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2021年3月

塾生レポート

農政ビジョン2040 ~食料自給国家の実現に向けて~
波田大専/松下政経塾第39期生

 

<目次>
1.はじめに
2.現状分析と問題意識
3.課題解決に向けた方向性
4.緊急事態食料安全保障指針
5.農政ビジョン2040
6.結び

1.はじめに

 世界的な異常気象の頻発と世界人口の爆発的な増加等により、地球規模での食料危機への懸念が年々高まっている。このような状況の中、我が国の食料自給率は低下の一途を辿り、2018年度の自給率は37%と過去最低を更新した。農水省が掲げる「2025年度までに自給率45%を目指す」という目標は完全に形骸化し、まさに今この国の農政は向かうべき方向を見失い、混迷を極める状況にある。この原因は個々には色々あるが、帰するところ国家の未来を拓く長期的展望に欠けるものがあるのではなかろうか。
 本レポートでは、日本の農業政策について、その目的や対象に応じて「攻めの農業」と「守りの農業」に分けて整理した上で、有事の緊急対応策である農水省の「緊急事態食料安全保障指針」が抱える致命的課題について考察する。そして、20年後の2040年に向けた農政のあるべき姿(農政ビジョン)を提唱し、我が国が取り組むべき具体的政策について提言したい。

2.現状分析と問題意識

(1)迫りくる地球規模の食料危機

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、昨年8月に「温暖化による干魃(かんばつ)等の増加で2050年に穀物価格が最大23%上がる恐れがあり、食料不足や飢餓のリスクが高まる」と警告する特別報告書を公表した(注1)。また、現在約77億人の世界人口は今後も爆発的な増加を続け、2050年には98億人を突破すると推計されており(注2)、元シドニー工科大学教授のジュリアン・クリブ氏は21世紀の半ばに向けて人類は有史以来最も深刻な地球規模の食料危機に直面すると警鐘を鳴らしている(注3)。これまで日本は、経済力を背景に食料を海外から大量に輸入することで豊かな食生活を維持してきたが、今後日本の経済力が相対的に低下を続けることは明白な事実ではなかろうか。近い将来、日本が海外から十分な食料を輸入できなくなる時代が来ることも、もはや現実に起こりうる問題として真剣に考えなければならないのである。

 注1.SankeiBiz「温暖化で穀物価格23%上昇 国連IPCC、2050年見通し警 告」, (2019.8.12)
 注2.国際連合広報センター「世界人口推計2019年版」,(2021.1.25閲覧)
 注3.ジュリアン・クリブ(2011)「90億人の食糧問題」シーエムシー出版,p.1,p.5

(2)低下を続ける我が国の食料自給率

 我が国の食料自給率(カロリーベース)は、1960年の79%(注4)をピークに年々低下の一途を辿り、2018年には37%(注5)と過去最低を更新した。このまま何もしなければ、自給率は14%程度にまで減少するとの試算もある(注6)。
 食料自給率が低くても、海外から食料を輸入すれば問題ないと考える人も多い。たしかに、平時においては自給率が低くても国民生活に影響はなく、私たちは輸入品の恩恵として豊かな食生活を享受している。自給率が低いことで問題が生じるのは有事の時、すなわち海外から食料を輸入できなくなった時に初めて致命的な問題が顕在化すると言える。逆に言えば、有事の際に国民の胃袋を満たすことができる緊急対応体制が整ってさえいれば、平時の自給率は低くても特段問題はないと考えることもできるのではなかろうか。有事の緊急対応として、農水省は「緊急事態食料安全保障指針」を定めている(注7)。しかし、この指針には致命的な欠陥が存在する。これについては、後段にて詳述することとしたい。

 注4.農林水産省「平成22年度 食料・農業・農村白書 全文」,2010,巻末付 録,p405
 注5.農林水産省「食料自給率とは」,(2021.1.25閲覧)
 注6.菅正治(2020)「平成農政の真実 キーマンが語る」筑波書房,p.75
 注7.農林水産省「緊急事態食料安全保障指針」,(2021.1.25閲覧)

