応するという過程を経てこそ、自信が生まれる。

 家にひきこもる子どもの家や学校の訪問を繰り返すと、最初の頃は「学校」という言葉を聞くだけでこわばっていた表情が、教室に戻ろうという気に変わり、その日が近付いてくると、次第に生き生きとしてくる。高校に進学を果たし、友だちもたくさんできた女子生徒が笑って言った。「なんで、あんなに休んじゃったんだろう」。
 学校から逃げることをやめ、問題を克服した後の達成感は、子どもたちに自信を与える。「子どもの意志を尊重する」ことは大切だが、それは時として、子どもが成長していく過程で、問題から逃げる手助けとなってしまうことがある。それは同時に、子どもの成長を促す教育において、適切な対応がとれていないということである。

 学習者中心の教育方法、つまり、子どもの主体性にまかすことで知られるモンテッソリー教育を実践する学校で、子どもたちがこう言ったそうである。「先生、今日も僕たちはやりたいことをやらなくてはいけないのでしょうか」。
 子どもが大人たちに、何を求めているのかもう一度見直さなければならない。主体性を育てる努力もせずに主体性に任せようとする学校教育の問題点がここにある。
 子どもたちが「登校拒否」という形で訴えているのが、まさにこの点ではないだろうか。

 日本の学校教育が良くなることとは、一人一人の教師が良くなることであり、その教師を成長させてくれるのは、様々な個性を持ち、可能性を秘めた子どもたちである。登校拒否の子どもたちとの出会いによって、人間的に一回りも二回りも大きく成長を遂げた教師たち、そして、家族の絆を改めて築きなおそうと努力する親たち、こうした人々に私は研修期間を通して数多く会ってきた。登校拒否は「人の生き方」を問う問題だ。今後とも、このことにこだわって人を育てる学校づくりの研究を続けていきたい。


(ふじさきいくこ 神奈川県出身。明治大学卒業後、韓国観光公社を経て、松下政経塾入塾。現在、開善塾教育相談所で登校拒否生徒の指導を通じて、学校教育の現場のあり方を研究中。)

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藤崎育子の論考

Thesis

Ikuko Fujisaki

藤崎育子

第14期

藤崎 育子

ふじさき・いくこ

開善塾教育相談研究所長

Mission

不登校・ひきこもり・いじめ問題 アウトリーチ(家庭や学校への訪問相談)

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