論考

Thesis

農業に潜在的な国内労働力の誘引を ~引きこもり青年とアクティブシニアの取り組み~

近年、技能実習や特定技能の在留資格で就労する外国人が日本の農業生産を支える大きな力となっています。厚生労働省の外国人雇用状況の届出状況によると、2009年には「266人に1人」であった農業・林業で働く外国人労働者の割合は、2017年には「74人に1人」と急増しており、特に農業の外国人依存度が最も高い茨城県では、「21人に1人」が外国人で、20代に限ると約2人に1人が外国人という状況です(注1)。日本の農業現場で就労する外国人の数は、今後も一層の増加が見込まれます。外国人労働力を頼ることも必要ですが、一方で、国内においても農業現場で活躍が期待される方々が沢山います。今回は、引きこもり状態にある青年と退職後のアクティブシニアの取り組み事例について考察し、農業への潜在的な国内労働力の誘引について提言します。         
注1.日本経済新聞「農業の外国人依存度、1位は茨城県 20代は半数」(2018. 8 .9)

1.100万人減少する農業人口と100万人の引きこもり人口

 2000年には約240万人(注2)であった日本の基幹的農業従事者数は、2019年には約140万人(注3)になり、この20年で約100万人も減少しています。また、日本農業研究所によると、2040年には約35万人にまで減少し、向こう20年でさらに約105万人減少すると予測されています(注4)。

 そのような状況の中、2019年の内閣府の調査によると、我が国では15~39歳で54万1,000人、40~64歳で61万3,000人がひきこもり状態にあると推計されており、その数は合わせて115万4,000人にも上ります(注5)。この潜在的な生産年齢人口を農業に誘引することができれば、農業現場の労働力不足は大きく軽減されることが期待されます。

注2.農林水産省「農林業センサス」,第2巻 農家調査報告書(総括編),2000年, 表番号21(2022.2.1閲覧)

注3.農林水産省「農業構造動態調査」,調査結果の概要,2019年, p.6(2022.2.1閲覧)

注4.日本農業研究所「農家人口、農業労働力のコーホート分析」,大賀治, 2015, p.98(2022.2.1閲覧)

注5.日本経済新聞「中高年ひきこもり61万人 内閣府が初調査」(2019. 3. 29)

2.農業を通じた引きこもり青年の自立支援

 北海道安平町の農業生産法人(株)耕せにっぽんでは、ひきこもり状態にある若者を親元から大自然に連れ出し、全寮制の共同生活と農業研修を通じた自立支援に取り組んでいます(注6)。朝6時台に起床して農作業に取り組み、朝食を終えて朝会を行うところから1日が始まります。様々な悩みや不安を抱える若者達にとって、このような厳しい環境での生活は決して楽なものではありません。しかし、ここに来る人のほとんどは、研修の中で数多くの経験と失敗を繰り返しながら次第に自信を身に付け、本来の自分らしい姿を取り戻していくと言います。収穫時期を迎えると、研修生は自分たちで育てたトウモロコシ等をご両親やお世話になった人に感謝の手紙とともに贈ります。厳しい生活を乗り越えて、汗水流して収穫した作物を受け取ったご家族の喜びは、筆舌に尽くしがたいものと思います。約1年間の研修を経て、これまで約400名の若者が就労と自立を果たしており、その中には就農した人もいると言います(注7)。この事例から、引きこもり状態にある人々が農業現場で力を発揮する大いなる可能性を感じずにはいられません。何より、こうした取り組みは、自信や希望を持てずに思い悩む引きこもりの若者達にとっても、人生に希望の光を取り戻す大きな契機となるものと確信しています。

農業生産法人(株)耕せにっぽんを訪問(2021.8.13 ©筆者)

農業生産法人(株)耕せにっぽんにおけるトウモロコシの収穫作業の様子(2021.8.13 ©筆者)

注6.農業生産法人株式会社耕せにっぽん「耕せにっぽんとは」(2022.2.1閲覧)

注7.東野昭彦,農業生産法人株式会社耕せにっぽん代表取締役社長,農業生産法人株式会社耕せにっぽん本社(2021. 8. 13インタビュー)