(3)日本の農業が抱える2大課題

 食料自給率を改善するためには、農業生産基盤の強化が不可欠である。しかし、我が国の農業は、大きく2つの課題を抱えている。
 第1に、労働力不足である。日本の基幹的農業従事者数は、1960年の1,175万人をピークに(注8)、2000年には約240万人(注9)、2019年には約140万人(注10)にとなり、この20年だけ見ても4割以上も減少している。日本農業研究所では、2040年にはさらに約35万人にまで減少すると推計しており(注8)、平均年齢67歳(注11)と言われる農業現場では今後も労働力不足の致命的な深刻化が懸念されている。人口減少社会において、そもそも食べ物の消費量も減少するとの見方もあるが、2040年における国内の推計人口は1億1,092億人で(注12)、その減少率は2019年比でせいぜい-12%程度に留まる(図表1)。生産年齢人口の減少により、社会全体で労働力不足が叫ばれるが、農業現場の労働者不足はまさに桁違いと言っても過言ではない。
 近年、技能実習や特定技能の在留資格で就労する外国人が日本の農業生産を支える大きな力となっている。厚生労働省の外国人雇用状況の届出状況によると、2009年には「266人に1人」であった農業・林業で働く外国人労働者の割合は、2017年には「74人に1人」と急増しており、特に農業の外国人依存度が最も高い茨城県では、「21人に1人」が外国人で、20代に限ると約2人に1人が外国人となっている(注13)。日本の農業現場で就労する外国人の数は、今後も一層の増加が見込まれる。


図表1 基幹的農業従事者数の推移

 第2に、農地の規模が小さいことである。すなわち、①1経営体あたりの経営耕地面積が小さく、②田畑1枚ごとの区画が小さいことである。
 農家1経営体あたりの平均耕地面積は、アメリカの約75分の1、オーストラリアの約1300分の1以下とあまりにも小規模であり(注14)、諸外国と比べても効率的な農業生産が難しい条件下にある。また、戦後の農地改革の名残もあり田畑1枚ごとの区画も小規模に留まっており、圃場間の移動に時間を要する等、作業面で大きな非効率を生んでいる。農業の生産性向上を図るためには、①農地の集積や集約化によって1経営体あたりの経営耕地面積を拡大し、②基盤整備によって圃場の大区画化を進めることが必要である。
 また、これらとは別次元の問題として、そもそも「農地自体が足りない」という問題もある。我が国は、人口に比して国土面積があまりにも小さく、かつその国土の71%が住宅地や農地として活用することができない山岳森林地帯となっている(注15)。農地面積は、1961年の608.6万haをピークに(注16)、2018年には439.7万haまで減少した(注17)。ピーク時の食料自給率が1960年の79%であると考えると、そもそも我が国は全ての農地を活用しても、食料を自給するには農地が十分ではなかったのである。この問題は、現在農水省が進める農地の集積や集約化で解決できる問題ではなく、そもそも農地のパイが足りないという問題である。この60年余りで失われた約168万haもの農地は宅地等に転用され、もう元の農地に戻すことはできず、2040年には農地はさらに約2割程度減少すると推計されている(注18)。
 以上のように、食料自給国家の実現に向けては、「労働力」と「農地」の2つの大きな課題に対応することが不可欠なのである。

注8.日本農業研究所「農家人口、農業労働力のコーホート分析」,大賀治,2015, p.98,(2021.1.25閲覧)
注9.農林水産省「農林業センサス」,第2巻 農家調査報告書(総括編),2000年,表番 号21,(2021.1.25閲覧)
注10.農林水産省「農業構造動態調査」,調査結果の概要,2019年, p.6,(2021.1.25閲 覧)
注11.農林水産省「農業構造動態調査」,確報,2019年,表番号2-1-2-オ,(2021.1.25 閲覧)
注12.総務省「2040年頃までの全国人口見通しと近年の地域間人口移動傾向」 (2021.1.25閲覧)
注13.日本経済新聞「農業の外国人依存度、1位は茨城県 20代は半数」,(2018.08.09)
注14.独立行政法人経済産業研究所「新たな成長戦略-地域活性化と攻めの農業(議事 概要) ,(2021.1.25閲覧)
注15.松下幸之助(1976)「新国土創成論」PHP研究所,p.19
注16.農林水産省「荒廃農地の現状と対策について」,(2021.1.25閲覧)
注17.農林水産省「令和元年度食料自給率・食料自給力指標について」,(2021.1.25 閲覧)
注18.農林水産省「食料・農業・農村政策審議会企画部会(令和2年1月29日),配布 資料1,(2021.1.25閲覧)

