松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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2019年2月

塾生レポート

総合藝術国家~藝術を生かした経営の在り方~
重岡晋/卒塾生

本稿においては、松下政経塾に入塾以後の研究と筆者の経験に基づき、藝術と政治・経済・教育・地域等の経営に及ぼす効果、今後の社会における藝術の役割と展望を自身が考えるビジョン「総合藝術国家」として論じる事を目的とする。

 

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目次

はじめに
第1章 人間と藝術
第2章 我が国の文化藝術の歩み
 第1節 古代~明治維新
 第2節 近代~現代
 第3節 現在
 第4節 未来を見据えて
第3章 総合藝術国家
 第1節 総合藝術国家とは
 第2節 藝術と教育
 第3節 藝術と経済
 第4節 藝術と政治
 第5節 藝術と地域
さいごに

はじめに

 本稿では、文化の力、とりわけ藝術を活かした経営の在り方を、松下政経塾に入塾以後の研究と私の経験を交え考察し論じる事を目的とする。まず、第1章では文化藝術を考える前提として、生きることの意味を見出そうとする複雑な存在としての人間と藝術の関係性を鑑みる。第2章では国家経営における文化政策の概要と藝術の関わりを、古代〜明治維新、近代〜現代、現在、未来という時系列で概観し、歴史と現状認識の上に、藝術の社会的役割を考察する。第3章では自身が考えるビジョン「総合藝術国家」に基づき、藝術が経営に及ぼす効果を項目ごとに述べ、今後藝術が企業や社会においてどういった役割を果たしていくか展望を考察する。

第1章 人間と藝術

 19世紀に出版されたチャールズ・ダーウィンの「種の起源」[1]は現在では誰もが知る名著であるが、当時のキリスト教社会では旧約聖書の創世記が通説であり、人がサルから進化したというコンセプトは、人の定義を根本的に揺るがすものであり大きな衝撃を与えた。私たちはどの様に誕生し、そしてどこへ向かっているのか?という命題は、古今東西、宗教や哲学、科学によって説明するものは多く生み出されてきたが、正確に説明し切るものは存在せず真相は想像の世界に委ねられている。人間とは一体どの様な存在なのだろうか?人も生命である以上、種を存続させるという本能を持っている。しかし、それだけではなく、生きることの意味を見出そうとする複雑な存在である。
 人間が他の動物と異なる点として文化を持つと言うことが挙げられる。古くは四大文明から人間は宇宙の関係を問い、想像力を使って人間がどの様な世界に生きるのか問うてきた。その考察は遺跡や文書、美術品として形を残し、今日私たちは当時の世界観をうかがい知ることができるのである。藝術はその時代ごとに描かれた世界観を表現した知識の宝庫であり、人間の魂を感じさせ、多くの学びを与えてくれる。その様な意味においても、藝術文化は人間に必要不可欠のものなのである。もし人類が藝術文化を持たない生物であったら、今の世界は無味乾燥な世界になっていただろう。人間とは名の通り、人と人との間の関係で形作られる社会を形成し、言語や宗教、生活に必要なツールの開発、お祭りや遊びといった文化を生み出してきた。同時に権力闘争や利害対立の中で、自ら作り出した文化の破壊を繰り返してきた。現代においても新興国では高層建造物が立ち上がり都市を形成していく一方で、今世紀に入っても絶えることのない戦争による破壊行為は繰り返されている。この様に人間は本性として創造性と破壊性が備わっており、歴史はその繰り返しによって形成されている。
 また、今日の人類は活動領域を広げ、地球から宇宙という新たな環境へ向かっている。何故巨額の費用とリスクを冒してまで人類は宇宙に行くのか?この問いは、水中でしか生存できなかった生物が陸に進出した様に、新たなフロンティアを目指す本能的な進化の行為なのかもしれない。尽きぬ好奇心と想像力がビジョンを作り出し、挑戦が不可能を可能に変え、人類の新しい文明の領域を拓いて来た。私たちは先人の想像力によって描かれ、創造力によって築かれた世界の上に存在している。藝術は人間の生命に直結した営みとして時代と共に在り続け、今日の人間を考える上で重要な存在であると言える。しかしながら、現代において藝術と政治や経済、生活はどこか縁遠い存在として感じられているのではないだろうか。何故、その様に変化して行ったのか、次章では我が国が藝術をどの様な形で国家経営に取り込み、歩みを進め、現在に至ったのかを概観する。

