論考

Thesis

事業の成長を支える『かかわりしろ』の力 ~新しい組織マネジメントのカタチ~

複雑な社会課題の解決に向けて、市民ひとり一人の意識向上と活動参画を促進する動きが行政・民間ともに活発になっている。本レポートでは、「社会貢献活動を新しい価値に変える」という理念を掲げて事業を展開しているソーシャルアクションカンパニー株式会社の取り組みを事例に、社会的企業における新しい組織マネジメントの在り方を考察する。

はじめに

 近年SDGs[注1]の認知度も高まり、また政府・自治体だけでなく社会課題の解決をミッションに掲げる企業やNPOの活躍も多く報じられるようになった。しかし、日本は他の主要先進国と比べて市民の社会参加意欲が低いことが指摘されている。イギリスのNPOが公表したレポート[注2]では、寄付やボランティアの頻度を基に各国の「共助」レベルの比較が示されており、調査対象となった世界144カ国の中で日本の順位は128位、先進国として最低ランクに位置する。社会課題の複雑化がますます進み、行政の力のみでなく、市民ひとり一人の意識向上と活動参画によって課題解決を推進する新しい公共の創造が求められている。

 本レポートでは、こうした社会背景のもと「社会貢献活動を新しい価値に変える」を理念に掲げて事業を展開しているソーシャルアクションカンパニー株式会社(以下、SAC社)の取り組みについて報告する。特にSAC社の組織開発について詳述し、社会的企業[注3]における新しい組織マネジメントの在り方を考察する。

社会貢献アプリ「actcoin(アクトコイン)」

 SAC社は、ボランティアや寄付などの社会貢献活動を可視化するウェブサービス「actcoin(アクトコイン)」というアプリを運営している。2019年1月に開始した同サービスでは、NPOや企業が「プロジェクトオーナー」として団体登録し、ボランティア活動やSDGsに関するセミナー、そして社会的映画の上映会などさまざま機会を「プロジェクトページ」として立ち上げて発信する。個人のactcoinユーザーはそうしたプロジェクトに参加すると1時間=1,000コイン、SNSでリツイートやシェアをすると1回=100コインといった形でコインが付与される。コインを獲得するとリアルタイムでユーザーのダッシュボードに定量化され、それぞれのアクションの履歴を確認することができる。


[画像1] actcoin利用画面イメージ(SAC社サービス紹介資料より)

 こうした基本機能はプロジェクトオーナー(団体)、ユーザー(個人)ともに全て無料で利用が可能である。社会貢献意識の高まりに合わせ、同サービスを利用する個人・団体のネットワーク拡大を図る。そしてSDGsに向けた取り組みに積極的な企業などへの有料でのサービス開発も並行して行い、持続可能な運営を目指す。

 actcoinの取り組みは多くのメディアから注目され、「FRaU×SDGsプロジェクト」[注4]のソーシャルインパクトパートナーとなったことを皮切りに、NHK「ニュースチェック11」やJ-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」などさまざまな媒体で取り上げられた。

 筆者はactcoinのアプリ公開前の2018年12月より本事業に参画をさせていただいており、初期のプロジェクトオーナーの開拓や、マーケティング戦略の立案及びその業務サイクル化、そして後述する新しい組織マネジメントの実践に取り組んでいる。


[画像2] 講談社「FRaU」2019年1月号 actcoin特集ページ

新しいコンセプトを普及する難しさ

 actcoinは「お金で買えない」そして「換金できない」コインであることが特徴で、前述の通り「社会貢献活動を新しい価値に変える」という理念を掲げている。これまでは個人で行なったボランティアや寄付といったアクションを形に残すことは難しく、定量化することも困難であった。しかし、actcoinではそれをコインの形で可視化することができ、機能的価値や情緒的価値に変えていくことが可能となる。具体的には、コインの量に応じてパートナー企業からエシカル商品[注5]のプレゼントが届くようなインセンティブ設計ができ(機能的価値)、またユーザーが自身の活動ログを振り返ったり、興味関心の近いユーザーとの繋がりを創出して自己有用感の増進も図られる(情緒的価値)。

