論考

Thesis

with/afterコロナ時代のNPO経営 ~交流・対話・触れ合いが制限される中での事業転換と価値創造~

新型コロナウイルスが猛威をふるい、医療現場、政府・自治体、そして企業や家庭生活といったあらゆる場に甚大な影響が出ている。本レポートでは、地方創生の文脈でも顕著な成果を生み出しているNPOを事例に、コロナ禍において直面しているNPOの経営課題や今後の展望について述べる。

はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行し、医療現場、政府・自治体、そして企業や家庭生活といったあらゆる場に甚大な影響が出ている。同様にNPOをはじめとした非営利セクターにおいてもその影響は大きい。

 政府が国家戦略の一つとして掲げる「地方創生」において、稼げる地域づくりや定住人口·交流人口の拡大といった方針に力が入れられ、その大きな動きの中で民間非営利組織が重要な役割を担ってきた。

 本レポートでは、事業性と社会性を両立させ、地方創生の文脈でも顕著な成果を生み出しているNPO法人SET(岩手県陸前高田市)を事例として、2020年2月以降の深刻なコロナ禍において直面しているNPOの経営課題やその対応を分析し、今後の課題と展望に迫る。

NPO法人SETについて

 NPO法人SETは、2011年に発生した東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市において、復興支援の活動、そしてその後継続してまちづくり·ひとづくりの活動を続けている団体である。

 SETの活動の柱である「Change Maker Study Program(以下CMSP)事業」では、大学生を中心とした首都圏の若者が1週間の日程で同市に滞在する。そして生活体験・フィールドワークを通して現地の魅力や課題を見つけ出し、アイデア会議を重ね具体的なアクションプランを実行する。

 2013年からスタートした本事業は、春季・夏季で合計約250人の若者が参加し、同市の重点事業地域である広田町の町民約600人(人口の約20%)が参加学生らと交流する大規模なプログラムに成長した。


(CMSP報告会、陸前高田市広田町田端公民館にて、2019年3月撮影|NPO法人SET提供)

 そのほかにも、首都圏の中学校·高校の修学旅行を中心に「民泊事業」を推進し、2019年には11校の受け入れが行われた。広田町の民泊受け入れ家庭の開拓やサポートなどをSETが担い、年間で1800人以上が町内家庭へのホームステイを体験した。地道な活動の積み重ねによって、同市は民間修学旅行の受け入れにおいて東北No.1の市となった。

 こうした交流·対話·触れ合いを大切にした取り組みを震災後9年以上継続し、SETの活動をきっかけとして同市へ移住する人も毎年生まれるようになり、移住者は20名を超えるまでになった。活動の成果も広く認められ、「シティズンシップ推進賞最優秀賞(2018年)」[注1]、「あしたのまち・くらしづくり活動賞内閣総理大臣賞(2019年)」[注2]など数々の受賞歴を誇る。

[注1] マニフェスト大賞実行委員会主催( http://www.local-manifesto.jp/manifestoaward/ )

[注2] 公益財団法人あしたの日本を創る協会主催( http://www.ashita.or.jp/index.htm )


(SETメンバー、陸前高田市大野海岸にて、2019年4月撮影|NPO法人SET提供)

 筆者は2018年秋に、SETの代表理事で当時陸前高田市議会議員を務めていた三井俊介氏の活動に1週間同行をさせていただいた。その後SETの組織基盤強化に参画をさせていただき、東京支部の立ち上げやファンドレイズ戦略の策定、財務を含めたバックオフィス整備などに関わってきた。

コロナ流行の影響による事業の中止決断

 2020年春季(2~3月)には、毎年開催しているCMSPや市内の中高生らが参画する現地プログラムなどを通じて、約200名の首都圏の若者が陸前高田市を来訪する予定であった。しかし、2月25日、新型コロナウイルス感染症への対策のため、全ての交流事業の中止を決めた。

 この決断を下すに至った判断理由は以下の通りである。


(SET公式ウェブサイト「【大切なお知らせ】当法人の新型コロナウイルスへの対応について」より)
https://set-hirota.com/coronavirus

 掲載文章にある通り、首相官邸からの発表を受け、交流事業で接する市内の高齢者の方の健康・生命を最優先に考え、そして万が一の事態が発生した場合の関係者の心の傷などを考慮しての決断であった。

 これによる経営へのインパクトは非常に大きいものとなった。SETの当期(2019年9月~2020年8月期)事業収入額の約3割にあたる980万円が損なわれ、また新型コロナウイルスによる混乱の収束は見通せていなかったため、夏までイベントや交流を伴う事業を行えないとすると合計で2800万円以上の損失となることが見込まれた。この最悪のシナリオを辿ってしまうと、団体の資産売却や従業員の解雇も検討しなければならず、さらには倒産の可能性もあるという深刻な状況に陥ってしまった。

コロナショックへの緊急ファンドレイジング

 前述の通り、筆者はSETの組織基盤強化の取り組みとして、東京支部の立ち上げに参画をさせていただいていた。新型コロナウイルスの流行前の2019年秋ごろから本格的に支部設立のタスクフォースを組織し、プログラムのスタッフ経験者や過去参加者らのコミュニティを軸とした会員事業の準備を行なっていた。

 そうした中で、2020年2月、これまで交流事業によって成長してきたSET本体の経営基盤を大きく揺るがすコロナショックが襲来した。春の全事業中止の決定翌日(2月26日)には緊急ファンドレイズの施策実行に動き出し、東京支部のメンバーを中心にチームを再編成し、クラウドファンディング実行に移行した。この緊急対応をしていく上で、陸前高田市に移住している現地スタッフ、そして東京からのプロボノメンバー[注3]が一人、また一人と加わり、結果、合計17人(しかもお互いに会ったことがないメンバーも数多くいる)でチームが構成された。

