松下政経塾 The Matsushita Institute of
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運輸
2019年1月

塾生レポート

公共交通を生かした、持続可能な国土・都市づくり
田中厳/卒塾生

現在、日本の公共交通網が危機に瀕している。先人たちが築いてきた、この資産をもう一度この国の発展の基盤とし、すべての人が安心して移動ができる社会をつくるために、その存在が当たり前のものとされてきた、公共交通の在り方について今一度考え直したい。

 

1.公共交通を取り巻く現状

 現在、日本の公共交通は岐路に立っている。国鉄民営化後30年が経過し、最高利益を上げたJR東海は、リニア中央新幹線という国家的な公共インフラの建設を自己資金で行えるほどまで成長した。他方、JR北海道は低金利政策による経営安定基金の運用益の減少や高規格道路の整備によって、その経営の前提が大きく崩れ、厳しい気候ゆえに重くのしかかるインフラの維持コストと、日本全体と比較して、低い人口密度という外部条件ゆえに、厳しい経営を迫られており、閑散線区を中心に独立採算での維持は困難と表明した。そもそも、その地域の交通需要とは直接関係しない金融市場の動向によって、一地域の交通網の在り方が決定づけられるスキームは、交通政策として妥当なものといえるだろうか。さらに三島会社の優等生とされ、上場を果たしたJR九州も、昨年、鉄道事業の赤字圧縮を目指して大幅な減便を行い、大きな混乱がもたらされたことは記憶に新しい。
 また鉄道以上に、その存廃が住民の生活の足にかかわる、路線バス網も縮退の一途をたどっている。2007年から2016年の10年間で約14,000㎞の路線が廃止され、運行事業者の7割が赤字である[i]。地方の中小事業者においては内部補助[ii]も機能せず、事業そのものの継続が困難となり、法的な事業再生スキームが採用されたり[iii]、あるいは地域から全面的に撤退する事例も相次いでいる。

