Thesis
ある高校生は、登校拒否をした中学時代を振り返って言った。「何であんなに休んだんだろう。休んでも何にもならないのに!」。登校拒否を続ける子供たちは本当に学校へ行きたくないのか。全国の登校拒否児童生徒の訪問指導を続ける藤崎育子塾員(松下政経塾第14期生)に聞いた。
「先生、今日、高校の制服を作りに行って来たよ」。電話の向こうから弾んだ声が聞こえてきた。中学2年から登校拒否をするようになった彼女は、中3になって修学旅行には参加できたものの、歩いて6、7分のところにある中学校にどうしても登校できなかった。
「高校は義務教育じゃないから、別に行かなくてもいいでしょ」とよく口にしたが、級友たちが志望校の決定を終えた12月、初めて涙を見せた。「私は友だちに嫌われている。でも本当は高校に行きたい」。その後、彼女は私立高校に合格し、3学期は学校の相談室に通った。
登校拒否の子どもたちが高校進学という関門をきっかけに再登校するようになるケースは多い。しかし、志望校を決める時期になっても登校できない子どもたちについては、大半の親や教師はこう考えがちだ。ひとまず中学校を卒業して、それからその後の進路についてゆっくり考えればいいだろう。子供たちにとって学校に行かなければならないと思うことは大変なプレッシャーだ。そこから解放された方がいいに違いないと。ところが、実際には学校から解放され、自由になったはずの子どもたちが、相変わらず家に引きこもり、ますます無気力になっていくという現象が見受けられる。登校拒否をしていた時には心の負担になっていた学校だが、一方でそこに所属しているということが、子どもたちにどれほどの安心感を持たせているのかという事実を見落としていないだろうか。大人でも名刺を持たずに社交の場に出て行くのは辛い。○○会社の社員という肩書があるから、楽に自分を紹介できるし、挨拶された側も簡単に認知する。子どもが、どの学校の生徒であるかということも、これと同じである。
中学生、高校生の年代にとって、最大のテーマは「恋愛」と「自立」だと思う。学力の方は、興味関心を持った時に伸びるはずだ。それだけの吸収力と柔軟さを子供たちは持っている。ところがこの2大テーマに向かっていく時、家の中にひきこもった生活をするとどうなるか。ちょっとしたことで傷つきやすく、人間関係に耐えられない弱い人間になってしまう。自分の子どもに合わない学校だからと思っている親御さん、集団生活に馴染めない生徒だからと考える先生方、ぜひその発想を転換して欲しい。そういう子どもにこそ、自分を強い人間にするための環境である学校が必要なのだ。登校拒否をしている子供たちの大部分は学校に行きたいと思っている。そして学校生活に戻っていく過程で、ハードルをひとつひとつ乗り越える度に自信が生まれてくるのである。
学校に行かずとも、自分の才能を伸ばし、自信を持って生きていけるのならば、そういう人生もいい。しかし私が出会ったのは学校に行きたいけれども行けない登校拒否の子どもたちだった。登校拒否は子どもが全人格を持って訴える行動だ。子どもは決して学校に行きたくないわけではない。その言葉にならない声を聞き取り、問題を抱える学校現場を変えていく責任はすべての大人にある。私自身、登校拒否の訪問相談という仕事を通して、「学校に行こう!」と言えるような日本の学校教育をつくっていきたいと思っている。
Thesis
Ikuko Fujisaki
第14期
ふじさき・いくこ
開善塾教育相談研究 所長
Mission
不登校・ひきこもり・いじめ問題 アウトリーチ(家庭や学校への訪問相談)