 SETスタッフとやり取りを行ない、筆者がこれまでに直接的·間接的に携わったファンドレイジングの経験の共有と、プロボノメンバーのサポートなどを任せていただくことになった。具体的には、プロジェクトを掲載するプラットフォームの選定、タイトルや本文の編集、支援者の方とのコミュニケーションの仕方や全体としてのプロモーション施策など幅広く関わらせていただいた。

 三井代表のリーダーシップや、プロボノメンバーの献身的な取り組みにより、動き出し翌日の2月27日にプロジェクトの公開を実現し、公開から2日間で第一目標とした200万円を達成することができた。

[注3] 専門性を生かしたボランティアスタッフ

with/afterコロナ時代の持続可能な経営に向けて

 この初動の成功に続けて、700万円のセカンドゴールを設定し、「倒産危機への緊急支援」に続く「交流事業に依存しない経営を目指す基盤構築」のためのファンドレイジングへと移行した。コロナ禍での経営難を招いた要因である「事業収益に占める交流事業の割合が著しく大きいこと」に向き合い、下記2つの取り組みのために追加500万円の支援を募った。

•年額寄付の大学生250名/社会人150名の賛助会員の募集(総額200万円)

•交流事業ではない新規協業事業の創出(初期投資としての300万円)


(SETクラウドファンディングプロジェクトページより)
https://syncable.biz/campaign/907/

 新規の事業創出について、これまでの9年間の地域活性事業のノウハウを生かしたコンサルテーションや、陸前高田市での調査事業や実証実験事業などを例示した上で、今回支援を申し出てくれた個人·法人との打ち合わせやアイデアソン[注4]などの実施を通じて実現していくことを目指すことにした。

 緊急ファンドレイジングキャンペーンは3月31日に無事に終了し、結果として735人の個人支援者と7社の支援企業から目標金額を上回る合計約740万円の支援が集まった。そして、社会人·大学生合わせて約400人の賛助会員を獲得し、これまでの交流を伴う事業とは別の形で年間1000万円規模の新規事業創造へと動き出した。

[注4] 特定のテーマを決めてグループ単位でアイデアを出し合うイベントのことで、アイデア(idea)とマラソン(Marathon)を掛け合せた造語

おわりに:今後の課題と展望

 本レポートでは、地方でのまちづくり·ひとづくりに取り組むNPO法人を事例として、深刻なコロナ禍で直面する経営課題とそれへの対応のリアルを紹介した。レポートを執筆している現時点(6月14日)においても、ソーシャルディスタンスを維持する形での経済活動の再開は多くの業種で戸惑いや混乱を生んでおり、コロナショックによる廃業・倒産のニュースも連日報じられている。

 物質的な豊さを追求する社会・経済の行き詰まりの中で、「交流・対話・触れ合い」の再評価が近年急速に進んできた。今回のコロナショックは、その大きな流れを急停止させてしまいかねないインパクトを持っている。これは公共セクター・企業セクター・非営利セクターすべてが同様であるが、その中でも、行政の手が届かない領域や、事業効率性の観点から無視・軽視されてきてしまう領域で「新しい繋がりの創出」という大きな価値を提供してきた非営利セクターへの影響は極めて甚大である。

 with/afterコロナ時代のNPO経営では、「交流・対話・触れ合い」を前提とした事業開発·組織開発の次の在り方を見出していく必要がある。そのためのキーワードは「事業ポートフォリオ」と「拡張受益者」の2点であると考える。

 SETの事例では、交流事業という柱を補完する形での事業を創造し、事業ポートフォリオの改善によって「ショックに耐えられる財務基盤の構築」を目指す。そしてさらに重要な点は、「支援者」がその新しい挑戦に挑む「同士」として参画するデザインにある。NPOが取り組む事業に関して、受益者を「特定の社会課題に苦しんでいる人々」に限定するのでなく、支援者や協働パートナーなども”受益者化”し、幅広いステークホルダーひとりひとりに非金銭的な価値提供を行えるかが問われている。

 SETが開始した賛助会員(サポーター)事業においては、「学生向け」と「社会人向け」とで会費設定やサポーターサービスのラインナップを異なる設計にデザインしている。一例としては、卒業後の進路が重要関心事のひとつである学生サポーター向けには、SETの正会員ネットワークを活用したキャリアイベントに参加する機会を提供したり、また緩やかに広田町と継続的に繋がりたい社会人向けには海産物の直送便を届けるなど、さまざまなサポーターサービスの準備を進めている。

 そしてその土台として、定期的なメールマガジンの配信や活動報告会・SETメンバーとの交流会への招待を通して、情報提供とサポーターニーズの把握を達成し、それをサポーターサービスに反映していくこととしている。さらに、企業経営者や個人で事業を行なっているサポーターと連携して、新しいプロジェクトを展開していくことも計画中である。

 このように、SETを応援する「会費の支払い」を、サポーターにとっての「創造的消費」にしていくことが団体側の重要な使命となる。

 集団免疫の獲得やワクチン開発などの根本的な感染症対策の問題解決が短期には望めない中で、このように事業開発と組織開発の在り方をアップデートさせるための「経営力」がさらに重要となる。それは、「一つの強み」「一つの事業」に依拠する組織運営から、収益源の多様性や事業カテゴリーの多様性を実現し、持続可能性を高めていく経営である。全国のNPOや社会的企業で求められている経営力を身に付け、より多くの課題解決に貢献していくため、引き続きさまざまな社会課題の現場で研究·研修に励んでいきたい。

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薄井大地の論考

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Daichi Usui

薄井大地

第39期

薄井 大地

うすい・だいち

ソーシャルアクションカンパニー株式会社 取締役 COO

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