2.持続可能な社会における公共交通の重要性

 一方で、社会経済的にみると、公共交通の重要性は高まっている。地球環境保護の側面から考えると、2016年度の国内における二酸化炭素間接排出量の18%を運輸部門が占めているが、家庭からの排出量に再換算すると、自家乗用車からの排出が28.6%を占め、大きな環境負荷を与えている[iv]。EVの普及がこれを改善するような言説もあるが、そもそもタイヤでアスファルト路面を走行するという走行機構は変わらず、エネルギーの変換点が変わるだけであり、ガソリンエンジンと比較した電気モーターのエネルギー効率の良さを考慮しても、送電ロスなどで相殺され、電源構成の変化がなければ、大きな改善は見込めない[v]。この点において、集約輸送である公共交通機関は、車体の大きさなどの条件に左右はされるが、一定人数以上の乗車があれば、当然、環境効率で自家用車を上回り、利用者が増加すればするほど効率化する。このことからも、幹線輸送はもとより、一定の人口密度があり、輸送量が確保できる地方都市においても、自家用車から公共交通機関へ利用交通手段の転換は、環境負荷の低減に大きな効果がある。そのため、公共交通機関の現状の輸送量だけを前提とせず、しかるべき利便性向上などの施策によって、交通行動の転換を図り、公共交通機関に対する潜在的な需要を掘り起こす必要がある。一方で、自家用車からの転換を促しても、輸送量を確保しづらい過疎地域においては、小型化による輸送力の適正化や自家用車利用自体の効率化(カーシェアリングなど)によって、公共輸送と個別輸送の融合を図る必要がある。[vi]
 経済性、環境性に優れた都市構造を形成するためにも公共交通は重要である。モータリゼーション以前は、中心業務地区から放射状に延びる、公共交通の路線軸に住宅地域が形成され、その結節点に商業が集積し、高密度の都市圏域が形成されてきた。しかし、戦後、モータリゼーションの進展によって、商業施設や住宅の立地制約が低下し、都市のスプロール化が進んだ。公共交通の利用者の減少、サービス低下がさらなる自動車依存を招いた。さらに、都心部の市街地は高密度であるがゆえに、急増した自動車を受け入れるキャパシティがないため、必然的にさらなる郊外への低密度都市の展開を迫られ、さらなるスプロール化に拍車をかけた。その結果、低密度な都市の維持にかかる財政コストを増大させ[vii]、経済・環境効率を低下させている。交通渋滞を例に挙げると、全国で年間約12兆円に及ぶ経済損失をもたらすものとなっている。また交通渋滞は大都市圏だけでなく、地方都市圏でも多く発生している[viii]。大都市圏の場合は、全体として公共交通が高度に利用された条件の下で起こっているため、道路容量を拡大する必要も認められるが、地方都市圏においては、公共交通の利用が低調でありながら、交通渋滞が発生しており、その解決策として、バイパスの建設など道路容量の拡大が今なお多額の公費が投入されて行われている。しかし、既存の公共交通の利便性向上により、自動車から公共交通へ利用交通手段の転換が図られれば、道路建設と比較にならない低コストで交通渋滞の問題は解決する。今後人口減少などで、移動需要全体が減少していく中で、量的拡大は財政的にも大きな負荷がかかる。交通需要全体をマネジメントし、公共交通機関への利用転換などの質的改善によって、財政的にも環境政策的にも持続可能な交通政策が必要である。そのためには、各モードや各事業者の事業領域ごとに管轄や計画がなされ、その中での最適化が図られてきた交通施策から脱却し、交通全体の最適化を可能とする政策立案、制度設計が必要である。
 また、地域経済についても、車社会に対応する形で、地元資本経営の中小店舗を中心として形成されてきた中心市街地が衰退し、その商業機能が大資本によって経営される郊外立地型の大規模小売店舗にとって代わられてきた。あらゆる財とサービスを一か所で充足できるこれらの施設の立地は、自家用車利用者が多くを占める地方都市住民の生活利便性を高めたことは否めないが、一方で自家用車を使うことができない交通弱者にとっては生活基盤の喪失をも意味した。さらに、消費活動に伴う収益の多くが、大都市圏に流出し、地域内の資本還流を減少させることとなった[ix]。加えて、地域の商工業が基盤となって維持されてきた、コミュニティや地域行事・地域の文化の継承にもかかわる事態となった。そして、人口減少により、地域の消費需要を独占したこれらの店舗の存立が危ぶまれると、それは同時に地域の商業機能そのものの喪失に直結する。
 こうなれば、自家用車の使用が可能かどうかにかかわらず、地域経済全体の存続が危ぶまれることとなり、地域住民すべてが当事者となる問題に発展する。このような状況を防ぐためにも、公共交通を再生し、過度の自動車依存から脱却し、中心市街地を核とした持続可能な都市構造に誘導していく必要がある。

3.公共交通が抱える課題とその解決の方向性 

 ここまで述べてきたような社会経済的、そして環境的な公共交通の必要性に反して、適切な投資がなされず、場合によってはその存続さえ危ぶまれているのか。その要因から、解決の方向性を考えていきたい。