3.課題解決に向けた方向性

(1)農業が持つ2面性

 農業には、2面性があると考える。第1に、経済活動としての一面である。農家が農産物を生産して販売し、生活に必要な収入を得る。これは、他の産業と同様の一面である。第2に、国民の食料生産を担う一面である。農業は、国民生活の基盤となる食料の生産を担っており、採算性がないからといって生産をやめるわけにはいかないのである。世界各国において、農業が補助金で保護される所以であろう。しかし、両者はそもそも目的が異なり、目指すべき目標(KPI)も異なる。食料生産を担う一面からすると、食料自給率や食料自給力指標は重要なKPIであるが、経済活動の一面からすると農業所得や輸出額が重要なKPIであり、個々の農家にとって食料自給率は高くても低くても特に関係ないのである。この農業の2面性を一緒くたに捉えてしまうことこそが、問題の構造を複雑化させ、農業政策の迷走を招いているのではなかろうか。北海道の大規模農業と、中山間地域の小規模農業を、1つの統一的な政策で括ることもあまりに不合理である。
 そこで、以下では経済活動を目的とした「攻めの農業」と、国民を飢えから守ることを目的とした「守りの農業」に分けて、その具体的政策や対象について考察したい(図表2)。


図表2 「攻めの農業」と「守りの農業」

(2)攻めの農業

 経済活動としての「攻めの農業」においては、目指すところは農家所得や輸出額の向上であり、農業を儲かる産業にするための資本主義的な政策が必要となる。規制緩和によって大規模化や法人化を進め、スマート農業による生産の効率化や、高付加価値化によって輸出を促進する。対象としては、北海道のような大規模経営のイメージであり、一定規模の専業農家や農業法人を想定する。攻めの農業においては、食料自給率の向上は直接的な目的とはならないが、農業経営が効率化されることで結果として食料自給率向上に繋がることは十分に考えられる。

(3)守りの農業

 食料生産の手段としての「守りの農業」においては、食料自給率や食料自給力指標の向上が最大の目標であり、採算性が見込めない地域においても生産を維持するために補助金で保護するような社会主義的な政策が必要となる。対象としては、都府県の中山間地域の小規模・兼業農家等が想定される。
 「攻めの農業」の観点から見れば、こうした小規模な兼業農家への助成はやめて、担い手に農地を集積するべきとの考え方になるであろう。しかし、中山間地域のような条件不利地は攻めの農業には適さず、耕作放棄地となることも多い。一方で、農地が絶対的に不足する我が国にとっては、中山間地域も貴重な農地であるため、有事に備えて耕作を継続し、農地を維持しなければならないのである。有事を想定すると、例えば北海道に生産を集中させるより、小規模であっても全国各地に農地が点在している方が物流の観点からもリスク分散の観点からも有効性が高いのである。
 有事の際の緊急対応を示したのが、農水省の「緊急事態食料安全保障指針」であり、これこそが「守りの農業」の要である。しかし、この「緊急事態食料安全保障指針」には致命的な欠陥がある。次章で詳しく述べたい。

4.緊急事態食料安全保障指針

(1)食料自給力指標

 有事の食料安全保障を考える上で、農水省は2015年から「食料自給力」の指標を毎年公表している(注19)。これは、我が国の農林水産業が有する潜在生産能力(農地・農業者・農業技術)をフル活用することで得られる供給可能熱量(カロリー)を試算したものであり、全ての農地で高カロリーな作物(米・小麦・いも類等)を中心に作付けすることを想定(栄養バランスは考慮)したものである(図表3)。
 従来の食料自給率(カロリーベース)では、分母となる供給熱量(2019年度は2,426kcal/人・日)の中に、必要以上に摂取された過剰な食料や廃棄された食料も含まれているため、これらを除くと実際の自給率はもっと高くなるとの指摘もあった。そこで、食料自給力指標では、人間が生きていくのに必要とされる推定エネルギー必要量(2,168kcal)を基準にしており、これを分母とした2019年度の食料自給率は42%となる。たしかに自給率は少し上がるが、いずれにしても十分な自給率には到底及ばないことは言うまでもない。
 2019年度の食料自給力指標によると、「米・小麦中心の作付け」では平均的な1人当たりの推定エネルギー必要量の約81%程度しか賄うことができないのに対し、「いも類中心の作付け」にした場合には推定エネルギー必要量の約120%と十分なエネルギーを賄うことができる試算となっている。


図表3 2019年度 食料自給力指標

注19.農林水産省「日本の食料自給力」,(2021.1.25閲覧)

