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2020年7月

塾生レポート

有事に備えた食料自給体制の強化を ~我が国の食料安全保障の現状と課題~
波田大専/松下政経塾第39期生

世界的な異常気象の頻発と世界人口の爆発的な増加等により、地球規模での食料危機への懸念が年々高まっています。食料自給率37%の日本は、これから直面しうる有事の際に、果たして自国の食料を十分に確保することができるのでしょうか。本レポートでは、農水省が掲げる「食料自給力指標」と「緊急事態食料安全保障指針」を紐解きながら、有事における我が国の食料自給体制の強化について提言します。

 

1.迫りくる地球規模の食料危機

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、昨年8月に「温暖化による干魃(かんばつ)等の増加で2050年に穀物価格が最大23%上がる恐れがあり、食料不足や飢餓のリスクが高まる」と警告する特別報告書を公表しました(注1)。また、現在約77億人の世界人口は今後も爆発的な増加を続け、2050年には98億人を突破すると推計されており(注2)、元シドニー工科大学教授のジュリアン・クリブ氏は21世紀の半ばに向けて人類は有史以来最も深刻な地球規模の食料危機に直面すると警鐘を鳴らしています(注3)。これまで日本は、経済力を背景に食料を海外から大量に輸入することで豊かな食生活を維持してきましたが、今後日本の経済力が相対的に低下を続けることは明白な事実です。近い将来、日本が海外から十分な食料を輸入できなくなる時代が来ることも、もはや現実に起こりうる問題として真剣に考えなければなりません。

 注1.SankeiBiz「温暖化で穀物価格23%上昇 国連IPCC、2050年見通し警告」, (2019.8.12)
 注2.国際連合広報センター「世界人口推計2019年版」
 注3.ジュリアン・クリブ(2011)「90億人の食糧問題」シーエムシー出版,p.1,p.5

2.なぜ低い食料自給率が問題なのか

 我が国の食料自給率(カロリーベース)は、1960年の79%(注4)をピークに年々低下の一途を辿り、2018年には37%(注5)と過去最低を更新しました。自給率低下の主な要因は食の欧米化であり、自給率を高める最も簡単な方法は、米中心の旧来の食生活に戻ることです。しかし、私たちが現在享受している安価で豊かな食生活を手放すことは現実的ではなく、リカードの比較生産費説の観点からも日本は食料生産を生産費の安い海外に委ねる方が合理的です。
 自給率が低いことで問題が生じるのは有事の時、すなわち海外から食料を輸入できなくなった時に初めて致命的な問題が顕在化すると言えます。有事に備えて平時の自給率を上げる努力をすることが重要であることは言うまでもありません。しかし、今回はあえて有事と平時を切り分けて、「有事に国民を飢えから守る緊急対応体制が整っていれば、平時の食料自給率は低くても問題ない」という観点で日本の食料安全保障体制の考察を試みます。

 注4.農林水産省「平成22年度 食料・農業・農村白書 全文」,2010,巻末付録,p405
 注5.農林水産省「食料自給率とは」,(2020.6.15閲覧)

3.「食料自給力指標」と「緊急事態食料安全保障指針」

 有事の食料安全保障を考える上で、農水省は平成27年から「食料自給力」の指標を毎年公表しています。これは、我が国の農林水産業が有する潜在生産能力(農地・農業者・農業技術)をフル活用することで得られる供給可能熱量(カロリー)を試算したものであり、全ての農地で高カロリーな作物(米・小麦・いも類等)を作付けすることを想定(栄養バランスは考慮)したものです(注6)。平成30年度の食料自給力指標によると(図表1)、「米・小麦中心の作付け」では平均的な1人当たりの推定エネルギー必要量の約80%程度しか賄うことができないのに対し、「いも類中心の作付け」にした場合には十分なエネルギーを賄うことができるものとなっています。
 また、こうした有事の具体的対応として示されているのが農水省の「緊急事態食料安全保障指針」です(注7)。この指針では、レベル0~2の事態に応じて対応が分かれており、最も深刻なレベル2の事態(1人1日当たり供給熱量が2,000キロカロリーを下回ると予測される事態)では、高カロリー作物(米・小麦・いも類等)への生産転換の実施が定められています(図表2)。しかし、食料自給力指標の試算に当たっては、「生産転換に要する期間は考慮しない」「肥料、農薬、種子、農業機械等の生産要素は十分な量が確保されているものとする」等、著しく現実味に欠ける前提が置かれており(注8)、有事の食料安全保障体制としてはまさに「机上の空論」で、極めて脆弱なものであると言わざるを得ません。