(1)公共交通の運営に社会的便益に見合った還元を

 一つが、交通ネットワークが与える正負の外部性に対応する内部化のスキームが日本においては十分でないことがあげられる。まず、正の外部性、つまり交通がもたらす社会的便益についてであるが、これは多岐にわたる。いわゆる、経済効果とされる、交通結節点周辺への産業集積や住宅立地による住民の増加による経済活動の活性化は最たるものである。そもそも、交通なくしては、あらゆる経済活動は存立しえない。このようにその便益が社会全体に広く及ぶため、仮に直接的利用者からの負担のみによって、そのコストを負担させようとすれば、多くのフリーライダーを生んでしまうことや、その負担の大きさから利用が敬遠されてしまうことによって、本来生むべき経済効果を生まないばかりか、外部の経済活動に負の効果をもたらすこととなる。その結果インフラに投じた費用に対する効果が悪化し、期待された効果を発揮できなくなるため、公共事業として、社会全体であまねく負担した税収によって負担されることが是認されるのである。
 もちろん社会的便益の還元の手法は公財政によるものだけではない。元来日本では、大都市圏を中心に、営利事業として交通事業が運営されてきた。しかしその多くが、交通事業の収支単体で事業化することを目的としておらず、交通事業者が駅周辺での商業や住宅開発を行い、それらを収益化することによって、社会的便益を内部化してきた。一方で、すでに高度な土地利用が行われていた都心部では、新たに交通事業者が収益化できる開発余地が少なく、個別利益の調整の必要が高いため、公共団体が運営することにより公財政から社会的便益が還元されてきた。しかし、公的セクターが運営する交通事業にもかかわらず、建設費用の償還やその運営費用について、運賃収入に偏ったスキームが採用され、かつ民業圧迫につながるなどの理由から関連事業の運営が制限されたことにより、社会的便益の還元が考慮されずに、既存の運賃体系とは切り離された高額の運賃制度が採用され、利用者が伸びず、期待された沿線地域の活性化も果たされない事例は大都市圏郊外の鉄道新線にもみられる[x]。つまり、運営セクターが公・民どちらであるかにかかわらず、交通事業の経営において、社会的便益の還元は極めて重要である。
 日本では前述したとおり、鉄道草創期において、阪急東宝グループを端緒とする関連事業による開発利益の内部化がビジネスモデルとして確立し、また、欧米と異なり、モータリゼーションの到来が遅かったこと、そして事業者に対して、その地域での独占を認める代わりに、仮に赤字路線であっても、その退出が制限されるなどの需給規制が行われたことから、地方都市においても、ドル箱路線や関連事業を収益源とした内部補助により、公的補助が少ない中でも地域の交通網が維持されてきた。当然、各事業者は新規の事業開拓によって、収益源を確保する必要性に迫られるために、都市圏を中心に、民間資本によるターミナル・郊外・観光開発などを進める原動力となり、経済活動の拡大に大きな役割を果たした。しかしその過程で、大手民鉄沿線に存在するリゾート地域では、「箱根山戦争」に代表されるように、民鉄資本同士の争いに地域が巻き込まれたり、投資費用の回収のために、過度の内部化が必要となり、民鉄資本によるその地域の観光資本の独占化、系列化が行われた結果、地域の資本が育たず、観光収益の多くが、大都市へ吸い上げられ、地域に還流しづらい状況も生じている。そして、モータリゼーションの到来、ライフスタイルの変化や新規事業者の参入による小売・レジャーを中心とした関連事業の収益の悪化、少子高齢化と人口減少、そして2001年度の需給調整規制の廃止、鉄道事業法における鉄道廃止が許可制から届出制に変更されたことなど、内部補助で公共交通を支える前提が崩れた。その結果、バスを中心に収益路線に多くの新規事業者が参入する一方、それらの路線の収益を前提に公共性やネットワーク性の観点から赤字路線も含めて維持してきた事業者の経営努力が限界を迎え、公共交通を民間資本のみによって維持することが難しくなり、社会的便益を公共交通の運営に還元する仕組みが必要となっている。