(2)緊急事態食料安全保障指針
 こうした有事の具体的対応として示されているのが農水省の「緊急事態食料安全保障指針」である(注7)。この指針では、レベル0~2の事態に応じて対応が分かれており、最も深刻なレベル2の事態(1人1日当たり供給熱量が2,000キロカロリーを下回ると予測される事態)では、高カロリー作物(米・小麦・いも類等)への生産転換の実施が定められている(図表4)。すなわち、上述の食料自給力指標に基づいて「米・小麦中心の作付け」、もしくは「いも類中心の作付け」に生産転換することで有事の際にも国民の胃袋を満たすことができるというものである。


図表4 緊急時のレベル類型と対策の概要

(3)現行指針の致命的欠陥
 ここで、現行の「緊急事態食料安全保障指針」が抱える致命的な欠陥について、以下の2点を指摘する。
 第1に、農業資材の不足である。食料自給力指標の試算に当たっては、「肥料、農薬、種子、農業機械等の生産要素は十分な量が確保されているものとする」との前提が置かれている。しかし、我が国の農業資材の原料は、肥料で約93%、農薬で約38%を輸入に依存しており(注20)、食料輸入の大半が途絶えるような緊急事態において、大半を輸入に依存する肥料や農薬を十分に確保することは非現実的である。特に、化学肥料はその原料であるりん鉱石が中国・米国・モロッコ及び西サハラで、塩化加里がカナダ・ロシア・ベラルーシ・ドイツで産出量の大半を占めており(注21)、国内で自給することは難しいであろう。化学的に合成された肥料や農薬を用いない有機農業においては、慣行栽培よりも収量が減少する。具体的には、慣行比で米は81%(注22)、小麦は約5割~7割(注23)、ジャガイモは47%程度(注24)の収量となる。特に、ジャガイモは殺菌剤を使用しないことで疫病が発生すると、収量が激減するリスクがある(注25)。
 日本の有機農業の取組面積の割合は、0.5%(2018年)とごく僅かであり(注26)、肥料や農薬を使用できないことを考慮すると、前述した食料自給力指標は「米・小麦中心の作付け」で81%から60%程度へ、「いも類中心の作付け」で120%から60%程度へと大きく減少することとなる。すなわち、有事の際に生産転換を行っても、国民を飢えから守ることはできないのである。
 第2に、農地の不足である。2019年度の食料自給力指標においては、農地439.7万haに、再生可能な荒廃農地9.2万haを加えた448.9万haを算定基礎に置いている。しかし、既に述べた通り、1961年のピーク時の農地面積608.6万haをもってしても、食料は79%程度しか自給できないのである。当時と比較して単収は向上したかもしれないが、肥料や農薬を使用できない状況下においては技術革新の恩恵も受けられないであろう。肥料や農薬を使用できない場合の食料自給力指標が、「米・小麦中心の作付け」「いも類中心の作付け」ともに60%程度であると考えると、こうした状況下で食料自給力指標を100%にするには、約750万haの農地が必要な計算となり、不足する農地面積は約300万haにもおよぶ。有事において生産転換を行い、国民の胃袋を満たすためには、そもそも農地が圧倒的に足りないのである。

注20.日本経済新聞「農業にもBCPが必要だ 山田敏之氏」,(2020.7.9)
注21.農林水産省「肥料及び肥料原料をめぐる事情」,(2021.1.25閲覧)
注22.農林水産省「有機農業をめぐる我が国の現状について」,p.12,(2021.1.25閲覧)
注23.北海道農政部「有機導入の手引き(小麦編)」,p.15,(2021.1.25閲覧)
注24.北海道中央農業試験場「有機農業の技術的課題と試験研究」,p.1,(2021.1.25閲覧)
注25.北海道立総合研究機構「ばれいしょの疫病による塊茎腐敗の発生生態と防除につい て」,p.1,(2021.1.25閲覧)
注26.農林水産省「有機農業をめぐる事情」,(2021.1.25閲覧)