第2章 我が国の文化藝術の歩み

 第1節 古代〜明治維新

 日本において文化が政策の対象と見られるようになったのは明治維新以降のことである。それ以前は、文化は共同体の中で保持されて来たり、あるいは時の権力者に庇護されて再生産されていた。元々日本に存在する土着的な文化と、外来文化を取り込みながら独自の文化を発展させて来たと言える。
 まず、日本文化について述べる上において、自然環境と宗教を考えなければならない。地理的条件から四季折々の変化が生まれ、日本人の自然観に対する豊かな感性と高い美意識を育み、自然に対する畏敬の念は八百万の神が宿るというアミニズムのベースになり、やがて神話の体系をもって一つの物語を作り出した。長い歴史の中で儒教、仏教、道教を始め、多様な宗教や思想を受入れ独自の文化に昇華し、伝統精神を継承して来た。この様な生かし方が出来た背景には、神道の全てを受け入れそして生かすという考え方が在るのではないだろうか。日本人の文化の根底にはこの様な歴史が有り、今日においても様々な形で入り込み、私たちの生活や習慣を形成している。
 古くは飛鳥時代、朝鮮半島を経て中国あるいは西域から、仏教と共に外来文化が日本に伝えられた。当時の政権は、優れた文化を国づくりの一環として編纂する為、100年以上の時間をかけてこれらの移入に取り組んだ。聖徳太子や朝廷の庇護のもと飛鳥を中心に広がった仏教文化は、法隆寺をはじめとした建築、優れた仏像彫刻等を生み出し、当時の華々しさを現代に伝えている。724年聖武天皇が即位した頃、全国に国分寺や国分尼寺を建立、総本山の奈良・東大寺には15mの大仏である盧遮那仏を鋳造した。この大事業やその他の諸寺院の建立を通じた仏教の興隆に伴い美術工藝が著しく発達し天平文化が現出した。また、今日に伝わる雅楽は、奈良時代に大陸から伝わってきた伎楽を朝廷の式楽として取り入れ、その演奏者や舞手を養成する役所をつくり定着化させる政策をとった結果、今日の宮内庁においても式部職として内部部局に存続している。この様に古代においては、日本は国事として文化に取り組み全国に普及を行う中で独自の文化を形成していったのである。
 戦国時代においては群雄割拠する大名たちが文化の保護者となり、華美装飾な桃山文化が栄えた。安土城、大阪城、伏見城などの城、書院式庭園、狩野派の障壁画や庶民の生活を題材とする風俗画、瀬戸や美濃、楽を始めとする陶磁器の数々が時代を表す藝術として有名である。また、南蛮貿易とキリスト教宣教による西洋文化の流入により形成された南蛮文化もこの時代を象徴するものである。天下人、織田信長も茶の湯を嗜み、家臣に対しては茶の湯を功績ある者の許可制とし、褒美として茶道具を渡したりと、藝術は権威と一体になっていた。神仏中心の傾向が強かった古代や中世の文化に対し、豪華絢爛で人間中心主義的な性格を反映していることも大きな特徴と言える。一方で、禅の影響を受け簡素な美を追求する千利休の侘び茶が大成したのもこの時期である。
 江戸時代は、城下町に商人や手工業者が集まり大都市が形成された。歌舞伎、文楽、浮世絵など町衆を中心にさまざまな文化が花咲き、政府は何もしなくても、民間の力で文化振興が行われた時代であったと言える。一方で徳川幕府は、儒教の理念にのっとり、藝術文化にはきわめて冷淡な態度をとった。天保の改革では、贅沢禁止、文化の統制によって当時庶民の娯楽であった歌舞伎や寄席などに制限がかけられ、浮世絵も贅沢禁止の対象になり、春画、歌舞伎役者絵、遊女、藝者などの美人画を描くことが禁止される。当時の日本は徳川幕府によって統一され、鎖国を行っていた為、幕府は特に文化の保護者になる必要はなかったと考えられる。

 第2節 近代〜現代

 次に明治維新以降の文化政策について述べる。日本において、国による文化政策がもっとも率先して行われたのは、おそらく明治維新の後であろう。当時、植民地化を避け、西洋列強諸国にキャッチアップするため、産業革命のもと、資本主義や民主主義を取り入れる形で西洋文明の導入が急速に進められた。「文明開化」と呼ばれるこの動きのなかで、西洋にルーツをもつ藝術もまた積極的に取り入れられた。欧米型の中央集権的な国民国家をめざした明治政府は、それまでの藩や地域社会にあった人々の帰属意識を、「日本」という国家の「国民」へと転換させる事を目的とした。まず日本の近代化は欧米化、すなわち先進欧米諸国の制度の摂取が、軍事・産業・教育といった分野を中心に進められた。美術の分野では明治政府は1876年に工部美術学校を設立し、外国から美術家を雇い入れて西洋美術教育を開始。音楽についても文部省に音楽取調掛が設置され洋楽教育が始まる。これらが当初は藝術文化的な関心というよりは、むしろ産業や軍事面からの要請の方が強かった点については注意しなければならない。庶民が長年親しんできた歌舞伎、浮世絵、邦楽など伝統文化は価値が劣るものとして、公教育の場からシャットアウトされた。ここに、日本人が西欧由来の絵画や音楽という藝術を何かよそよそしく高尚な存在と考える様になった理由の一つが見られるのではないだろうか。一方で、明治維新後の欧米化や廃仏毀釈[2]により寺院などの文化財が荒廃し、固有の伝統文化の保護は待ったなしで行わなければならなかった。優れた美術品の海外流出に歯止めをかけるために、守るべきものをリストアップすることから始まった文化財保護は、史跡や天然記念物の保護といった独自の展開を遂げ、現在の文化財保護法とその体制につながっていく。
 明治以降の日本の文化政策は、開化期の近代化=欧米化の一環としての欧米文化の移入・移植政策と、その後の民間への放任が基本であった。しかし例外的に、きわめて短い期間であるが、政府が藝術文化(特に映画や演劇)に強い関心を持ち、積極的に「文化政策」に取り組んだ時期があった。それは第二次世界大戦の直前の時期のことである。大戦前夜のこの時期に「文化政策」が推進された理由は、統制と啓蒙・純化のための利用という目的があったからだ。戦争において、国民全員が総力を挙げて戦いに参加することが強く求められ、文化政策は、戦争に向け国民の精神を「総動員」していくための手段として、効果的であると考えられたのである。1925年の治安維持法以降の藝術表現の弾圧や、1940年に設置された内閣情報局による情報宣伝業務と言論報道の取り締まりなどによって、敵国であった英米の文化を排除するとともに、自国の文化の優越性をうたいあげた。映画や演劇などの人々に親しい文化を通して「国の栄光」「国民の一体感」を形成して、「国のために死ぬ」といった気持ちを醸成する事が目的であったからだ。これは日本に限らずナチス・ドイツやスターリン・ロシアも同じ様な政策を行ったと言える。このように日本では、近世以降、為政者は藝術文化に対し統制的な政策をとりつつ民間に任せることを基本に、大きな社会変動に面した時には、外来文化の摂取に取り組んだり、あるいは逆に極端なナショナリズムの方向に国民を誘導する手段として、文化政策を推進した歴史があり、これが今日政治と藝術の距離を生み出している要因の背景にあると考えられる。
 戦後においては、戦時中における文化統制に対する反省から、国の文化への関与を極力排除する方針で文化財保護と消極的な藝術支援という形で政策は進められた。1970年代に入ると地方自治体に文化振興にかかる部署が設置され、首長の発案と主導による文化振興条例が次々と生まれた。国民世論調査ではモノからココロへといった意識変化を告げる時期であり、高度経済成長が相まって可処分所得の使い道として文化がもてはやされる時期となる。1980年代になると公共文化施設が急速に全国に整備されていく。一方で、専門人材の不足などソフト面の課題(いわゆる箱物行政の課題)も抱えながら現在に至っている。

