論考

Thesis

有機農業で食料安全保障体制の強化を ~大規模有機農業の現場から~

化学肥料や農薬を使用しない有機農業に世界的な関心が高まる中、我が国の有機農業の取組面積は全体のわずか0.5%で、諸外国と比べて著しく低い水準に留まっています。しかし、化学肥料や農薬の大部分を輸入に依存する日本こそ、こうした輸入資材に依存しない農業に真剣に取り組む必要があるのではないでしょうか。本レポートでは、大規模有機農業による先進的な取り組み事例を紹介し、食料安全保障における有機農業の重要性について提言します。

1.日本における有機農業の現状

  

 我が国の有機農業の取組面積は、2018年時点で全体のわずか0.5%に留まります(注1)。これは、イタリアの15.8%、スペインの9.6%、ドイツの9.1%、フランスの7.3%、イギリスの2.7%(いずれも2018年時点)と比較すると極めて低い割合です(注2)。農水省は有機農業の推進に取り組んでいますが、今年4月に公表した「有機農業の推進に関する基本的な方針」では、「2030年までに有機農地の割合を現状の2.7倍程度にまで拡大する」との低い目標に留まります(注3)。2020年5月に、EUが「2030年までに有機農地の割合を25%まで拡大する」との目標を発表したことを踏まえると(注4)、日本の取り組みは真剣さに欠けると言わざるを得ない状況です。我が国の農業資材の原料は、肥料で約93%、農薬で約38%を輸入に依存していますが(注5)、国内で原料を採掘できず化学肥料と農薬の大部分を輸入に依存する日本にとってこそ、こうした輸入資材に依存しない有機農業の拡大に真剣に取り組むことが、有事の食料安全保障の観点からも極めて重要ではないでしょうか。
有機栽培では、化学肥料や農薬を用いた慣行栽培と比べると一般的に収量は減少します。例えば、慣行栽培の場合と比較して米は81%(注6)、小麦は約5割~7割(注7)、ジャガイモは47%程度(注8)の収量となるのが一例です。特に、ジャガイモは殺菌剤を使用しないと疫病が発生し、収量が壊滅的に激減することもあります(注9)。また、雑草を放置しておくと作物が雑草の陰になって生育が進まないことから、慣行栽培では除草剤を散布することで雑草の繁茂を抑制します。一方、有機農業では除草剤は使用せず、雑草を手作業で取り除きます。このため、有機農業は手間がかかると言われ、大規模経営での有機農業は非現実的であるというのが農業界での常識的な認識です。そこで、今回はこの常識の壁を打ち破る大規模有機農業の取り組み事例を紹介します。

注1.農林水産省「有機農業をめぐる事情」,p.6,(2020.11.25閲覧)

注2.同上,p.5,(2020.11.25閲覧)

注3.同上,p.18,(2020.11.25閲覧)

注4.日本貿易振興機構「EUの新しい食品産業政策『Farm to Fork戦略』を読み解
く」,(2020.8.28閲覧)

注5.日本経済新聞「農業にもBCPが必要だ 山田敏之氏」,(2020.7.9閲覧)

注6.農林水産省「有機農業をめぐる我が国の現状について」,p.12,(2020.11.25閲覧)

注7.北海道農政部「有機導入の手引き(小麦編)」,p.15,(2020.11.25閲覧)

注8.北海道中央農業試験場「有機農業の技術的課題と試験研究」,p.1,(2020.11.25閲覧)

注9.北海道立総合研究機構「ばれいしょの疫病による塊茎腐敗の発生生態と防除につい
て」,p.1,(2020.11.25閲覧)

2.大規模有機農業の取り組み事例

 北海道更別村・幕別町のバイオダイナミックファーム「トカプチ株式会社」では、100haにもおよぶ大規模有機農業に取り組んでいます(注10)。1戸当たりの経営耕地面積の全国平均が2.99ha、北海道の平均が28.52ha(いずれも2019年)であることを踏まえると(注11)、かなりの大規模です。同社は、将来的に1,000haの有機農場を構想しており、独自の生産技術で大規模有機農業の実現に成功しています。
 例えば、トカプチでは小麦の種まきの時に白クローバーを混ぜて一緒にまきます(注12)。これにより、白クローバーが表土を覆い、雑草の繁茂を抑制します。また、白クローバーは草丈が低いため、小麦の生育や収穫作業を阻害しません。有機農業では除草を手作業で行うのが一般的ですが、100ha規模の除草を手作業で行うには人手が毎日数十人居ても終わらないような気の遠くなる作業です。そこで、同社では白クローバーの活用によって除草剤を使用することなく、かつ人手も要することなく、大規模経営を実現しています。有機小麦は慣行栽培の小麦と比較して2倍以上の価格で販売できる上に、肥料費や農薬費がゼロになるため、高い利益率を確保することが可能となるのです。