図表1 平成30年度の食料自給力指標


図表2 緊急時のレベル類型と対策の概要

 注6.農林水産省「日本の食料自給力」,(2020.7.25閲覧)
 注7.農林水産省「緊急事態食料安全保障指針」,(2020.7.25閲覧)
 注8.農林水産省「食料自給力指標の手引き」,2020年4月,p.3

4.食料安全保障体制の課題と提言

 農水省が掲げる「食料自給力指標」と「緊急事態食料安全保障指針」の課題は、主に次の2点です。
 第1に、生産転換に伴う農業資材の確保です。仮に、全ての畑でいも類への生産転換を行うとした場合、いも類に適した肥料や農薬が必要となり、相当量の備蓄が必要となります。肥料や農薬についても、その大部分を輸入に依存していることも考慮しなければなりません。また、生産転換する作物に応じた農業機械の確保も必要です。例えば、北海道の全ての畑でじゃがいもの作付けを行うとすれば、ポテトプランター(播種機)やポテトハーベスター(収穫機)等、専用の機械が相当数必要となり、台数の確保やシェアリング体制の整備が不可欠です。
 第2に、技能を有する労働力の確保です。農水省の食料自給力指標では、労働充足率(生産に必要な労働時間に対する現有労働力の充足率)は考慮されています。しかし、労働力は単純に頭数だけの問題ではありません。例えば、玉ねぎ一筋でやってきた農家が、突然「明日からじゃがいもを作って欲しい」と言われてすぐに対応できるわけではなく、栽培技術やノウハウも含めた考慮が必要です。有事の際に生産転換を求める農家に対しては、事前の教習や訓練が必要であり、場合によっては普段は農家ではない国民も総力を結集して生産転換に協力を求められる場面も想定されます。まさに、普段は自衛官ではない人々が事前に訓練を行って有事の招集に備える「予備自衛官制度」のように(注9)、食料安全保障の観点でも有事に備えた「予備農家制度」とも言える綿密な事前訓練や体制整備を行う真剣さが求められるのではないでしょうか。

 注9.陸上自衛隊「予備自衛官制度の概要」,(2020.7.25閲覧)

5.「当たり前」のありがたみ

 この国にとって、今一番大切なことは何でしょうか。経済対策、教育、医療福祉の拡充等、どれも非常に重要な課題です。しかし、それらはどれも「国民の命」があってこそのものであり、そしてその命は「十分な食料」があってこそのものです。有事の食料安全保障は、国民生活の根幹を支える最も重要な課題であると私は考えます。 今回のコロナ禍で、マスクが突然店頭から姿を消しました。製造の大半を中国に依存するマスクの国内自給率は、約23%でした(注10)。普段、「当たり前」のようにあるもののありがたみは、失った時に初めて気付きます。そして、多くの場合、気付いた時にはもう既に手遅れです。「当たり前」のようにある食べ物のありがたみを、私たち日本人はどこか忘れかけてはいないでしょうか。
 今こそ、その「当たり前」の重要性を再認識し、我が国も有事の食料安全保障に真剣に取り組むべき時です。

 注10.一般社団法人 日本衛生材料工業連合会「マスクの統計データ」,(2020.7.25閲覧)

<参考文献>
[1] SankeiBiz「温暖化で穀物価格23%上昇 国連IPCC、2050年見通し警告」
 https://www.sankeibiz.jp/macro/news/190812/mca1908120500004-n1.htm (2019.8.12)
[2]国際連合広報センター「世界人口推計2019年版」
 https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/33798/ (2020.07.25)
[3]ジュリアン・クリブ(2011)「90億人の食糧問題」シーエムシー出版
[4]農林水産省「平成22年度 食料・農業・農村白書 全文」,2010,巻末付録,p405
 https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h22/zenbun.html (2020.7.25)
[5]農林水産省「食料自給率とは」
 http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/011.html (2020.7.25)
[6]農林水産省「日本の食料自給力」
 https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012_1.html (2020.7.25)
[7]農林水産省「緊急事態食料安全保障指針」
 https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/anpo/shishin.html (2020.7.25)
[8]陸上自衛隊「予備自衛官制度の概要」
 https://www.mod.go.jp/gsdf/reserve/yobiji/index.html (2020.7.25)
[9]一般社団法人 日本衛生材料工業連合会「マスクの統計データ」
 http://www.jhpia.or.jp/data/data7.html (2020.7.25)

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