 第3節 現在

 今日の文化政策がどの様に展開されているのかについて以下に述べる。現在、日本の文化政策は、文化庁、経済産業省、外務省、総務省、宮内庁および文化庁の外郭である独立行政法人が行っている。中でも国レベルで文化政策を担う機関は、文部科学省の外局にあたる文化庁で、教育政策と一体的に実施するという体制になっている。2001年末、議員立法で文化藝術振興基本法が制定され、文化政策の基本が確立されるに至った。文化審議会での審議を経て、「文化藝術の振興に関する基本的な方針」が閣議決定されている。
 平成30年度現在、文化振興を目的とする予算は1000億円余、国の一般会計予算の約0.1%程度で推移している。国によって考え方も仕組みも随分違うため一概に比較するのは難しいが、国際比較で見ると、アメリカ約1500億円、イギリス約1800億円、フランス約4800億円、ドイツ約2100億円、韓国約2800億円となっており、日本は、その国力に比して少ないことは否めない。また、日本の文化産業の規模(文化GDP)は平成23年ベースで約8.8兆円であり対GDP比では1.8%となっており、諸外国の3〜4%と比較して、先進国として低い水準となっている[3]
 近年は、まちづくり(国土交通省)や、観光振興(観光庁)などで積極的な施策が行われており、様々な政策分野で文化の重要性が高まっている。2度目のオリンピックに向けて、文化プログラムの重要性も認識されるようになり、藝術活動への期待も大きい。最近では文化藝術の「創造性」を活かして産業振興や地域再生につなげようとする、「創造都市」といった概念も語られるようになり、横浜市、京都市、札幌市などが先進的に藝術文化を活かしたまちづくりを推進している。
 内閣府に設けられた、まち・ひと・しごと創生本部では、東京一極集中を是正する観点から、政府関係機関の地方移転について道府県等からの提案を踏まえた検討を行い、平成28年3月に「政府関係機関移転基本方針」を決定した。この中で文化庁については、外交関係や国会対応の業務、政策の企画立案業務(関係省庁との調整等)についても現在と同等以上の機能が発揮できることを前提とした上で、機能強化を図りつつ、京都に移転することとされ、遅くとも2021年度中に予定されている京都への全面的な移転に向けて準備を進めている。従来の「文化部」と「文化財部」の二部制を廃止、分野横断的な組織再編を行うことで、いわゆる「縦割り」からの脱却と機動的対応の実現を図るとともに、各省庁にまたがる文化関連施策を「新・文化庁」が「軸」となって総合的に推進する体制の確立を目指すとしている。これからの文化政策は、観光庁の観光振興、農林水産省の食文化、経済産業省の文化産業など、各省庁との連携協力を最大限に生かしながら、関係省庁がお互いに協力して取り組むことが求められる。

 第4節 未来を見据えて

 第2章では、藝術文化は時代の為政者や市民の生活の変遷と共にあり、その役割も時代と共に変化してきた事を概観した。また、外来文化を受け入れつつ先人が長い時間を通じて独自の文化に昇華し、現在生きる私たちがその資産を享受していることが理解できるのではないだろうか。
 しかしながら、今日政治、行政、企業活動と藝術との間には距離が生まれている様に感じる。その答えを明確にする為には、政治、経済、教育、生活環境等の視点から考察しなければならないため一概には明言できないが、大きくは近代化以降経済優先主義によって発展を行って来た事に起因するのではないかと考える。民主主義を基本とする政治においては、国策として重視するものに多数派の意見が反映される為、経済を優先させて来た近代以降の環境において藝術文化を重視するべきであると考える意識は少数派に止まる事が考えられる。また、藝術活動を行う側から見た場合、国民統制の道具として藝術を用いる危険性、思想表現としての藝術が治安を乱すと判断した場合には規制を行う懸念などが考えられ、表現の自由を根本とする藝術活動には関与を嫌う風潮がある。本来、人間の生活と一体であった藝術が乖離し特殊なものと見なされる状況は果たして好ましい事なのだろうか。
 私たちを取り巻く環境は日々めまぐるしく変化しており、世の中では多くの歪みが社会課題として現れている。国内においては取り分け地方都市において、人口減少に拍車がかかり、労働力不足による産業存続の危機に直面している。労働生産人口の不足による外国人の受け入れは、長期的な対応策を考えなければかつてドイツなど欧州諸国の社会問題となった移民問題を日本においても繰り返すことになりかねない。人工知能やIoT、ロボット等のテクノロジーの進化により第四次産業革命[4]が予測され、2045年にはシンギュラリティ[5]によって多くの職業は人工知能にとって代わられることが予測されている。また、インドをはじめとしたアジア諸国が躍進する情勢の中、単純労働のみならず知的労働も競争に晒され、代替可能な仕事は淘汰されていくと考えられるのである。また、グローバリゼーションのもと民族や文化の流動性が高まり、自国のアイデンティティの再認識が問われている。既存の社会保障体制の未来が見えない中、若年層は漠然とした不安を抱き、幸福や豊かさの定義が問い直されているのである。
 この様な時代のパラダイムシフトは、これまで過去に何度も起こって来た。その一つが今からおよそ150年前に起こった明治維新である。当時、近代化を急速に進める日本はイギリスの産業革命を背景とした資本主義のシステムに取り込まれて劇的な経済成長を遂げていった。以来、日本の経済システムの根幹であり、蒸気機関や紡績機は産業革命をもたらし、日本の産業は農業→工業→サービス業と変化し人の仕事も変化に合わせ遷移して来た。教育面においては、20世紀の日本は経済成長の環境下において、マニュアルを覚え正確に早く再現する力、定型業務処理能力、知識技能が重視される工業社会に資する人材の育成を行ってきた。自分の好き嫌いと言った感情も出せず、時に過剰なまでの協調性を求める空気感は、平均的で無味乾燥な人間を作り出すだけである。近代国家としての成長を続け経済発展を遂げ物質的に豊かになった一方で、人間の精神的豊かさは成長を追い求める中で軽視されてきたのではないだろうか。取り分け人の心を豊かにする文化藝術の価値も近代合理主義のレジームの中で見落とされてきた。
 しかし、これまでのやり方では存続が難しいことは明らかになりつつある。企業においては、評価指標(KPI:Key Perfor
mance Indicator)が短期成果主義に基づく場合、長期的なビジョンや革新的な商品を生み出す機会は乏しくなる。日本は明治維新以来、欧米追従のモデルを手本に進んできたが、これからは世界の先頭に立つ先進国として、独自の価値観を発信しリードしていかなければならないのではないだろうか。OECD[6]発表のEducation 2030 Learning Frameworkの中においては、生き延びる3つの力の一つとして、新しい価値を創造する力(Creating New Value)が掲げられている。これからは個の創造性を評価する新たな指標も必要なのではないだろうか。
 デービッド・アトキンソン[7]は日本経済の根本的な問題として企業(取分けサービス業)の生産性の低さを指摘している。そして、その原因は優秀な労働者を生かす事が出来ていない経営者に有ると述べている。今後、国内においては人口減少が進み労働者の減少する為、経営者の能力が低く生産性の低い企業は人材を確保することが出来ず結果として淘汰される事が予測される。企業が存続するためには、生産性の改革が必要だが、その中でも技術、商品、組織、人材における新しいアイデアの導入や経営者、労働者の教育、また新しい企業や事業の作成等が生産性向上と高い相関関係を持っており、改革の要諦になると考察している。まさしくこれからの改革に求められる能力は往来の定型的管理能力ではなく一人一人の個の創造力なのである。
 次章においては、これまでの歴史と環境変化を踏まえ、これからの新しい時代において藝術が果たす役割について述べ、筆者の考えるビジョン「総合藝術国家」に関して藝術と各分野の論考を行う。藝術から何を学び、どの様な観点で活かしていけば良いのか?藝術は経営においてどの様な効果を与えるのか?という観点から、効果と手法に関して自身の考えも交え以下に考察する。

