Thesis
日本の子ども達が自分らしい生き方を選べる社会の実現を考えると、多様な生き方について知る機会を作るだけでなく、評価や他者との比較のみに、左右されない心の醸成が必要である。今回のレポートでは、自尊感情がなぜ必要か、子ども達のおかれている状況、今後の展望についてレポートを執筆した。
人が幸せに生きていくためには、何が必要なのか。私は、他者からの評価に左右されない自分の価値観を持つことが必要だと考えている。他人からの評価や他者との比較のみに左右されている間は、自分が真にどのように生きたいかを見極めることができないからだ。そして、自分自身の価値観を築くためには、まず、自分自身を価値あるものとして信頼する(高い自尊感情をもつ)ことが必要である。海外の研究から、高い自尊感情を持つ人は、逆境に強いとされている。人は幼少期から外見、成績、運動能力など、自分と他人を比べる様々な機会がある。その時に、自分にはできないこともあるが、できることもあると考えられることが、他人に左右されない価値観を持つことにつながる。このため、私は、子どもの自尊感情を高めるためには何が必要かを子どもの置かれた状況から捉え、展望を描いていきたい。
自尊感情を持つということは、自分自身の存在を価値あるものとして捉えることである。自分を価値あるものとして捉えることは、人生の困難も前向きに乗り越え、幸福感を持って過ごすため必要なことである。また、自分を肯定的に捉えることで、他者に対しても受容的になり、他者と良好な関係を築くことができるともいわれている。
すべての子ども達は、いずれ学校や生まれ育った家庭を巣立ち、自らの人生を構築していく。子どもたちにとって、①他人の評価に左右されない自分の価値観を築くこと、②他者と良好な関係を育むことは、それぞれがその後の人生を幸福に過ごすために不可欠な要素である。自尊感情はこの2つのことの基盤となる自己概念に対する評価である。逆に自尊感情の低いことは、学業や仕事に対する意欲のなさ、対人関係の構築の難しさ、非行や犯罪、抑うつとの相関があることが報告されており、このことからも、幸せな人生を送るうえで、自尊感情は欠かせないものであることがわかる。
では、自尊感情は何に基づいて上がったり下がったりするのか。自尊感情研究の先駆者であるウィリアム・ジェームズは、自尊感情とは、自己概念に対する自己評価の感情であり、
自尊感情=成功/願望
の図式で示されると説いた。
この図式に基づくと、自分あるいは社会が、自分に課す願望に対して、どれくらい自分が応えることができたかで決まることになる。この自尊感情の捉え方は、長く心理学の世界で支配的なものであった。日本でもこれに基づき、自尊感情の低い子どもに対して、「褒める」「認める」「成功体験を積ませる」「出番を作る」という教育が効果的とされてきた。
しかし、10年間高校教鞭をとられ、スクールカウンセラーとして30年間の経験をされた近藤卓先生は、「褒める」「認める」「成功体験を積ませる」「出番を作る」など、相対的な評価により向上する、これまで「自尊感情」と呼ばれていたものを社会的自尊感情とよび、自尊感情の一部をなすものであると述べている。それに加えて、絶対的であり無条件に人に受け入れられることで生まれる基本的自尊感情というものがあると述べている。
自尊感情 基本的自尊感情:他者との比較ではなく、絶対的かつ無条件的。
社会的自尊感情:社会で自分の存在には価値があると思える。相対的、条件的。
社会的自尊感情は、社会的な評価に基づくので、「褒める」「認める」「成功体験を積ませる」「出番を作る」という方法で向上する。しかし、社会的自尊感情だけでなく、基本的自尊感情を育む必要がある。他者から評価される機会を増やすということに偏った自尊感情の育て方では、自分への評価は他者からの評価に偏った不安定なものとなるからだ。社会的自尊感情に加えて、基本的自尊感情を育まなければ、自分の人生をどのように生きるのか(進学・職業選択・結婚)を選択する際に他者からどう評価されるかに偏った選択をすることになる。社会的自尊感情に加えて、自分の価値観に基づき、判断をすることができる安定した基本的自尊感情を育むことが築くことがそれぞれが自分の価値観に基づいた幸せな人生を送るうえで重要である。
子どもの自尊感情を育むためには、これまで通り、「褒める」「認める」「成功体験を積ませる」「出番を作る」等の方法で、社会的自尊感情を育むことに加えて、基本的自尊感情を育むためには、個人として受け入れられる場所を持ち、自分と向かい合ってくれる大人の存在が必要である。その観点から、現代の日本の子ども達がどのような状況に置かれているのかみていきたい。
少し古い調査になるが、2007年のユニセフによる子どもの幸福度調査の中では、「孤独である」と答えた日本の子どもの比率は、約30%と突出して高いことがわかっている。現在私が、活動の中で接する子ども達の中にも、この調査を裏付けるような印象の子どももいる。
子ども達が感じている孤独感の要因は、大きく2つあると考えられる。