3.約3,000万人のアクティブシニア人口

 我が国には、元気で就労意欲に溢れ、豊かな経験と知恵を持っている「アクティブシニア」と言われる高齢者の方々が沢山います(注8)。みずほ銀行の調査では、2030年には65歳以上の高齢者3,685万人のうち、要介護者は19.8%の730万人程度に留まり、それ以外の80.2%に相当する2,955万人がアクティブシニアであると推計されています(注9)。 (一財)日本総合研究所会長の寺島実郎氏は、「シニア世代にとって重要な社会参画の分野として、まず最初に挙げておきたいのが『食と農』である」と指摘しており(注10)、このようなアクティブシニア人口を定年退職後に農業に誘引することができれば、農業現場の労働力不足は大きく軽減されることが期待されます。

注8.厚生労働省「生涯現役促進地域連携事業のご案内」,p.3(2019.7.3)

注9.みずほ銀行「みずほ産業調査 日本産業の中期展望」,Ⅲ-3,p.2(2012)

4.都市部に住む元気な高齢者が農村で活躍

 横浜市に住むシニア仲間で構成される「浜っ子中宿農園」では、長野県飯綱町でりんごやプルーン、さくらんぼ等の果樹を栽培しており、約30人の会員が横浜と飯綱町を行き来することで成り立っています(注10)。定年退職後に住み慣れた住居を手放し、農村に移り住むとなると心理的負担が大きい人も多いかもしれません。しかし、都市部での生活基盤を維持しながら、年間の栽培スケジュールに応じて月に数日から数週間ほど通いで農業に携わるこの形態であれば、都市部のシニア世代にも取り組みやすいのではないでしょうか。経理に詳しい人は経理、営業が得意な人は営業を担当する等、会社員時代の経験や強みを生かして各人が力を発揮できる点も特徴的です。何より、こうした取り組みはシニアにとっても生きがいや役割の創出といった利点が多く、健康寿命の延伸や介護予防にも繋がるものと確信しています。

注10.寺島実郎(2018)「ジェロントロジー宣言」NHK出版新書,p.153

5.農業に潜在的な国内労働力の誘引を

 引きこもりの青年やアクティブシニアのように、日本にはまだまだ農業現場で力を発揮できる方々が沢山います。こうした潜在的な国内労働力を農業に誘引することが、深刻な農業現場の労働力不足の解決に向けた大きな一歩ではないでしょうか。こうした取り組みが全国的に広がるように、私も力を尽くして参ります。

<参考文献>

[1]日本経済新聞「農業の外国人依存度、1位は茨城県 20代は半数」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO33984730Z00C18A8000000/ (2018. 8. 9)

[2]農林水産省「2000年世界農林業センサス報告書」

https://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/2000/houkokusyo.html (2022.2.1閲覧)

[3]農林水産省「平成31年農業構造動態調査」

https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukou/ (2022.2.1閲覧)

[4]日本農業研究所 大賀圭治「農業人口、農業労働力のコーホート分析

http://www.nohken.or.jp/28-2ooga063-102.pdf (2022.2.1閲覧)

[5]日本経済新聞「中高年ひきこもり61万人 内閣府が初調査」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43067040Z20C19A3CR0000/ (2019. 3. 29)

[6]農業生産法人株式会社耕せにっぽん「耕せにっぽんとは」

https://www.tagayase.com/ (2022.2.1閲覧)

[7] 東野昭彦,農業生産法人株式会社耕せにっぽん代表取締役社長,農業生産法人株式会

社耕せにっぽん本社 (2021. 8. 13インタビュー)

[8] 厚生労働省職業安定局高齢者雇用対策課「生涯現役促進地域連携事業のご案内」

https://www.mhlw.go.jp/content/12600000/000526391.pdf (2019.7.3)

[9] みずほ銀行「みずほ産業調査 日本産業の中期展望」

https://www.mizuhobank.co.jp/corporate/bizinfo/industry/sangyou/pdf/1039_03_03.pdf (2012)

[10]寺島実郎(2018)「ジェロントロジー宣言」NHK出版新書

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