第3章 総合藝術国家

 第1節 総合藝術国家とは

 本章においては、筆者が考えるビジョン「総合藝術国家」について述べる。総合藝術という言葉を使う意味について、以下3つの観点から論述する。
 まず、現代は藝術と政治、経済、教育、地域といった生活のあらゆる分野と距離が生まれていると考えている。しかし、前述の通り本来藝術とは人間の生活と一体のものであった。また、手段は異なっても本来人間を豊かにするという目的は他の分野と同じはずである。現代の社会は縦割りの制度によって各分野は細分化し他分野は専門外とされることが多い。しかし、社会の根底では全て繋がっていると考えれば、お互いに影響を及ぼし合っている。筆者は各分野に藝術を取り込み総合的にシナジーを生んでいく社会が望ましいと考えている。近年、各分野で業界や職種を超えた横断的な活動が行われるようになったことはセクショナリズム[8]を脱し総合知の時代を求めていく傾向にも重なる。歴史上、最も優れた藝術が生み出された時期として14世紀にイタリアで始まったルネサンス[9]の時代は経済、科学、藝術が影響を及ぼし合い、レオナルド・ダ・ヴィンチの様な真の天才であり文化人が活躍した。ダ・ヴィンチは科学者、建築家、技術者、藝術家と、現在でいうアート、サイエンス、テクノロジー、デザインを全て行う総合的な能力を持つ人物であった。私はここに現代が学ぶ大きなヒントがある様に感じている。この様に、分野横断的に全ての領域とつながっていく事が藝術には可能であり、今後において必要ではないかと思う。
 次に、私たち日本人の優れた特性に焦点を当てたい。日本の藝術の特性として作品としての藝術だけではなく、庭園、建築、絵画、彫刻、工藝、食、所作全てに対して美意識が高い点をあげることができる。茶道の世界における設えは正にこの様な美意識を体系的に具現化した事例である。小笠原流礼法においては人間の行動は心の表れであると考えられている。自己の内部と外部全てに対して美を求める姿勢は、日本において「道」として昇華され現代においても継承されている。藝術作品は人間の生き様の痕跡であり思想を反映していると考えると、モノではなく、それを生み出す人間の生き方そのものが充実した藝術である必要がある。この様な考え方を持ち、日常全てにおいて美を感じ、自己に問う姿勢を持って生活する事が必要なのではないだろうか。
 また、戦前・戦後を時代と共に生き、一代でパナソニックという大企業、思想運動としてのPHP研究所、リーダーの人材育成機関としての松下政経塾を創設した松下幸之助は、昭和四十二年(七十二歳)二月八日、第五回関西財界セミナーにおける講演で以下のような言葉を残している。「経営というものは非常に高い躍動的な、しかも生きた総合藝術だという感じがする。経営とはそう軽々しいものではない。非常に高度なものである。経営者は総合藝術家だということを私は言いたいのである」[10]。松下幸之助が大阪の大開町で最初に始めた町工場は、一階の土間で練り物をつくりプレス機で型を取り、電球のソケットを一つ一つ手で作り出す、いわば藝術家のアトリエの様な場所であった。無から有を自分の手で作り上げた松下幸之助が、この言葉を晩年に語っている意味は現代において重要な意味を持っているのではないだろうか。また、事業創造においても、真善美に基づいた経営理念を定め、日々刻々と変わる流動的な経営環境を鑑み、人・物・金すべてにおいて細かい配慮をしつつ、経営者の魂が躍動し見る人に感動を与える経営をしなければいけないと述べている。この様な高度の経営は、それ自体が一つの藝術作品であると考えているのである。経営理念はその人の人生に基づくものと考えるならば、生き様そのものが藝術である事と解釈しても良いのではないだろうか。
 以上の考えに基づき、これまであらゆる社会活動の中において、中心的テーマではなかった藝術を国家経営・地域経営・企業経営・人生経営において中核的な軸とする事ができると考える。次節では、教育・経済・政治・地域・外交、各分野において藝術を生かすことでどの様な効果が得られるかと言う観点と、具体的な事例や手法を提示していきたい。