5.2040年に向けた農政ビジョン

(1)あるべき姿
 有事に備えて、平時から食料自給率を上げる努力をすることは言うまでもなく重要である。しかし、目標値とするのは、平時の食料自給率ではなく、やはり有事の食料自給力指標であり、有事の際にどれだけ国民の胃袋を満たすことができるかが重要である。そのため、食料自給力指標を100%にすることを目標とするべきである。そして、その食料自給力指標は、肥料や農薬を用いない場合でも100%を達成することを目標とする。そのために必要な具体的政策について、次項で詳しく述べたい(図表5)。
 尚、今回はあえて詳述しないが、食料や農業資材が輸入できないような緊急事態においては、当然エネルギー資源の確保も期待できないことが予測される。これは農業に限ったことではないが、有事においても国民生活を維持することができるように、再生可能エネルギーを推進してエネルギー自給率を高めることが大前提である。そうでなければ、物流の停止によってせっかく生産した食料も国民の手元に行き渡らせることができない。農業機械においては、今年1月にクボタが電気で動く電動トラクターの商用化を発表したが(注27)、こうした輸入エネルギー資源に依存しない農業機械の普及も不可欠であろう。また、種子についても同様である。例えば、野菜の自給率は79%(2019年度)であるが(注28)、国内で出回る野菜の種子の約9割が海外で採種されていることを考慮すると(注29)、実質的な自給率は8%を下回ることとなる。エネルギーや種子を国内で自給することなくして、真の食料自給国家の実現には至らないのが現実であるが、これらの問題については別稿に譲ることと致したい。


図表5 2040年の農政ビジョン

注27.日本経済新聞「クボタ、電動トラクター商用化 3年後めど」,(2020.01.15)
注28.農林水産省「食料自給率の推移」,(2021.1.25閲覧)
注29.日本農業新聞「コロナ禍で社員派遣できず 海外生産が9割 品質管理やきもき 種苗 メーカ」,(2020.7.21)

(2)具体的政策
①規制緩和
 「攻めの農業」においては、規制緩和によって農地の大規模化や法人参入を促進する。また、労働者不足を解消する切り札となるスマート農業の推進においても、大胆な規制緩和が不可欠である。無人トラクターの自動走行や農薬散布ドローンの自動飛行は、民家の建ち並ぶ都会の近郊農業では危険を伴うかもしれないが、渡す限り田畑が広がる北海道の大規模農業においてはリスクを最小限に留めることができるであろう。地域の特性や実態を考慮した柔軟かつスピーディーな規制緩和の推進を提言したい。

②農業の担い手外国人の受入
 新型コロナウィルスの感染拡大により、農家に来る予定であった技能実習生が入国できず、農業現場は大きな打撃を受けた(注30)。これは、安い労働力として外国人を使い捨てしてきたことへのしっぺ返しとも捉えられる。現行制度では、技能実習は最長5年、2019年から新たに始まった特定技能1号では最長10年(技能実習の5年を含む)の期限付きの在留資格である(注31)。実質的に永住することが認められる特定技能2号については、農業分野では認められていない。しかし、期限付きの在留資格で外国人を取り換え引っかえしていては、今回のような有事の時に支障を生じ、場合によっては緊急事態には母国に帰還してしまうかもしれない。その場しのぎ的な期限付きの受入制度から、在留期限の無い「農業の担い手外国人」としての受入制度に転換する必要があるであろう。在留期限なく定着してもらった方が、受入農家側も育成しやすく、ようやく技術が身についた頃に帰国してしまう等といった非効率も解消される。定住を前提とすることでお互いの覚悟や接し方が変化し、失踪や不法就労等といった問題の解消にも繋がるのではなかろうか。また、現行制度の下では、せっかく日本語を覚えて日本に愛着を持ち、家族を帯同して日本で働き続けることを希望しても、それが認められず帰国させられてしまうことを嘆く技能実習生も多い。日本の技能実習制度に世界的な批判が集まり、外国人労働者の日本離れが懸念される中で(注32)、こうした日本での就労を希望する外国人を温かく受け入れる体制の整備が重要であると考える。
 2040年には基幹的農業従事者数は35万人に激減する。スマート農業の普及によってある程度の省力化は見込まれるが、やはり農業には人間の手でしかできない作業が多く、ロボット化や機械化だけで補うには限界があるものと思う。そのため、少なくとも現状の基幹的農業従事者数140万人は維持するべく、不足する105万人を担い手外国人で補うことが必要であろう。埼玉県川口市芝園町は、人口4,900人のうち外国人が57%(2,800人)を占める場所であるが(注33)、全国各地の農村も20年後には外国人が大半を占めることが予想される。芝園町でも当初は生活習慣の違いによるごみや騒音のトラブルが相次いだが、通訳の配置や母国語で生活マナーを伝える冊子の配布等によりトラブルが減ったようである。農村においても、急激な国際化に備えるべく、自治体の対応やそのノウハウの共有が求められるであろう。
 なお、労働力不足と言われる我が国においても、農業現場で力を発揮できる潜在的な労働力はまだ沢山存在する。近年は、障害者が農作業に取り組む農福連携の動きが広がっており、この他にも引きこもりの若者や退職後のシニア世代の農業現場での活躍が期待されている。まずは、こうした潜在的な国内の労働力を最大限に生かした上で、それでもなお不足する部分について外国人労働力で補うという考え方が重要であろう。

