論考

Thesis

すべての人に居場所のある社会の実現 ~子どもを取り巻く環境から考える~

1.そもそも居場所とは何か 2.現代に暮らす子ども達を取り巻く環境 3.解決策 4.最後に

1. そもそも居場所とは何か

 近年、“居場所”、“居場所作り”という言葉がよく聞かれるようになった。居場所という言葉が表すものの中には、家庭や学校、職場から高齢者や子ども向けの食堂、女性限定のDV被害者のためのサロンまで、幅が広い。家庭、学校、職場以外の食堂やサロン、カフェの形式をとる取り組みの中だけでも、居場所の開設頻度、対象者の限定の有無、居場所開設の目的等は様々である。“居場所”という言葉の持つ意味合いの多様さから、世間で、明確に定義、区別されないまま使われることが多い。この章では、“居場所”という言葉について整理し、なぜ必要なのか、考えるところから始めたい。

1-1 居場所の定義

 居場所の分類をした研究は、今までにもいくつかなされており、中島・倉田(2004)は「個人的居場所」と「社会的居場所」に分類した。中島(2003)は「私的居場所」と「公的居場所」に分類した。岸田(2005)は、「他者と一緒にいる居場所」と「一人でいる居場所」に分類している。これらの分類を考察していくと、“居場所”という言葉には、大別して、内省したり、物事に集中したり、リラックスしたりできる場所である『個人的な居場所』と、人との関わりの中で、自分の存在を感じ、自分自身が受け入れられ、求められる場所である『社会的な居場所』の2つがあるということが多くの研究に共通している。今回も、この2つの居場所の区分を前提として、進めていく。

 

 今回は、これまでのいくつかの研究を踏まえ、

 

個人的居場所…一人になりたい時に、ひとりになれる、物事に熱中できる

社会的居場所…弱みを見せられる、自分のアイデンティティ(性的思考、出自、信仰)が認められる、他人の支配からの自由がある、求められる感覚がある、物理的な場所とは限らず、人間関係が基盤となる

 

と定義する。

1-2 幸せに生きていくために重要な居場所

 社会的居場所と個人的居場所は、それぞれ独立して存在することもあるが、同時に両方を兼ね備える場所が存在することもあると考えられている。例えば、家族に自分のありのままの存在が認められていると感じると共に、自分自身のスぺース(自分の部屋を持つのが難しければ、学習机とその周辺等でもよい)を持ち、集中できる環境が自宅に整っていれば、家族と暮らす自宅は、個人的な居場所でもあり、社会的な居場所にもなる。

 中島と倉田の調査によると、ひとりになれる、物事に熱中できる居場所を持っている人は多く、比較的簡単に手に入れることができることがわかっている。

 一方、社会的居場所は個人的居場所に比べ、持っている人が少ないといわれている。

 さらに、社会的な居場所の確保と、自己有用感には、正の相関があることがわかっており、人々が幸せに暮らしていく上で、重要な要素であるといえる。

 社会的居場所は、物理的な場所(スペース)を指すことは少なく、そこに集まっている人、行われている活動が社会的な居場所となる。

 このことを踏まえ、子ども達を取り巻く居場所の変化について、二章でみていく。

2. 現代に暮らす子ども達を取り巻く環境

 この章では、子ども達とその家庭を取り巻く課題について述べる

2-1 親にゆとりがない

 第一に、親にゆとりがないという課題がある。子どもに関わる大人が減っている今、親が担わなくてはいけない役割は増大していると考えられるが、子どもに向き合える時間的、経済的、精神的余裕がない、という状況も見てとれる。

 私は現在、ある小学校の学童保育でのインターンを通じて、子ども達の家庭や地域、学校の現在の状況について学んでいる。私のお世話になっている小学校の校区には、公団住宅、府営住宅、大阪でも有数の高級住宅街の一軒家等、様々な地域が密集している。そのため、小学校には、富裕層、中産階級、3世代同居から母子家庭まで、多様な家庭で育つ子どもが通ってくる。同様に学童保育にも、様々な家庭背景の子ども達が通ってきている。