 一方で、こうしたサービスの特徴やコンセプトは従来の企業や行政の取り組みになかったもので、一般的に馴染みがないためにユーザー開拓・団体開拓におけるハードルは極めて高い。また、システムにはブロックチェーン技術が用いられているが、仮想通貨がネガティブな形で世間を騒がせた記憶は新しく、サービス開始直後から「コイン」という響きだけで敬遠されてしまうケースが数多くあった。そのため、社会問題への意識が元々高い人々や、新しい技術に対して感度が高い人々だけに刺さるサービスではなく、大目的である「市民ひとり一人の社会への関心を高める」ために幅広く利用を促すことは、非常に困難だが大きな意義のある挑戦である。

新しい組織マネジメントの模索 ~「かかわりしろ」のデザイン~

 あらゆる年代に、そして性別や職業を問わず、幅広いカテゴリの潜在顧客にactcoinの理念と利用を普及することは、マス向けの広報活動や魅力的な機能開発を推進するだけでは実現できない。それらに加えて、actcoinのマーケティングチームでは「チーム自体の多様性を高める」という戦略的組織マネジメントを行なっている。本章では、actcoinの運営に関わりたい人が無理なく、そしてそれぞれの特徴を生かして貢献できる関わり方を実現するための取り組み、すなわち「かかわりしろ」のデザインについて詳述する。

 営業や広報などを行うマーケティングチームには、フルタイムスタッフ(有給専従職員)がおらず、多様なメンバーがパートタイムスタッフもしくはプロボノスタッフ[注6]として参画している。


[画像3] actcoin運営メンバー集合写真(2020年2月撮影)

 例えば、サービス開始初期からプロジェクトオーナーのサポートを中心に担当している女性スタッフは、小学生のお子さんがいる主婦である。SDGsについての雑誌の特集記事を通じてactcoinを知り、ぜひ運営に関わりたいとメールで問い合わせ、その後パートタイムスタッフとしての参画が決まった。家事や子育てと両立しながらリモートで週10~20時間程度の業務を行なっている。

 また、ソーシャルビジネスやSDGsに興味がある大学生や高校生も、全国から10名以上が参画している。営業や広報の業務にアルバイトとして関わるメンバーや、「actcoinユース」として学生組織を立ち上げて同世代向けの自主イベントの企画やブログメディアの運用に取り組むメンバーなど、それぞれの興味関心や卒業後の志望領域に応じて活動をしている。他にも、副業・兼業が認められていない会社員の方がプロボノとして、平日夜や土日を使ってSNSの広報業務に関わったり、営業スタッフのメンター役として相談にのったり、それぞれの専門性を生かして無理なく活動にコミットしている。

 メンバーの参画希望理由はさまざまである。前述の主婦の方は「子どもを持つ母親として環境問題や教育福祉に関心が高く、何か自分にできることをしたい」と話す。また学生メンバーからは「社会貢献やSDGsに興味があっても学内に仲間がいない、地方ではそもそもNPO/NGOに参画する機会が乏しい」という声が届き、普段会社に務めているメンバーは「普段の日常業務では経験できない学びや繋がりを得たい、もっと社会に貢献している実感が欲しい」と希望を口にする。こうした色とりどりの想いに応えることは、一般的な「企業と従業員」の関係を前提とした組織マネジメントではできない。

 そこで、こうした多様な関わり方を組織に実装するため、「マネジメント本部」という形で管理部門を明確化した。そして常に2〜3ヶ月後を見越して、組織図を毎月のペースで更新し続けることで、組織の拡大スピードに対応した。例えば、当初は営業部門として動き出したチームを、規模の拡大に合わせて「営業チーム」「広報チーム」に分岐、さらにその後大学生や高校生たちが独自組織として活動する「ユースチーム」が派生し、連動して会議体の整備を行なった。また、外部連携が活発になるのに合わせて、「定常業務」と「プロジェクト」を区分し、社内業務に通し番号をつけた。こうして整備した業務管理システムをもとに管理ツールの刷新も年に複数回行ない、その都度全メンバーに周知した。