第一に、両親から感じるプレッシャ―である。各世帯当たりの子供数が減少する中で、子どもが期待通りに育たないことに対して、焦りを覚える親は多い。それが子どもに対するプレッシャ―になっていると感じられることもある。
第二に、ひとりの子どもに関わる大人の数の減少である。元来、父母、祖父母と二世帯で暮らしている家庭も多かったが、現在では、核家族が主流となり、子どもと日常的に関わる大人の人数が圧倒的に減った。さらに、共働き世帯も主流になり、放課後帰宅しても、家に母親がいない家庭も多い。そうした中で、子どもの話を聞いてくれる大人の数が減っていること、子どもの依存対象となる大人の数が減っていることが孤独感を感じる子どもの数の増加の要因となっていると思われる。
一番無条件に受け入れてもらいたい両親から過度の期待を受けること、また、子どもの話に耳を傾けたりして、両親以外に依存対象となりうる大人の数の減少は、子どもの孤独感を深め、自尊感情を傷つけていると考えられる。
上記の課題に対し、①子どもの自尊感情が重要であるという視点を持つ、②親以外の大人が子どもに関わる時間を作るという改善策を提案する。
第一に、子どもの自尊感情が重要であるという視点を持てていない現状がある。
特に幼児期の家庭教育では、ひとりひとりの個性を伸ばし育てるために、子どもの自尊感情という観点を持つことが重要だ。こども達は、大人から評価を得たいと考えながら、行動している。子どもひとりひとりの成長の程度や得意不得意もあるが、まず、大人がポジティブな声掛けを意識することが必要である。受験や資格試験の低年齢化が進み、この年齢では、これができていないといけない、と学校でも家庭でも感じることが多くなっている。しかし、子どもの成長の速度は、それぞれであり、大人の過度な心配を押し付けてはいけない。大人の尺度で、子どもにプレッシャーを感じさせるのではなく、子ども自身が未来を描けるよう大人が支えなくてはいけない。
第二に、子どもと時間を過ごす大人の数の減少という課題がある。子どもの自尊感情保ち、向上させるためには、子どもの話によく耳を傾けるということが必要である。子どもの話を聞いていると、つい、先走って答えを言いたくなってしまうことがある。特に、親子や先生と生徒のような近い間柄になると特に子どものことを心配するが故、答えを先走って伝えたくなる。このような状況から日本では、親がこの役割を満たせることが少ない上に、近年では、父母と子どものみの核家族化、両親の共働きが進んでいる。放課後、家に帰っても大人が自宅にいないという状況が増えているということだ。これまで子どもの話の聞き役であった祖父母や母親に変わる役割が必要とされている。
① ②の改善策を具体的に取り組むうえで、放課後の子どもを預かる学童保育が一定の役割を果たせないかを考えている。
放課後、両親が帰宅するまでの時間を、一人一人の子どもに寄り添い、向き合う時間に充てることができないかと考えている。例えば、10人程度の子どもに対し、2~3人の自尊感情をという視点を持った大人が対応することで、子どもの自尊感情の育成に寄与できないだろうか。現在、公営の学童保育の需要は急速に高まっており、一つの教室で5~60人の生徒が過ごしているところもある。対応する指導員の数も子ども20人に1人となっていて、一人ひとりの子どもに向き合える環境にするためには、改善の余地がある。そのような中、民間学童保育も注目を集めている。より家庭に近い環境で、10~15人の子どもに対し、2~3人の大人で対応しているところもある。しかし、費用が公営のものに比べて高く、なかなか庶民が利用しにくい要因となっている。
今後は、公営、民間双方の学童保育の役割をさらに発揮することで、子どもの自尊感情を育む可能性を探っていきたい。
自尊感情は、英語や数学など生きていくために直接役に立つスキルとは違い、子ども達が将来どのような生き方をすることになるとしても幸せに生きるために必要な生きる基盤である。現在私は、放課後の時間を家庭以外で過ごす子どものために作られた学童保育にて、活動しながら、子どもに対して親以外の大人がどのようにかかわることができるか研修を行っていきたい。
【参考文献】
〔1〕 古荘純一(2009)『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか―児童精神科医の現場報告―』光文社新書
〔2〕 近藤卓(2013)『子どもの自尊感情をどう育てるか―soba setで自尊感情を測る―』ほんの森出版
〔3〕 佐藤淑子(2009)『日本の子どもと自尊心―自己主張をどう育むか―』中公新書
〔4〕 UNICEF イノチェンティ研究所 『Report Card 7』研究報告書
〔5〕 ユニセフ イノチェンティ研究所・阿部彩・竹沢純子(2013)『イノチェンティレポートカード11 先進国における子どもの幸福度―日本 との比較 特別編集版』、公益財団法人 日本ユニセフ協会(東京)
Thesis
Toko Tsuzuki
第37期
つづき・とうこ
Mission
自尊感情を育み、子供の可能性を広げる教育