 そこで感じるのは、それぞれストレスを抱える原因は違うが、多くの子どもがストレスを抱えて生活しており、それを学童指導員や他の児童にぶつけているということだ。

 例えば、小学2年生のA君は、他の同級生に比べて、先生に甘えたり、ひざに乗ったり、先生と2人で過ごすことを強く望む。よくよく話を聞いてみると、A君は、母一人子一人の母子家庭であり、お母さんもお仕事と子育てで忙しくしている。なかなか、A君と過ごす時間が取れていないように思える。

 小学4年生のB君は、登室してすぐ、宿題を終わらせるように言うと、急に反抗的な態度になり、大声を出したり、暴力的になったりする。最初は、不思議に思っていたが、B君の取り組んでいる宿題を見ていると、学校で出されるものだけではなく、上級生のレベルのものを先取りした塾の課題であった。学童保育で見守っている限り、現在のB君が嫌々課題を行ってもあまり効果がないと思われるし、塾の課題とその背後にあるご両親からの強い期待がB君にとって、大きな負担になっている。しかし、B君の親御さんは子どもにそれほどの負担を強いているとは感じていない。寧ろ親御さんは親御さんで、子どもの将来のためにと思い、課題を与えている。

 それぞれの家庭の抱えている課題は違うが、共通しているのは親御さんにゆとりがないということだ。自分の子どもについて、相談したり、話したりする場所や相手もなかなかいないだろう。そのことが、精神的なゆとりを生まない要因になっているように見える。

2-2 子ども間の多様な人間関係が形成されにくい

 第二に、子ども間での人間関係の狭小化があげられる。少子化が進んでいる地域であっても、小中学校の統廃合が進まず、一学年一クラスの小規模学校が多く存在する。じっくりと同じクラスメイトと付き合え、卒業後も付き合えるような気心の知れた関係が作れる等、小規模の小学校に通う良い面もある。

 しかし、一度、人間関係がこじれてしまうと逃げ場がないという欠点を抱えている。クラスの同級生との関係が上手くいかなくなってしまったC君がいる。クラスは、一クラスのため、クラス替えはない。学童保育に来ても、小学校の教室と同じメンバーがいる教室で過ごさなくてはいけない。習い事等をしていなければ、C君の同年代との関係は、学校のみであり、行き詰ってしまう。大人が見ると、大したことではないと考えるかもしれないが、子どもの頃を思い出してほしい。子どもにとっては、自力で動ける範囲は狭く、自分の知っている学校や家庭の世界がすべてであり、友達同士の人間関係がこじれてしまうほど、辛いことはない。このC君にとっては、社会的居場所がなくなりかけている状態だといえる。

2-3 家庭と学校以外の居場所の減少

 第三に、学校と家庭の2つの居場所のみが子どもの生活を支えている現状がある。三世代同居が主流だった時代は、父母以外に祖父母とも頻繁に過ごす機会があった。社会的居場所は、場所そのものではなく、人間関係や仕事等の取組みや行事そのものだと、一章で述べた。まさに、物理的な場所だけではなく、周りに頼れる大人や大切にしてくれる大人が多くいたのが、三世代同居や近居が主流だった時代である。

 精神科医の松本俊彦さんは、「自立とは、依存しないことではなく、依存先を増やすことだ」と述べている。社会的居場所を複数持つことで、一つの居場所を失った時のリスクヘッジになる。

 しかし、現代の多くの子どもにとって、頼れる社会的居場所となり得るのは、家庭と学校のみとなっている。どちらか一つが倒れれば、一か所の拠り所のみを頼らなくてはいけなくなるような状態である。