 加えて、参画を希望するメンバーには一括ではなく個別の面談を行うことも徹底した。参加するミーティングの種類や情報アクセスの権限範囲などは、全員に一律に定めるのではなくグラデーション(関わりの濃淡)を意識して個々に設定し、業務の質の担保や情報管理を仕組みとして高めることに努めた。
 こうした新しい組織マネジメントへの挑戦を通じて、主婦や大学生のアルバイトスタッフ、そして普段は会社勤めをしているプロボノスタッフらが、対等な関係性で一緒のチームとしてモチベーション高く活動を続けている。


[画像4] プロジェクトオーナー、ユーザーが集う周年イベントの様子(2020年2月撮影)

「かかわりしろ」が生み出す成果

 こうした多様なメンバーが活動を行うことで、各自がそれぞれの「届けたい人」のために営業活動・広報活動が展開された。結果としてサービス開始から1年半で、個人ユーザー数は8,000人を突破し、団体登録数は200を超えるなど順調に成長している。また、ユーザー分布に関しても、性別や職業の大きな偏りがなく、年齢層も20代・30代をボリュームゾーンとして10代から70代まで裾野の広がりが生まれている。

 また、メンバーの多様性が力を発揮したのは、営業・広報の分野だけではない。2020年2月にローンチされた「デイリーアクション機能」では、開発フェーズに前述の女性スタッフが参画し「主婦目線」での意見出しを行なった。

 デイリーアクションは、SDGsの目標にまつわる活動を1日1回以上行う機能で、アプリ上でアクションの実行を申告して500コインが付与される。現在は、SDGsの17目標の中から、特に深刻で、個人の日常生活から取り組みやすいものとして、「フードロス」「マイクロプラスティック」「CO2」「循環生活」、そして、「感染予防」の5つの領域でのデイリーアクションが紹介されている。例えば、感染予防に関しては、「手洗い、手消毒をこまめに実行した」「人が集まり、換気の悪いところには行かなかった」など8つのアクションが、フードロスに関しては、「余分な食べ物の購入をやめた」「ドギーバックで食べ残しを持ち帰った」など17のアクションがある。


[画像5] デイリーアクション機能画面イメージ(SAC社サービス紹介資料より)

 この機能開発のきっかけは、ある主婦のactcoinユーザーから届いた「NPOのイベントなどに参加したいのですが、家のことをやらないといけないので、なかなか参加できません」というメッセージであった。このユーザーの期待に応えるため、日常生活から実践でき、時間や場所に制限されないアクションを応援・推奨する機能開発がスタートした。アプリ上で紹介するデイリーアクションのリスト作成に際しては、想定ユーザー像に合致するメンバーが内部にいるという強みが生かされた。自身が日々家事や子育てをする上で、どんなアクションが「生活の中に」根付くか、そして意義を持つか。他のスタッフには持てない視点、出せない意見で機能開発に大きく貢献した。

 全くの偶然であるが、この新機能公開後から新型コロナ肺炎が流行し、多くのNPOのプロジェクトが中止・延期になった。actcoin上での掲載プロジェクトがほぼゼロになってしまう中で、デイリーアクション機能を「半径3mのSDGs」というコピーで広報し、歩みを止めずにユーザー拡大を実現することができた。

 この他にも、actcoinの輪を学生の間に広めていくに際には、学生スタッフが組織する「actcoinユース」が大きな推進力となった。学内の知人・友人のニーズを直接拾い上げ、イベントの企画やウェブメディアの立ち上げを自主的に行い、SNSなども独自アカウントを作成して運用している。また、プロボノとして関わるスタッフが所属企業とのコラボレーションでイベント登壇をセッティングする事例も生まれた。このイベントでは、NPOやSDGsというキーワードではなく「ソーシャルビジネス」や「スタートアップ」というキーワードが刺さり参加するビジネスマンが多く、新しい層にactcoinを届ける機会になった。このように、「チームの多様性」がそのまま「ユーザーの多様性」へと繋がっていく好循環が創られている。