注10.アグリシステム株式会社「バイオダイナミックファームトカプチ株式会社」,(2020.11.25閲覧)

注11.農林水産省「農地に関する統計」,(2020.11.25閲覧)

注12.アグリシステム株式会社「大規模有機栽培の展望と可能性」,(2020.11.25閲覧)

3.有機農業で食料安全保障体制の強化を

 有機農業の推進は、国家の食料安全保障を考える上でも非常に重要です。農水省は、「緊急事態食料安全保障指針」の中で、有事の際には高カロリー作物への転作を行うことにより国民を飢えから守ることを掲げています(注13)。具体的には、全ての農地で米や麦、いも類を作付することで、国民1人当たりの推定エネルギー必要量を満たそうとするものです。ここで見落とされているのは、同指針の基礎となる「食料自給力指標」の試算に「肥料や農薬等の生産要素は十分に確保されているものとする」という前提が置かれていることです(注14)。食料の輸入が途絶えてしまうような国家の緊急事態において、大部分を輸入に依存する化学肥料や農薬が果たして十分に確保することができるでしょうか。こうした有事に備えるためにも、化学肥料や農薬に依存しない有機農業の推進が必要と考えます。むろん、諸外国と比べて農地面積が小さい我が国にとっては、化学肥料や農薬の活用によって面積あたりの収量を増やすことも不可欠な考え方です。重要なのは、こうした慣行農業と有機農業の適正なバランスではないでしょうか。例に挙げた白クローバーの活用のような生産技術は、やはり一定数以上のプレーヤーがいなければ生まれて来ないものと思います。日本も先進諸国のように一定水準まで有機農業の割合を高めることで、我が国に適した有機農業のノウハウが蓄積され、そしてそれが有事の際の食料安全保障体制の強化にも繋がるのです。千葉県いすみ市では、市内の小中学校の給食に使用する米の全量に、地元産の有機米コシヒカリを使用しています(注15)。こうした取り組みは、有機米の需要確保とともに、消費者の関心を喚起する効果も期待されます。有機農業の拡大に向けて、我が国も本格的な政策支援に乗り出す時ではないでしょうか。

注13.農林水産省「緊急事態食料安全保障指針」,p.26,(2020.11.25閲覧)

注14.農林水産省「食料自給力指標の手引き」,p.3, (2020.11.25閲覧)

注15.日本農業新聞「学給に有機農産物 農業の未来開く端緒に」,(2020.09.22閲覧)

<参考文献>

[1]農林水産省「有機農業をめぐる事情」

https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/attach/pdf/meguji-full.pdf
(2020.11.25閲覧)

[2]日本貿易振興機構「EUの新しい食品産業政策『Farm to Fork戦略』を読み解く」

https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2020/a718804066114a95.html
(2020.8.28閲覧)

[3]日本経済新聞「農業にもBCPが必要だ 山田敏之氏」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61284150Y0A700C2SHE000/
(2020.7.9閲覧)

[4]農林水産省「有機農業をめぐる我が国の現状について」

https://www.maff.go.jp/primaff/koho/seminar/2019/attach/pdf/190726_01.pdf
(2020.11.25閲覧)

[5]北海道農政部「有機導入の手引き(小麦編)」

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/shs/yukitebiki_komugi.pdf (2020.11.25閲覧)

[6]北海道中央農業試験場「有機農業の技術的課題と試験研究」

https://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/shingijutsu/22/pdf/17.pdf
(2020.11.25閲覧)

[7]北海道立総合研究機構「ばれいしょの疫病による塊茎腐敗の発生生態と防除について」

https://www.nippon-soda.co.jp/nougyo/pdf/no198/198_001.pdf (2020.11.25閲覧)

[8]アグリシステム株式会社「バイオダイナミックファームトカプチ株式会社」

http://www.agrisystem.co.jp/sites/company/tokapuchi.html (2020.11.25閲覧)

[9]農林水産省「農地に関する統計」

https://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/10.html (2020.11.25閲覧)

[10]アグリシステム株式会社「大規模有機栽培の展望と可能性」

http://www.agrisystem.co.jp/agrisystem_news/2014/01/45.html (2020.11.25閲覧)

[11]農林水産省「緊急事態食料安全保障指針」

https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/anpo/shishin.html (2020.11.25閲覧)

[12]農林水産省「食料自給力指標の手引き」

https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/012_1-11.pdf
(2020.11.25閲覧)

[13]日本農業新聞「学給に有機農産物 農業の未来開く端緒に」

https://www.agrinews.co.jp/p51951.html (2020.09.22閲覧)

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