 第2節 藝術と教育

 新しい時代における創造性教育を考える上で、昨今話題になるのが人工知能(AI)である。現在、人間の多くの仕事が機械に取って代わられるという予測は、現在の社会に適合した教育を行っているだけでは、将来仕事はないという解釈も出来る。具体的にどのような職種が消えるかというと、単純な事務作業の殆どが取って替わられる事が予測されている。その他、公認会計士、弁護士といったインテリジェントの職種もとって替わられる可能性が高い。また、米デューク大の研究者キャシー・デビッドソンによれば、「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は大学卒業時には現在存在しない職業に就職する」と考えられている。そういった中、労働市場で生き残るためにも理数系分野、及び藝術分野の能力が不可欠であると考えられる。すなわち、「AIに使われる人間ではなく、AIを使う人間」になる必要がある。また、AIには不可能な「人の感情に働きかける能力」すなわち藝術能力への需要も高まると考えられる。戦略的に考えるならば、AIには代替不可能な能力、AIを使いこなす能力を育成することが、将来の労働市場においても稀少性と付加価値が高い事が分かるのではないだろうか。
 この様な背景を前提に考えると、藝術は今後において必要な能力を育成する最重要分野の一つである。「0から1の新しい価値を作り出す力」、「非合理的で不確実な世界を生きていく力」、「自分で答えを考えオーナーシップを持ってプロジェクトを貫徹する力」「感情に訴える美を生み出す力」などはAIでは生産できない。
 例えば、現在多くの企業が抱える課題として、商品あるいはサービスのコモディティ化という問題がある。現在の市場は、需要よりも供給が勝り、なかなか商品が売れないモノあふれの時代と言われている。この様な時代において企業は、独自の価値を提供することが重要である。昨今、問題解決の手法として注目されてきたデザイン思考というものがあるが、これに関して最先端で取り組んできた某企業はこの手法もコモディティ化の壁にぶつかっていると話す。なぜなら、デザイン思考は課題が前提にあり、それを解決する一つの手法としてメソッド化されている為、結果として同じような答えが生み出される現状があるからだ。結果はファシリテーターの質や企業の取り組み姿勢に起因するので、デザイン思考そのものは有効性が認められているが課題解決を前提とした手法である事の域を出ないことも確かである。
 これに対して、アートの考え方は、課題そのものを疑い、より深いイシューを提示し、問題提起を行う。ここにアートとデザインの違いがある。アートという言葉が近年、世の中でよく使われる様になったが、私はこの意味を単に広告などの世界で使われるグラフィックデザインやプロダクトデザインといったいわゆるクリエイティブではなく、「感性によって問題提起を行い、新たな価値を作ること」であると捉えたい。アーティストは伝統的な慣習、既成概念に疑問を投げかけ、根本的な問いを立てる。それ故、既存の価値観とぶつかり時代に理解されなかったり、批判の対象となる事が有る。しかし、考えてみれば、現在日本人にも広く親しまれる印象派の画家たちは、写実的に書くことが主流であった当時の画家や批評家からさんざんな評価をなされアンダーグラウンドな存在であった。現在主流であるカルチャーもかつては少数派から始まったものが多い。KJ法で有名な川喜田二郎氏は著書『創造と伝統』の中で、「偉大な創造の場合には、一見すると破壊と同じように保守から離れていくばかりで、循環しないように見えるのは、その半径がとてつもなく大きいから...すばらしい思想家・作家は、その時代の人間は誰も理解してくれず、彼らが生み出した思想や藝術は、それまでの思想や藝術の否定、あるいは権威の破壊と受け取られるが、じつはたいへんな創造だという場合がある。」[11]と述べている。真に独創的なものは、複数人の客観的評価や話し合いによる協調性から生み出されるのではなく、個性から生み出される。他者が作ったシステムの上で多少色を変えるだけでは、真の意味でイノベーションなど生み出すことは出来ないのである。この点において、新しいコンセプトやサービス、商品を作る必要が有る経済の分野では、藝術家が個人起点で考えプロジェクトを完成させるアプローチを活用出来るのではないだろうか。そもそも、企業自体は誰かしらの思考を具現化した存在である。創業者がビジョンを描き会社を作るプロセスは、アーティストが0から1の作品を製作するプロセスと類似しており、創業者はある意味においてアーティストであると言っても良いのかもしれない。
 また、クリエイティブ経済を提唱しているトロント大学のリチャード・フロリダは、現在アメリカではクリエイティブクラス[12](創造階級)が形成され、社会的・文化的・経済的な変化を先導する力になっていくと述べている。創造性は誰しもが持つ能力であり、真に無限の資源であり、皆で分かち合えるものであるとも述べられている。つまり、創造性は才能のみに頼らず、後天的なトレーニングによって養うことが可能であると言う事を意味している。創造性を磨く為には本物の藝術作品に触れる機会を持つ、あるいはVTS(VisualThinkingStrategies)と言う対話型観賞で観察力や感性といったインプットの力を鍛えることや、実際に自分で一つの作品を作成するワークショップへの参加等が考えられる。微妙なニュアンスや些細な変化に気づく感性は、現場の状況や、人情の機微を知ることにつながる。また、美術館等の文化施設を活用し、大人と子どもが藝術に触れる機会を通じて共に学ぶ機会を増やし、子どもは本物の藝術作品に触れる事で感性を豊かに、大人は子どもから自由な発想力、素直さ、遊び心を学ぶ事が出来るのではないだろうか。取り分け、これからの将来を担っていく子どもたちやリーダー層には創造性教育プログラムの実践を行って頂きたい。多様な藝術の効果と可能性を幼少期から広く深く学び、一人一人が教養ある文化人として成長する国家を目指していくべきである。