 何よりも大きな成果は、単価○○円でユーザーを獲得するといったオンライン広告などには一切費用をかけずにここまでの順調な成長を実現している点にある。ITベンチャーにおいて、初期のユーザー獲得にかける一定の広告費は「必要経費」「固定でかかる投資コスト」と認識されているが、高い社会的意義と組織マネジメントの創意工夫によって代替可能であることが示されている。

 地道なactcoinファンの輪の拡張と連動して、2020年7月より「SDGsパートナー」という企業連携事業を開始した。前述の「デイリーアクション機能」において、企業が考えた独自のデイリーアクションをユーザーに提供できる有料版のサービスである。パートナー企業には「チームコード」が発行され、社員・取引先・顧客らがそのコードを登録し、1つのチームとしてデイリーアクションの実行を推進していく。チームコードで繋がるユーザーの活動を把握することができ、アクションを推進しその計測を行うことで社内のSDGs推進度を測る一つの指標にもなる。

 第一弾の連携先には株式会社学研ホールディングスが名乗りをあげた。同社は、すべてのひとが心ゆたかに生きる社会の実現をテーマに掲げ、「外出し、世代の違う人(年長者・こども)と挨拶・笑顔ある会話をした」「地域でどのような行事・活動が実施されているのか知ろうとした」「町中で世代の離れた人や困っている人の手助けをした(電車・バスで席を譲るなど)」などのデイリーアクションを設定予定である。


[画像6] SDGsパートナーサービスイメージ
(actcoin公式ウェブサイトより https://actcoin.jp/adgs-partner.php

おわりに

 こうしてサービス開始から1年半の期間を経て、基本機能を無料提供しながら市民一人ひとりのソーシャルアクションを普及推進する取り組みと、パートナー企業への有料サービスを展開する取り組みとの、事業の両輪が揃った。社会性と事業性を両立させ、ソーシャルビジネスとしてこれからさらにユーザーの拡大や新機能の開発を図っていく。
 
 ITビジネスの純粋なスタートアップ企業では、特定のスーパーマーケターや特定のスーパー営業マンが大きく寄与する形で創業初期の急成長を達成する事例が少なくない。しかしSAC社のactcoin事業は、それと180度異なる新しい成長の形を描く。社会性の高い理念を掲げ、そしてその理念に賛同する世代も分野も異なるさまざまなプレイヤーのかかわりしろをデザインすることに挑んでいる。

 SAC社代表の佐藤正隆社長は2020年中に3万ユーザー、そして翌年には10万ユーザーへの拡大を見込むと共に、将来的に貯めたコインでNPOへの寄付やエシカルなグッズと交換ができるようにするといった構想も描いている。筆者も引き続き本事業に携わり、「新しい組織マネジメントを原動力とするソーシャルビジネスの推進」の先進事例となるよう、今後のさらなる成長に貢献していきたい。

[注1] 「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、国連加盟193か国が2030年までに達成を目指す共通目標のこと。2015年の国連サミットで採択され、17の大きな目標と、それらを達成するための具体的な169のターゲットで構成される。

[注2] Charities Aid Foundation, 2018, “World Giving Index 2018”

[注3] 社会問題の解決を目的として収益事業に取り組む企業のこと。利潤の最大化を「目的」とせず、社会問題の解決という目的達成のための「手段」として利潤を得るという事業運営姿勢が特徴である。

[注4] 講談社が発行する「FRaU」が、SDGsをわかりやすく、楽しく伝えることを目的に発足したプロジェクト。女性誌として日本初となる丸ごと一冊SDGs特集を組んだ2019年1月号を皮切りに、SAC社を含む多くのパートナー企業(ソーシャルインパクトパートナー)と協働で推進されている。

[注5] エシカル(ethical)とは「倫理的な」という意味で、地球環境や社会、人権などを考慮して作られた商品のことを指す。

[注6] ラテン語で「公共善のために」を意味する pro bono publicoの略で、専門性を生かしたボランティアスタッフのことを指す。

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薄井大地の論考

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Daichi Usui

薄井大地

第39期

薄井 大地

うすい・だいち

ソーシャルアクションカンパニー株式会社 取締役 COO

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