③自治体による経営継承
 農業者の高齢化と後継者不足により、手放される農地は今後いっそう増加する。肥沃で条件の良い農地は、地元の担い手農家や農業法人が経営を継承することが期待される。一方で、中山間地域等の条件の良くない農地は資本主義的な経営判断では採算が合わず、耕作放棄地となってしまう可能性が高い。しかし、我が国は貴重な農地を維持しなければならないのであり、そのためには公営で農業経営を継承するような社会主義的な政策が必要であろう。
 北海道深川市では、2017年に深川市と地元のJAきたそらちの共同出資で(株)深川未来ファームを設立した(注34)。同社の経営収支は、農産物の販売では採算が取れていないのが現状であるが、地元の農地の保全や新規就農者向けの研修等といった公的な役割も大きいことから、公費を投じて自治体が農業経営に取り組む先駆的な事例である。耕作放棄地を抱える地域においては、その地域の特性に応じて自治体による経営継承の取り組みを進め、国にはこうした取り組みを財政的に支援することを提言したい。

④有機農業の拡大
 我が国の有機農業の面積割合は、0.5%に留まり、EU諸国の7%と比べても著しく低い(注35)。農地面積が小さい我が国にとっては、面積当たりの収量を上げることが重要であり、肥料や農薬を用いることは有効である。有機農業の拡大は、むしろ食料自給率を下げることにも繋がりかねない。しかし、肥料や農薬が輸入できないような有事を想定すると、有機農業に関する技術や知見を集積することも極めて重要である。
 例えば、北海道更別村・幕別町のバイオダイナミックファーム「トカプチ株式会社」では、360haにもおよぶ大規模有機農業に取り組んでおり、将来的に1,000haの有機農場を構想している(注36)。有機農業では除草剤を使用できないため、雑草を手作業で取り除く。このため、膨大な人手と時間を要し、有機農業の大規模経営は難しいというのが一般的な認識だ。しかし、トカプチでは小麦の播種時に白クローバーを混播することで白クローバーが表土を覆い、他の雑草の繁茂を抑制することに成功している(注37)。白クローバーは草丈が低いため、小麦の生育や収穫作業を阻害しない。これにより、除草剤を使用することなく、かつ人手も要することなく、有機農業の大規模経営を実現している。こうした知恵やノウハウは、やはり有機農業に取り組む層が一定数いなければ蓄積されないであろう。慣行農業と有機農業のどちらが良いかという議論ではなく、両者の適正なバランスが重要なのである。
 農水省は、2030年までに有機農業の取組面積を63,000ha(農地全体の約1.3%)まで拡大することを目指しているが(注26)、EUは2020年5月に「2030年までに有機農業の割合を25%まで拡大する」との目標を発表している(注38)。肥料や農薬を自給することができない我が国こそ、有事に備えてEUと同水準で真剣に取り組むべきではなかろうか。有機農業の拡大は、「攻めの農業」においても、付加価値向上や輸出拡大に繋がる。ドローン空撮による土壌分析や除草ロボット等のスマート農業技術によって、有機農業の生産性が今後飛躍的に改善される可能性もある。大規模で手間のかからない「スマート有機農業」のモデル事例を確立する等、有機農業の拡大に向けた本格的な政策支援を提言したい。千葉県いすみ市では、市内の小中学校の給食の米に地元産の有機米コシヒカリを使用しているが(注39)、こうした自治体の取り組みは有機農業に対する消費者側の関心や需要を喚起する上で有効であろう。