 このような状況のもと、2009年に地域公共交通活性化法が、2013年には交通政策基本法、さらに2014年に改正地域公共交通活性化再生法が施行され、これまで事業者任せであった公共交通の運営に関して、国や地方公共団体の責務が明記されることになった。それを担保するため、地域公共交通網形成計画の策定と、これにもとづく地域公共交通再編実施計画の認定に対して、各種補助金が交付されることとなり、2018年3月現在、23件の計画が認定されている。また、任意の計画ではあるが、地域公共交通網形成計画は400以上の自治体で策定されている。従来、公共交通への公的関与は、一部の都市における公営交通事業やコミュニティバスの運営などで行われてきたが、その政策としての対象は自ら事業として所管している交通分野に限られ、現に、交通ネットワークとして不可分であるはずの民間事業者によって経営されている交通事業は政策対象として重視されてこなかった。この点、これらの計画においては、地域単位という面的に立案されることによって、モード間、事業者間の壁を越えて、公共交通ネットワーク全体を対象とした計画となっている。さらに計画は法的拘束力を持つため、計画の実効性も担保できる。一方で、計画の前提となるその空間スケールの妥当性については、市町村単位での計画が多くを占めているため、交通圏との整合をいかに図っていくかが今後の課題であり、都道府県の参画や圏域行政による取り組みが必要である。
 加えて、これらの計画設計の過程においてまちづくりにおける、公共交通の役割が再定義されるため、公財政における、公共交通への支出を説明しやすくなる。これらの計画の立案の過程では、財政支出の意義を説明するために、実際支出を行う各地方公共団体の財政において、仮に公共交通の運行が停止したときに発生する財政支出(クロスセクター効果)を算定し、運行に対する補助と比較することも試みられている。クロスセクター効果は、経済効果よりもその算定根拠が明瞭であり、自治体財政に直結する指標のため有用性が高いといえる。結果的に、個々の行政サービスの供給は受益者の移動が前提となっているため、それを支える基盤である公共交通の運行が停止した場合、個々の行政サービスと合わせて移動サービスも供給しなければならなくなるため大きなコストがかかる。また、相応の人口集積地においては、個別輸送に切り替わることによる混雑に対応するための道路整備費の負担も大きくなると考えられる。今後、クロスセクター効果の評価が、現状の行政サービスの供給状況を前提とせずに、移動を保障し、利便性を向上することにより、行政機能の集約化が可能になることまで踏み込んで、効果が算定できれば、より有用な指標として機能するだろう。
 また、公的補助による社会的便益の還元が行われるべきといっても、地方財政の状況は厳しく、その補助がより効果的に公共交通の改善に使われなければならない。従来の欠損補助では、事業者が補助金依存の体質となり、サービス改善や利用者増加のインセンティブに欠け、さらなる利便性低下が利用者離れを生むという、負のスパイラルを生んできたのも事実である。補助金が確実に利便性向上、利用者増加に結びつくように、事業者への直接補助から運賃低廉化など利用者を通しての間接補助への切り替え[xi]や一定の利用者増加をトリガーにした補助制度[xii]の導入などを適切に行うべきである。加えて、事業者自身による社会的便益の内部化が、商業分野を中心に行われてきたことに立ち返ると、行政の枠組みのみでの内部化にはおのずと限界がある。地域の小売店や商店街、福祉施設、教育機関など、特に公共交通の受益が大きいと考えられる分野の事業者に対し、公共交通の存在が各事業における収益性の向上や送迎バスの運行コストなどの費用の削減に効果があることを明示することにより、公共交通運営にかかわるコストを一部負担してもらう仕組み[xiii]も導入しながら、その負担のスケールを徐々に広げていくことで、公共交通への費用負担の社会的合意を形成する必要がある。