 ひとつでも、多く社会的居場所となり得る関係性を増やす機会を子どもに提供する必要がある。

3. 解決策

 第二章であげた子どもを取り巻く居場所の課題を改善する策として、三案提唱する。

三案とも、子どもと両親の人間関係の幅を広げることに重点を置いている。

3-1 地域の意識的な活性化

 第一に、地域の連帯の意識的な活性化である。私は、学童保育でのインターンの他に公団住宅の自治会活動についても、勉強させていただいている。住民の中で、自治会員になっている人は、全体の25%を下回っている。それぞれのエリアの自治会長も、70代80代となっていて、後継者もいない状況である。これまで通りの自治会活動を続けるか否かは、議論が必要だが、何らかの形で、地域の繋がりを維持する取り組みが有効ではないかと考える。

 祖父母も、近くにおらず、子育てについて相談する相手のいない子育て世帯が気軽に話せる地域の子育ての先輩を持つことにより、親に精神的なゆとりを与えることができる。

 また、私の暮らす地域では、週に一度、小学校の施設や地域における学習資源などを活用して、子どもたちが安心安全に過ごせる居場所を提供する取り組みがある。この取り組みは、地域ボランティアを中心に行われており、続けていくうちに子どもとも顔なじみになり、学校外でもあいさつを交わしあっている。これらの取り組みからは、地域の子どもへの関心の高さが伺える。このような地道な活動の継続、活性化により、子どもと地域のつながりもさらに広げられるのではないか。

3-2 他の施設からの子どもの拡大、学年学校間交流の促進

 第二に、子ども同士の交流の場の形成である。一学年一クラス、学校でも学童でもお馴染みのメンバーというのは、気心が知れ、安心感がある。しかし、学校での人間関係に行き詰った場合、子どもにとって、逃げ場のない状況になりかねない。私のインターン先の学童保育では、数人周囲の特別支援学校やフリースクールから通ってきている子どもたちがいる。学校での人間関係に新しい風を吹き込んでくれる存在だと彼らのことを感じていた。彼らにとっても、学校とは、違うメンバーと放課後を過ごすことは、学校以外に居場所を持つことになるだろうと思う。様々な事情で、学校の統廃合が進められないのなら、学校の垣根を超えた子どもの交流、新しい人間関係づくりを応援する取り組みが有効だと考える。

3-3 居場所作り活動の連携を深め、認知度を高める

 地域では、私が思う以上に多くの居場所作りの活動が実施されていた。多様な居場所が地域の人に安心し頼り合いながら暮らせる地域を作っている。これらの活動の共通する課題は、それぞれの活動の連携がとりにくいことと、市民からの認知度が低いということである。

 私の見学させていただいた自治体には、小学生やその親を含む若者を支援する取り組みも行われている。臨床心理士、精神保健福祉士、社会福祉士等の有資格者が幅広く相談を受け付けてくれる。さらに、相談しないまでも、地域の人が集まれるスペースが確保されている。そこには、子ども向けのゲーム機などのおもちゃが置かれ、大人のまなざしのもと子どもが過ごせるスペースが確保されている。

 さらに、福祉委員会等が乳幼児向けの子育てサロン等の活動の活発である。乳幼児向けサロンは、子ども達が成長し小学校に入学する以前から、子どもの親同士の関係づくり、地域の福祉に携わる人との顔の見える関係づくりに役立つ。このような親の孤立を予め防ぐ取り組みも重要である。

 また地域型の子ども食堂の取り組み等、新たな取り組みも活発になってきている。地域型の子ども食堂は、貧困層のみを対象とした課題型の子ども食堂とは違い、地域の子どもすべてを対象とし、貧困層の子どもが含まれているだろうという考えのもと行われる。この取り組みでは、貧困層の子どもを見える化することなく食事を提供できることが特徴とされる。この取り組みには、それ以外の良い効果も多い。例えば、自然と子どもを通じて大人も相談し合える関係を作ることができるし、子どもにも、学校とは違う人間関係が築かれる。

 行政の取り組み、福祉委員会の取り組み、ボランティア等による子ども食堂の取り組みの主催者が顔を合わせる機会を増やし、お互いの取り組みに参加する人の抱える課題について共有する機会を設けることで、さらにそれぞれの活動が実り多いものになるのではないか。例えば、地域型子ども食堂で課題を抱えていそうな親子を行政の取り組みにつないだりすることができるのではないか。