 第3節 藝術と経済

 昨今、ビジネスの分野においてアートに対する関心が高まっている。「アートシンキング」「アート思考」「デザインアート思考」「VTS(Visual Thinking Strategies)」「デザイン・ドリブン・イノベーション」など、欧米を発信源とする藝術の思考法やメソッドがここ数年で日本でも出回る様になり、書店ではビジネス書のコーナーにアート関連書籍が置かれる様になった事は関心の高さの表れと言えよう。こういった現象はビジネスパーソンの抱える課題に対して藝術が深く関係している事を示唆しているのではないだろうか。実際、日本においてだけではなく、むしろ世界において経営に携わるビジネスパーソンがアートを重要視しているのである。欧米のグローバル企業の幹部候補は研修にアートを取り入れている。この背景には、現在世界の諸課題が複雑化しVUCA[13]の時代であると言われている事と無関係ではない。現代の事業経営を取り巻く環境は、変化が激しく条件が静的ではなく動的な状態である為、往来の論理的思考のみでは問題の解決が難しいと言われている。山口周は経営において、これまではMBA(経営学修士)を取得すれば経営の現場において戦力となったが、今後はMFA(美術学修士:Master of Fine Arts)のニーズが高まると述べている[14]。なぜなら、現在アメリカではMFAを持っている人材の方が稀少性が高く、重宝され給料も待遇も高くなる時代になっているからだ。論理的思考に偏った発想では、大多数が納得する答えを出す事が出来ても、ありきたりな答えになる事が多く、企業においてその答えはレッド・オーシャン[15]を意味する。つまり、新しい商品や市場を先駆的に作る為には、藝術家の様に独自性のある発想が必要なのである。取り分け必要な力は「想像力と創造力」「直感と感性」「美意識」である。何故なら、これらの力は産業にイノベーションをもたらし、独自性の追及や差別化を推進し、結果として付加価値を高めることが期待出来るからである。アートはこれまでの歴史の中でこの様な事を最先端で行って来た歴史そのものであると言っても過言ではない。これからの時代においては個々人の創造性を向上させ新しい付加価値を生み出す上において、アートの力を経営に生かしていく事が重要なのである。
 例えば、経営者の重要な役割の一つとして、企業の長期的ビジョンを作る事がある。しかしながら、今日どれだけの企業が長期的展望を描き、ゴールにいたるロードマップをイメージ出来ているだろうか。経済のサイクルは短くなり、テクノロジーの進化は新たなトレンドを生み出し続け、そのスピードは年々早くなっている。この様な事業環境の中で力強く進んで行く為には、バックキャストを行ってビジョンを描く力が大変重要なのではないだろうか。バックキャストとは、先にあるべき姿を描き、そこに向かって目的・目標・行動指針を定め実行していく手法である。まだ実現していない未来の姿を描くのであるから“想像力”を使う必要が有る。そして、それをビジュアル化する事によって社員やパートナー、顧客に伝え、どの様に協力し、構築するか創意工夫を行うプロセスが必要である。このビジョンを現実にする過程において必要なのは“創造力”である。これら2つの“そうぞう力”は藝術家が作品を作るプロセスそのものであると言っても過言ではない。一つの作品を作り上げるプロセスは右脳的思考(感性)と左脳的思考(論理)の両方を使い、全能的に仕事を行うことが求められる。アーティストは、自分のイメージを作品にする前段階として、ドローイングを何枚も描く。自分の手を実際に動かし、確かめながらイメージを明確にしていくのである。ドローイングは決して上手に描く必要はなく、あくまで自分が解釈し具体的なイメージを深める事を目的として行われる。この手法が優れているのは、ノートの端やコーヒーのコースターなど、何処でも簡単に行える点にある。そして次に、絵画で言えば習作、彫刻で言えばマケットと呼ばれる、いわばプロトタイプを作る。事前に試作を作ることによって、作品のシミュレーションを行う事が出来るのである。もし改善すべき点があればこの時点で調整することが可能で、完成品の質を高める事に直結する重要な過程である。この段階で作品を完成させる為のロードマップが考えられ、具体的な計画としてイメージできるようになる。最後の段階として本番の作品制作を行うが、藝術作品制作の過程は、手を動かしては客観的に眺めることを繰り返す。自分のイメージと現実の差異を考えながら、どの様な次の一手を打つかを決断し実行していく。制作過程では素材や技術、様々な要因で上手く事が運ばず、イメージから実物が遠退いてしまう場合がある。この様な場合、もう一度ドローイングを行い、自分のイメージを明確にすることで、先に進む事ができる。また、制作においては、しばしば想定外の事が起きる。その時、そういった偶然性も生かし作品にしていく柔軟性も重要である。結果として実践→思考→決断を繰り返した結果が一つの作品となる。ビジョンを作る過程も理想を描き、現実の世界と向き合い、自己の価値観と向き合い言葉を紡ぎだしていく行為だと考えると非常に親和性があることが分かる。実際に筆者が行ったワークショップでは、コラージュ[16]という既存のイメージを集め一つの作品にする手法を用いて参加者のビジョンを作品にする事を試みた。このプロセスにおいては絵画の技術は関係なく、初心者でも取り組める一つの表現手段として有効なものであった。日頃から直感的に気になったデザインや情報をキュレーションしておくこともイメージの源泉を作る上で一つの訓練になる。この様な実践的アプローチは、正に経営と相通じるものであり、企業のビジョン、新規事業のコンセプトや、商品開発を行う手法としても応用可能である。明確なイメージを持ちチームを率いる、あるいは自社が目指す世界をステークホルダーに伝える上で生かせる事は効果的である。
 アーティスト・イン・レジデンスプログラム(以下AIR)を行うという手法も近年注目をされている。AIRとは、アーティストが一定期間現地に滞在し作品制作を行う活動である。滞在期間中にアーティストはその地域の固有性をリサーチし、自身の作品のインスピレーションにしていく。また、ワークショップなどを行い、地域や関係者との交流を持つ。最終的なアウトプットとして作品を制作し、展示会やプレゼンテーションを通じて発信を行うプログラムである。通常、藝術を発信している施設において行われるが、これを企業内において行うことも可能である。自社のリソースや技術を全く異なる視点から生かし活用することは、新しい刺激とコミュニケーションを生み出す事につながるのではないだろうか。
人材活用の面においては、創造的人材育成を担う藝術系大学と多様な人材を求める企業のマッチングを行う事で双方にシナジーを生み出すことも可能である。また、アーティストが企業のCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)を担い企業の美意識とブランディングを担うことも可能ではないだろうか。
 また、新しい取り組みは実験的で不確実要素が高い為、既存のオペレーションに基づいた価値評価軸では経済合理性の面から上手くいかない。環境面においては個人視点とオーナーシップを持ち、自分起点で考え内から外へ価値感を表出できる風土、イノベーションを行う選任チームと創造的行為を評価する新しいKPIの作成。長期的視点でイノベーションを支える組織としてのサポート体制が必要である。