(2)社会的規制とコミュニケーションで社会的に適切な交通モードの分担を

 負の外部性の結果、生じる社会的費用を内部化し、交通モードの分担を社会的に適切な状態に誘導していくことも重要である。市場経済において最適な資源分配を可能にするには、その取引に伴い第三者が支払うこととなる費用も含めて、取引価格に含まれている必要がある。自家用車の利用は、他の交通モードとは比較にならないほど多くの社会的費用(環境汚染や道路混雑、交通事故)を発生させており、その額は少なく見積もっても19兆7455億円(1995年)[xiv]とされている。しかし、自動車の取引価格にはその生産費用しか反映されないため、社会制度の下で、その費用について適切に賦課される必要がある。我が国においては、自動車の保有に対して、自動車取得税、自動車税や自動車重量税、利用に関しては燃料に対する税が賦課されているが、年間5兆円以上が徴収されているにもかかわらず、かつての道路特定財源の名前が指し示す通り、一部の地下鉄や都市モノレールの整備を除き、そのほとんどが自動車ユーザーの利益にかなう使途となり、過度の自家用車依存を是正するシステムとならなかった[xv]。もちろん、かつて日本の道路環境が諸外国と比較して劣悪だったことにより、交通事故や走行燃費の悪化による環境悪化を招いていた部分もあるため、社会的費用の低減に効果がなかったわけではない。また、高速道路網の発達は、物流コストの低下や地方における産業立地を誘導し、計り知れない社会的便益を外部にもたらしたことは言うまでもない。しかし、現在の、特に地方都市において、公共交通の利用が低落する一方、渋滞の問題が解決せず、それに対応して、道路建設が続けられている状況は、社会的に適切な交通モードの選択がなされている結果とは到底言えない。同時に、自家用車の利用が社会的に合理的であるかどうかは、その地域の交通需要に大きく左右されるため、すべての地域で一概に社会的に不合理であると言い切ることはできない。それならば、特にその利用に焦点をあてて、地域の状況に応じて、生じている社会的費用について、自家用車利用者から適切に賦課し、それを原資に公共交通や環境対策に投資し、社会的費用そのものの発生を抑制するべきである。また、2018年度の国の公共事業関係費をみると、約2兆7800億円の全体のうち、道路整備の予算が約1兆6600億円と80.16 %を占めており、自家用車と競合関係にある鉄軌道整備を例にとっても、その約992億円とは比較にならない。さらにこの992億円の半分以上は大型事業である新幹線整備に費やされ、日常的な利用に供される鉄軌道インフラ改善への公的資金の導入は、大都市圏を除き、その他補助事業やソフト面での施策などを合わせても、少ないのが現状である。世界的には、都心部への車両乗り入れ規制としての課金制度などが普及しており、社会的費用を自家用車利用者に賦課し、それを原資とした公共交通の利便性向上を通して、交通にかかわる社会的費用の減少を意図した政策が行われている。一方で日本では、需要追随型で道路整備に多額の費用が費やされた結果、地方都市を中心に、自家用車の利用をさらに促進し、社会的費用が一向に減少しないという負のスパイラルに陥っているといえる。
 しかし、課金制度のような社会的規制がいかに有効で正当なものであろうとも、自家用車ユーザーの個別利益を制限するものであり、その導入に対する抵抗は大きいであろう。また我が国において自動車関連産業は548万人(2005年)の就業人口を抱え[xvi]、労使ともにその政治的存在感は大きく、独仏のように類似した条件の国でも導入し得たのだからというだけでは、容易でないことも事実だ。
 また、社会的規制は万能ではない。当然規制である以上それを守らせるための監視システムや社会制度の運用には多大なコストが生じる。加えて、一定の基準を設けて、線引きを行わざるを得ないため、すべての利害関係者にとって公平であることは難しく、また柔軟性に欠けることから、非常時などにその緩和をどこまで対象にするかなども難しい。交通分野に限ったことではないが、塾主松下幸之助も「法三章で社会秩序がちゃんとなって、それできちっと治まっていく国、発展していく国、それが先進国家である。(中略)普段から良識の涵養をやらなければいかん。」と述べている[xvii]。大袈裟かもしれないが、社会的規制が行き過ぎれば、個人の自由が必要以上に制約を受ける社会となり、規制を行う権力が強大になりすぎる危険もある。このようなことを防ぐためにも、国民の良識や人間性を信頼し、コミュニケーションや教育によって、社会的な合理性を個人のレベルでも意識し、無理のない範囲で、自然に社会的にも適切な行動をとることができるようになることによって、社会的費用を低減させることも同時に考えなければならない。交通分野に関しては、個人・社会のレベル双方で自動車の使用には多くの費用が掛かっていることを理解してもらい、個人的にも社会的にも適切な交通行動へ誘導する取り組みはmobility managementと呼ばれ、全国各地で行われている。特に企業や教育機関との協力によって、通勤・通学行動を見直してもらうことは、朝夕のピーク時における交通需要マネジメントとして大きな効果が期待される。これらの下からの草の根の取り組みと上からの適度な社会的規制が有機的に連携した形で、個人の利便性と社会的合理性が一定の折り合いをつけることのできる社会を目指さなくてはならない。まさにこの点において、交通行動というテーマは、最も身近でありつつ、個人の行動が社会に大きなインパクトを与えるため、いかに個人が社会的立場に立ち、自らの行動選択ができるかを試されている、いわば「民主主義の学校」といっても過言ではないだろう。

