論考

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海外から研究者来塾相次ぐ

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松下政経塾

1999/10/29

中国社会科学院アジア太平洋研究所の陳暉先生、米国ケィトー(CATO)研究所のスタンレー・コバー外交政策研究員が来塾して、それぞれ中国の女性問題やアジアの安全保障について塾生と議論を行った。その内容を紹介する。

■近代化と中国女性

 9月7日に、中国社会科学院アジア太平洋研究所助教授の陳暉先生が来塾した。彼女は日本の城西国際大学人文学部客員教授でもあり、中国の近代化に伴い女性がどのように生きてきたかについて鋭い洞察力で研究している。
 当日は「近代化と中国女性の生き方」と題する講義が塾生に行われた。
 陳先生によれば、中国女性の解放の原点は、1851年に起こった洪秀全による太平天国の農民蜂起だという。ここで纏足反対運動や売春禁止などの婦人解放が行われた。また「三千女軍」と呼ばれる女性軍は1853年には十数万人に拡大し、女性は太平天国の農民蜂起の中で積極的かつ重要な役割を果たした。
 さらに、1937年からの抗日戦争では、都市のエリート女性が農村に入り、これによって上から・下からの婦人解放の動きが結合したという。
 1949年の中華人民共和国成立後は、あらゆる面での男女平等が法律上保障されただけでなく、土地改革によって女性も平等に土地を所有し農業生産に参加した。しかし58年から20年間に渡る大躍進、人民公社、文化大革命などの混乱は、中国社会全体に大きな損失を与え、それは女性の権利においても例外ではなかった。
 現在の中国における女性の状況は、中国共産党に属する女性党員は約700万人。総党員数の14%に当たるが、政策決定にまで携わるほど上層部に属する人はきわめて少ない。女性団体は約5800あり、青年団や労働組合と同じような立場で政権を補助する婦女連(婦女連合会)にそのほとんどが所属している。中国の女性の就職率は55%で、これはアジアの女性の平均(46%)よりやや高い。平均寿命は1949年の36.7歳から90年代には72歳と驚異的な伸びを見せている。

 一方で解決すべき問題も多い。中国の非識字率は90年の調査で22.21%。これを男女別に見ると男性が13%であるのに対し、女性は32%と倍以上である。その背景には、男尊女卑の伝統思想、家が貧しく家事に駆り出されるなどの理由で、女児の就学(87年、9省区の調査では14歳の女生徒の在籍率は31.1%)が軽んじられる実態がある。また、一人っ子政策の下、両親が男の子を欲しがるため、妊娠中絶されるのはほとんど女の子で、農村部には間引きの習慣も残る。
 1978年来の改革開放政策によって生じた社会変動も女性に不利な環境をもたらした。国有企業をはじめとする経済体制の改革によって解雇者が出るようになったが、女性のほうがより多い。その数は91年には約200万人だったのが95年末には551万人、97年には約2000万人に上るという。
 加えて役所の管理能力の低下と、人民公社の解体など共同体の崩壊が社会における暴力を誘発し、90年代に入り大きな社会問題となっている。誘拐・人身売買などその被害に遭うのも圧倒的に女性が多い。
 このように女性にとって中国の現状はきわめて厳しい。しかし、そのような環境の中で陳先生は、中国における女性学の発展のため精力的に活動している。中国の女性学には就職などを扱う社会学の分野と、男女の社会・文化による差を扱うジェンダー論という2つの大きな流れがあるという。陳先生は、米国のフェミニズムの影響を部分的に選択しながら、中国独自の女性学を作りだすことを目指している。

■台湾=バルカン半島の危険性

 9月9日には米国ケィトー研究所のスタンレー・コバー外交政策研究員が来塾し、アジアの安全保障問題について講義した。同研究所は1977年に創設され、ワシントンに本部があり、どの党にも属さない独立系のシンクタンクとして政策研究している。研究所の名称は米国の独立革命に影響を与えたケィトーの手紙に由来している。
 コバー研究員はニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ウォールストリート・ジャーナルなど米国の有力紙に執筆している。また、米ソ関係で博士号を取得し、中露関係にも詳しい。そこで東アジアをめぐる諸問題について塾生とホットな討論となった。彼は、最近中国とロシアの関係が緊密化していることにまず注意を促した。これまでアジアの安全保障は米国と日本・韓国などの強い同盟関係に対し、ロシアと中国の間には何ら強い関係が存在しないことによって安定を保ってきた。しかしいま、後者の条件は疑問視されつつある。
 1996年以来、中露関係は武器売却などで親密になっている。これは中国にとって、ロシアとの国境に展開する軍備の削減が可能になり、また購入した武器を台湾に向けることができるという二重の意味で、中台関係に影響を与える。つまり中露関係の緊密化は台湾問題の不確定性を増す、という形で現れるのである。
 コバー研究員はさらに外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』に掲載された中国高官の論文や、江沢民・中国国家主席が97年に訪米した時の発言などを挙げて、中国が台湾問題について非常に強硬な姿勢であることを指摘した。また、一般国民のレベルでも、89年の天安門事件の際には学生に「民主主義の女神」と称えられるほどの好イメージだった米国に対する感情は、ベオグラードの中国大使館誤爆事件などを経て、いまでは反米感情へと転換している。

 こうした状況と、本年7月の李登輝・台湾総統の発言(「中国と台湾は特殊な国と国の関係」)を考え合わせると、中台そして米中関係は決して予断を許さない。歴史に詳しいコバー研究員は、現在の世界は100年前、つまり第1次世界大戦直前のヨーロッパの状況に酷似しているという。当時のドイツ・オーストリア帝国対フランス・ロシアの同盟関係がヨーロッパを2分したように、現在の世界にも中露接近をきっかけとして緊張が高まりつつあるというのが彼の認識だ。その場合、台湾は第1次大戦の引き金となったバルカン半島になぞらえられるという。
 また、米国外交の根底には、第2次大戦前に英国のチェンバレン首相らがヒットラーに譲歩したミュンヘン会談が大戦の引き金となったという認識がある。ミュンヘン会談の過ちを繰り返すな、すなわち絶対に妥協するなというポリシーが米国の外交政策の大本である。したがって米国は世界中の問題に積極的に関与していくのだ、と。
 さらに、戦争には2つの違った次元の4つの組み合わせがあるという。まず第1の次元として①支配層は望むが国民は望まない戦争と、②社会の総意として行われる戦争という2つがある。さらに別の次元として(A)略奪のために行われる戦争と(B)アイデンティティ(「自分たちは何々だ」)のために行われる戦争という分け方がある。この4つがマトリックスのように組み合わされるわけだが、一番危険なのは②と(B)の組み合わせ、つまり国民が熱狂し、国のアイデンティティを守るために行われる戦争である。そして中台間の衝突はこのエリアに属する最も危険なものだというのが彼の主張である。

 この刺激的なレクチャーを基に塾生との間で議論が行われた。その中で、中国があえてスーパーパワーである米国に挑戦するだろうか、といった疑問が出された。これに対しコバー研究員は「第2次世界大戦後の安全保障は、米国の卓越した軍事力による抑止で保たれてきた。しかし軍事的な抑止が常に誤算無く有効であるならば、20世紀はもっと平和な世紀になっただろう。時として軍事力のバランスや政治的緊張には誤算が起こる。そして国民が感情的で合理的な判断ができなくなるために起こる誤算もある」と応じた。


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