 さらに認知度を高める上でも、地域の諸団体との連携は役立つ。活動を認知してもらうために、一つの団体ができることは限られているが、地域と密着している自治会や小学校を通して配布してもらう等、連携の形は多くある。ほかの資料とともに、配布してもらうことで手間を省き、より多くの人に周知できるという利点もあるが、より住民に近い自治会や小学校で配布してもらうことで、対象となり得る人に直接一声掛けてもらえる等の効果も得られる。

 団体同士の協働を高めることで、それぞれの活動がさらに対象者にリーチしやすくなるのではないか。

3-4 スクールソーシャルワーカー、コミュニティソーシャルワーカーの活用

 最後に、スクールソーシャルワーカーやコミュニティソーシャルワーカーを活用し、子どもが助けを求められる大人の数、また、親が助けを求め、必要な支援につないでくれる大人を増やすという取り組みである。

 近年、学校で活動するSSW、地域を対象として活動するCSW、保険医療機関にて活動するメディカルソーシャルワーカー等、従来の制度では手の届かなかったところまで手を差し伸べようという取り組みが活発になっている。これらの新たな取り組みは、援助を必要としている人に対して、ニーズの発見や相談、他の機関との連携などの援助を行うことで、これまで、援助に辿り着けなかった人を支えるものとして役立っている。

 一方で、CSW、SSW自体が認知されていない現状もあり、認知度の低さが一つの課題となっている。

 学童保育の主任の先生には、専用の携帯電話を配布され、常に身に着けている。その電話には、学童開室中も閉室中も、多くの親から、子育ての悩みや学級担任の先生との関係についての悩み相談の電話がかかってくる。また、学校や家庭についての悩みを学童の先生である私達に打ち明けてくる子ども達もいる。

 親も、子どもも、自分の弱みや課題について話を聞いてくれる、一定程度、学級や同級生から離れた人を必要としている。また、その悩みの内容によっては、適切な行政サービスや組織につなぐ必要があるものもある。

 このような学校や家庭での課題に対処するために設置されているのがCSWやSSWである。

 しかし、これらのソーシャルワーカーについては、普段から親との接触がある学童保育や担任の先生に比べると接触にあたって敷居が高く、なかなか利用されなかったり、そもそも存在自体を知らなかったりする親や子どもも多い。各種ソーシャルワーカーを、普段から父兄や子どもに紹介する機会を作る等、敷居を下げる取り組みが望まれる。

4. 最後に―社会的居場所を増やしていくこと―

 二章で、精神科医の松本俊彦さんの「自立とは、依存しないことではなく、依存先を増やすことだ」という言葉を紹介した。社会的居場所をできるだけ増やし、心を支える柱を増やしていくことが、人の心の安定を維持し、幸せな生活をする基盤となると考える。

 今後、上記で提案した案の実行を考えていく。

 

参考文献

 

石本雄真(2009)「居場所概念の普及およびその研究と課題」、神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要

石本雄真(2010)「こころの居場所としての個人的居場所と社会的居場所―精神的健康および本来感、自己有用感の関連から―」Japan journal of Counseling Science

中島喜代子・倉田英理子(2004)「家庭、学校、地域における子どもの居場所」、三重大学教育学部研究紀要

中島喜代子(2003)「中学生と大学生の比較からみた子どもの『居場所』」、三重大学教育学部研究紀要

岸田浩子(2005)「青年期前期の居場所感と一人でいられる能力の関連性について」、関西地区青年心理学研究会発表資料、石本雄真より転載

杉本希映・庄司一子(2006)「『居場所』の心理的機能の構造とその発達的変化」、教育心理学研究

岡檀(2013)「生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある」、講談社

小野寺敦子(2016)「手に取るように発達心理学がわかる本」、株式会社かんき出版

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