4.公共交通の再生を通して目指す「国のかたち」

 最後に公共交通の再生を通してどのような国を目指すのかを示す。明治期、官民挙げて取り組んだのは、鉄道の整備であった。まだ貧しい農業国であった日本が、今とは比較にならないほど限られた財源の中で、急ピッチで鉄道を整備し、国土の一体性を醸成し、殖産興業の基盤とした。また、同様に戦後期、困窮の中でも鉄道、道路は速やかに整備に着手され、名神高速道路や東海道新幹線建設にあたっては、世界各国からの支援まで得た。我々は、国内外問わず、多くの人々が生活を犠牲にしてまで、交通インフラに投資をしてくれたからこそ、安価にそれを使い、日常生活そして経済活動を平穏に行うことができているのである。そして、高度経済成長期には多くの労働力・農産物を都市へ運び、そして帰省や観光の足となり地方にも多くの人を運んできた。まさに交通が都市と地方を結び付けてきたのである。
 そして現代、大都市圏に住む多くの人が、大都市圏出身者となり、国土の一体性が危機に瀕している。「地方への投資は無駄だ」という声も散見され、都市居住者には「自力で稼いだのだから自分のものだ」と、まるで自分だけで生きているように錯覚しているような場合も見受けられる。しかし、都市だけでは水や空気、食料、そして便利で快適な都市をつくってきた労働力といった基盤は何一つ自前では調達できていないはずだ。もちろん地方も、先進的な技術や様々な知見、都市の成長の果実を再分配として受け取ってきた。互いが必要不可欠で、不可分、一体なものであるはずだが、それを意識しづらくなっているのもまた事実だろう。仮に、日本が都市国家になれば、それは海外に自らの生の基盤を委ねることになり、国際的な単一の経済秩序や金融システムが破綻したとき、日本全体が不可逆的な窮地に陥ることになる。国内に都市や農村といった多様な地域を抱え、それぞれの地域が強みを生かしながら、一体の国家を形成していることが、最大の安全保障なのである。そしてその一体性を支えてきた、そして今後も支える動脈が交通である。国内であれば、どこへも自由に移動ができる、その当たり前を維持し続けることで、日本社会の分断を防ぎ、一体性を醸成する。その結果、この国のいかなる地域もそしてそこに生きる人が、誰一人として疎外されることなく、この国に大切にされていると感じることができる国となる.これを実現することが私の目標である。

 前述したとおり、交通は身近な問題でありながら、かつマクロの問題でもある。草の根の取り組みである、様々な地域の公共交通や交通行動の改善に携わりながら、経験を蓄積して、将来的にマクロの社会制度の形成にも関与することができたならば、望外の喜びである。