⑤新農地創成
 有事の生産転換で国民の胃袋を満たすには、農地が300万haほど足りないことは既に述べた。300万haとは、岩手県2つ分の面積に相当する(注40)。松下政経塾を設立した松下幸之助塾主は、40年以上前に「新国土創成論」を提唱し、海上に新たな国土を創成することで日本もアメリカのような大農方式に取り組むべきと提言している(注15)。近年は、メガフロート(超大型浮体式構造物)という技術を活用すれば、海に巨大な鉄板を浮かべる形で農地を造成することができ、従来の埋立方式よりも工期が短く、建設費も抑えることができる(注41)。埋立しないため、海洋の生態系に影響をおよぼさないことも特徴である。このような方法で大規模に農地を創成しない限り、日本は有事の際に国民を飢えから守ることはできないのである。
 大規模農地の創成は、規模拡大やスマート農業の推進等、「攻めの農業」においても重要である。2020年1月、トヨタが静岡県裾野市の東富士工場跡地に、自動運転やMaaS、スマートホーム、AI等の技術を導入した実証都市を作ると発表した(注42)。グリーンフィールド型と呼ばれるゼロから新たな街を創る方式である。スマート農業を推進する上でも、やはり既存の農地を活用するよりは、ロボット作業に適した全く新しい農地をゼロから作った方がその真価を発揮することができるであろう。既存の農地に対応したロボット技術を開発するのではなく、ロボット技術や自動運転を最大限活用できる農地を新たに創成するという発想である。まずは、国や自治体が主導する実証プロジェクトとして、メガフロートを用いた小規模の人工島を海上に造成し、その土地上で試験的に農作物を栽培することから着手することを提言したい。

注30.朝日新聞「コロナで農家に実習生が来ない」,(2020.06.05)
注31.出入国在留管理庁「新たな外国人材の受入れ及び共生社会実現に向けた取組」 (2021.1.25閲覧)
注32.日本経済新聞「外国人技能実習、海外から批判集まる 企業のリスクに」, (2020.11.22)
注33.日本経済新聞「多文化共生は足元から 岡崎広樹氏」,(2020.10.9)
注34.株式会社深川未来ファーム「会社概要」,(2021.1.25閲覧)
注35.独立行政法人農畜産業振興機構「EUにおける有機(オーガニック)農業の現 状,(2021.1.25閲覧)
注36.アグリシステム株式会社「バイオダイナミックファームトカプチ株式会社」, (2021.1.25閲覧)
注37.アグリシステム株式会社「大規模有機栽培の展望と可能性」,(2021.1.25閲 覧)
注38.日本貿易振興機構「EUの新しい食品産業政策『Farm to Fork戦略』を読み解 く」,(2020.8.28)
注39.日本農業新聞「学給に有機農産物 農業の未来開く端緒に」,(2020.09.22) 注40.岩手県「岩手県のすがた」,(2021.1.25)
注41.日本造船技術センター「メガフロートの紹介」,(2021.1.25)
注42.日経ビジネス「トヨタがなぜ“街づくり”に取り組むのか」,(2020.01.15)

6.結び

 この国にとって、今一番大切なことは何か。経済対策、教育、医療福祉の拡充等、どれも非常に重要な課題である。しかし、それらはどれも「国民の命」があってこそのものであり、そしてその命は「十分な食料」があってこそのものである。有事の食料安全保障は、国民生活の根幹を支える最も重要な課題であると私は考える。
 2040年の農業の展望は、今私たちが想像している以上に非常に厳しい。加えて、国際情勢は今以上に緊張感を増し、各国が保護主義に向かい、世界人口は爆発的増加を続ける。これまで起こらなかった事態が起こり、これまで当たり前のように輸入できた食料や農業資材が輸入できなくなる事態が、現実に起こりうる時代になるであろう。
 「当たり前」のようにあるもののありがたみは、失った時に初めて気付くものであり、普段そのありがたみに気付くことはない。そして、多くの場合、気付いた時にはもう既に手遅れなのである。「当たり前」のようにある食べ物のありがたみを、私たち日本人はどこか忘れかけてはいないだろうか。
 今こそ、その「当たり前」の重要性を再認識し、我が国も有事の食料安全保障体制の確立に真剣に取り組むべき時である。

<参考文献>
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[34]独立行政法人農畜産業振興機構「EUにおける有機(オーガニック)農業の現状, https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000833.html(2021.1.25閲覧)
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[40]日本造船技術センター「メガフロートの紹介」 http://www.srcj.or.jp/html/megafloat/whatmega/what_index.html(2021.1.25)
[41]日経ビジネス「トヨタがなぜ“街づくり”に取り組むのか」 https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00113/00030/ (2020.01.15)

2021年3月 執筆
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