 第4節 藝術と政治

 政治の現場においては、数多くの意思決定を行わなくてはならない。ここで必要になるのは、どの様な基準で物事の判断を行い意思決定をするかということである。つまり自身の美意識が問われるのである。美意識とは見た目の美しさだけではなく、古くはカント哲学において「真・善・美」という内在的な意識である事が定義されている。
 京セラの創業者である稲盛和夫氏は著書「働き方」において、「人生・仕事の結果は、考え方×熱意×能力という一つの方程式で表すことができます。」と述べている。また、熱意と能力はプラスにしか働かないが、中でも”考え方”はマイナス100からプラス100まであり、総和をどちらにも傾けると考えられている。つまり、人間の活動は同じエネルギーを投じてもどの様なベクトルに向かって努力するのかによって結果は全く異なるものだと言うことができる。影響力の大きい組織のリーダーや、国民全体に影響を及ぼす政治家こそ「美」のモノサシを自分の基準として内在化し、一つの基準として経営の意思決定に生かすべきではないだろうか。
 また、外交面においては、ジョセフ・ナイ氏によってソフトパワー[17]における外交における文化の力が提唱された事は有名である。軍事や経済といったハードパワーで対立が起きても、国家間の関係性を取り持つ力を藝術は持っている。私たちは、今日海外へ行くとその土地固有の自然や街、歴史、藝術、食、習慣などあらゆる文化を楽しむことができる。同じ様に、日本へ来た海外の方に国の文化的魅力を知って頂く事で互いの深い理解につながる。この様な点に関連して、経済産業省が主導し、2011年7月に「クリエイティブ産業課」を設置し、クールジャパン政策を推進していることをあげられる。2013年には500億円の予算を元にクールジャパン推進機構を設立。アニメやゲームなどのコンテンツ、ファッション、和食、伝統工藝、伝統文化に至るまで広く対象とした海外輸出を意識した産業振興策である。しかしながら、その実体としては投資を行った企業の回収は行えず格安の価格で民間に売却を行ったり、海外進出した店舗は高額な商品が並べられ現地のニーズとマッチしておらず不採算続き経営再建に取り組むなど、功を奏しているとは思えない。ここには海外の視点から見た時、どういったものが“クール”であるか?という観点を間違っており、価値観の押し付けになっている事を疑うべきなのではないだろうか。筆者の経験上、日本の文化に対する海外の顧客の関心は高く時には日本人以上に詳しいことすらあると考えている。まず、日本人が自国の文化についてよく考え、教養を持つことが重要である。
 広報文化外交おいては日本がフランスの文化外交に学ぶ意義は大きい。1959年から10年間続いたフランスのシャルル・ド・ゴール政権下における初代文化大臣アンドレ・マルロー[18]は、「文化の民主化」という理念のもと、国内各地に文化センターを設置し、文化活動を積極的に支援した。また、フランソワ・ミッテラン政権下1981年に文化大臣に就任したジャック・ラング[19]はマルローとは異なった解釈ではあるが、「文化の民主化」を推し進め、支援対象を地方文化のみならず大衆文化や文化産業にまで拡大した。この様な取り組みは国の文化予算を大幅に増額させる事につながり、2017年の文化省予算は、約35.97億ユーロ(約4851億円)であり、国家予算全体の約1パーセントを占める。文化に対する国の姿勢をみるという意味で、文化予算の範囲が若干異なるものの、我が国のそれが1043億円であり、国民一人当たりの文化予算を考えると約10倍の差があり、フランスが文化政策をいかに重要視しているかが理解できる。
 そもそも、日本において文化省は存在せず、その中枢を担うのは文部科学省の外局機関としての文化庁であり、代表は文化庁長官である。しかし、国際会議においては、世界各国は文化省のトップが並び、日本だけ庁なので、他国から見ればいわばナンバー2が来たと思われる事になる。これを是正するためには、文化省を作るべきという声も以前よりあるが実現はしていない。日本は文化的資源に恵まれた国であるにも関わらず生かしきれていない。政治はもっと文化を大切にしている国であるという事をメッセージとして伝え文化国家としてのプレゼンスを高め、文化を国力として生かしていく姿勢と人材の確保・育成に対しての取り組みが必要なのではないだろうか。文化に投資を行う事の意味は長期で考えなければならないが、国内においては自国や地域に対する誇りと自尊心が醸成され、日本の文化的魅力を世界に発信する事で国際社会からの支持を獲得する事により文化国家としての品格を高められる。多様な価値観と文化を認め、世界から愛される国家を目指すべきではないだろうか。

 第5節 藝術と地域

 現在、人口減少と高齢化が進む地域においては、人に関する問題が喫緊の課題となっている。こういった状況を考えた時、その地域独自の魅力を作り出すことが重要であると考える。都市や他の地域で行っている事を導入しても、魅力は生まれないだろう。景観美の問題にしても、とてもレトロな雰囲気をもっている街にリゾート感を出す椰子の木を植えても何の魅力にも繋がらないことは明らかである。重要な視点は地域の魅力を客観的に把握し、コンテクストを明確にし、他者にもストーリーを伝える事だと考える。また、地域の住民にとってはさして価値を感じていないものも、生かし方によっては価値があるのではないかと考える千利休の“見立て”の視点を持つ事もヒントになるのではないだろうか。
 一つの事例として、香川県直島町にあるベネッセアートサイト直島は公益財団法人福武財団がおよそ30年に渡って地域でアートプロジェクトを展開し、元々近代工業化に伴う工場からの亜硫酸ガスによって禿山になっていた地域が、今や世界中から要人や観光客が訪れるプラットフォームなった成功例である。2016年の瀬戸内国際藝術祭では年間観光客100万人以上、経済効果136億円(日銀試算)を計上している。これは藝術が自然と人、地域と人、人と人をつなぎ、地域を再生し、新たな魅力を作り出した事例に他ならない。財団の理事長である福武總一郎氏は「ある物を活かし無いものをつくる」という理念から、現代アートを入れることによって、地域の歴史やストーリーを島の中で、藝術作品と一体化させ、現代社会に対して強いメッセージを伝えているのである。また、藝術を入れることによってビジネスの世界のみでは通常出会うことが出来ない人と会えると言う事も、藝術の持つ力の一つである。藝術の世界には個性にあふれ多様な考え方を持っている人が極めて多く、多様な価値観に刺激を受ける事で視野が広がる事が期待できる。美を媒介としたコミュニケーションは言語や立場を超え、人の思想哲学を感性に伝え、人と人の深い交流を可能にするのである。
 単に目新しいものを追いかけ、誇大広告をされるものに消費活動を促されるのではなく、既に存在する人間の知恵や地域の固有性の財産に目を向け、文化という形で人々が蓄積してきた財産を生かし、未来のレガシーをどの様に創出していくかという姿勢が必要である。過去の先人の想いを引き継ぎ、後世にそれを受け継いでいく営みの中に日本の伝統精神は生きてきた。それによって文化も長きに渡り醸成されて来たのである。また、単に継続するのではなく、時代から学び進化を続けてきたのである。この守破離の精神に改めて学ぶ意義は大きい。