 
[i] 国土交通省(2018)「平成30年度版交通政策白書」による
[ii] 不採算部門の欠損を同一事業体内の収益にて補填することを指す。2008年度の乗合バス事業に関してみると、約2700億円に及ぶ赤字路線の欠損を、黒字路線の約1100億円の収益と兼営(関連)事業の約1000億円の収益によって補填され、この部分が内部補助となる。不足する600億円については事業体外から行われる外部補助であり、公的資金によって賄われている。(国土交通省近畿運輸局wwwtb.mlit.go.jp/kinki/kansai/program/column01.pdf)
[iii] 2000年以降だけで法的整理・私的整理・事業再生の3類型で34社に及ぶ
[iv] 全国地球温暖化防止活動推進センター「日本の部門別二酸化炭素排出量(2016年度)」による
[v] 国立環境研究所「環境儀No.11 電気自動車の開発と自動車の環境効率評価」(https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/11/10-11.html)によるとガソリン車においてはガソリンの有するエネルギ量の15%程度が駆動に供される一方、条件によって、一次エネルギーから最終的に駆動に供されるエネルギー量は7%から30%と幅の開きがあった。
[vi] 自家用車と比較した、各交通機関の環境効率に優位性を示す指標としては、単位輸送量あたりの二酸化炭素排出量の比較が用いられる。これによると、2016年度の旅客輸送においては自家用乗用車は鉄道の約7倍、バスの約2倍の二酸化炭素を排出している。(国土交通省http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html)しかし、この指標は日本全体の各モードごとの輸送量の実績値に基づいたものであり、各地域や各線区での公共交通機関の環境的優位性をすぐさま示すものではない。例えば、1日の移動需要が10人程度しか存在しない区間で、50人乗りの路線バスを運行するよりも、自家用車の乗車効率を高めた方が環境効率に優れる。また、いくら環境効率に優れるからといって、本数を極端に減らし、乗車効率を上げようとしても、利用者のニーズにかなわなければ、現実的に交通全体の環境効率を改善することにつながるとは言えない。各線区における適切な運行頻度と各モードの輸送力を勘案し、その地域の交通需要にとって最適なモードを選択する必要がある。
[vii] 富山市都市マスタープラン(2008年)によると、人口密度が70人/haの場合、市民一人当たりの都市施設の維持管理費は1000円/年程度だが、20人/haの場合、3000円を超える。
[viii] 国土交通省(www.mlit.go.jp/road/ir/ir-perform/h18/07.pdf)によると、2005年度の人口当たりの都道府県別の渋滞損失時間では1位岐阜県(60.3時間/年)、2位宮城県(55.0時間/年)、3位山梨県(47.2時間/年)と大都市圏周辺部に立地する県を中心に地方圏でも上位に位置する県が多数みられる。
[ix] 京都市内における実証研究では、地元商店での収益の50%以上が市内に還流するのに対して、大手の大型スーパーでは収益の25%程度しか、市内に還流しなかった。(宮川愛由・西広樹・小池淳司・福田峻・佐藤啓輔・藤井聡.消費者の買い物行動時の選択店舗の相違が地域経済に及ぼす影響に関する研究.土木学会論文集D3(土木計画学)72(5),PP393-405,2016.)
[x] このうち埼玉高速鉄道は私的整理、名古屋臨海高速鉄道は破綻したが、輸送密度は数万人を数え、社会経済的には極めて必要性の高い路線である。このような問題もあり、開発利益を新線建設の際に内部化するための法制として「大都市地域における宅地開発及び鉄道整備の一体的推進に関する特別措置法」が制定され、つくばエクスプレスに適用された。
[xi] 京都府京丹後市では最大1150円だった市内のバス運賃を上限200円とした結果、5年間で乗客を2.3倍とし、その経費とバスへの運行補助を合わせて、導入を前提としないで試算された補助額を下回った。
[xii] 一定の利用者数に達するまで、行政が運行コストの一部を負担し、達したのち事業者が行政に協力金を支払う「乗車率保証」などの仕組みが考えられ、能登空港では便数確保にこのスキームを導入している。
[xiii] 鹿児島市では2007年に「市電無料の日」と銘打って、11月24日1日限りで商店街最寄りの電停での降車客の運賃すべてを商店街側が負担した。
[xiv] 児山真也・岸本充生.日本における自動車の外部費用の概算.運輸政策研究vol4.No2(2001). による
[xv] 国土交通省道路局(2006)「道路整備・管理の財源制度の現状」によると、道路特定財源が存置されていた2006年度において3兆5923億円のうち、自動車利用による外部不経済に対応するため、道路関係以外に用いられた費用はわずか479億円である。
[xvi] (一社)日本自動車工業会(2013)「自動車産業の現状」より
[xvii] 1980年9月16日に行われた国土庁幹部職員研修会での松下幸之助氏の発言より引用。

 
【参考文献】
宇沢弘文(1994)『宇沢弘文著作集Ⅰ社会的共通資本と社会的費用』岩波書店
谷口守.都市構造からみた自動車CO2排出量の時系列分析.No43-3(2008 )
西村和記・土井勉・喜多秀行.社会全体の支出抑制効果が生み出す価値:クロスセクターベネフィットの視点から.土木学会論文集D3(2014)
藤井聡・谷口綾子・松村暢彦(2015)『モビリティをマネジメントする』学芸出版社

2019年1月 執筆
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