さいごに

 平成も終焉に差し掛かり、日本は新たな時代を迎える。10年後、50年後、100年後の未来は誰にも正確に予測することはできない。むしろ、私たちがこれからどういった考え方に基づき未来を想像し、世界を作っていくかによって未来の形は変わるのである。今後の日本社会において、藝術の役割は変わり、より社会に影響を与える存在になる事が確信される。「月世界旅行」「海底二万マイル」を書いたフランスのSF作家、ジュール・ヴェルヌはこの様な言葉を残している。「人が想像することは、必ず人が実現できる。(英文:That people imagine, it is sure people can be realized.)」逆を言えば、人間が想像出来る範囲の事が、人間の限界でありそれ以上は実現できないと言うことである。先にも触れた様に、この世界は先人の創造的活動の蓄積によって作られている。自分の限界を超えるには想像力を最大限に発揮する事が極めて重要なのである。今日の慌ただしい世界であるからこそ、美を感じる心の余白を大切にしたい。テクノロジーによって可能性が開かれる世界だからこそ人間の持つ創造性を生かした仕事をしたい。その為に文化藝術という未来への投資を行い、多くの文化的資源に恵まれた我が国が自国の魅力を最大限生かし、かたちあるもの、受け継がれるビジョンを残し、私たちや次の時代を生きる子どもが、物心共に豊かで、誇りある日本を作って参りたい。自身もその一人として総合藝術国家を目指し活動を行って参る所存である。

 
 
【注】
[1] チャールズ・ダーウィンにより1859年11月24日に出版された進化論についての著作。
[2]明治時代初期に起こった神仏分離をきっかけに起こった仏教を排除しようとする運動。寺院や仏像が取り壊され、仏壇などの仏具も破壊された。
[3] 株式会社ニッセイ基礎研究所「文化産業の経済規模及び経済波及効果に関する調査研究事業報告書」より
[4]ロボット工学、人工知能、ブロックチェーン、ナノテクノロジー、量子コンピュータ、生物工学、モノのインターネット、3Dプリンター、自動運転車などの多岐に渡る分野においての新興の技術革新を指す。ドイツ政府が次の時代を見据えて発表した技術戦略「インダストリー4.0」によって、世界に強烈な印象を与えた。
[5] アメリカの発明家 Kurzweil, Rayらが提唱している「2045年問題」(別名)のこと。AIのベースとなる技術が人間の知力を上回り、いずれはAIが意識や感情まで備えるようになっていくとされている。彼以外にも各界の著名人も同様の警告を発しているが、様々な見方がある。( Kurzweil,Ray(2007)『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』NHK出版 pp. 10-15を参照)
[6]経済協力開発機構は、ヨーロッパ、北米等の国々によって、国際経済全般について協議することを目的とした国際機関。
[7]小西美術工藝社代表取締役社長。元ゴールドマン・サックス金融調査室長。著書日本企業の生産性の低さとその原因を分析し生産性向上策を提言している。(Atkinson,David(2018)『新・生産立国論』東洋経済新報社pp.262-283を参照)
[8] セクショナリズム(英:sectionalism)とは、集団・組織内部の各部署が互いに協力し合うことなく、自分たちが保持する権限や利害にこだわり、外部からの干渉を排除しようとする排他的傾向のこと
[9] 14~16世紀のヨーロッパ社会の転換期に起った革新的な文化運動。ギリシア、ローマの古代文化を理想とし、それを復興させつつ新しい文化を生み出そうとする運動で、思想、文学、美術、建築など多方面に渡った。
[10] PHP五月号「あたらしい日本・日本の繁栄譜」第28回として「経営は総合藝術なり」と題する論文を発表、名和太郎『松下幸之助 経営の真髄を語る』国際商業出版,pp47-48
[11]川喜田二郎(1993)『創造と伝統』祥伝社pp.47-48
[12] Florida,Richard(2014)『新クリエイティブ資本論』ダイヤモンド社pp.7-10
[13] VUCAとは「Volatility=不安定」「Uncertainty=不確実」「Complexity=複雑」「Ambiguity=曖昧」という、今日の世界の状況を表す四つの単語を組み合わせた、元々は米国陸軍が世界情勢を表現する為に用いた造語。
[14]山口周(2017)『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』光文社新書
[15] 競争の激しい既存市場(赤い海、血で血を洗う競争の激しい領域)のこと。対義語はブルー・オーシャン(青い海、競合相手のいない未開拓市場の領域)。INSEAD(欧州経営大学院)教授のW・チャン・キム とレネ・モボルニュ の著書『ブルー・オーシャン戦略』において述べられている。
[16]現代絵画の技法の1つ。フランス語の「糊付け」を意味する言葉である。通常の描画法によってではなく、ありとあらゆる性質とあらゆる素材(新聞の切り抜き、壁紙、書類、雑多な物体など)を組み合わせることで、造形作品を構成する藝術的な創作技法。
[17] 国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力のこと
[18] フランスの作家、政治家。シャルル・ド・ゴール政権で長く文化相を務めた。
[19]フランスの政治家。元ブロワ市長。フランス社会党所属。

参考文献一覧(PDFファイル)

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2019年2月 執筆
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